第16話 東雲 椿姫
「…………はい、お父様」
奥から可憐な声が聞こえて襖が楚々として開かれた。市松模様の和服を来た黒髪姫カットの少女が現れる。彼女が
まず一愛がその存在に気付けなかったことにも驚きだが、真の驚きはもっと別にあった。
色蓮と並んでも見劣りしない美少女だとか、背は色蓮より少し高いくらいだとか、そんなチャチなものじゃあ断じてない。
……でっっっっっっっっかぁ……。
そう魂の叫びを堪えるのに一愛は必死だった。
これで中学生は嘘でしょと疑うくらいに東雲は巨乳であったのだ。和服とは構造上胸の大きさが分かりづらい衣服であるにも関わらず一目で大きいと分かるサイズ感である。まさか中学生が乳袋を作るとは思わなかった。顔は14歳らしい幼さを残しているのにこの巨乳。現在で既に推定Fカップ(将来性◎)である。とんでもない逸材を持つ友達が色蓮にはいたものだ。
なるほど。やはり直で会ってみないとわからないものである。
……このおっぱいで探索者は無理でしょ……。
「姫、お久! 一週間ぶり!」
「いろはす……」
色蓮の気軽な挨拶に東雲はほっと胸を揺らして微笑みを浮かべた。
いろはす? 確かに漢字の上ではいろはすだ、こいつはそんな喉を潤すような存在ではないんだけど……というツッコミを一愛は飲み込む。
「椿姫。話を聞いてたんなら後は自分で判断しろ。俺達はお前が決めたことを尊重する。俺からは以上だ」
「はい、お父様」
そういって東雲の両親は客間から出て行った。
後には一愛達子供だけが残される。
「……とりあえず座ったら?」
客人である一愛がそう声を掛けたのは東雲の両親が出て行ってから一分が経過した後である。
それまで何をしていたのか。答えは無表情のにらめっこである。
「……は、はいっ」
「ああ姫、こっちこっち」
一愛が声を掛けただけで沸騰したように顔を赤くした東雲は、自分の家なのにガチガチに緊張し勝手が分からないように狼狽えていた。それを色蓮が導くように自分の隣に座らせる。
テーブルを挟まず三人横列。なにこれ?
「先輩は姫の顔、というか全身を見ないで下さい。この子人の視線に敏感なので」
「……ぇぇ」
失礼過ぎない? と一愛は呆れた。まるで階段を昇っている時に前の女子高生がこちらを睨みながらスカートを抑え始めた時のような気分になる。酷い冤罪だ。
「す、すみません……。その、私、嫌なことがあってから、そのっ」
「ああいや、いいよ。そういうことなら」
「嫌なことがあったなら仕方ない」と一愛は苦笑する。
「それじゃ先輩、まずは挨拶を」
「ああ、軽くでいいよな。俺は二ツ橋一愛で、今年で16歳になる。後3週間もすれば高校生になるな。中央線沿いに住んでる。君は東雲椿姫で色蓮と同年齢、で合ってるよな。それさえ分かればいいから、後は言わなくてもいいよ」
「ぞ、ぞ、存じてます。そのっ」
「ああ、そりゃ知ってるよな。さっきまでの話を聞いてたなら、」
「違いますっ!」
蚊の鳴くよう声で叫ぶという特殊な技能を発揮した東雲が一愛の声を遮った。
「て、て、て、テレビで見たので! そ、その、二ツ橋様がダンジョンから出てくる所を!」
「二ツ橋様て。まぁいいけど、知ってるってそういう意味か」
まぁ何コマか報道してたみたいだし知ってても仕方ないかと一愛は思う。
だが色蓮が意地の悪い笑みを浮かべ、
「姫~? 嘘を吐くのは止めた方がいいよ~。姫の部屋テレビないんだから、どうせネットの掲示板でもかじりついて見てたんでしょ?」
「……っ」
図星だったのか東雲は顔を真っ赤にしてぽかぽかと力が入ってない拳で色蓮を殴った。
「大丈夫大丈夫。一愛先輩もオタクだから、そういうの寛容だから。というかウチと友達って時点で察してると思うから、曝け出した方が今後楽しいよ?」
「……ほ、本当ですか?」
「本当。今もアニメ見てるし、ダンジョン以外のアウトドアに興味ないよ」
「す、す、好きな漫画は……?」
「う~ん。いっぱいありすぎるけど、特に影響を受けたのはBL〇ACH」
「わ、わ、わ! 私も大好きですっ! ネットではオサレだとか当初馬鹿にされてましたけど今では一周回ってカッコいいって意味になってるくらいオサレだしというか私は最初から巻頭ポエムが大好きでしたけど! それに死神という一見陳腐な設定をあそこまで独特な世界にした表現力になにより刀が〇解から卍〇へと至る過程そしてそこまでのストーリーが秀逸で! そしてキャラクターも個性的で特に私は愛染様が大好きでもう本当に鏡の前で『砕けろ 鏡花〇月』とかやっちゃうくらいで何でもありません……」
……こんなに遅い何でもありませんある?
