第13話 確認と方針②


 二人でダンジョンストアを見て回ること一時間。


 ……酷い惨めな気分を味わった。


 アイテムボックスは予定通り買えた。というより色蓮の勧めで人工魔道具のドレスルームを買うことになったのだ。これはアイテムボックスの装備専用版で、現在の装備や武器をスロットに登録することができる。登録したスロットを選べば瞬時に早着替えというわけである。

 まるでゲームのようだが値段は非情に現実である。6000万(税抜)で購入した。


 この時点で一愛の残額は半分近くなったわけだが、まだまだ購入したものは沢山ある。【初級者】用装備として売られている近接防具一式(革鎧がメイン)にグレートクラブが振れない狭所での戦闘や壊れた時を考慮し、ダンジョン産のコンバットナイフ、それと全長1.8mの現代製バスタードソードを購入した。加えてSP、MPローローポーションを計30個ずつに、リジェネレーションでは治せない怪我を負った時用に上級ポーションを二つ。


 こちらのお値段、全部合わせて5000万である。(税抜)


 ……散財した感は否めない。何せダンジョン産のコンバットナイフが1500万もしたのだ。いくらどれだけ切っても刃毀れせず、自動回復機能を持つナイフとはいえ高すぎる。いや機能を考えれば安すぎる気がしないでもないが、今の一愛にとっては高すぎた。

 予備の武器にそこまでお金かける……?


 当初こんなもの買うつもりは無かったのだが、それというのも大体色蓮のせいである。

 色蓮は一愛の予算を聞くと片端からこれらの装備や武器、アイテムを選別しだしたのである。曰くパーティーメンバーであるウチが一愛先輩の装備を見繕うっス! とのことだ。

 SPMPローローポーションまでは可愛げがあって微笑ましく見ていられたのだが、装備を選ぶ段階になると流石に慌てて止めに入った。他にもっと重要で欲しいものがあるからと。


「どれっスか」と胡乱気な眼差しで聞いてくる色蓮に一愛は言った。

「ダンジョンでの衣食住だ」と。


 事実ダンジョンでの衣食住はかなり切実な問題である。主に下記の三つは必須だった。


 衣:感染症や不潔からくる病気を防ぐ為に必須。常に清潔な状態を保てる【ティルタ・ウンプルの泉】人工魔道具verがあれば尚良し。お値段一億。

 食:言わずもがな。お値段時価。

 住:安全地帯は安全とはいえ必須。特に他の探索者が無断で入ってこれない簡易結界を持つ人工魔道具(テントver)があれば尚良し。お値段2000万。

 

 ティルタ・ウンプルの人工魔道具までは望みはしないが、最悪でも簡易結界を持つテントは欲しかったのだ。だからそれくらいで抑えてくれと色蓮を制したのだが聞く耳を持ってくれなかった。

 というか色蓮には鼻で笑われてこう言われた。


「そんなのウチが全部持ってるっスよ。勿論テントはウチと別々っスよ、残念でした?」

「……」


 そうではない。残念だったけどそうではないのだ。


 アイテムボックスは色蓮が所持してパーティー共有。衣であるティルタ・ウンプルの人工魔道具も色蓮が所持し、住である簡易結界のテントも色蓮が支給する。ならば食はというとこちらも色蓮が提供すると言って聞かなかった。果ては会計の段になって「ウチがポーション類提供するんでこれらも装備に回しません?」と言ってきた時の一愛の気持ちはもう……情けなくて情けなくて泣きたくなってしまった。

 勿論全力で止めたが会計のお姉さんの突き刺さるような視線を思い出すだけで震えが走る思いである。


 ……なんというかヒモにでもなった気分だった。


「何をそんなにしょぼくれてるんスか? 良い買い物だったと思うっスよ?」

「……でもやっぱあのナイフはなぁ」


 買い物が思ったより早く終わったので、家に晩飯が用意されていない一愛はファミレスに入っている。当然のように色蓮も付いてきたが中学生の娘にここまで自由を許すのはちょっとどうなのと思わないでもない。レベル3で普通の人間じゃ絶対敵わないとはいえ心情的にである。

 色蓮はフライドポテトを興味深そうにつまんだ。


「一愛先輩の売りは正面衝突での肉弾戦っスけど、モンスターに超近接まで接近されたら特大武器は振るえません。その為にヘヴィーブローとかいうえぐい腹パンがあるのも分かりますけど、あれはSPが無いと放てない。そういった時の為にコンバットナイフは必須だと思うんスよ。先輩は格闘技とかの経験があるわけじゃないんスよね?」

「……ないけど」

「であれば、やっぱり猶更必要だと思うっス。組み付かれた時どうします? 力に任せて振りほどく? それが通用するモンスターはいいっスけど、そんなことで体力を消耗するくらいなら脳髄にナイフぶっ刺した方がスマートっスよ」


 そう言って、色蓮は興味深げに眺めていたフライドポテトを口に入れた。

 

 ……関係ないけどこいつ食べ方めっちゃ上品だな。


 フライドポテトというジャンクの王様を食べてる癖に品がありすぎる。なぜだ、姿勢か? と一愛は関係ないことを思った。

 それはともかく色蓮の言葉も理屈の上では正しいと理解する。正しいと理解するが……。


「でもな色蓮。装備はいいとしてそれ以外全部お前持ちってどういうことだよ。俺はお前のヒモか? 家来か? それなら分かるけど違うだろ。お前がどれだけ金持ちなのか知らないけど俺にも少しは負担させてくれよ。これじゃとても対等とは言えない」


