第11話 西園寺 色蓮
放課後。
室外機や受変電設備が設置されている屋上は立ち入り禁止である。だが鍵は掛かっていないので普通に入れることを知っている生徒はあまりいないだろう。つまり穴場というわけだ。
落ち着いてゆっくり話したいと思っていた一愛は放課後、そこに西園寺を連れていた。二人で適当な段差に腰掛け顔を見合わせる。
「で、俺とパーティー組みたいって?」
互いに軽く自己紹介を済ませ、一愛はまずそう言った。西園寺は「そうっス!」と勢いよく返事をする。
一愛の声音がやや呆れがちだったのは仕方ないだろう。なんせ西園寺のせいで一愛が変に目立ってしまったのだから。
他所のクラスに単独で乗り込む美少女はただでさえ目立つ。そのうえ朝のHR前にいきなり告白染みたことをしたせいで一愛の久し振りの登校が予想以上に目立ったのは否めない。しかも一愛の所属する3-Cの前に3-A、3-Bと順繰りにきたらしく、西園寺の外見もあってクラスの中だけの騒動とはいかなくなってしまったのだ。
しかも西園寺は中学二年生。一つ年下で後輩、そして今日からの転校生だった。
上級生の教室に単独で乗り込み、順繰りに「二ツ橋一愛先輩はいますか!」と聞いて回る転校生(ハーフ美少女)。目立たないわけがない。それで一愛が起こした騒動が上書きされていれば逆に感謝しても良かったくらいなのだが、今回の件に関しては上書きされなかった。
時の人である一愛に絡む美少女転校生は恰好の噂対象らしく、上書きどころか×2倍されたくらいだ。
朝のHR前の件もあってかクラスメイトで一愛に直接話を聞きにくる生徒はいなかったが、それでも向けられる視線と噂話は激増したといってもいい。他クラスの生徒に限ってはHR前の件を知らないせいで物怖じせずに話しかけてくるのだ。本当にいい迷惑である。
だが全くの迷惑というわけでも無い。西園寺のお陰で竜之介との関係をサラッと流せたのも事実なのだから。
……絶対に感謝などはしないが。
「パーティーってのは、ダンジョンでのパーティーメンバーて意味だよな。合ってるか?」
「それ以外なんかありました?」
「いや無い。少なくとも俺にとってのパーティーはダンジョンでのパーティーだけだ」
「そうですよね。ウチも同じっスよ!」
若干嚙み合わない会話に一愛は半眼で西園寺を見た。正確にはその小柄で華奢で色白な、14歳のわりには意外と女性らしい体つきを。
……どうやら一愛の言いたいことが上手く伝わっていないようだ。
「あ! もしかして先輩、ウチがダンジョンに潜るのは無理だって思ってます?」
「……良く気付いたな」
「気付かなかったっスけど、先輩のエッチぃ視線で気付きました」
「そんな目で見てねーよ」
ちょっとしか。
一愛は溜息を吐いて、
「まぁそういうことだ。西園寺さんには悪いが俺は誰かをキャリーする気はない」
「色蓮でいいですよ。ウチも一愛先輩って呼ぶので」
「……色蓮には悪いが諦めてくれ。レベルを上げたいなら他を頼むんだな」
美少女なのに全く異性を感じさせないこの後輩相手には、名前を呼び捨てするのに全く躊躇はない。むしろ西園寺さん呼びに違和感を感じていたくらいなので丁度良かった。
とはいえ名前を呼ぶのもこれっきりだろうがと一愛は思うも、色蓮 は「う~ん」と首を傾げ、
「一愛先輩は完全に勘違いしてますね。ウチは先輩にキャリーを頼むつもりは全くないっスよ? むしろキャリーしてあげると言われても願い下げっス」
色蓮は真剣な表情で言う。
「そもそもウチの目標はステータスを上げて満足とかそんな低いとこにはありません。ウチは本気でダンジョンに潜りたいんスよ。先輩もそうですよね?」
「そりゃそうだけど」
「よかった。ウチはそれだけ聞ければ満足なので。では一緒にパーティーを組むということで!」
「まてまて」
話を勝手に進めようとする色蓮を一愛は慌てて止めた。
「意気込みはわかったけどそれとこれとは別問題だ。さっきも答えたけど俺は本気でダンジョンに潜るつもりなんだよ。だから悪いけどパーティーメンバーには戦える人が欲しいんだ」
