6.
翌朝、帰り際に、高辻は黒いカプセル状のものを二粒寄越した。
「私の血だ。持っておきなさい。こいつは薄めに作ってあるから、痛みが和らぐ程度で記憶は飛ばない。使い方はわかるな、」
小さく頷くと、彼は圭介の唇に人差し指を当てた。
「この薬は誰にも見せるな。それから、必ず一日にひと粒だ。」
「どうして。死ぬの、」
「致死量はあるが二粒では死なん。少し依存性があるだけだ」
「わかった。」
薬をポケットに入れ、父親の待つ古いアパートに帰った。
想像はしていたが、父の機嫌は最悪だった。
「今までどこをほっつき歩いていやがった」
朝まで飲んでいたらしい。酒臭い口で圭介を罵倒し、石を投げるように机の上のものを投げつけ、普段は避けているはずの頬にまで傷を作った。
「どうせ俺なんか野垂れ死んじまえとか、思ってんだろう。いらない父親だって、そう思ってんだろう。俺がどんな気持ちで一晩お前の帰りを待っていたか、お前にわかるか。」
いつもどおりの暴力に耐えながら、圭介は初めて、母の言葉とは別のもので自分を勇気づけた。
――圭介。
高辻が自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
隠し持った薬から、呼びかけられているような気が。
やがて気の済んだらしい父親は、一人うす暗い寝室に戻った。
曇った空から注ぎ込む光が、居間をどんよりと照らしていた。圭介は痛む体を起こし、台所で水を汲んだ。
高辻からもらった薬はよく効いた。
身体は軽く、痛みは拡散していく。薄い、と言っていたが、たしかにあの日のような酩酊状態にはならず、記憶も無事だった。ただ頭がスッキリとしていたので、圭介は外に出て、普段はしない散歩をした。三時間も経つと、その透明な時間は終わった。
長い散歩から帰ったあと、圭介は財布からパステルブルーの小さな守り袋を取り出した。母からもらったマリア像のとなりに、黒いカプセルを押し込む。それから元通り袋を閉じ、財布にしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます