三.望郷

1.

 梅雨に入った。

 街並みは暮雨に烟り、雲は暗澹としている。

 いつもの木曜日、高辻の部屋の中には雨音が細く響いていた。

 理科の宿題を終えたところで彼が少し席を外したので、圭介は手持ち無沙汰に部屋を物色することにした。


 リビングの隅に、黒い本棚がある。

 ワックスのよくきいた木製の重厚な棚で、ガラスの扉がついている。圭介は何気なく、その戸の一方を開けた。

 雨の匂いに混じって、古い紙の香りがふわりと漂う。

 棚には本だけでなく、用途の分からない硝子瓶などがきれいに並べられていた。蔵書の数は多くない。気に入ったものを長く読むのだろう。

 本に詳しくない圭介にとって、タイトルから蔵書の傾向を推し量ることは難しかったが、小難しそうだというのが一番の印象だ。試しに一冊、手に取ってみたはいいが、びっしりと並んだ文字列の半分は知らない単語に見えた。


 そっとしまったところで、ふと、本棚と壁のあいだに隙間があることに気づいた。

 ちょうどソファからは死角になっていたが、本棚のそばに来てみて初めて、その隙間と、そこに何か仕舞われているのを見た。

 透明な管と、針、それに何かを固定する台。

 点滴のような、医療器具のような、これは一体、


「おや、それが気になるのかね」


 背後で高辻の声がして、思わず肩を震わせた。

「盗み見とはいい趣味だ。人のプライベートを勝手に覗くものじゃないぞ」

「別に、」

 なんだか見てはいけないものを見た気がして、そこから目をそらし、窓の外を見た。

 雨粒が窓にびっしりとついている。なんだか自分までじっとりと濡れているように感じるほど、外は雨が深かった。


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