5.

 ベッドの上に横たわり、点滴が落ちるのを眺めている。

 雨は滔々と窓を流れ、朝日は全く見えない。すぐそばで、高辻が丸椅子に腰を下ろしながら本を読んでいた。

 よくこの暗さで本など読んでいられる。


「あとどれくらい、」

 ごく小さくつぶやく。高辻は老眼鏡を下げてこちらを一瞥すると、再び本に目を落とした。

「知らん。そんなに気になるなら私ではなくそこのボタンを押せ」

「聞いてみただけだよ、」

 再び静けさが訪れる。こういうやり取りを、もう何時間と続けていた。雨音に混じって、はらりとページをめくる音がした。


 高辻は一晩じゅう、圭介の側にいた。

 父親の手術中も、圭介の処置中も、ただそこにいた。少なくとも圭介の意識のあるうちに、彼が眠ることはなかった。

 もうすぐ点滴が終わる。

 高辻は栞を本に挟んだ。


「……親父さんが退院するまでは私の部屋に来るといい。」

「高辻の?」

 突然の申し出に、ぼうっとしていた頭の中から急に靄が引く。

 彼の家に居させてもらえるのはありがたい。何しろこの先一週間、父親は病院から出られないのだ。だが昨晩彼にしたことを忘れたわけでもなかった。

 あのときの、唇の温みを思い出す。

 圭介は苦し紛れに断る理由を考えた。

「学校から遠い」

「そんなもの休め。たかだか一週間くらいどうにかなるだろう。」

「一週間もズル休みするの、」

「ズルではない。怪我をしている。私がお前くらいの年頃なら、喜んで一月は休んでいるぞ。」


 一週間か。

 昨晩医者に聞いた話では、父の心臓はかなり良くないらしかった。血管が詰まり、心臓に悪さをしていたのだという。少しでも遅かったら死んでいたと言われたが、実感がなかった。

 手術は深夜のうちに行われ、今は別室で眠っている。一週間後に無事退院できたとして、薬と定期的な通院、検査が必要らしい。

 それに比べれば圭介の怪我は縫うぐらいでなんともなかった。ただ感染症のおそれから、一晩寝かされているだけだ。

 治療は淡々と進んでいき、圭介は点滴を終えると即退院だった。


 処置室を出る頃には父の意識は戻っていた。

 去り際、圭介は高辻を廊下に残し、父とごく短い面会をした。


「……あの野郎はどこだ」

 父の顔色は全くの土気色で、体に突き刺されたチューブがあまりにも痛々しかった。

 それでもなお、高辻と対立しようとしている。

「お前を連れて行こうとしたやつは……、」

「高辻、手術のお金だしてくれたよ、」

「そんなのは関係ねぇ。呼べ」

「呼んでどうするの、」

「そいつと二人で話がしたい。」

 圭介は二人を引き合わせてはいけないような気がした。二人きりでする話など、もうこれ以上自分と会うなとか、そういう話に決まってる。

「早くしろ、」


 戸惑いながら病室の外に出て、高辻に恐る恐る聞いてみた。意外にも彼は快諾した。

「適当に流すさ。ロビーでジュースでも飲んで待っていなさい」


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