第15話 三人目のハウス



「ここが三人目のハウスです、一愛先輩」


 翌日。

 学校にいつも通り登校した一愛は、放課後になって色蓮にクラスまで迎えに来られた。早速三人目のメンバーを勧誘しにいくということで神奈川県の中川まで直行で来ている。まるで拉致だ。

 昨日の衝撃が冷めやらないクラスにまたもや燃料を投下した色蓮には苦言を呈したいが、日時と場所を伝えていなかった一愛にも落ち度はある。だが昨日の今日でアポイントもなしに普通誘う……?

 確かに一愛は言った。「お前が誘いたいなら良いと思うけど入れる前に一度会わせてくれ」と。この結果は色蓮の行動力を舐めていたということなのだろう。一愛とパーティーを組むためにわざわざ転校までした前科があるのにすっかり失念していた形だ。

 ともあれそういった理由で一愛と色蓮は三人目(予定)の家まで来ていた。


「ここがあの女のハウスね」

「……プ」


 色蓮が静かに噴いた。一愛は顔を赤くする。


「なんだお前、人が折角ノッてやったのに。もう合わせてやんねーぞ」

「す、すみません。でも先輩の顔でおねぇ言葉は割と洒落になってないので、もう止めた方がいいっスよ? あ、ある意味面白かったっスけど」


 こいつ、と一愛は舌打ちした。

 しか、ここが三人目の家か、と一愛は遠い目をする。


「……」


 広すぎる。金持ちか? 金持ちだな(確定)。

 だが一般的な金持ちとは違う気がする。というのも武家屋敷のようなのだ。

 ドラマや映画でしか見たことない巨大な鉄門。まるで防御を固めるように高い塀が屋敷をぐるりと囲み、遠目で何とか瓦葺の屋根が見えるといったところか。なんというかあれである。アニメとかでよく見るヤクザの組長の屋敷みたいだった。


「え、ヤクザ?」

「そうっスよ。ジャパニーズマフィアですね。その組長さんの娘っスよ、椿姫は」

「……そっすか」


 ヤクザだった。一生縁の無い存在だと思っていたのにこんな形で関わることになるとは。

 口を開けて諦めた表情をする一愛を見て、色蓮は慌てて補足するように言う。


「あ、でも薬、恐喝、殺しとかはやってないクリーンなヤクザらしいっスよ。実情のところは知りませんけど」

「実情のところを知らないんじゃ何も知らなくない?」

「まぁいいじゃありませんか。悪い人達ではありませんよ」


 ヤクザに悪くない人はいないだろと一愛は思うも、それは言葉を飲み込んだ。これから三人目になるかもしれない子の親である。あまり悪くいうものではないだろう。

 でもヤクザはなぁ……と悩む一愛を無視し、色蓮はインターホンを鳴らした。


『は~い。あ、色蓮ちゃん?』

「色蓮です! 椿姫に会いに来ました!」

『いつも悪いわね~。どうぞ上がって~』


 予想に反してほんわかとした声に迎えられ、一愛達は自動で開いた鉄門を潜って中へと入る。

 予想通り広い前庭を通り抜け(途中鯉とかいた)、広い和室、恐らく客間へと腰を下ろした。ちなみに客間へと向かう間舎弟らしき人達に色蓮は頭を下げられ、当然のようにそれを受け止めていた。ここまで向かう間に誰の案内もなかったし、本当に勝手知ったる何とやらである。自由過ぎる。


「なぁ、なんで東雲の部屋に直接行かないんだ? 場所分かるんだろ?」

「先輩、他人の家に入って家主に挨拶しない人がどこにいるんスか」


 ごもっともすぎる。


「それに先輩は初見でしょう? ですからまずは挨拶しないと椿姫に会わせてもらえません。ウチの先輩ってだけで娘に会わせる両親じゃないんスよ。正確には組長である父親っスけどね。御年がいってからできた子なのもあって椿姫にめっちゃ過保護なんです」

「それは、なんというか」


 過保護というかおかしくないかと一愛は思う。

 年頃の中学生など一日外出しているだけで勝手に知り合いが増えるだろう。一愛はそうではないが普通はそのはずだ。例えば学校で知り合う友達など親が介在するべきではない。

 色蓮は一愛の疑問に頬をかきながら答えた。


「実は椿姫は不登校なんスよ。理由はま、色々あるんスけど。そのせいでお父さんが神経質になっちゃって。気持ちは分かるんでウチからこれ以上は何も言えません」

「……そう」


 親が過保護で本人は不登校。父親が神経質になるということは家絡みか何かで虐められていたかと一愛は考える。虐めていた奴らはきっと元友達か、もしくは教師か。

 ……不安要素がありすぎる。過保護な親がダンジョンに潜るのを許可するとは思えない。それに不登校は印象が悪すぎる。一愛ですら学校に通っていた。女子の虐めは陰湿でえぐいとも聞くし、一概に同条件とは言えないだろうが。

