3.

「……親父。」

 高辻から離れ、キッチンの近くで電話を取って父と話す。


「要件はなんだったんだ。」

 ソファで高辻が面倒くさそうに言った。

「……傘忘れたから、迎えに来いって。いつものパチ屋まで」

「行くのか、」

 一瞬、戸惑う。何でも言われたとおりにするのか、と以前嘲笑われたばかりだった。


「……わからない、」

「行ってやればいい」

 高辻は口の端を歪め、吐き捨てるように言った。

「言われた通り迎えに行ってやれ。帰って殴られるのもお前の仕事なんだろう。そうやってお前は、父親のそばにいることがいいと思っているんだろう」

「……それは、」

 圭介は、さっき高辻に踏み込んだ話をしたことを後悔した。そのせいで、おそらく彼は今、とても不機嫌だ。


「どうした。さっさと仕度をして、ここを出ろ。送っていってやるぞ」

 動けなかった。父に言われた通り――あるいは高辻に言われた通り、ここを出て迎えに行けばいいだけだ。そうすれば、いつも通りの日常が、暴力にまみれた日常が待っている。

 だが、初めてそれに抗いたくなった。


「高辻、」

「なんだ」

 高辻はもう、スーツの上着を着直していた。車のキーを取る。

「泊めて」

 その手がふっと止まった。

「一日だけ、ここに泊めて」

「親父さんはどうするつもりだ」

「ビニール傘くらい自分で買える。迎えに行かなくても問題ない。……今日は友達の家に泊まってることにする。」

「……、」

「ねぇ、頼むよ。泊めてよ。お金はないけど、何か、できることはするから、」

 高辻は冷たい顔で圭介をじっと見ていた。圭介の弱さが明るみに出てしまうような冷たさだった。それでも必死で食らいつく。

「頼む、」

「……そうしたいならそうしろ。」

 それを聞いた途端、圭介の体から力が抜けていった。

 父に、会わなくてもいい。ようやく。


 高辻は小さく舌打ちすると、再びスーツを脱いでキッチンに向かい、珍しく酒瓶を手に取った。



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