第14話 勧誘
「初めまして。私は探索者ギルド【闇夜の灯火】に所属している星と申します。専業はスカウトとなりますので、以後お見知りおきを」
そう星と名乗る眼鏡をかけた若い男性は、一愛と色蓮に名刺を渡してきた。
ファミレスで、しかも衆人環視の中特に理由もなく事を荒立てるわけにもいかないので、一愛と色蓮は素直に名刺を受け取った。一愛の心情としては急に話に割り込んできた時点で印象悪なのだが。
「探索者ギルド? なんでしょうそれは」
とはいえ今すぐ追い返すような真似はせず、まずは気になることを聞いてみる。
星は我が意を得たりと言わんばかりに大きく頷いた。
「探索者ギルドとは探索者同士の相互扶助組織のようなものです。主には探索者に装備やアイテムを貸出したり、パーティーメンバーを斡旋したり、探索者志望の若者を養成したりといった所でしょうか。他にも我がギルドは協会が有料で売っている情報を共有したりもしていますね。その分ギルドに所属すると売上の一部を頂きますが、まぁ微々たるものです」
「へー」
……もうあるじゃん、パーティーメンバーの斡旋所。
さすがは大人、やることが早い。ダンジョンの一般開放から三カ月でもうギルドなんかを作っていた。
国に認められた組織なのか、認められているとすればどう認められているのか気になるところだが、それは後で調べれば分かることである。
売上方はヤクザに似てると言えなくもないが、一愛が気にする所ではない。
「そうなんですね。それでどうして俺にこの話を?」
「それは勿論、二ツ橋君を我がギルドにスカウトする為ですよ」
そう言って星はにっこりと笑う。
「ダンジョンにソロで潜り、そのまま1階層のエリアボスを討伐する。これは並大抵の実力でできることではありません。いや我々も本当に驚いたのですよ。我々のギルドは警察とも連携をとっておりましてね、当方のギルドに所属する未成年には今後より一層注意するようお達しがきた矢先の出来事だったのです」
そうさりげなく国家機関との繋がりを星は示し、
「それなのに二ツ橋君は自力で帰ってきたではありませんか。しかもホブゴブリンの武器を担いで! あれには我々も興奮しましたよ。凄い若者が現れたものだと」
「は、はぁ、どうも」
「実際どうやってエリアボスを討伐したのですか? いや実は私も探索者でして、ホブゴブリン戦はレベル2の5人パーティーでやっとの思いで倒したのですよ。ですがあれは心が挫ける出来事でした。1階層でこれなら2階層はどれほどなのだと」
「そ、そうですか」
……なんだか悪い人ではない気がしてきた。
第一印象は悪かったが、こうも熱量を持って接してこられると悪い気はしない。
一愛は雰囲気を少しだけ和らげる。
「それで俺をギルドにスカウトしたいと思った、と」
「はい是非! 将来有望な探索者の確保はギルドの急務ですので! 我がギルドの団長も貴方を是非にと仰っているのです。団長は一般開放されたあとすぐにダンジョンに潜った英傑で、レベルは既に16、現在6階層まで到達しています。ここだけの話、二ツ橋君が我々のギルドに入団されれば団長手ずから育成しようとなさるでしょう」
「そこまで俺を買ってくれてるんですか」
悪い話ではないように思える。むしろ良い話だろう。
だが、
「どう思う? 色蓮」
一愛は話を色蓮に振った。いや意見を求めた。
まるで一愛の主導権は色蓮が握っていると言わんばかりの対応に、星が驚いたように目を見開く。
色蓮は僅かな逡巡も見せずに、むしろ待ってましたと微笑みを浮かべ、
「大変有難いお誘いですが、一愛君は私のパーティーに入ることが決まっておりますので」
……誰だこいつ。
即座に断りの文句を述べたのは流石だが、その聞いたこともない口調に今度は一愛がぎょっとした。どうしたんだ、そんな上品な口調だとマジでお嬢様にしか見えないぞと。
星は一愛のそんな態度に気付きもせず、体ごと正面を色蓮に向けた。
「……これは、失礼を。いえ、二ツ橋君ほどの探索者であれば既に先約がいることくらい予測していましたが、まさか進退を決める決断すら委ねる程とは思いませんでした」
「それほど驚くことでしょうか? 一愛君ほどの有望な探索者であれば、先見の明があるものは何をしてでも手に入れたいと思うのも無理はないと思うのですけど。星様もそうなのでしょう?」
「仰る通りです。ですが貴方が彼にそれほどのものを用意できると?」
「そのような大それたことは……。私も探索者ですので、一愛君の成したことを理解し、私の全てを用いて誠心誠意お願いしただけです」
