第2話 獣耳の姫君は騎士様と出会う
「あ、あの、王妃様、ワタクシ、は……その、アナと申します! 身の回りの世話をお任せされました。どうぞ、何なりとお申し付けください」
「そうか。ありがとう」
アナと名乗るメイドが頭を下げてきて、ファリナは軽く礼を言った。魔術大国であるドラコニア国のものであるからか、アナの胸元には綺麗な桃色の石がはめ込まれたアミュレットがぶら下がっている。
そして、王妃の居室として与えられた部屋も、やはり魔術王というべきなのだろうか。ファリナの趣味ではない、ゴテゴテとした魔術関連の装飾品にまみれた部屋だった。
壁一面には巨大なペンタクルが刺繡をさせている絨毯が飾られていて、その周囲にはタリスマンとアミュレットが所狭しと並べられている。さらにチェストやガラス棚にも、何か魔術的な要素があるのだろうか。宝石が飾りつけられている下にもペンタクルがまた刻まれていた。
(瓶詰のホムンクルスが飾られていないだけマシなのだろう)
自国の魔術研究室を思い浮かべて、ファリナは息を吐く。
「それならばまずは着替えてもいいだろうか?」
もしかしたらそれは、新しい女王のために美しい装飾としての一面もあるのかもしれないが、下手にそれを動かしたら、どんなことが起きるか分からない。ファリナは魔術の才能はからきしだから、そういうチマチマとした魔術的な呪いは理解できないのだ。
かろうじてホムンクルスなどの軍事関連のものだけは他国との戦争で必要となるために、知識として知っているだけだ。
だからそれらには目もくれない。
「お着替えですか? それでしたら、たくさんの衣装がございますので、その中から気に入ったものを……!」
「いや、そういう堅苦しいのは苦手だ。それにこのヒラヒラとしたドレスも歩きにくい。だから自国から持参したもので構わないだろうか?」
「は、はい……多分、だいじょうぶかと」
アナは何を言われているのかよくわからず、おずおずとうなずく。
(あまり、こういう仕事に慣れているとは思えないな)
王妃につくメイドといえば、その国でも最高のメイドがつけられる、とファリナも知っていた。
特に他国から嫁いできた姫君であれば、慣れない風習や生活に戸惑うことも多いだろう。それをカバーするためにも、基本的に王妃の世話をするメイドは、有能なものが選ばれる。
「あの、お手伝いした方が?」
「それもいらない。私が自分でできる……ああ、だが。このドレスを脱ぐのは手伝ってくれ。これも安いものではないはずだ」
「はい! かしこまりました! ……っ!」
ファリナは言いながらドレスの後ろを指さした。アナははじかれたようにファリナに近づくと、そのままドレスを脱がすのを手伝ってくれる。ドレスの紐を解いて、アクセサリーをゆっくりと外し、ふんだんに使われたレースを傷つけないように慎重に着替えさせてくれる。その間に、ファリナの肌も見えていたようだが、特にそこへ反応もしない。それは、最低限の礼儀だろう。
(全くできないというわけでは無いようだな。確かに若いが、有能ではある)
「あ、あの、どんなお召し物をお持ちになられたんですか?」
ドレスをそのまま部屋の外に持っていこうとするアナが、ファリナに訪ねる。
「これだ」
ファリナは自分が持ってきた荷物を漁ると、その中から簡素なチュニックと、パンツ。それからブーツを取り出した。レースやアクセサリーなどの装飾品はない。どれも清潔にはされているものの、おおよそ姫が着るものではない。
「え、ええ?! あの、それって全部、男性の着るものでは?」
アナもさすがに驚きを隠せないらしく、思わずファリナに訪ねてくる。それにファリナは横目で視線だけを寄越した。
「戦う時に女性も男性も言って入らないだろう。それに動きやすい格好が一番だ。だから私はいつもこういうものを着ていた。それに素材そのものは普通の兵士のものよりも高級品だ。だから構わないはずだが」
ファリナの衣服は全て強化魔法がかけられている。強力なその効果によって、 ただの鉄でできた刃は通さないし、ある程度の魔法による攻撃も防ぐことができる。一般兵士のつけている鎧よりも、この衣服の方が防御力は高い。
火をつければ簡単に燃えそうな薄いドレスよりも、ファリナは安心できた。
「……そ、そういうもの、なのでしょうか……?」
アナも他国の姫君の行動にどう言葉を返していいのか戸惑っているらしい。ファリナは二コリと笑って言った。
「そういうことだ。少し着替える。後、可能であれば演習場がどこにあるか教えてくれるか?」
「演習場ですか?」
「ああ。もう堅苦しい式は終わったのだろう? それならば、私の役目は終わったはずだ。ここからは好きにさせてもらう。久しぶりに剣を振りたい」
別にあの魔術王からも、特に何かしろと言われていない。式でかけられた言葉は、あれだけで、それ以上は何も言われていないのだから、何もする必要はないだろう。それならば自分がしたいことをすればいい。
ファリナは長い髪を持ち上げながら言った。
金色の輝くような髪。持ち上げて見えるうなじは、アナと同じ女性であるのに、筋肉質で僧帽筋が浮いて見えた。
そして、フェアリーレイン国から持ってきた剣、サレスティアルをじっと見つめている。天使から与えられたという、フェアリーレイン国の紋様である妖精の涙を象った白金と銀で彩られた美しいそれは、唯一ファリナに与えられた宝剣である。
「わ、わかりました! ちょっと確認してみます!!」
アナはそんなファリナにそう返事をすると、パタパタとどこかへ走っていった。
「本当に許可が出るとは」
廊下を歩きながら思わずファリナはそんなことを呟いた。獣耳は目立つから、ちゃんと頭巾をつけている。
「え、期待していなかったんですか、王妃様」
「私のことはファリナと呼んでくれて構わないと言っただろう? そうだな。正直、私がどうしてそんなこと言うのか。その証拠を見せる必要ぐらいはあるだろうと思っていたが」
本音を言えば、ファリナも期待はしていなかった。
ファリナは獣耳の女である。あまり衆目に晒されてしまえば王家の権威にも関わるだろう。
しかも、あれほどファリナに対して無関心な魔術王の事だ。部屋に閉じこもって、呼ばれた時だけ出てこい、と軟禁生活を命令される可能性は普通に考えていた。
その時はその時でやり方があったので、それでもいいと思っていたのだが、なぜか魔術王はあっさりと新しい妃が好き勝手に城の中を歩き回ることを許可したらしい。
「ですが、夕暮れまでには戻るようにと、それだけは厳しく言われています」
「夕暮れ、か」
閨の準備でもしろということかと思ったが、さすがにそれを口に出すわけにはいかなかった。
傍にはアナもいる。まだ年端のいかない少女の傍でそんなあけすけなことを言うのははばかられた。
「それまでならば剣術をしてもいいと?」
「はい。宝物庫でも図書館でも、好きにしろ、と」
「それはよかった」
あまりに自由すぎる待遇に、ファリナの方が呆れてしまいたくなる。関心がないというか、もはやどうでもいい、を隠しもしない王だった。
「それにしても、この城はずいぶんと傷んでいるな」
アナと共に廊下を歩きながら、ファリナはじっと壁を見つめる。
壁にはいくつもの傷跡があった。剣や槍ではない。何かもっと太く鋭いもので、引っかかれたような抉られた痕がいくつも残っている。さすがに血液などの痕跡は残っていないが、それでも何があったのか、容易に想像できた。
「ああ……やっぱり魔物も多いですから」
「ほう?」
アナが露骨に顔を暗くさせるので、思わずファリナも聞き返した。
「城内侵入されているのに、兵士たちは何をしている?」
いくら国力のない国であったとしても、さすがに城内を魔物に闊歩させているような国はありえない。
「夜間は、陛下の防護魔法によって国は守られています。そのため、見回りの兵士などは最低限しかいないのです」
「防護魔法?」
「はい。国全体を包む、魔法障壁です。それにより、私たちの国は魔界に近い場所であっても、生活することができているんです。だから、私たちはこんな国でも平和に住めるんですよ」
「……」
