魔術王と獣耳の姫君

七星ミハヤ

第1話 獣耳の姫君は魔術王に嫁ぐ

「ほう、お前が新しい花嫁か」

「……」

 荘厳な王宮。大量に吊るされた装飾品の数々は複雑な紋様を描いていて、それがきっと何らかの魔術的な要素を含んでいることは、魔法に対してほとんど知識のないファリナにも理解できた。

「はい。あなた様の下に侍るためにここまで来ました、魔術王アルカナス・ドラゴンハート」

 顔を隠すベールの下からでもよくわかる。魔術王という大層な名前に反して若い王であるらしい。

隣国の魔国の魔王を騙し、強大な魔力を奪い取った男。

その称号としての魔術王。もしかしたら魔法で若さを保っているだけかもしれないが、見た目だけならば二十代のファリナと同じくらいか、わずかに年上に見える。顔立ちも整っていて、その見た目だけならば、きっとファリナなど嫁に迎えずとも、いくらでも婚約者を得ることができただろう。

「堅苦しい話はよい。それよりも名前を聴かせよ。なにせ、俺には……」

「二十三人の元妻がいらっしゃる。そうおっしゃりたいのでしょう?」

 静まり返る王の間で、ファリナははっきりとした口調でそういった。家臣たちが何か言いたそうな顔をするが、それよりも先にアルカナス王が口を開いた。

「ほう、聞き及んでいたか?」

「ええ。我が国でもそれは有名な話です。ですから、私があなた様の花嫁に、と選ばれました。名前をファリナ・フェアリーレイン。フェアリーレイン国の第三姫です」

 ファリナははっきりと言いながら、ベールに手をかける。

 そしてそのままベールを押しのけた。その瞬間、周囲からどよめきが起こる。このような場所でいきなりベールを外す花嫁など、王への侮辱として捉えられてもおかしくない。

しかし、ファリナは確かめたかった。

「貴様……その耳は!」

「私の耳がおかしいか? こんなもの、ただの獣耳だ」

 ファリナの頭上には二つの立派な獣の耳が生えている。人であるにも関わらず、獣の要素が混ざっている人間のことを「獣人」などとも呼ばれている。

 獣人同士で生まれることも多いが、人間同士でも生まれてくることもそれほど珍しいことではない。優秀な兵士などに獣人は多い。

 そしてなによりも彼らは差別の対象にある。

 特に見ただけで分かってしまうような場所に獣の特徴が現れている獣人、「獣耳」は最も差別されやすい。

「……獣耳、の女を嫁に寄越したのか?!」

「ええ。お気に召しましたか?」

 怒りのためか顔を歪めるアルカナス王に、ファリナは目を背けなかった。

 ファリナも訳アリだが、アルカナス王だって訳アリだ。そうでなければ、今まで二十三人もの妻を亡くしたりはしないだろう。

 だからこの婚姻は、つり合いがとれている。

 すくなくともファリナはそう思っていた。

「へ、陛下!! いけません! このような者は!!」

 もっとも地位が高い大臣だろうか。片目を眼帯で覆い隠した立派なマントを羽織った老人が、声を上げる。

「これではどのような目に遭うか!!」

「あまりにもわが国を愚弄しすぎているだろう!!」

「獣耳の女など、なんとおぞましい姿なのか!!」

「こんな婚姻無効にしなければ!! フェアリーレイン国へいますぐ連絡をしろ!!」

 王の間に集った他の大臣たちも声を上げる。皆、皺だらけの顔を歪めて、必死に声をあげている。

 歓迎などされていないことは最初からわかっている。

 ファリナは眉一つ動かしたりはしない。特に気にした様子もなく涼しい顔で、魔術王が何を言い出すのかを待っていた。

「ふん、だからなんだという? 最初からわかっていたはずだ。少なくとも獣人であることはうわさに聞いている」

 だが、二十三人の妻を娶ったという豪胆な王は、ファリナの予想以上だった。

「獣耳だからといって、女には変わりない。すでに両国で条約は締結している。構うことはない。ファリナ、だったな?」

「はい」

「貴様は俺のモノだ。そして、このドラコニア国の王妃となる。以後、この国の発展に努めよ。その身が朽ち果てるその日まで」

「はい。魔術王、この婚姻が両国の発展に寄与しますよう。幾久しく」

 その言葉にファリナは迷いなくうなずいた。それが婚姻の証だった。式も、祝福の言葉さえない。

 あるのは新しく嫁いできた「獣耳」の姫君に対しての戸惑いと恐怖の声だけ。

 だが、それでファリナは満足だった。

 まともに嫁ぐことはおろか、恋をすることさえ許されないと思っていたファリナにとって、こうして一国の王に嫁ぐことができただけで、あまりに十分すぎるのだ。だから魔術王がどんな表情をしているのか、ファリナは知ることなどなかった。

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