……なんだか体が痒くなってきた。他所でやってほしい。
「なるほど……」
そう言って星は色蓮の顔と体をじっくりと眺めた。
……酷い誤解と謂れもない風評を与えた気がする。
「一応聞いておきましょう。色蓮さん、でしたか。貴方も我がギルドに入るつもりは?」
「申し訳御座いません。良いところだとは思うのですが、私には合いそうもありませんので。それと私のことは西園寺とお呼び頂ければ」
そう色蓮は明確に拒絶した。
星は立ったまま「ふぅ……」と浅く嘆息して、
「分かりました。今回の所は退きましょう。ですが二ツ橋君」
そう言って星は一愛に目を向けた。
心なしか可哀想なものを見るような目をしているのは気のせいだろうか。
「英雄色を好む。それに君はまだ若い。だからその気持ちは同じ男として非常に、非常によくわかるが、それで身を持ち崩した英雄が多いのもまた事実。今はまだ今しか見えていない年頃だろうが、将来のことを真剣に考えることをお勧めするよ」
「……あの、違い、」
「皆まで言わなくていい! いいんだ。私は思春期の少年を辱しめることはしない。君が将来のことを真剣に考えた時、改めてその名刺に書かれた連絡先を訊ねてくれれば、それで」
言うが早いか、それだけ言うと星はファミレスから出て行ってしまった。
というより唐突に来て何も頼まずにファミレスから出ていくって、それってありなのだろうかと考えてしまう。
いや今はそれよりも、と一愛は肩を震わせた。
「い、い、色蓮ぁ? お、お前、何してくれてんだ?」
「何がっスか?」
さっきまでの口調が嘘だったように元に戻り、色蓮はきょとんと呆けた顔をした。
「ウチが先輩のギルド入りを断ったことなら先輩も承知の上っスよね? てっきりそのつもりでウチに話を振ったのかと思ったんスけど」
「そっちじゃなくて断り方だっての! まるで俺がお前に篭絡されたみたいな言い方じゃねーか! これ以上俺の噂を増やして何がしたいんだよ!」
一愛の渾身の叫びに、色蓮は苦笑しながら消音の人工魔道具を取り出した。
「そっちっスか。別に嘘じゃないと思うんスけど」
「はぁ?」
嘘じゃない? 意味が分からない。一愛は童貞である。嘘ではないというなら本当にしてみろよ! と怒りのあまり口走ってしまいそうだ。
……まぁそんなこと言う度胸はないのだが。
「先輩はウチに篭絡されてるじゃないっスか。だからさっきみたいにウチに判断を委ねたんスよね? それってウチがパーティーリーダーとして認められてなければ出てこない選択肢だと思うんスよ。……合ってます?」
最後はやや不安そうに聞いてきた色蓮に、一愛は斜を向きながらも「……合ってるよ」と返事をした。
「よかった。であれば先輩はウチに見事に篭絡されてることになるっス。あとは勝手に向こうが勘違いしただけで、ウチはそこまで関与しません。わざわざ訂正しても話がのびるだけですしね」
「……そりゃそうだが、でもな、」
「先輩が嫌な思いをしたことは謝るっス。でもあれが一番スマートだったと思うっスよ。ウチは絶対に先輩を取られるわけにはいかないので、使えるものは何でも使うつもりっス。横から搔っ攫われたら堪ったものではありません」
「……別に嫌ってことはないけど」
後輩の女子にここまで言われては一愛も怒るに怒れなくなる。それに今回の件が噂になって一愛が嫌な思いをするというなら、その時は色蓮も同じく嫌な思いをするはずだからだ。むしろ変な噂を流されたら色蓮の方がダメージはでかいだろう。
一愛は嘆息して、
「で、本当のところは?」
「――いやぁ、話している間に興が乗っちゃって。それにウチ、結構モテるんで告白とかされると時間取られるし、ここらで一つ先輩には男除けになってもらおうかなって」
「えっと、星三留さんか。電話番号は、」
「わーわー冗談です冗談っスよ! 仮にも組織の人間なんだから不用意に悪評をまくわけないじゃないっスか! ちゃんと考えてるんで! だから名刺は捨てて下さい!」
「……」
慌てる色蓮に溜飲を下し、一愛は名刺を通学鞄にしまった。あとで家で捨てよう。
なぜ家なのかって? 大事に鞄に閉まった時の色蓮の反応が面白かったからだ。
ともあれ断り方については理解できた。悪乗りが過ぎるがこういう性格も色蓮の味だと辛うじて理解できる範疇である。最後の一線は弁えているようで安心した。
「……でも本当にギルドの誘いを断っても良かったのか? 俺としてはそこまで悪い話じゃないと思ったんだけど。色蓮にしたって俺と同じことをやったと証明すれば、あの人の態度もまた変わっただろうし」