そんなんでダンジョンに潜れるのかと思うも、結局一愛は黙っていた。

 会えば分かる。


「――よう西園寺の嬢ちゃん。一週間ぶりだな」


 襖が開かれ、威厳のある初老に差し掛かった男性とおっとりした小柄の女性が入ってきた。恐らく東雲の両親だろう。


「ども、風雅さん、お邪魔してるっス! これは椿姫が休みの間に貰ったプリントなんで適当に捨てちゃってください!」

「おう、そうさせてもらうわ」


 そう言って組長――風雅は紙の束をスルーし、代わりに母親が苦笑しながら受け取った。

 風雅は眼光鋭く一愛を睨む。


「そんで、そいつは誰だ。椿姫の友達じゃないよな?」

「こっちはウチの先輩で二ツ橋一愛先輩っス! ウチ転校したんで女子中から共学になったんスよ!」

「初めまして。二ツ橋一愛です」

 

 一愛は座ったままであるが儀礼的に頭を下げた。

 

「ほう、先輩。それに転校か……転校⁉ なんでやねん!」

 

 と風雅は見事なノリツッコミを披露した。

 ……意外とお茶目な人なのかな?


「なんでと言われてもそこに先輩がいたからっスね。それ以外転校する理由はないっス」

「あら~。じゃあもしかして、色蓮ちゃんの彼氏さん?」


 世の奥様の恋愛話好きは全世界共通なのか、母親がおっとりと微笑みを浮かべながら聞いてくる。それに色蓮が「違います」と普通に答えた。

 本当に何の含みもない「違います」である。顔色一つ変えないし何なら「どうしてそんな意味不明なことを?」とばかりに疑問符を浮かべていた。脈が欠片もない。


「そうなの? でも、じゃあどうして?」

「若葉、そんなことは後にしとけ。大事なのはこの小僧がどうして椿姫に会いにきたかだ」


 風雅はその言葉だけで話を本筋に戻すと一愛を睨み、


「で、小僧。どうして椿姫に会いにきたんだ? 俺がヤクザだってのは知ってて来たんだろ?」

「……ええ、はい。正確にはさっき知ったところですけど、相手が誰だろうとどの道来たので、そうですね。来た理由は、色蓮、言っていいのか?」

「いえ、ウチから言うので。先輩はそれ以外のことを正直に答えてくれれば」

「そうか、分かった」


 一愛と色蓮の会話に風雅は興味深そうに眉を上げる。


「……ほう。小僧、ヤクザが怖くないのか」

「怖いですよ、当然。でも銃までは使わないでしょう?」


 何か怒らせるようなことをしても中学生相手に銃は使わないだろう。いくらレベル3に上がったとはい、銃弾を浴びれば普通に死んでしまう。それだけは勘弁である。

 そうした特に他意のない言葉だったのだが、何がおかしかったのか風雅は爆笑した。


「ははははは! そうだな、銃は使わん。それにウチは殺しはしないんでな」

 

 そう言って一頻り笑うと、風雅は鋭く一愛を睨み、


「小僧。探索者だろ」

「……どうしてわかったんですか?」

 

 流石に驚いた。だが一愛のその反応にすら組長は笑う。


「はははは! どこの世界にヤクザに凄まれて平然としてられる中学生がいるんだ? しかも銃は使わないでしょうときた。まるでそれ以外ならどうとでもなるみたいな言い方じゃねーか! そんな人間止めてる奴ら、探索者以外にありえん」


 なるほど、説明されればその通りだと一愛は理解する。

 となれば次に来るのは……。


「で、そんな探索者の小僧がウチに来た理由ってのは、椿姫を仲間にしてぇからか」


「西園寺の嬢ちゃんも連れてるしな」と風雅は言う。

 やはりそこまで読まれてしまったようである。

 だが少し違う。一愛は頭を振り、


「俺は特に娘さんを仲間にしたいとは思ってません。まだ会ったこともありませんし、仲間になるかは会ってから決めるつもりでした」

「なるほどそりゃそうだ。てことは西園寺の嬢ちゃんか?」

「……ええ、はい。ウチです」


 色蓮は真剣な眼差しを風雅に向ける。


「ウチは椿姫をパーティーに誘うつもりで、今日ここに来ました」

 

 そう宣言してから色蓮は風雅に理由を説明した。

 一愛と色蓮の二人では限界があり、どうしても後一人仲間にしたいこと。

 そして親友で気心知れる、絶対に裏切らないと確信を持てる東雲が欲しいこと。

 自分と一愛は特別で死ぬつもりは欠片もないが、それでもダンジョン内では絶対安全とは言い切れないということまで説明した。


「 ウチは最も信頼できる椿姫と頼りになる先輩。この三人でダンジョンに潜りたいんです」

 

 そう言って締めくくり色蓮は頭を下げる。


「……なるほどな」

 

