第17話 初戦闘


 東雲椿姫が段ボールを被った着物姿でダンジョンに現れる。そうとしか言えない事態に一愛は言葉を失った。嘘だろと。


 東雲は他人の視線が怖いと言っていた。ならばこれは視線対策か頭が良い! と思うも、いや逆効果だろと冷静に心の中でツッコむ。事実その異様な姿に既に周囲から注目を集めている。一度見て振り返るという二度見が多発していた。


 段ボールに静岡クラウンメロンとでかでか書かれているのもその一因かもしれない。隠しきれないメロンが二つあるので。う~ん、これはクラウンメロン。


「お、おう、東雲さん。三日ぶり。元気だった?」

「はい! 二ツ橋様もご壮健なようで何よりです!」

 

 驚きで無難な言葉しか出てこなかった一愛に東雲は元気よくそう返した。三日前とテンションが違いすぎる。

 色蓮が苦笑しながら、


「なんか、この段ボールを被ってると人見知りが軽くなるみたいで。ウチとしては恥ずかしいので外してほしいっスけど」

「無理です、絶対無理! これでも頑張っているのです!」


 恥という概念が無さそうな色蓮に恥を覚えさせたことは賞賛に値するが、一愛としても恥ずかしいので外してほしい。だがそれは本人によって強く拒絶されたので断念する。

 一愛は「はぁ……」とわりかし重い溜息を吐いた。


「段ボールを外させるのは諦めるとして。その様子だと色蓮は説得に成功したってことか」

「はい。これも一愛先輩のお陰っスね。本当にありがとうございました。ウチからの好感度を1上げます」

「……ちなみにいくつで彼氏になれる?」

「2兆点スね!」


 良い笑顔で色蓮は答えた。オタク特有のクソでか単位が炸裂である。


「わ、わ! 二ツ橋様はいろはすがお好きなのですか!?」

「いや全然」


 可愛いとは思うが恋人になりたいかは微妙なところである。そもそも男女の仲など今は相手が誰だろうがそこまで関心が持てない。

 そういった趣旨の言葉であることを色蓮も理解しているのか特に何も言わず平然としている。普通の感性であれば馬鹿にされたと憤るところだろうが、色蓮のこういう面倒臭くないところはかなり好きだ。


「そ、そうですか。いろはす、とっても可愛いのですが」


 友達を馬鹿にされたと思ったのか東雲がしゅんとした。段ボールが邪魔で見えないが多分そうだろう。

 色蓮は苦笑して、


「まぁそんなことより、早くダンジョンに潜りましょう。こんな姿の姫と公衆の面前にいるのは嫌です」

「ひ、ひどいですいろはす!」

「ん。同感だけどすぐに入れるのか? 東雲の登録証は」

「勿論作ってありますよ。先輩のお陰で一日目で説得は済んだので、残りの二日はダンジョンに潜る為の段取りに当てられました。あ、ヤクザの娘でも姫はヤクザではないので普通にすんなり通りましたよ。心配はいりません」


 色蓮は意地の悪い笑みを浮かべた。


「姫もめっちゃ乗り気でしたよ。もしかしたら憧れの死神になれるかもって。完全催眠の力が欲しいってウチと、」

「わー、わー!」


 東雲が色蓮の言葉をかき消すように大きな声を上げた。声を上げるのが遅い。

 死神というジョブが果たしてあるのかは微妙なところだが、それはそれとして一愛も完全催眠の力は欲しい。この際催眠アプリでもいい。何に使うかって? 思春期の男子を舐めるな。


 ……まぁ犯罪に使った時点で登録証を取り上げられるので、もし手に入れたとしても使うことはないだろうが。決して使う度胸がない訳ではないので悪しからず。


「東雲さん。本当に良いんだな?」


 流れをぶった切るように一愛は真剣な顔で聞いた。


「色蓮がどこまで説明したのか分からないが、俺からハッキリ言っておく。俺はダンジョンの上層で小銭を稼げればいいとかそんなことは思ってない。行ける所までじゃなくて、行きたい所まで行くつもりだ。それがどこなのかはまだ未定だけど。色蓮は深層まで行くそうだ」

