第3話 獣耳の姫君は魔物と対峙する

 ファリナも決して、剣に関して弱いわけではない。フェアリーレイン国の中でも、女性騎士として戦場を駆けることはあったし、敵将と対峙したことも、魔物たちとも戦闘したことだってある。しかし、ドラコニア国の騎士の中でも隊長格であるレオニスの腕前は、予想以上のものだった。

「はは、ファリナ様もなかなかやりますねえ!」

「っ! 貴殿こそ!」

 ファリナの頬の真横を剣が掠める。ファリナの金の髪が空中を舞う。そして、ファリナの脇腹すれすれを、レオニスの剣が薙ぎ払う。

ファリナは咄嗟に後ろへ飛び退き、距離を取った。そして、呼吸を整える。

「あ、あの、どちらも頑張ってください!」

 訓練とはいえ、お互い本気になりつつある気迫に押されてか、アナが少し後ろの方から遠慮がちにそんな声援を送ってくる。それに返事をする余裕もなく、ファリナは地面を蹴ってレオニスに突進した。

「はっ!」

「まだ、軽い!」

 一瞬剣が交わり、火花が飛ぶ。だが、さすがに力ではレオニスの方に分がある。そんな細腕のどこに力あるのかと思うような強烈な一撃が、今度は上から降ってきた。それを受け止め、弾くと、間髪入れずに横からまた新たな斬撃がやってくる。何とか受け止めたものの、その重さに腕がびりびりと痺れた。

(強い……!)

 さすがはドラコニア国の隊長だ。正直、ここまでとは思ってもいなかった。ファリナは自分の頬が緩むのを感じた。楽しくて仕方がない。やはり、本気で戦える相手というのはいい。

 だが、そんな楽しい時間は唐突に終わってしまう。

「……」

「どうした?」

 いきなり剣を収めてくるレオニスに、ファリナは怪訝な顔をする。せっかく楽しくなってきていたのに。それは相手の剣を見ていてもわかる。それが唐突に終わってしまうことが、ファリナにはわからなかった。

「お時間ですよ、ほら、もう日暮れが近い」

「……日が傾き始めたばかりだが」

 西の空に目を向けると確かにすでに空が赤くなり始めているが、まだ日暮れというには早すぎる時間だ。それに久しぶりに戦っていて楽しい相手に出会えたのだ。ファリナはあまり気が乗らない。

「ダメです。言いつけは守らないと。アナ、あなたもファリナ様に、ちゃんと言わなくては」

「はっ! そ、そうでした。申し訳ありません、ファリナ様。これだけはどうしても守ってもらわないと!」

 しかし、先ほどまであれだけファリナのしたいことを優先してくれていたのに、譲ってくれそうにはない。アナもレオニスも、絶対にそれにはうなずいてくれないのだ。

「……そこまでしなくてはいけないのか?」

「そうですね。必ずこれだけはお約束してください。それならば、明日もファリナ様のお相手を努めましょう。なんなら騎士団と一緒に訓練もできます。明日、九の刻に兵舎裏に来られるのならば、手配しましょう」

「それならば! わかった。約束だ。ありがとう、明日必ず行きます。足は引っ張らないようにいたします。明日は剣をもって!」

 訓練をする、と言われて、ファリナは目を輝かせた。

 



「はい。夕食もすぐにお持ちしますね。あと、明日は必ず日が昇るまでは絶対に部屋から出ないでください。私も、夕食が終わったら、朝までここには来れませんので。部屋から出ないでください!!」

「わかっている。ここまで自由にさせていたんだ。それくらいの話は聞く」

 部屋に戻ったときにはすでに夕食の用意が整っていた。もちろんアルカナス王はいない。それは期待していなかった。

 だが、柔らかなパンと薄く透明なスープに魚、それから根菜を中心とした鮮やかな色をしたサラダには、ファリナは驚きを隠せなかった。そっと触れてみると、スープも生ぬるいし、パンも硬くならない程度には冷めている。

「……食事、こういうものが多いのか?」

「どうかされましたか? あっ、もしかして、苦手なものがありましたか?! 事前に、匂いの強い野菜は好まれないと言われていたので、そのように料理人たちが準備したのですが!」

 アナが慌てて尋ねてくる。ファリナはそれに首を振った。

「……いえ。そうじゃない。むしろ、どうしてそれを知っている?」

「え? だ、だって、そう命令されていましたし……やっぱり……その……お嫌ですよね。冷めたスープとか。私も命令に逆らってでも美味しいものを、といったのですが」

 ファリナはアナの言葉に考えてしまう。

 獣耳であるファリナは聴力に獣の特性が現れているが、それ以外の部分も実は獣の特性が現れている部分が多い。もちろんそんなことを話せば、余計に人ではなく獣に近い、と言われるので、できるだけファリナはそれを人に話していない。フェアリーレイン国では、子供の頃から知っている料理人だったから、配慮はしてくれていたが、事情の知らない料理人の料理は匂いが強く、料理の温度が高すぎる。そのせいで、遠征や祝典の付き添いなどで城の外に出て食事をするときは、一人で食べられるものを食べていた。

「……一応は、考えていてくれていたのかもしれない」

 この婚姻を結ぶ前から、フェアリーレイン国の第三姫は獣人であることはわかっていたはずだ。

 獣人に対しての知識は、確かに調べてみればわかるだろう。

 しかし、あれだけファリナに興味のないアルカナス王が、考えてくれるとは思わない。普通に嫌がらせの可能性も考えられる。

「召し上がられますか?」

「ああ。いただこう。それから、料理人の方に、お礼を伝えてくれるか?」

 それでも食べ物に罪はない。ファリナはテーブルについた。アナに言った。匂いの強い香草も、熱すぎる食べ物もない。そんな食事はとても食べやすかった。

「は、はい!!」

 ぱあっとアナが表情を明るくさせた。

 そのまま食事も美味しく食べられた。お風呂もちゃんと部屋に備えつけられていた。

 王宮の城は巨大な風呂を使うところがあるらしい。貴族たちに見られながら風呂に入らないといけないこともあるらしいが、ドラコニア国ではそういうこともないようだった。食事が終わったらアナは頭を下げて部屋から出ていった。扉の前には、どうやら見張りの兵士がいるようだった。気配でわかる。さすがに外に出るな、というだけあって、見張りもつけられているようだ。ここまで住み心地のいい場所でいきなり無茶をするつもりはない。

「あまり広い風呂は……好きじゃないからな」

 毎日風呂に入ることのできる国で助かった。ファリナは綺麗好きではあったが、水は苦手である。風呂程度のお湯につかることは、平気だった。だが、訓練の時でさえ巨大な湖などを泳げ、と言われるとどうしても拒否感が出る。獣人であるせいで、猫の好悪が反映されているようだ。

 訓練であればやるしかないが、こういうリラックスするときくらいは浅い水の中で誰にもみられないように風呂に浸かっていたい。

「来るとは、思わないが……」

 いつもより体が綺麗にした方がいいか、と思った時だった。

【見ツケタァ……】

「っ?!」

 声だった。ねっとりとした、まとわりつくような声。

 はっとして顔を上げる。周囲を見渡すが、人影はおろか、不審な気配さえない。

「気のせい、か……?」

 じっと静かに耳を澄ましていても、周囲に音がない。

 先ほどまでは見張りの兵士がいたはずなのに、それさえもいなかった。

「……見張りの兵士の気配もない……それは、おかしい」

 確かに分厚い扉があるので、並みの人ならば聞こえないだろう。しかし、耳を澄ませば、ファリナにはある程度音が聞こえる。

「場内に魔物が侵入していたら」

 アナはアルカナス王が、魔物に対処するために魔法障壁を張っているのだと言っていた。昼間は兵士が、そして夜は人間の中でも最高位の魔法を使いこなす魔術王であるアルカナス王が防御している。だから、これほどまでに魔界に近い国であっても、人々は安全に暮らすことができるのだと。