「せ、先輩……っ。ま、ま、まさか本当にギルドに連絡するつもりっスか……?」
「違うって。一線を越えなきゃ色蓮が決めた方針には従うつもりだ。単純に疑問に思っただけだよ」
その言葉に色蓮はあからさまに安堵した。同時になぜかドヤ顔になる。
「先輩。ウチがリーダーではなく組織の一員になる姿、想像できます?」
「……納得した」
凄い納得した。これ以上ないほどに納得した。
まだ知り合って半日程度だが、色蓮が組織に所属して「イエス、ボス!」という姿は欠片も想像できない。今もドヤ顔を続ける色蓮を見て一愛は物凄く腑に落ちた。
「まぁそれは半分冗談として」
「……冗談?」
「なんスか文句あります? ウチだって協調性くらいあるっスよ!」
「協調性?」と一愛は言おうとしたが、言うと今度は泣きそうだったので黙ることにした。
話を促すと色蓮はこほんと咳払いをする。
「先輩は良い話だと思ったみたいっスけど、ウチは全く逆の感想を抱きました。確かに装備の貸し出しは魅力的ですし、育成してくれるというのもギリ魅力っス。ウチらには不要っスけど」
「まぁな。でも一番魅力的なのが残ってるだろ」
「……先輩、それ本気で言ってます?」
色蓮は呆れた眼差しを一愛に向けた。
「もしかして先輩、ウチが先に誘ってなかったら本気でギルドに入ってました? これはネタ抜きで答えて欲しいんスけど」
「……どうだろうな。パーティーを探し続けて見つからなかったら入ってたかも」
「はぁ……」
色蓮は今日一番の長い溜息を吐いた。
「……危なかった。流石にウチの勧誘が強引すぎて引かれるかもと思ってましたけど、無理にでも動いて正解でしたね」
「いやしっかり引いたよ」
「先輩、よく考えてほしいっス」
色蓮は真面目な顔で言う。
「ギルドでパーティーを斡旋するということは、ダンジョンの探索1回ごとにパーティーメンバーが変わる可能性があるんスよ。ギルドだって組織。探索の上前をハねる以上必ずノルマはあるはずっス。メンバーが負傷したから潜れませんは言い訳になりません。その際はきっと他のパーティーに組み込まれるでしょう」
「む」
「想像してみて下さい。四方をモンスターに囲まれ、周りにいるのは今日初めて会ったばかりのパーティーメンバー。そんな人達に後ろを任せられますか? 少なくともウチには無理っスね。というよりそんな急造パーティーでは絶対に深層までいけません」
「そんな所入る意味がない」と色蓮は言い切った。
……確かにと一愛は考え込む。色蓮の言っていることは正しい。
ギルドに探索のノルマがあるのかは不明だが、もしあるのであれば一愛は絶対にギルドに入らないだろう。それは今の色蓮の話を聞いたからではなく、一愛の信条の問題である。
ダンジョンは自由でなければいけない。潜るも潜らないも帰るも進むも全て自分の意志で決める。パーティーであればパーティーに従うと自分で決める。そこに誰かの意志が介在するなどあってはならない。
それではまるで、前までの生活に逆戻りである。
「……そうだな。ギルドは絶対無しだ」
「当然っスよ! 先輩はウチとパーティー組むんスから!」
そこで色蓮は笑みを浮かべた。
と思えば一転して不安な顔になる。
「でもあれっスね。このままだと一愛先輩は野良猫でも拾ってくる勢いでメンバー増やしそうっスね」
「おい、俺を何だと思ってるんだ」
「おや? ヘイト役がいればそれでいいと思ってた人が何か言いました? 有象無象の探索者と組む為にギルドに乗り気になってた人が、今何か言いました?」
「……何も言ってないです」
……レスバ強くない?
「うーん、どうしましょうか」
色蓮は悩まし気に腕を組み、やがて自己解決したのか顔を上げた。
「やっぱりさっき言いかけた事を言おうと思うっス。本当はもうちょっと先輩と仲良くなってから言うつもりだったんスけど、メンバーの枠が埋まったら堪ったものじゃないので」
「……別に勝手にメンバーを連れてくる真似はしないぞ。俺だってそこまで考えなしじゃない。色蓮の同意がなきゃメンバーにしようとは思わないって。あてもないしな」
「ありがとうございます。でもこういうのは早い方がいいと思い直したんで」
「それが一愛先輩には誠意になるかなって」と色蓮は言った。
色蓮は胸に手を当て、心なしか縋るような眼差しを一愛に向ける。
「実は、三人目に加えたい友達がいるんスよ」
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