「……」

「俺か、君か。もしくは色蓮か。誰かが途中で死ぬかもしれないけど、それでも本当にメンバーに入ってくれるんだな」

「はい。入ります」


 一切つっかえずに東雲は即答する。


「私も覚悟を決めました。少なくとも二ツ橋様のように自信を持てるようになりたい。私も世界を広げたいんです。その鍵をダンジョンが握っているというなら、他人の視線を怖がっている場合ではありません」


 東雲は胸に手を当て、


「自分の産まれに誇りを持ちたい。それが私の目標ですので」


 そうかっこよく東雲は宣言した。


「……なんか段ボール被ってると締まらないな」

「ひ、ひどいです二ツ橋様!」

「一愛でいいよ。仲間になるんだから」

「で、では私も椿姫と。い、い、い、一愛しゃまっ」


 折角はきはきと喋っていたのにまた戻ってしまった東雲――椿姫に苦笑し、一愛はダンジョンの前まで歩いた。

 ドレスルームを使用し一瞬で装備を換装する。突如空中に現れたグレートクラブを悠々と掴み肩に担いだ。


「そんじゃ行くか。久々のダンジョンだ」

「久々と言っても4日振りですけどね」

「うるさいな。こういうのは雰囲気だろ」

「……しまった。ウチも何かかっこよくアオハルっぽいこと言えば良かった……」


 心底悔しそうに嘆く色蓮を見て一愛は若干頬を赤らめた。

 ……ここで茶化してくるのはよくないと思う。

 そうして微妙に締まらない一愛達三人はダンジョンに突入した。





 久々のダンジョンは胃酸の酸っぱい臭いとアンモニア臭で幕を開けた。


「――うぉえっ、ひぐ、ぅぇっ」


 椿姫がおしっこを漏らして下半身を濡らし地面に水溜まりを作っている。ついでに上の口からはゲロを吐いておしっこに水分を足していた。他には首が飛んだゴブリンの血だまりがダンジョンのシミとして残っている。もうなんか色々汚い。


「どうどう姫。まだまだこれからだからね」


 色蓮がおしっことかゲロとか気にせず蹲った椿姫の背中を撫でている。ティルタ・ウンプルの泉を持っているのですぐに浄化できるのは分かっているが、それでも色蓮の献身は並ではない。素直に尊敬に値する。


 ……そうだよな。普通吐くよな。


 一愛も吐いた。初めてゴブリンを殺した時は大体そうだ。

 さすがに漏らしはしなかったがそれは一愛が男だからである。男だから意地で漏らさないとかそういう話ではなく、これは一愛も忘れていたゴブリンの習性の問題だ。


 ゴブリンは女を犯す。戦闘中でも構わずバトルファ〇クしてくるのだ。どこのエロ同人である。DLsiteで買えそう。


 前回色蓮と潜った時には気付けなかった。色蓮はゴブリンを遠方から確殺しているのでそれも仕方ない。

 だが今回はそうはいかなかった。椿姫の得物が日本刀だったからだ。


 そのおっぱいで刀は無理でしょと思うも椿姫は実に日本刀の扱いに長けていた。

 何でも椿姫の親父は組長兼剣術道場を営んでいるそうで、椿姫は幼いころから剣術を嗜んでいたとか。それって凶器を隠す隠れ蓑ではと思うも実力は本物である。


 さながら舞台の殺陣を見ているように流麗に舞う椿姫に、技量的に一愛は負けてるなと素直に思ったものだ。これなら一人でゴブリンを倒しダンジョンから寄生扱いされずに経験値を得られるだろうと一愛は確信を抱いていた。