ファリナは、脳裏にドラコニア国の地図を思い浮かべる。海のない内陸のフェアリーレイン国と違い、このドラコニア国は海に面した国である。そして、その海の先は「魔界」と呼ばれている、魔物たちの住む国である。魔物たちは人間とは違い、高い魔力を有しているものの、その性格は粗暴で知能は低く、共食いや皆殺しなどは当たり前。上級の魔物である「魔王」や「魔人」と呼ばれる者たちならばある程度の意思疎通はできるものの、人間のことなど所詮はしゃべる家畜としか思ってないような連中である。
過去に何度も人間とは衝突をしており、今は魔力の密度の濃い「魔界」と呼ばれる地域に住んでいる。
そして、このドラコニア国はその「魔界」と海域で国境線を有している国である。そのため、小国ではあるものの、このドラコニア国に攻め込んでわざわざ魔物を刺激するような失態を犯したくない隣国たちは、ドラコニア国を放置しているのが現状であった。
「それでも、小物の魔物たちはその障壁をすりぬけてくるということか」
魔物は魔力には大きな差がある。その差は人間以上で、ほとんど魔力を有していないような魔物たちは、その防護壁をすり抜けてここまで出てくるのだろう。
「ですので、万が一を考えて絶対に外には出ないようにと。特に夕暮れからは部屋の外に出ることは禁止なんです」
「ほう。魔物か……ドラゴンでもなければ、斬ったことはあるが」
「え?」
アナはファリナが何と言ったかわからず聞き返そうとした。しかし、ファリナはそれよりも先に興味のあるものを見つけてしまった。
「あれが修練場か?」
「え、は、はい。この先の階段を下りていただいて、そのまま下っていただければ、すぐに外に出られるかと……え、ファリナ様?!」
その瞬間、ファリナの姿が廊下の窓からするりと消えた。
ここは三階。
そのまま飛び降りれば、決して無事では済まない。
アナは思わず窓に向かった。まだ婚姻して最初の夜さえ明かしていないのだ。そんな新しい妃がこんなところで飛び降りてしまった。それが衝撃的過ぎて、アナの顔色は真っ青だった。
しかし、さらに衝撃的だったのは、ファリナの身のこなしだった。
「な、んて……軽い」
まるで猫のように軽々と受け身を取ると、そのままためらいなく走っていく。その姿はまるで野生の山猫のようだった。まるで今日嫁いできた姫君とはとても思えない。
もちろん正式な式もあげていない姫君なのだから、旅の疲れさえなんとかしてしまえば動くことは可能だと思うものの、そのまま演練場を見渡している姿にはアナはどうしたものか考えてしまう。
そしてはっと気が付いたように、階段の方へ足早に駆けて行った。
一方、ファリナは特に気にしていなかった。むしろ、ここ最近は嫁入りの準備だ。何だと言われて、まともに剣を振ることができなかったのだ。それが魔術王は好きにしろ、と言った。何しろ正式な式典も行われていないせいで、時間はまるまる午後は余っている。窮屈な行事もないのならば、言いつけられた日暮れまでは剣を振っていても構わないだろう。
「少しはそれで気がまぎれるだろう」
あんな意味のわからない魔術道具に囲まれるよりはよほどいい。ファリナはにや、と笑って、剣を探し始めた。訓練用の棒切れであっても、毎日きちんと素振りをしていないと、とっさに体が動かない。
本当は対人戦がしたいが、それを望むのは、さすがに難しいだろう。明らかに戦闘慣れしていないアナをそんなことに巻き込むのも可哀そうだ。
「……おや、君は?」
そう思いながら周囲を物色していると、同じく軽装の男がファリナがやってきたのとは反対側の建物から出てきた。鮮やかな青い瞳と黒い髪をした、ファリナより年上であろう青年である。
「失礼いたします。少し剣を探していました。ワタクシはファリナと申します」
すっと顔を引き締めて、名前だけを名乗った。
あえて姓は名乗らない。こんな騎士にまで新しい、二十四人目の花嫁の名前など知られているとは思わないが、万一知られていると何をしているのかと言われそうだったので、堂々とそう語るってみる。
(私のことを曲者として本気で向かって来たら、この国の騎士のレベルもわかるだろうか)
相手をある程度挑発する意味でもそんなことをした。しかし。
「ああ。あなたが陛下の妃様なのですね。ようこそ、ドラコニア国へ、ファリナ様」
「……知っていたのか」