 風雅は瞑目した。母親は不安そうに夫を見ている。

 長い沈黙の後、風雅は目を開け、


「いいぞ。許可する」

「――え、本当っスか⁉」


 色蓮が一瞬で喜色を浮かべる。一愛も意外だと内心驚いた。

 これまで話をしていても風雅は椿姫に過保護であると十分に理解できた。専業ヤクザが初対面の中学生相手に凄むくらいである。どれだけ余裕が無いのだと正直呆れていた。

 なのにダンジョンに潜るのを許可するとは一体どういうことか。過保護とは真逆の対応に一愛は驚き、その驚きを悟った風雅が苦笑を浮かべた。


「悪かったな小僧。いや一愛。ウチは職業柄利用しようとしてくる奴に事欠かないんだ。ガキだろうが例外じゃない上に最近はむしろそっちの方が多い。西園寺の嬢ちゃんが連れてくる以上問題ないことは分かっていたが、椿姫に毒かどうかは確かめねぇと、な」

「ああ、いえ。特に気にしてませんよ」

「そうか、助かる。すまんな」


 そう風雅はまず一愛に謝り、


「で、だ。探索者のことだが、俺としてはむしろ連れ出してやってほしい。別に引きこもりだから言ってるわけじゃねぇ。むしろ一生家にいてくれてもいいんだが」

「いや一生は……なんでもありません」


 思わずツッコんでしまった一愛は、風雅が殺人的な目を向けてきたのですぐに取り消した。

 娘を想う父親はみんなこんななのかと一愛は顔を引き攣らせる。


「連れ出してほしい理由ってのはな、椿姫の安全の為なんだよ」

「安全、スか? すみません、さっきも言いましたがウチと先輩がいる以上滅多なことは起こらないかもってだけで、ダンジョン内は異常が普通なんです。だから、安全とまでは言い切れないというか……」


「むしろ危険を目指すというか……」と色蓮は自信無さげに答えた。正直に言いすぎである。

 だが風雅は違うと言いたげに首を振った。


「安全じゃないのはむしろこっちの方だ。なぁ一愛。お前さんの学校、探索者は他にどれくらいいるよ」

「……どれくらいでしょう。俺以外には見たことありませんけど、見たことないだけで0とは言えないと思います。昨日探索者ギルドという組織に所属している人と話す機会があったんですけど、その人は未成年も在籍してるみたいな言い方をしていました」

「そうか、もうそんなに進んでるか」


 風雅は疲れたように息を吐き、


「ヤクザはダンジョンに入れないのさ」

「……そうですか」

「ははは! 予想通りって顔だな。どうしてそう思った?」

「確証は無かったですけど、俺は探索者協会の人から話を聞く機会があったので」

「ほう、なら概ねその通りだ」


 納得する風雅を見て一愛は自分の考えが正しいことを理解した。

「どういうことっスか?」と頭に疑問符を浮かべる色蓮が説明を求めてくる。


「探索者は月一回、人間としての資質を確認する機会があるのは知ってるよな」

「ああ、あれですか。勿論知ってますよ。ヤクザは資質的にアウトってことっスか。でもそんなの無視して入っちゃえばいいのでは?」

「その通りだけど、認識の違いだな。探索者協会は登録証を持たないでダンジョンに入る人にはかなり厳しく取り締まるんだよ。はっきり言えば犯罪者予備軍として危険視してる」


 なんというか残念でもない当然の事実というやつである。


「協会の人はそこまで言ってなかったけど、きっともっと厳しいはずだ。面と向かって言っては失礼だけど、ヤクザな人はただでさえ世間から危険視されてる。そんな人達がダンジョンに勝手に入ってレベルを上げたなんて知れたらそれだけで逮捕……は理由がないから無理にしても、こっそり監視を付けるくらいはするんじゃないかな」

「あー、まぁそうですね」


 色蓮は納得したように苦笑した。


「でもそれと今回のことは別……ではないんスか。ヤクザが警察と並ぶ暴力装置として機能しなくなるということは……ふむ。色々恨みを買ってそうだから言語化できないくらいやばいっスね!」

 

 色蓮が良い笑顔で首肯した。サイコパスか?


「そうだ。言語化できねぇくらいヤべぇのよ」

 

 風雅は苦笑し、溜息を吐いた。


「ヤクザなんて因果な商売、いつ背中から討たれるか分かったもんじゃねぇ。それでもこれまでは何とか生きてこられた。相手が人間だったからな」

「……」

「だがこれからの時代、ダンジョンなんてもんが出てきてどんどん人間が人間離れしていきやがる。そんな時ダンジョンに入れない俺らはどうなると思う。これまでのツケが全部還ってくるってわけさ」

「だから娘さんを俺たちに預けたいと」

「預けるわけじゃねぇ。椿姫には自分で自分の身を守れるようになってほしいだけだ。明確な俺の弱みでもあるからな。だからお前さんらの話は渡りに船ってだけの話よ。西園寺の嬢ちゃんが探索者になったって聞いた時からいつかはこういう話が来るかもとは思ってたしな」

「私は今でも反対なんですけどね……この人ったら一度決めたら頑固で」


 そう母親が苦言を呈するように言う。どうやら予め話は済んでいたようだ。


「さて、いつまでも年寄りと話をしてる時間もないだろ。おい――椿姫。話は聞いてたんだろ、出てこい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る