 だが吐いた。そしておしっこを漏らした。


「……椿姫、もう帰るか」

「い、いえっ。まだまだいけますっ」


 そう椿姫は涙目で答えた。


「いやそうは言ってもな」


 正直舐めてた。ゴブリンの女に対する本能を心底舐めてた。

 戦闘中であることはゴブリンも百も承知である筈なのに、奴らは椿姫に愚直に突っ込むと攻撃より先に抱き着いたのである。かと思えば発情期の犬みたいに腰をヘコヘコと動かし、椿姫のお腹に汚物を当てて僅か三擦りで果てたのだ。見たくもないが今も椿姫の着物にはゴブリンのアレが付着しているだろう。


 椿姫の戦闘を見守ろうとしていた一愛もこれには流石に呆けた。そして本気で引いた。ゴブリンに対して特に思い入れもなかったがこの一瞬でゴキブリより生理的嫌悪が上回ってしまったのだ。

 正直、一愛の方がもう帰りたい。


「大丈夫っスよ先輩。女であれば誰でも通る道です。むしろ攻撃より先にヤッてこようとしてくるお陰で有利まであるっス」

「……いやお前凄いな」

「そうですかね。あ、ウチはちゃんと処女っスよ。ゴブリン如きに捨ててはいません」


 聞いてないけどと思いつつも一愛はしっかり心に刻んだ。


「はい姫。深呼吸してー、目の保養に先輩見て―、はいどうぞ先輩笑って」

「笑えねーよ」

「……あ、一愛様っ」


 椿姫がうっとりした顔で一愛を見つめる。涙や鼻水で美少女が台無しだ。

 目の保養と言われてもゴブリンという醜悪な雄の顔を見続けた後に見る人間の男は誰であろうとマシに映るだろう。これでモテても何も嬉しくない。むしろゴブリンと比較されて屈辱まである。

 一愛は溜息を吐いた。


「最後は自力で斬り殺したし俺は十分だと思ってるよ。ここは無理しない方がいい」

「先輩以外と過保護っスね。身内には甘いタイプですか」


 色蓮が呆れたように肩を竦めるとティルタ・ウンプルの泉をアイテムボックスから取り出した。少し大きな公園にあるような幼児向けプールが姿を現す。真ん中には何らかの女神像が鎮座し、手に持つツボで際限なく水を溢れさせている。


「とりあえず汚れを先に落としましょう。あ、先輩はあっち向いてて下さい。この人工魔道具の水はすぐに乾きますけど一分くらいは濡れたままなので。ウチらの濡れ透けが見たいなら見てもいいっスけど」

「じゃあ見る」

「冗談スよ。本気で後ろ向いて下さい」


 屠殺寸前の豚を見るような目で見られる。仕方ないので回れ右した。


 ……自分から聞いてきたくせに。


「もういいっスよ。それじゃ次いきましょうか」

「まてまてまて」


 魔道具をアイテムボックスにしまう色蓮に一愛は食ってかかった。


「俺は十分だと思うって言ったろ。本気でこのままいく気か?」

「当然っスね。姫もまだいけるって言ってましたし」


 何食わぬ顔で言う色蓮の隣で椿姫が胸に手を当て深呼吸を繰り返している。

 たった一度の戦闘だが、それでもモンスターという生物を殺し犯されかけたという衝撃はその顔に色濃く残っていた。


「明らかに無茶だろ。お前椿姫に無茶はさせたくないって言ってなかったか」

「……考えを変えたんスよ。ウチは姫にもウチ達と同じことをしてもらいます」

「は? お前何言って、」

「待っていろはす。それは私から説明します」


 椿姫が言葉を遮る。


「一愛様。私はいろはすと一愛様がダンジョンで行ったことを聞きました。ステータスには【実績】という隠しステータスが存在することも。私は二人の仲間である為に二人と同じことをしたいのです」

「……色蓮。お前」

「仕方ないじゃないっスか。同じパーティーである以上いつかは必ずバレることです。なら先に話して姫がウチ達と同じ道を行くのか意志を確認することが大事だと思ったんスよ」