「そこ! 一愛先輩は一番そこを勘違いしてるっスよ!」
色蓮は憤懣やるかたないと言わんばかりに頬を膨らませる。
「ウチがいつ戦えないって言いました? 人を見かけで判断するのは良くないっスよ!」
「……そうは言ってもな」
「というか先輩にだけは言われたくないです! 正直ウチとどっこいどっこいっスよ? 見た感じ戦えるとは思えませんって」
「俺が?」
確かに一愛は普通の中学生にしか見えないだろうがそこまで言われるとは思わなかった。普通の中学生はダンジョンでモンスターを倒したりしないだろうからあながち間違いとは言えないが。
いややっぱりどっこいどっこいは言い過ぎだろう。
「まぁ認めるけどお前ほどじゃないと思うよ」
「……先輩ちゃんと鏡見てます? 自分を客観視した方がいいっスよ」
「してるっての。レベルが上がって少しは変わったかなって思ったけど」
「少し? ニュースで見ましたけど、あれは……いえ」
そう色蓮は首を傾げ、「まぁいいっス」と何かを諦めたように気を取り直した。
……そんなに変わってる?
ダンジョンの中でも思ったが体格自体にそこまでの変化がないのは確認済みだ。多少筋肉が付いただけで筋骨隆々とは程遠く、服を脱がなければレベルが上がる前と見た目が変わらないのは間違いない。流石に脱いだら一目で分かるが。
顔が変わったのは流石に自覚している。退院して家の風呂に入り、鏡を見て驚いたのも記憶に新しい。だがそこまで変わったとは一愛自身思ってないのだ。
感覚としてはちょっと幼くなったなという印象である。小学生の頃、一愛が一番活発だった時そのままを成長させたような見た目だとまず思った。だから一愛としてはそこまで見た目の変化に違和感はない。
「ともかく」と 色蓮は頭を振った。
「ウチは問題なく戦えるので。実際に見てもらった方が早いっスね」
そう言って色蓮はどこからともなく大弓と矢筒を取り出した。
本当にどこからともなくで一愛は流石に驚く。同時に色蓮の雰囲気が一変したのにぎょっとした。武器が突然現れたのも気にならなくなるくらいの変容に顔が引き攣るのを止められない。明らかに戦い慣れている。
色蓮は大弓に素早く矢を番える。張力100kgはありそうな大弓を色蓮はあろうことか……引いた。
「――ストップストップっ! 止まれ! そんなのどこに射る気だ!」
「おっと、そうでしたね」
一愛が決死の覚悟で射線に入ると色蓮は笑みを浮かべながら弦を戻す。最初からパフォーマンスが目的でどこにも射る気は無かったような動きだ。色々と強引だが少なくとも最低限の常識はあるようで安心する。
色蓮はウキウキとスキップでもしそうな勢いで一愛に近づいてきた。
「で、どうでした? ウチの力はわかってもらえました?」
「……ああ。分かったからそれしまってくれ」
「別に射る気はないっスよ」と色蓮は苦笑しながら武器をしまう。
さっきは流してしまったが色蓮は恐らくアイテムボックスを所持している。しかもあの大弓が入るサイズだ。時止め機能があるかは知らないが羨ましい限りである。
一愛は嘆息して、
「というかレベルが上がってるなら最初からそう言ってくれ……上がってるよな?」
「なんで不安げなんスか上がってますよ! ウチみたいな華奢な美少女がレベルも上げずにあんなの引けるわけないですって!」
「自分で言うのか……」
いやその通りなのは否定しないが。
「で、なんでレベルが上がってたのを最初から言わなかったんだ?」
「え、それ気になります?」
「気になる」
そう答えると色蓮はもじもじと恥ずかしそうに、
「だって途中でバラした方がかっこいいじゃないっスか」
「……………………まぁいいや」
一愛は聞かなかったことにした。
「とりあえず、パーティーだったか。いいよ、組もう」
「おお! 判断が早い!」
「自分で戦えるなら文句はないよ。正直パーティーメンバーの確保が一番大変だなって思ってたし、むしろこっちからお願いしたい」
探索者協会はパーティーメンバーを確保する協力などはしておらず自分で探すしかないのが現状だ。メンバーにあてのない一愛はどうやって探そうか悩んでいたし、ざっくり考えていたのはダンジョン前で勧誘、ないし他のパーティーに入れてもらうよう交渉するつもりだったので、この状況はまさに渡りに船とも言えた。
その内ダンジョン専門の派遣会社みたいのができそうだが今は無いので仕方ない。
……とりあえず戦えるならいいか。贅沢は言わないでおこう。
最低限自分の身は自分で守れればそれでいい。それだけで大分モンスターのヘイトが分散して助かるから。
本当なら一緒に下層を目指せる人を仲間にしたかったのだが……とそこまで考えて一愛は疑問を抱いた。
「そういえば他のパーティーメンバーは?」
「はい?」
「いやだから他のパーティーメンバー。レベルが上がってるなら誰か他の人と一緒に潜ったんだろ? 俺とパーティー組む為に転校したって言ってたけど大丈夫なのか?」
言ってて頭がおかしいと思うのだが、色蓮は一愛とパーティーを組むためにわざわざこの学校に転校してきたらしい。一愛が帰還したニュースを見て即断即決で決めたそうだ。頭がおかしい(二度目)。
転校したとしても一愛とパーティー組めなかったらどうするつもりだったんだとか色々疑問は尽きないが、そんなことを聞くような野暮はしない。というより私立とはいえそんなに早く転校できる? とか、親御さん理解ありすぎじゃない? とかの疑問が大きすぎるし聞くのが何か怖いので深く追求しないのが正解だろう。一愛は放置を覚えたのだ。放置便利である。
ともあれ色蓮のパーティーメンバーが前の学校に在籍してるなら配慮がいるなと一愛は考えたのだ。
しかしその配慮は色蓮の不敵な笑みでかき消される。
「……フフ。いつからウチがパーティーで潜っていたと錯覚していた?」
「なん……だと……?」
……オタクの性である。
色蓮は見事なドヤ顔を披露しながら、右手で前髪をかきあげた。
「ウチも先輩と同じ【実績】解放者っスよ」
「……マジでか」
1階層の【実績】はクリアした一愛が言うのも何だがかなり頭がおかしい条件である。それこそ【実績】の存在と解放条件を知っていたとしてもクリアしようとは思わないほどに。
だから疑うわけではないが信じられない気持ちになるのも無理はないだろう。
色蓮は「大マジっス!」と頷き、
「仲間である先輩には特別に見せて上げましょう。【ステータス】【オープン】」
ステータスのタブレットを出現させ【オープン】と唱えることで一愛にも見れるようにした。
「俺だけ見るのも悪いし仲間にはどんなビルドか知ってもらった方がいいな。【ステータス】【オープン】」
「ふへへ。さすが話の分かる先輩です。実は先輩のビルドが気になってたんスよねぇ」
気持ち悪い笑みをした色蓮と互いのステータスタブレットを交換し、一愛はざっと色蓮のステータスを眺めた。
【名前】 西園寺 色蓮 14歳
【レベル】 3(2→3)
【種族】 人間
【ジョブ】 探索者
【称号】 無
【体型】 身長153cm、体重48kg、B77、W55、H90
【MP】16/16(10→16)
【SP】17/17(9→17)
【力】17(14→17)
【防御】10(8→10)
【敏捷】19(15→19)
【器用】20(16→20)
【精神】8(6→8)
【魔力】16(12→16)
【スキル】 影縫い(MP3・SP3)10等級D
ラピッドショット(SP1)10等級F
英霊の加護 (パッシブ)10等級A
【魔法】 ブルズアイ(MP4)10等級D←NEW
【実績】
『1階層』:エリアボスを初回探索時に単独討伐:クリア
…………なんだこのスリーサイズは。
一愛は驚きで色蓮を二度見した。他にもあるがとりあえずこれだけは言いたい。
なんだこのスリーサイズは。