なるほどと一愛は若干引きながら頷いた。好きなことには一生懸命な子なんだなと頑張って好意的に解釈した。
あるあると頑張って理解まで示す。
「あるある! ウチもかめは〇破とか今でも撃つし! 舞空術使いたい!」
「もうっ、もうっ!」
折角何でもありませんとお茶を濁したのに台無しにされた東雲がまたぽかぽかと色蓮を殴った。色蓮は冗談混じりに「いたい、いたいって」と楽しそうに笑う。
……今度百合漫画でも買うかと一愛は思った。
「まぁこれで自己紹介はいいでしょう。お互いのことは十分知れたと思いますし」
雰囲気を変えた色蓮が微笑みを浮かべながら一愛と東雲に言う。
東雲は話題が本筋に戻ったことを察して息を吞んだ。
「さて先輩。まずは先輩から聞きましょう。ウチはどうしても姫と一緒にダンジョンに潜りたいんスよ。なぜなら姫は絶対裏切らないから。この裏切らないというのはウチをという意味で先輩を絶対裏切らないかというとそうではありません。例えばウチと先輩どちらかを選べば死ぬみたいなトロッコ問題に当たった時、姫はウチを選ぶでしょう。ここまではいいっスか?」
「当然だな」
当たり前の話である。一愛だって色蓮と家族を天秤に掛ければ家族の方が重い。
逆に言えばそういう問題に当たらない限り椿姫は裏切らないと色蓮は暗に示していた。まだ一愛はそこまで椿姫を信用していないがひとまず色蓮の言葉を信用してもいいだろう。
色蓮が真剣な顔で頷いた。
「ウチにとってウチを裏切らない人間というのは何にも代えがたい貴重な財産です。これは先輩のようにダンジョン1階層をソロで攻略した人より重い。つまり多少の足手まといは承知の上でウチは姫を誘いたいんです。先輩には悪いと思うっスけど……」
「確認だけど、東雲さんは今までダンジョンに入ったことはないんだよな? ということはもしパーティーに入れば俺達が東雲さんをキャリーするってことか? この先ずっと?」
それは流石に勘弁である。もしそうだとしたら即座に拒否だ。
だが幸いにして色蓮は首を振った。
「それでは深層まで潜れませんので、姫にも良い経験値を得てもらうよう頑張ってもらいます。でもウチと先輩のように戦えとはウチはとても言えません」
「そりゃそうだ。わかった」
一愛は頷き、
「いいよ。色蓮の好きにすればいい。東雲さんが自分の意志でダンジョンに入るというなら」
「……っ」
東雲は息を呑みぐっと押し黙った。
最初からそこが一番重要でこれまではただの外堀埋めである。
本丸がはいと言わなければ何の意味もない。
「……姫、ウチと一緒にダンジョン潜ろう? ダンジョンに潜って強くなればもう二度とあんな思いしなくて済むよ?」
色蓮もそれが分かっているのか、寄り添うようにして東雲を説得した。
東雲は「うん」とは言わずそれでも黙ったままである。
「大丈夫。さっきも言ったけどウチと先輩がいれば大抵のことは何とかなるから。ダンジョンの中だから絶対とは言わないけど、最初の内は姫のマジックアイテムはウチが上げるし、それで大分危険は軽減されると思う」
「……私もダンジョンには入りたいってずっと思っていますよ。いろはすがダンジョンに潜ってレベル3になったって聞いた時、結構羨ましかったので。それに今も一緒に入ろうって誘ってくれて、本当に嬉しい」
「じゃあっ!」
「でもごめんなさい。私は怖いのです」
東雲は肩を震わせる。
「……ダンジョンの中が怖いのではありません。人の視線が怖いのです。覚えていますか。一緒に学校に登校した時、いろはすと一緒におはようって言ったのに、私だけ誰からも挨拶されなかったこと。あれ実はみんな、私を一日無視しようって事前に決めてたんですよ。今日はこんな虐め方をしようって。クラス、みんな」
「……っ」
色蓮は唇を噛む。
「他にもいろはすが知らないだけで沢山あります。上履きを隠されたり、ロッカーに給食の残りを入れられたり。あと水泳の授業中に下着を隠されたこともありました。あれは辛かったですね……」
「それは……知らなかったけど、でもそいつらは!」
「分かってます。気付いていますよ、いろはすが私の為にダンジョンに潜ったこと。それで力尽くで転校させてしまうのですから、本当、いろはすらしいというか」
「知ってたんだ……」と色蓮が耳を赤くさせる。
「それくらいわかります。一週間も行方不明になって、急に帰ってきたかと思ったら真っ先にやったことがそれだもの。それに友達だから」
東雲は苦笑して、小さく息を吐いた。