はっきりとそういわれて興ざめした。
どうやらファリナが何者であるのか知っているらしい。
「そりゃあまあ。挨拶だけして、陛下も放置したら、さっそく演習場に行くと申請を出してきた、と言っていましたからね。こちらこそ、申し遅れました。ドラコニア国騎士団、レオニス団隊長のレオニス・ブレイズと申します。戦うことしかできない無骨な男ではありますがよろしくお願いいたします」
「ああ。よろしく頼む」
ファリナはじっとレオニスを観察する。確かに筋肉のつきかたからしても、きちんと訓練を受けてきたことがわかる。だが、それでも優男な雰囲気がぬぐえないのは、その線が細くどこか柔和な顔立ちだろうか。
「さて、それではできる限りはお妃さまのお願いは、できるだけ叶えてあげたいんですがね。剣ってのは、訓練用でいいんです?」
「そうだな。素振りと実戦形式。特に、騎士団の隊長レベルの方と戦えるのならば不足はないだろう」
端的に自分の目的を告げると、レオニスは「なるほど」とうなずいた。その胸元にはよくみると、アナとは別のデザインの青い石の飾りがついたアミュレットを身に着けている。
(そういえば、ドラコニア国には自らの身体を強化する魔法騎士たちもいるはずだ)
一応訓練を受けているとはいえ、姫君であったファリナが直接相手をすることはなかったが、ドラコニア国との合同演練で試合形式の模擬戦闘を行ったときにファリナも見たことがある。確かに騎士としての練度に、さらに魔法による強化があれば、すさまじい能力を発揮することができる。
「俺との試合もお希望ってことですか? 全く勘弁してくださいよ。さすがに嫁いできた姫君と初日にお手合わせとは」
レオニスはファリナの提案にさすがに困ったような表情を浮かべた。もちろん、ファリナも想定の範囲内である。
「手心はいらない。私はもともと騎士だった。そして、王妃になっても剣を握ってもよい。その条件でここに嫁いできたはずだが?」
「そこまでは聞き及んでいませんでしたが……確かに、そうではないとうちの国なんて普通は嫁いでは来ませんね」
苦笑いを浮かべるレオニス。もちろん隊長クラスとなれば、さすがに自国の王の内情ぐらいは分かっているはずだ。
世継ぎを作る前に二十三人の妃をなくした王様。
それがどれほどの醜聞かはよく理解しているようだった。
「ま、いいでしょう。それが分かっているなら、さすがに王様も文句を言わないはずだ。いいですよ。訓練に付き合いましょう」
「そうか! それでは、剣を……」
ぱあっとファリナが表情を緩めた時だった。
「ファリナ様!! ファリナ様!!」
アナが駆け寄ってきた。
そういえば待ちきれずにそのまま置いてきてしまったのだ。さすがにこの国に仕えているメイドなのだから、階段の下り方ぐらいわかるだろう。そう思って、そのままにしていたのをすっかり忘れていた。
「アナ、私はこのレオニス殿と剣の稽古をつけていただく。言いつけ通りに夕方には帰るから……」
そこで不自然に言葉が途切れた。それもそのはずでアナの後ろにいたのは、午前中に挨拶してからはほぼファリナのことを放置していた、魔術王アルカナスだったからだ。
「陛下……」
「陛下、珍しいですね。このような場所まで足を伸ばすなんて」
一応は、形だけとは言え、夫になる男だ。どうしたものやらと固まっているファリナをよそに、レオニスは特に頭を下げる様子もなく親し気に声をかけている。
「別に大した用事ではない。先ほど我の妻と話をした時に、これを渡し忘れていた」
「……渡し忘れた?」
ファリナは眉をひそめる。
婚姻に関する条件に関しての調停は、婚姻をする前に結んである。そしてその幾つかは軍事支援や両国間の貿易に関する事項であることを、ファリナも事前に教えられていた。この結婚がなかったことになれば、二つの国が真っ二つに分かれてしまう。そのための責務をきちんと把握しておけと何度も家族からもいわれていた。
「これだ。我が国の一員となるのであれば、肌身離さず必ず身に着けておけ」
アルカナス王はそういうと、アミュレットを渡した。緑の宝石に金の装飾が施されたそれは、綺麗な円ではなくわずかにひずんだ楕円形をしている。そしてその周囲にはびっしりとファリナの読めない言語で何か言葉がかかれている。
