2.
「なに、大したものじゃない。お前、私の血を飲んだときのことを覚えているだろう。この血は神の血だ。いい薬になる。酩酊し、高揚し、痛覚が鈍麻する。――クセになるやつが多いんだ。そいつらに、売ってやるんだよ。この器具で血を抜いて、色々加工してな」
高辻は何でもないようにそう言った。
「大事な収入源さ。」
圭介は思わず黙り込んでしまった。
この部屋で自分の血を抜き取る彼の姿を想像する。
まず率直に痛そうだ、と思った。
どういう方法だか知らないが、穴を開けるなり切るなりしなければ血は出ない。それは自傷行為と何ら変わらないように思えた。
あの高辻が?
圭介の知る高辻は、強かで、器用で、ひとりきりで生き延びるのに何の苦もない、完璧な男だった。その像と、己に針を刺し、その身を切って売る男の像が、重ならない。
「……それ、誰も、何も言わないの、」
「言うも何も、大して悪いことでもないだろう。なんだ。文句でもあるのか、」
悪いかどうか、圭介に判断はつかない。ただ、
「寂しそうだと思っただけ。」
とっさにその言葉が出た。その瞬間、高辻は眉をひそめた。
「寂しい?」
「だって、自分を傷つけて、それで金を取るんだろう。それなのに、誰も止めないから、」
高辻は鼻で笑った。少し苛ついているようにも見えた。
「金になるならそれでいいじゃないか。それに、私の組織は、別に仲良しでやっているような集まりではないぞ」
「でも、」
「圭介、よく覚えておくといい。」
高辻の声色には、はっきりと怒りが表れていた。
「こうして薬を売らないのなら、金を稼ぐにはもっと別のことをする必要がある。他人と関わる面倒な仕事をする必要が。私はそれが嫌で血を売っている。手っ取り早いからな。
どうやら世間ではもっぱら人との繋がりがもてはやされているようだがね、この世には、そういう風には作られていない人間というのもいるものだよ。」
「そういうふうに、作られていない?」
「そうさ。」
高辻がこちらを見た。その顔はもう笑ってはいなかった。冷たい眼が圭介を見下ろす。触れてはいけないところに触れた気がした。
「誰かのそばにいるようには作られていない人間だ。根本からこの世に生まれるべきではなかった人間。だがお前などに同情などされる筋合いはない。不愉快だ。
覚えておけ。今こうして私が人と関わりの少ない会計の仕事をしているのも、自分の血を売りさばくのも、全て私の選択だ。お前には関係ない。私の気持ちに関わろうとするな。」
言い終えた瞬間、雨音すら消えるような冷たい静寂が二人の間に漂った。
圭介は、〈自分などいなくなればいい〉と口走る父の姿を思い出していた。あの言葉が嫌いなのは、それがそのまま、誰かに振り向いてほしいという気持ちの裏返しのように感じられて、回りくどかったからだ。
今高辻から言われたことは、それとほとんど同じことだと思った。
誰とも関わりたくない。お前とも関わりたくない。
だが父も高辻も、少なくとも本当の人嫌いではないはずだ。
父は暴力を通じて圭介と繋がりを持ちたがっているし、高辻はこうやって毎週圭介の面倒を見てくれている。
彼らの言葉はすべて、寂しさの裏返しの言葉にしか聞こえなかった。
不意に圭介の携帯が鳴る。
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