 色蓮はバツが悪そうに一愛から視線を逸らした。

 言っていることはもっともらしいが単にバレた時椿姫に嫌われるのが怖くてゲロったというのがモロバレである。


「……椿姫、本当にいいんだな」

「今更の質問ですよ一愛様。私は覚悟を決めたと言ったはずです。それには当然、これから一度も帰還せずにエリアボスの単独討伐という【実績】も含まれております。その為にこの三日間準備を進めてきたのですから」

「具体的には」

「お父様に一から鍛えなおしてもらったのと、レベル3のいろはす相手に模擬戦が主です。アイテムなどはいろはすに頼り切りになってしまって、申し訳ないと思ってますが」

「別に申し訳なくないよ。これからはパーティー内のアイテムは全員の共有財産だし。ウチが持ってるコレもパーティーでの稼ぎで真っ先に三人分用意するつもりだから」


 そう言って色蓮はスマホを見せてくる。画面には1階層の直径80キロの円構造である地図に現在位置が青いピーコンみたいに示されていた。2階層に降りる階段は重要だと一目でわかるように赤いマークが記されている。


 機械を破壊してくるダンジョンにスマホを持ってくる探索者はいない。ということはと一愛はピンときた。

 

「また人工魔道具か。地図も持ってないからおかしいと思ったら、お前ほんと何でも持ってるな」

「何でもは持ってませんよ。持ってるものだけ」


 色蓮はドヤ顔した。


「これさえあればこれから先自力でマッピングする必要はないです。自衛隊から購入できる10階層までですが、地図も事前にインストールすれば迷うことはまずないでしょう。普通のスマホみたいに連絡も取り合えますし、探索者業のマストアイテムっスよ」


 色蓮の説明通り、人工魔道具のスマホは機械破壊の影響を受けずに作動する。一愛もその存在は知っていた。未到達のエリアすら自動的にマッピングする優れモノであり、インド象が乗っても壊れない耐久性を誇っているということも。

 

「でもお高いんでしょう?」

「一千万スね。機能に対して破格の値段です!」

 

 色蓮はお買い得とでも言いたげな顔をしていた。

 価値観が違いすぎる。


「……そんなものまで用意するくらいだし、今回の探索でエリアボスまで行く気なのは分かったよ。椿姫も【実績】を開放する為に覚悟を固めたのはわかった。でもな、無理をするのはダンジョンに慣れてからでも遅くない気がするんだが」

「いいじゃありませんか。本当に危なくなったらウチらがいますし、セーフティは確保されてるんです。それに1階層の実績程度クリアできず他の実績をクリアできるとは思えません。ここは姫の意志を尊重しましょう」

 

 そう言って色蓮は一愛をジト目で見てきた。


「というか先輩。さっきから自分のこと棚に上げ過ぎじゃないっスか?」

「俺? なにが」


 そう言いつつも、その言葉に身に覚えがありすぎる一愛は視線を逸らす。

 色蓮は糾弾するように指をビシっと一愛に指した。

 

「先輩、ダンジョンに入るとき丸腰でしたよね、警察振り切ってましたし。格闘技も習ってないって言ってましたし、人の決意や準備にあーだこーだ言う資格あるんスか?」

「あ、そ、そうです! 掲、ね、ネットでもそのことに言及されて議論されてました! 一愛様ことどうやってその状態から【実績】を開放したのですか⁉」


 色蓮につられてか椿姫も思い出したように質問してきた。さすがはねらーである。人の痛いところを突くのは得意と見た。色蓮は単にレスバが強い。


 ……分が悪すぎる。


「よし、椿姫の意志も確認できたし次いこう。エリアボスに挑むなら目指すは2階層の階段前だな。現在地はそこまで遠いから休んでる暇はないぞ」

「あ、逃げたっスね」

「大丈夫ですよいろはす。きっと泊りがけになるでしょうし、寝る前にでも話は聞けます」


 二人の会話が後ろから聞こえてくるのを一愛は戦々恐々とした面持ちで聞いていた。

 ……余計なお世話はするものではない。




 椿姫の刀がダンジョンの青白い光に照らされている。

 一振りする度に空中に弧を描くように残滓として軌跡が残る。少々場違いな感想だがまるで手持ち花火を振り回しているみたいに綺麗だと一愛は思った。


 椿姫はゴブリンの曝け出された性欲を柳のように受け流し、抱きついてくる敵を回避する。流れ作業のように刀を横なぎ、首を切断。そのまま刀を平突きし、もう一匹の心臓を狙い穿つ。吸い込まれるように刀を突き刺されたゴブリンは瞬時に絶命した。