 しかし、昼間に見たそれは、明らかに魔物がつけた傷跡だった。

 もしかしたらアルカナス王が気づかないだけで、魔物がすでに場内に侵入しているかもしれない。

「……」

 ファリナは風呂をあがると、手早く服を着た。

  髪を持ち上げて、それからアルカナス王から贈られたアミュレットを見つめる。

「これは……魔力を含んでいるな」

 魔力を持たないファリナでさえわかるくらいには、強い魔力を感じ取れる。片時も離すなと言われていたが、風呂の時は外していたら緑の宝石がわずかに色あせているようにも見える。それをファリナが指先で触れれば、また緑の宝石に仄かな光が溢れる。

「アルカナス王の、祝福……これはいい目印になる」

 魔物は魔力を操り、魔力を感じることができる。そして、これほどまでに強い力を持っているのであれば、魔物たちでさえ放っておかないだろう。こんなものをつけて城の中を歩き回れば、魔物達に見つけてくれと言っているようなものである。

「こいつを連れていくわけにはいかないな」

 そういって、ファリナは枕元にアミュレットを隠した。万一、寝ているところを襲ってくるのならば、魔力の塊のようなこのアミュレットを魔物は狙ってくるだろう。魔物はあまり視力がよくない個体も多いのだ。

 それから壁に飾られた宝剣を見つめる。

「お前は来い、セレスティアル」

 ファリナは使い慣れた愛剣を持って、そっと扉を開けた。分厚い扉は特になんの抵抗もなく開いた。

「……さすがに、妃を監禁したりはしなかったか」

 開かなければ、窓から抜け出そうと思っていたが、扉は普通に開いた。

 念のため扉を調べれば、鍵はつけられているようだが、鍵らしきものは見当たらなかった。ペンタクルはあるものの、それも作動している様子はない。

 仰々しく見えてはいるものの、ただの飾りであるのかもしれない。

(二十三人の妃が死んでいるのだから、それほど妃に金をかけていられないのかもしれない)

 音を立てないように足音に気を付けながら、ファリナはそんなことを考える。

 歓迎されていないことを知っていた。元の国でも、獣耳の姫君にまともな居場所なんてあるはずもなかった。

 だから、式典などなくても、歓迎されている方だと思っている。自由にさせてもらって、嫌がらせであったとしても冷めたスープやパンは美味しかった。だから、少しでも貢献したい。ここで、居場所を見つけられるように。

 長い廊下を渡る。獣人であるせいで、明かりがなくてもわずかに廊下から差し込む星の光で、ファリナは迷いなく歩くことができる。

(ここはどこも王の魔力が強い)

 皮膚で感じられる魔力の酷く膨大な方向へは向かわないようにする。皮膚で感じられる、温かく膨大な魔力の気配。多分、そちらにはアルカナス王がいるはずだ。こんな風に抜け出しているとバレては、何を言われるかわかったものではないのだ。

 その代わりに、冷たく近寄りたくないと本能で分かる方向へとファリナは向かっていた。

 アルカナス王ではないが、何か魔力の気配のある方向。もちろん魔術王の城なので、そこらじゅうには威力は溢れているものの、人の発しているものではない魔力を、細い糸のように辿っていく。

 そして。

「この部屋、だな」

 扉の前に立った。気配を消して、ゆっくりとドアノブに手をかける。鍵はかかっていない。開けようとすれば、簡単に開くはずの扉だった。しかし、開かない。鍵をかけられているのか、それともこの中に誰かがいるのか。

「……」

扉を軽く押す。それでも開かない。引いても押しても、やはり開かない。思わず、剣で鍵を壊そうとした時だった。後ろからの殺気。ファリナは猫のように飛びのいた。

「っ!?」

 次の瞬間、ファリナの立っていた場所を、巨大なかぎ爪が切り裂いた。一瞬でも判断が遅ければ、そのままファリナが引き裂かれていた。

【外シタカ】

 ぎろりと赤い目が、目の前の大きなトカゲのような生き物から向けられた。トカゲにしては巨大すぎる。ファリナよりも少し小柄な程度の化け物。鉤爪のついた足で着地して、こちらを見下ろしてくる。