「私は怖いのです。この家を出たら、きっとまた同じことが起こるのではないかと。彼女達がいなくなったあとも、クラスのみんなから変な目で見られ続けて。いろはすがいない時だとそれが余計にひどくなっていくのが分かるのです。その内学校の中だけじゃなくて、ただ道を歩いているだけでも視線を感じて……」
そう言って東雲は自分の腕で体を抱いた。
「時々、お父様の仕事のせいもあるのではと考えてました。私が虐められるのも、心無い言葉を言われるのも、変な目でじろじろ見られるのも、お父様のせいなのではと。私はお父様が大好きなので、そんなこと考えたくなくて。だから……」
東雲はそこで黙ると、無理に笑顔を浮かべる。
「だから、ごめんなさい。ダンジョンには入りたいですけど、外には出たくありません。誘ってくれて、本当に嬉しかった」
「……姫っ」
明確な拒否の言葉に色蓮が何と言うべきか狼狽えている。
一愛としてはそれでもいい。色蓮が東雲を諦めるというならそれはそれで。
色蓮が諦めたように項垂れるのを見て一愛は嘆息した。
「これで話は終わりか。残念だったな色蓮、俺は帰るぞ。ここからだと家まで2時間は掛かるんだ」
「……はい、先輩」
「と、遠くまでご足労おかけして、申し訳御座いません」
「別にいいよ。お邪魔しました」
そう言って一愛は立ち上がる。
鞄を肩に下げ居ずまいを整えた。色蓮はそれに続こうとしない。まだ東雲を勧誘するこを完全には諦めていないようだ。
襖を開けて立ち去ろうとした時、一愛は思いついたように、
「そういえば、俺も小学校の頃からずっと虐められてたんだよ。自分が嫌でダンジョンに一人で潜って、帰ってすぐ学校に行った時に自力で清算したけど」
「……え?」
「家族にもかなり心配掛けたけど、俺はダンジョンに潜って良かったと思ってる。世界が広がったんだ。クラスでの交友関係や俺を虐めてた奴がどうでも良くなるくらいに」
「そ、それはっ」
東雲が慌てて追いすがり何かを聞きたそうにしていた。
一愛は東雲を一瞥して、
「詳しく聞きたいなら話してやるよ。ダンジョンの中でな」
それだけ言って一愛は東雲家を後にした。
三日過ぎて金曜日。
三日間学校での生活は特に変わりなく終わった。強いて言えば竜之介達が連日休んだことと、相変わらず一愛に色々聞いてくる生徒が多いくらいだがそれも気にしなければそれまでである。
一愛は帰りの足で新宿ダンジョンまで向かう。月曜も思ったことだがダンジョンで学生服は結構目立つ。折角【ドレスルーム】の魔道具を買ったのだから着替えてしまおうかと思ったがそれも止めておいた。着替えは一瞬で済むがダンジョンに入らないとなれば損した気分になる。
だが一愛はそうはならないと思っていた。念の為三日はダンジョンに籠るかもと家族に伝えているのがその証拠だ。
「後少しで新宿ダンジョンに着きます、か」
LINEに色蓮からそう連絡が来ているのを一愛は見つめる。何気にでもなんでもなく女子からの初LINEである。ちなみにIDは初めて会った時に無理矢理交換されたが連絡を受けたのは今日が初めてだった。
なんかちょっとテンション上がるなと年頃の男子である一愛は思うも、すぐに冷静になる。
……一人で来るのか、それとも二人で来るのか。そこが焦点だな。
色蓮は連日学校に来なかった。2年生の教室まで毎日いって確認したのだから間違いない。
先輩である一愛の登場に男子は嫉妬9割、女子は歓声7割とやや大げさに対応してくれたがそれは関係ないので割愛する。ただ後輩達の反応から色蓮は既に相当数の男子から惚れられているのだと察せられたとだけ言っておこう。発言を補って余りある容姿だから仕方ない。
ともかく色蓮は泊りがけで東雲を説得したのだと一愛は予想した。三日も学校に来ないとは大した労力である。それが功を奏しているのなら、恐らく。
「――一愛先輩。お待たせしました」
「……ああ。俺もさっき来たとこ、」
横合いからきた言葉に一愛が返事をして、固まった。
色蓮の私服がガーリーで可愛いとか、体型を分かりづらくしてるのは大きなお尻を隠す為かとかそういった言葉が雲散霧消するくらい隣の異物感が凄い。いや後半は思っただけで言うつもりは無かったが。
……二人で来た。二人で来たが、これは。
「……段ボール仮面?」
「二ツ橋様! お話を聞きに参りました!」
段ボールを被った少女はくぐもった声でそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます