6.

 ロビーで待っていると、中年の看護婦が世間話をしに来た。どうやら訳ありの患者が多いらしいこの病院で、子供は珍しいようだった。

「本当はこんなところに縁がない方が良いんだけどねぇ、」

 彼女は少しだけ高辻の話をしてくれた。と言っても、過去にどんな怪我で来たとか、最近の彼の体調は良いかとか、そんな話だった。普通だよ、と返すと、苦笑いしながら飴玉を分けてくれた。袋には異国の文字が書いてあった。


 高辻がロビーに戻ってきたのは三十分後だった。思いの外長い話し合いだったが、圭介にはその内容は知らされなかった。高辻はなにか考え込むような顔をしていた。自身の足元を見つめる仕草に、胸の内がわずかにざわめく。


「何の話だったの、」

「なんでもないさ。おや、飴をもらったのか。」

 薄荷味だな、と、異国の文字を見ながら言った。

「読めるの、」

「まあな。日本語以外に理解できるのはな、韓国語と関西弁だ。いずれも実家においてきた。組に入って、新しい私となるためにね、」

 このとき初めて、高辻が圭介と同じく海の向こうにルーツがあることを知った。

 高辻に手を引かれ、病院をあとにしながら、気になったので彼に二、三の関西弁を話してもらった。あまりにも似合わなかったので、圭介は笑いが止まらなくなり、もうやめてくれと懇願する羽目になった。



 一週間は穏やかな幻覚のように圭介の身体を流れていった。

 学校に行く必要も、家に帰る必要も、夜の街に出る必要もなかった。時折父の見舞いに行って小言を聞き、高辻の部屋に帰りさえすれば、他は何をしても良かった。

 高辻はほとんど部屋にいた。仕事がないらしい。それが本当なのか、圭介のためについた嘘なのかはよくわからない。あるいは少し疲れた様子だったので、彼自身仕事を控えるべき体調だったのかもしれない。


 毎朝二人で朝食をとり、どこかに出かけ、あるいは部屋の中で日がな一日ただ本を読んで過ごすこともあった。高辻の蔵書はたしかに小難しいが、コツさえ覚えれば簡単に理解できるということを教えてもらった。

 コーヒーの淹れ方を教わり、高級店の入り方を教わり、ついでに深夜に食べるアイスとラーメンを教わり、香水の付け方、朝日を待つ住宅街の匂い、ビールの味も、彼から教わった。

 怪我をした腕のかわりに高辻に世話をしてもらうこともあった。


 二人は親子のようだった。年の離れた友人のようでもあった。時折思い出したように交わされる口づけで、恋人にもなった。夜は同じベッドで眠り、ほんの少しだけキスの続きをすることもあった。


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