「……魔物……リザードか」

 昔読んだ書物の中にあった絵姿に似ていた。あれは、確か『リザード』と呼ばれていたような気がする。ドラゴンとは違うものらしい。小回りの利くサイズで、壁や天井をはい回り、獲物を見つけては殺す。城の中に潜むには確かにちょうどいいサイズだろう。

「こんなものが入り込んでいるとは」

 ファリナは迷いなく、宝剣セレスティアルを抜いた。銀色の刀身が輝く。

「来い! 貴様の好きにはさせない」

 ファリナの声に、その緑色の瞳がぎょろりと動く。その瞬間を狙って、一気に間合いを詰めて斬りかかる。一閃した刃が、鱗を切り裂き、肉を引き裂く感触が伝わってきた。だが、致命傷ではないようだ。

【ギャアアアア!!】

 痛みに怒り狂うように、リザードはその巨体を揺らして暴れまわる。咄嗟に避けたが、床にたたきつけられた尾の衝撃で床の石が砕けて、ファリナの頬を裂いた。だが、それも気にすることはなく、ファリナは次の一撃を叩き込むべく構えた。

「はあっ!」

 大きく踏み込み、振り下ろす。今度はしっかりと肉を斬った感触があった。鮮血が飛び散り、ファリナの顔を汚していく。首を切り落とせばさすがのリザードでも生きていることはできない。それが分かっているからこそ、ファリナは迷わず首を狙った。

【ガア……ッ】

 首を切り落とされたリザードはそのまま動かなくなる。目から光がなくなり、そのままドロドロと肉が腐り始める。

「……動きが鈍いな」

 リザードはかなり動きが素早いはずだ。何度か戦ったことがあるが、ここまで簡単に倒せる相手ではない。それがこうも簡単に倒せる。それに違和感を覚える。だが、その答えを確かめるよりも先に、ファリナは剣を構えた。

「出てこい」

 すでにリザードと戦っている間から気配を感じていた。リザードよりも小さいが、気配は多い。しかも、数が多いわりに統率が取れている。

(おそらく、これはウルフか)

 城内にいる限り、安全だと思っていたがそうではないかもしれない。もしかしたら、あれだけアルカナス王が好きにさせていたのは、こうしてすぐに殺されるからなのかもしれない。

「だったら、好都合」

 どうせ、居場所なんてないのだ。それなら、敵の懐に入ってやろうではないか。ファリナは唇を釣り上げた。

「貴様ら全員、切られる覚悟ができているな?」

 血の匂いに誘われるように現れたウルフの群れ。黒い毛並みに牙をむき出しにしてうなり声をあげている。上位の魔物の髪の毛や一滴の血液などから生成される、知性が低い命令にだけ忠実な魔物。普通ならばかなりの数がいるはずだが、数匹程度の群れということは、城内に侵入している他のウルフは見張りの兵士たちと交戦中なのかもしれない。

(この程度ならば、一人でどうにかなる)

「いくぞ!」

宝剣セレスティアルを構えると、ファリナは飛びかかってきた一匹目を真っ二つに切り裂く。同時に横からとびかかってきたウルフの攻撃をかわすと、踏み台代わりに跳躍する。そのまま空中でくるりと回転しながら、ウルフの脳天に剣を突き刺す。そのまま体をひねり、もう一匹仕留めると、さらに襲い掛かってきたウルフは下から上に切り上げるようにして殺した。

「はっ!」

 最後の一匹の首を落とすと同時に、さらに背後から襲い掛かってくる二匹。それを振り返りざまの一振りでまとめて切り落とす。

「……これで、大丈夫だろう。……さすがに気が付かれたか!」

 ファリナは耳を動かす。遠くの方で鎧が擦れる音と金属の音がする。多分、夜の警備の兵士たちも異変に気が付いたらしい。すぐさまファリナはセレスティアルを払って、どす黒い魔物の血液を飛ばすと、そのままその場を後にすることにしたのだった。嫁いで早々、リザードとウルフを倒したなどと、兵士たちに言えるはずもなかった。