 椿姫は危機を察知したのかほとんど後ろを見ずに前転する。その判断は正しい。性欲に流されず攻撃してきたゴブリンのこん棒が空ぶった。


 椿姫は好機だと思ったのか僅かに慌てる。切り上げ、切り下げ。どちらも命中したが乱れた技でくたばるほどゴブリンも甘くはない。胴を二重に袈裟切りにされ、血を盛大に噴き出すもまだ生きている。


「ギィァ!」


 最後の抵抗とばかりにゴブリンが椿姫に抱き着いた。回避は失敗。抱き着かれた衝撃で地面に倒れ、胸に顔を埋められる。椿姫の顔が恐怖に歪んだ。ゴブリンは三擦り半……果てた。

 助けに行こうか一愛は迷うも、色蓮に袖を引かれて思いとどまった。

 椿姫の顔は恐怖に歪んでいても目はまだ死んでいない。


「――フッ!」


 椿姫はあえてゴブリンの顔を引き寄せると勢いよく頭突きをかました。抱き着くゴブリンの腕が緩み地面を転がって距離を取る。頭突きによりふらつくゴブリンに椿姫は刀を平突き。


 狙いは杜撰。ゴブリンの肋骨に運悪く当たる音がした。刃を上手く立たせられなかったのか貫通せず、椿姫はあえなく一歩引く。だがゴブリンは死に体で地面に蹲った。


 今回は椿姫も焦ることなくゴブリンの首に刃を添えて介錯するように振り抜く。間欠泉のように血しぶきが噴き椿姫の着物を紫色に汚していった。

 残身。暫くして椿姫は構えを解く。


「……レベルが、上がりました」


 そう言って椿姫は地面に倒れるように横たわった。


「姫!」


 色蓮が慌てて駆け寄り椿姫の体にポーションを惜しみなくかけていった。一愛が見る限り一度も攻撃を喰らっていないが、それでもポーションには疲労回復の効果もある。少々贅沢な使い方だが今回ばかりはいいかと一愛は苦笑した。


「ダンジョンに入って一日か。早いな」


 椿姫のレベル上げには一愛や色蓮は一切干渉していない。最初の内はゴブリンの群れを間引いていたが、それも椿姫が戦闘に慣れた段階で止めにした。勿論間引いた後はただ見守るのみで全て椿姫が一人で倒している。

ダンジョンが間引き行為をどのように判定するのか不明なのもあったが、椿姫の技量なら多少の怪我はしても群れを単独で討伐できるだろうと判断したのだ。 


一愛達がランダム転移された場所は2階層の階段前から50キロは離れていた。その距離を一日で歩き、時には走り、ゴブリンを見つければ討伐を繰り返していた中での強行軍で椿姫の疲労は既に困憊である。途中の休憩でさえ満足に取れていない。睡眠など持っての他である。女子中学生には辛すぎる経験だろうと心底思えた。

 その中で本当に良くやったと一愛は感嘆にも似た思いを抱く。


「椿姫、お疲れ様。すごいな、もっと時間が掛かるかと思ったよ」

「あ、一愛様っ。もっと顔をよく見せてくださいっ」

「え? あ、ああ」


 椿姫は一愛に「もっと近づいて下さい!」と要望を出す。寝転ぶ椿姫に近寄るとガシっと頬を掴まれうっとりした顔で見つめられた。

 これまでもゴブリンとの戦闘が終わるたびにチラチラ見られていたが今回は完全にガン見である。やや目が血走っている気もするし完全にやばい人の様相だ。これで惚れられているというならまぁ嬉しいが現実はただの口直しである。どこのどいつでも務まる仕事だ。


 ここは「人見知りが嘘みたいだな」と褒めればいいのか、それとも「精液臭いから離せ」と言えばいいのか。心情的には後者を選択したい一愛だが自重してなすがままにされる。ちなみに相手が色蓮であれば間違いなく後者を条件反射で言っていた。


「姫、いつまでも先輩見てないでステータス確認しようよ! 見せて見せて!」


 ゴブリンの精液などセミのおしっこくらいにしか感じていないと思われる色蓮が身を清めるより先にステータスのオープンを喜々として促した。

 椿姫も「そうですね、楽しみです!」と嬉しそうに頷く。


 ……ブルータス、お前もか。


「【ステータス】【オープン】!」


【名前】 東雲 椿姫

【レベル】 2 (1→2)

【ジョブ】 中学生→探索者 NEW

【種族】 人間

【称号】 無

【MP】 9/9(0→9)

【SP】 10/10(0→10)

【力】 8(3→8)

【防御】 7(4→7)

【敏捷】 12(5→12)

【器用】 14(9→14)

【精神】 4(0→4)

【魔力】 7(0→7)

【装備】 身代わり地蔵 6等級C

【スキル】 スタンス(SP1/sec)10等級D NEW

      居合一閃(SP3)10等級E NEW            

【魔法】 無


 スタンス:器用に応じて攻撃をパリィする。ジャストタイミングで確定パリィ。

 居合一閃:居合抜を放つ。器用及び技量に準じた威力。


 ……チッ。スリーサイズは非表示か。


「スタンスに居合一閃スか。姫は完全に【ジョブ】侍スね。ウチが予想してた通りです」

「え。し、死神は?」

「死神なんて強そうなジョブが一次職で出るわけないよ。出ても三次か四次、もしくはあるかも分からないその先だよきっと。侍だって二次職だし」

「そ、そんなぁ……っ」


 椿姫はガッカリしたのか項垂れる。

 色蓮が苦笑し慰めるように頭を撫でた。


「侍だって十分強いから大丈夫。それに姫は通常の侍ビルドよりMPや魔力が上がってるし、何か別のジョブかもしれない。諦めるのはまだ早いって!」

「そ、そうですよね! まだレベル2に上がったばかりなのに今落ち込んでも仕方ありません! はい!」


 椿姫が持ち直したように笑顔になって、レベル2に上がった高揚感もあるのか元気に立ち上がる。今にもエリアボスに挑みそうな気合が迸っていた。


 ……盛り上がってる所悪いが本気で死神を目指してたのか?


 そう水を差してしまいそうな口を一愛は縫い止め代わりに別の言葉を言う。


「スタンスに居合一閃。どっちも聞いたことがあるスキルだな。確か日本人最高レベルの月見里さんも持ってたスキルじゃなかったか?」

「そうっスね。スタンスは1秒毎にSPを消費しますけど、その間ほぼ全ての攻撃をパリィする優秀な防御技ですし、居合一閃は必殺の居合抜きです。姫のスキル等級はまだ低いので月見里さんほど強くはないでしょうけど、十分強力なスキルっスよ」

「ほぉ、なんかいいなそういうの。高レベル探索者も使ってるとかお墨付きを貰ってるみたいで」

「先輩意外とミーハーな所ありますね」


「少年心ってやつっスか」と色蓮はからかうように笑った。


「不思議か? 強い人が使っているスキルに憧れるってのは割とあるあるなんだが」

「ああー、その気持ちは分からなくもないっスね。ウチも……いえ、なんでもありません」


 色蓮は一瞬苦しそうな表情をすると気持ちを切り替えるように笑顔を浮かべた。

 見れば椿姫も一瞬気まずそうに視線を逸らしたのが気になる。

 ……ツッコむほどではないかと一愛は気にしない振りをした。


「椿姫も無事レベル2に上がったし今日はもう寝るか。丁度安全地帯が近いしな」


 その言葉にこれ幸いと色蓮が同意し、一愛達はダンジョンの安全地帯で野営の準備を始めた。


 


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