「フフフ。一愛先輩も驚きで開いた口が塞がらないみたいっスね。どうです? ウチはパーティーメンバーとして不足ありませんか?」
「なんだこのスリーサイズは」
「そうでしょう、このスリーサイズなら不足は……って、あ⁉」
色蓮は瞬間湯沸かし器みたいに顔を赤熱させひったくるように一愛からステータスタブレットを奪う。目にも止まらぬ速さでステータスの設定を変えるとそのままタブレットで顔を隠してしまった。だが覗いてる耳は相変わらず真っ赤である。
一愛は「しまったな……」と空を仰いだ。驚きで口に出してしまったが別に辱めるつもりはないのだ。
でも、
……胸より尻がでかいのってエロいな。
スリーサイズに興奮する性癖は無かったはずだが、こうして目の前に実物がいる所で見ると変に興奮する。目覚めそうだ。仕方ない。一愛も男の子なのだ。
……というか見た目と胸のサイズが合ってない気がするんだが。
もしかして盛ってる? と思うもそれを口に出さない賢明さは一愛にもあった。
色蓮はしばらく見悶えていたが、やがて気を取り直すように咳払いをする。
「……別にナルシストってわけじゃありませんよ。これでも乙女なので体型は気になるからステータスに表示させてただけっス……」
「え? あ、ああ。そんなこと思ってなかったけど」
「むしろそんなことに意識を集中させてて欲しかったっスけど……もういいです。で、どうでした?」
伺うような目をした色蓮に一愛は「問題ない」と頷く。
「それどころか有難い。いきなり一時的じゃなさそうなパーティーが組めるとは思ってなかったよ。末永く頼む」
「……先輩正直っスね。嫌いじゃないですけどね、変に隠されるよりは」
当初色蓮を臨時のパーティーメンバーだと捉えていた一愛だが【実績】を解放したのなら話は違ってくる。共にダンジョンの底まで潜る仲間だと真に認めたのだ。
その傲慢とも言える一愛の告白に色蓮は苦笑しながらも理解を示す。
「というよりお前もそうなんだろ? でなきゃわざわざ俺がいる学校にまで転校しないはずだ」
「そうっスよ。ウチは先輩と違って初期パーティーの大切さを知っていますから。最初から質の良い仲間を見つける絶好の目安があるのにそれを活用しない手はありませんて。それに先輩は一目見てびびっときたので即決しました」
「てことはニュースで報道されたのは運が良かったな。正直最悪だと思ってたけど、色蓮に見つけて貰えたのならそれだけでお釣りがくる」
一愛の言葉に色蓮は照れくさそうに頬をかいた。「照れるっスね」と口にまで出す。
「で、俺のステータスはどうだった? 色蓮にとって不足はないか?」
「全くありませんよ。むしろ望んでいた脳筋ビルドで興奮してるっス!」
「ぐっ!」
「おや? 先輩は脳筋ビルドが気に入らないんスか? 純粋に強いの筆頭じゃないっスか、脳筋」
呻く一愛に色蓮は何が気に入らないのかと素直に聞いてくる。その何の他意も無さそうな顔を見て一愛は苦言を呈することを止めた。
「いや、文句もないよ、実際かなり助けられたからな。俺の構成が戦士型じゃなかったら俺はもう死んでたかもしれないし」
「死ぬ云々はともかくそうっスよね! 脳筋は火力も高いし壁にもなれる当たり職なんで! でも日本人は脳筋ビルドの人って少ないっスよね、先輩が脳筋ビルドでウチは最高に付いてるっス!」
「……お前、わざとか?」
「バレましたか」と色蓮は悪戯っぽい笑みを覗かせた。
バレるに決まっている。わざわざ『戦士型』と言い換えたのに執拗に脳筋と言ってくるせいで脳筋でも気付くレベルだ。いや一愛はステータスはともかく実際に脳筋になったつもりはないのだが。
色蓮は暫くじとっとした目を一愛に向けられると気を取り直すように笑い、
「それじゃ先輩、早速行きましょうか」
「行くってどこに?」
「決まってますよ」
そう言って色蓮は歩き出し、夕陽の翳りを帯びた顔でドヤ顔した。
「ダンジョンに」
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