「……ありがとう、ございます」
他人行儀に感情のこもらない声でファリナがアミュレットを受け取ると、その緑の宝石は微かに輝き始め、周囲に幻想的な光を放った。
「認めたようだな。それが貴様が持たなければただの石となる。それをよく覚えておくといい」
「私は魔術などわかりません。このようなものを渡されても、上手く活用することはできませんよ」
わずかに熱を帯びているためか、魔力が灯っていることはわかる。しかし、それがどういうものであるのか、ファリナには理解できない。アルカナス王はじっとファリナの指の先の緑の宝石を見つめている。
「よい。アミュレットはそもそも、受動的な護りだ。そこのレオニスの身に着けているタリスマンのようなことはできぬ」
「……受動的」
ファリナが首にかけると、その輝きはわずかに強くなる。夜になれば、ほのかに発光する程度のことはするだろうか。
アルカナス王の言っていることは半分程度しか理解できなかったが、そういうものなのだろうと、ファリナは言葉を呑み込んだ。
「そのような顔をしなくても貴様が戦うことに関しては邪魔をすることはないだろう。だから、安心して訓練でもなんでもしていろ」
「……本気ですか」
さすがに目の前でそんなことを言われると尋ねずにはいられなかった。
ファリナも一応は王家での教育は施されている。嫁いでしまえば、その国のしきたりに従わなければならない。姉や妹が慣れないしきたりで苦労している様はよく見てきた。
「我が許可した。だから貴様はここで自由にしているのだろう。服装に関してもとやかくは言わん。だが、貴様はできる限り、式典などには出るな。そして国政に参画はさせん。そして何よりも、日暮れになったら何があっても自室より出るな。わかったな?」
式典などの表には出さない。
国政にも出さない。
飾り物の妃。世継ぎを産むだけのことを考えていろ。
魔術王の意図が、そこでファリナにも伝わってきた。彼にとっては、ファリナなどその程度の価値でしかないのだ。むしろ、獣耳の妃に対して一生外に出るな、と言わないだけまだましなのかもしれない。
「な……っ!」
「……はい」
アナの息をのむ声を無視してファリナはうなずいた。そして、アルカナス王に頭を下げる。
「剣を握る許可をくださり、ありがとうございます」
その点に関してだけは感謝をしている。そのつもりで伝えたが、アルカナス王は「ふん」と鼻を鳴らしただけで、そのまま振り向きもせずに練習場から立ち去っていった。
「ま、まあ、あの、陛下はなかなか難しいお人なので。ついでにかなり不器用ですし」
「そのようだな」
フォローになっているのかよくわからない言葉を言うレオニスに、ファリナもうなずいた。そして目を輝かせて、レオニスに向き直る。そして牙を見せて笑う。
「だが、正式な許可をいただいた。これで十分か?」
「そうですね。あそこまで陛下に言われてしまって、訓練に付き合わないと言ってしまったら、こちらの方が何を言われるかわかったものじゃないですね。あ、邪魔だったらその頭巾も取っ払っていいですよ」
「……それは」
ファリナは頭巾に触れた。この耳を見せてしまえば、どう言われるかはよくわかっている。自分の国ですら頭巾を取ることはほとんどなかった。
レオニスは首を振った。
「獣耳の件は知ってます。獣化の件を知らなかったのは、頭の固い大臣たちだけですので、こういう下っぱ連中には逆に陛下の方から言ってましたよ。そういうことでバカな差別はするなって」
「……そんなこと、聞いたことがない」
確かにベールをあえて脱いで見せたときも、驚きはしなかった。
もちろん事前には知っていたのだろうが、ファリナはアルカナス王を試したのだ。それに乗ってこなかったのは、醜い獣化している妃をもらう覚悟を決めていたからではなかったのか。
「だから言っているでしょう? うちの陛下は不器用なんですって」
レオニスはにや、とファリナにいたずらっぽく笑いかけた。
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