 一愛の言葉に色蓮は「あー、」と遠い目をした。

 パーティーメンバーは対等であるべきだ。一方的な施しなど不和の種にしかならない。


 これは歴史が証明しているし、直近でも実例として幾つかある。有名なのはイギリスで起きた事件で、一愛達と同じように探索者パーティーである。彼らは富豪であるパーティーリーダーの無償の装備提供で成り上がり、そしてパーティーリーダーによって全員殺された。


 施しをした者は心の奥底では“施し”をしたという意識が根付く。いくら無償だと言っていても人間である以上深層意識ではそう思ってしまうのである。

 だから贈った分の見返りを無意識に求めるし、何かをやってもらったら当たり前だと考える。ちょっとした頼みを拒否されればフラストレーションが溜まり、それが積りに積もると爆発するのだ。俺はこんなに尽くしてやってるのにと。


 色蓮がそうならない保障はないし、彼女も人間である以上絶対はない。何よりダンジョンという危険な場所に潜る上で一番不要な考えだろうが、一愛のプライドが許さない。これでも男である。年下の女の子のヒモになる気は欠片もない。

 色蓮は「うーん」と腕を組み、悩まし気に答えた。


「ま、いいか。先輩には先に言っておきましょう。ウチらのパーティーの方針について」

「パーティーの方針?」

 

 確かに大事である。

 大事であるがもっと人数が集まってからするものだと思っていた。

 色蓮は真面目な顔で言う。


「まずパーティーリーダーですが、これはウチがなるっス。先輩もダンジョンで知ったと思うっスけど、ウチは司令塔に向いてます。司令塔がリーダーでないといざという時困ると思うんスよ。年上である先輩には悪いと思いますけど……」

「いや、別に構わない。そもそも色蓮から誘ってきたパーティーだ。俺もお前を司令塔にと思ってたし当然の考えだろ。ダンジョンに対する準備も色蓮の方がよっぽど考えてるしな」

「良かった。じゃあ話を続けますね」


 そう言って色蓮は笑顔を見せる。


「次にダンジョンで獲得したガチャ結果を含むアイテム類ですが、これらは全てパーティーで共有したいと思ってるっス。パーティーで潜った際は売上金も含めて全てパーティーで管理して、ここからポーション類や給金等の必要経費を捻出する形っスね」

「……それは戦力の均一化を狙ってるのか?」

「さすが先輩、ちょっと当たりっス。お察しの通り各々の装備代もここから捻出します。でもそれが戦力の均一化とイコールかというとちょっと違うっスよね? ガチャで出た強力な装備を売って全員の装備代にするとかそんな勿体ないことしません。勿論そのまま装備して貰うっス。その方が結果的にパーティーとして強くなると思うんスよ」

「……」

 

 でもそれだと戦力が偏って不和の原因になると一愛は思ったが、色蓮の微笑みを見てひとまず最後まで聞くことにした。


「ウチの本当の狙いはパーティーに帰属意識を根付かせることっス。帰属意識を持てば多少戦力が偏ろうとよっぽどの事が無ければ裏切りません。でもそれが無ければ人は簡単に裏切る。ウチは絶対に裏切らない仲間が欲しいんスよ。例えそれがお金やモノが惜しいからという理由でも構いません。欲を言えば心から信頼できる関係が望ましいっスけど、それはおいおい時間が解決します。大事なのはきっかけで、後は本人達の努力次第っスから」

 

「むしろ最初から信頼してくる馬鹿はいりません」と色蓮は苦笑した。

 

「……なるほどな。色蓮は環境作りがしたかったわけか」

「そうっス! 今回のこれも先輩がすんなりウチの提案を飲んでくれる土壌作りだったんスけど……いやぁ、男子のプライドを舐めてましたね」

「そんな大層なものじゃ……いやまぁそうだけど。とにかく分かったよ」


 つまり色蓮はどうせ財産を共有する仲になるのだから、一愛が持つお金は一愛の為に使ってもらおうと思ったわけだ。現状で色蓮が持っているものは購入する必要が無いよと言いたかったのだろう。


 最初からそう言ってくれればと思うものの、それこそ色蓮が言ったようにまだ信頼が足りないのだろう。積み重ねの時間が全然足りない、そういうことだ。

 やや強引に聞き出すことになってしまったが、色蓮の考えは理解した。納得もした。リーダーとして相応しいとすら思える。

 一愛は笑って疑いの目を解いた。


「俺は色蓮の考えに賛成だ。大体は好きにすればいいと思うけど、重要なことは相談してくれれば助かる」

「おお! では先輩がサブリーダーということで!」

「……いや、ちょっと待った」

「フフフ。天に吐いた唾はいずれ自分を穿つんスよ先輩。ウチが相談するってことは実質的にサブリーダー以外あり得ませんので。責任はウチと半分こっスよ」


 いずれどころか早速穿ってきたが、まぁ仕方ないかと一愛は嘆息した。


「それで先輩、その、早速リーダーからサブリーダーに相談なんスけど……」


 色蓮はもじもじと何かを言いたそうで言いにくそうにしている。前に出した両手をにぎにぎとせわしなく動かしていた。その仕草は常に自信満々な色蓮らしくない態度だったが、一愛は気にせず「どうした」と先を促す。

 色蓮は暫く黙っていたが、やがて顔を上げて、


「その、三人目のパーティーメンバー……いや、でも、」

「――パーティーメンバーをお探しなら我々が力になれますよ、二ツ橋一愛君」


 そう横合いから聞こえた男性の声にかき消された。

 


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