「大丈夫ですか、ファリナ様!!」

「……何かあったのか?」

 アナがそれからファリナの部屋に来たのは、しっかりとファリナが風呂に入り、血の匂いを落とし終えてからだった。

 さすがに魔物の血液の痕跡があったら、ファリナが外に出たことがわかってしまう。ただし、今回は先ほどと違って宝剣セレスティアルを風呂にまで持ち込んでいたが、一切魔物の気配は感じなかった。

「それが、城内に魔物が侵入したようで……。しかも、そのせいで兵士が二人食われかけました」

「……それは私の部屋の見張りの者たちか?」

「知っていたんですか?!」

「いや、アナがそこまで急いでいるので、そうかもしれないと思っただけだ」

「あ……はい。実はそうなんです。ですが、ご無事でよかった」

「そうだな」

(あのリザード、動きが鈍かったのは、人を二人も食べたからか)

 食べやすい内臓部分だけを食ったとしても、リザードの動きはさすがに鈍くなることは考えられる。

「あの、陛下もこちらを見に来るそうです。もしかしたらお時間はかかるかもしれませんが……」

「アルカナス王が?」

 ファリナは目を見開く。

 城内に魔物が侵入したという一大事。それだけでも対処しなければならないということはわかっている。あの態度をしている妃の様子を、冗談で見に来るとも思わなかった。

「はい。なので、少しお支度を」

「ああ」

 ただ、さすがにアナの言葉を否定できなくなって、ファリナはうなずいて、そのまま部屋の中で待っていた。

「こういうことは……、前にもあったのか?」

 ソファに座って、 ファリナはアナに尋ねてみる。ファリナはうなずく。

「いえ……本当に、私が知る限りでは初めてだと思います。あ、といっても、私もそれほどここに長く勤めているわけではないんですけど」

 アナと部屋の中で待ちながらファリナが尋ねると、アナは丁寧に答えてくれた。

「ですが、城内で魔物に襲われることは多くて。だからこそ、みんな魔よけのアミュレットをつけているはずなんですが」

「……魔よけ、というのは、もしかしてこれのことか?」

 ファリナは寝具の中に隠してあったアミュレットを取り出してみた。するとアナが血相を変えてうなずいた。

「そうです!! というか、どうしてそれを持っているだけなんですか?! ちゃんとつけないと意味がないものなんですよ?!」

「寝ている時もこんな魔力を強く発するものを身につけておきたくなかった。もしかしてまずかったか?」

 セレスティアルと共に枕の下に隠しておいたのがそれほどまずかったのだろうか。

 アミュレットはファリナが触れていなかったせいで色あせてしまっている。

「とりあえず早く身に着けて……」

「そうだな。貴様は妃なのだから、その程度の言いつけを守ると思っていたが?」

 アナの言葉を遮って尊大な声が部屋に響いた。

「へ、陛下!!」

 一瞬でアルカナス王が現れた。空間転移の魔法だろうか。

 本当に気配も何もなかった。アナが姿勢を正して平伏する。ファリナも頭を下げた。

「魔物が出たとか、その対処よろしいのですか?」

「二人食われた。貴様の見張りをさせていた者だ」

「はい。どちらも陛下が勧めるアミュレットを身に着けていたとか」

「それさえも破壊してきた。何か頭のいい魔物がいるな。照明を砕かれて、隙を突かれたのだろう」

「魔物は闇の方がよく動きますからね」

 ファリナはその言葉にうなずきながら、先ほどまでのシチュエーションを考えてみる。

 確かにその通りだった。

 城内は静まり返っていて、灯りは何処にも無かった。来たばかりのファリナだから、

「それからリザードの骸があった。鋭い剣で一太刀。何か知っているか?」

「さあ? 私はここにいましたので、魔物の襲撃も知りません」

「……そうか。ここには来なかったのだな」

「はい」

「嘘をつくな」

 アルカナス王が鋭い目でファリナを睨んできた。その目には、どこか強い感情が宿っていた。

「この扉は外から開くことはない。我が魔法を解かなければな。その封印がどうして解けている?」

「……寝ぼけて、魔物が侵入して来たのではないですか?」

 ファリナも言い返す。そうでなければ、あの不気味な声とその声の主であったリザードの襲来は説明がつかない。

 ファリナだって、嫁いできた国ですぐに殺されるわけにはいかない。

 アナが真っ青な顔をしているのは、さすがにかわいそうだと思ったが、ここで言い返さなければきっとこのまま何を言われるかわからない。だからファリナも言い返した。

 幸い、魔術王とはいえ、ファリナの手の中には宝剣のセレスティアルがある。最悪、魔法の詠唱をされたとしても一太刀くらいは浴びせる時間はあるはずだ。刺し違える覚悟くらいはあった。

「……明朝、我と共に来い」

 だが、アルカナス王はファリナに何もしてこなかった。

 その代わりにそんな提案をファリナにしてきた。ファリナは眉根を寄せて、アルカナス王に尋ねる。

「……どこへ?」

「迎えをやる。それまでこの部屋から出るな。わかったな?」

「……はい」

 アルカナス王は答えない。だが、今すぐ殺されるわけではないことに少しだけ安堵する。

「アナ、貴様はここで眠れ。王妃がまた、部屋を抜け出せないためにもな」

「は、はい!」

 アルカナス王の命令に、ファリナはまた深々と頭を下げた。アルカナス王はその様子を見届けると、今度は空間転移魔法ではなく、扉を開けて部屋から出ていった。その時も指先だけを軽く弾いて。扉そのものには一切触れない。そしてアルカナス王が出て行くとそのまま扉が音を立てて閉じた。扉の向こう側から、魔法の詠唱が聞こえる。

「本当に封印魔法をしているのだな」

「そりゃそうですよ!! だってここは奇跡様の部屋なのですから、この国でも最高の守りを施しているに決まっています」

「そういうものか」

 隙があれば殺そうとしてきたくせに、とは言えなかった。

「アナ、悪いが私はこのまま眠る。ネグリジェでは戦いにくい」

「は、はい。私もちゃんとファリナ様をお守りしますので」

「わかっている。アナを信じていないわけではないが、さすがにこんなことがあったばかりだ。少し警戒をしていたい」

 最もらしいことを言って、ファリナはベッドに横になる。

(この城では何が起こっている? アルカナス王は何を企んでいるのか)

 魔物が出現する城。

 そして、アルカナス王の言葉。

 襲われた兵士。

 そこに二十三人もの妃が襲われたということが関係している気がしたが、ファリナにはそれが繋がらない。

(いずれにしても、私はすぐに殺されたりはしない)

 噂によれば、一週間も経たずに殺された妃もいるらしい。フェアリーレイン国にまで聞こえてくるほどだから、実状はもっとひどいのだろう。あれほどの魔物。普通で対処することはできない。それこそ深窓の姫君ならば。

(私はそうはならない)

 ベッドの中でセレスティアルをぎゅっと握りしめる。

 耳をすませば、アナの規則正しい寝息と、不安そうな声で話しながらも警備をしている兵士たちの声が聞こえてくる。

(城内の嫌な感じは、あのリザードと狼だけだった。万が一、それ以外の魔物が入り込んだとしても、しばらくは時間がかかるはずだ。今夜は安心して眠れる)

 もしも、人間を使って殺しに来るのであれば話は別だが、それは先ほどのアルカナス王の言葉から、今夜はないと考えられる。

(少しでも……体力を温存しておかなければ)

 妃として、だけではなく、自分の身を守るために。ファリナは目を閉じると、静かに寝息をたて始めた。

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