4.

「わかるか、」

 親分に呼ばれ、彼の部屋で共寝をしながら、その日見たことの話をした。隣の部屋にあれがいると思うと、怖くて眠れなかった。

「盃を交わすというのは、ああいうことだ。選ばれたものだけが、あの方の血を与えられる。今日のやつは選ばれなかった。あの方は血を分け与えるのを良しとしなかった。だから死んだ。誰が選ばれるかは、俺にも皆にも、誰にも分からねぇ。

 俺もあれをして、生き残った。

 お前、あれをやる覚悟はあるか。」


 私には即答できなかった。

 私を長年ただの下働きとしてつかい、盃を交わそうとしなかったのはこういうわけだった。

 交わすには、死の危険をおかす必要がある。まだ子供だった若い私に対し、多少なり思うところがあったのだろう。

「あの方の血を得れば、身体は強靭になり、天啓が得られる。俺にもあの方の声が聞こえる。永遠に一人ではなくなり、導きのもとに生きられる、」

 親分は私の顔を見ながら、ゆっくりと語りかけた。

「だがそれは、あの方の一部になるということだ。手になり、足になり、望まれるままにすべてを整える、それだけの存在になる。もちろん俺は後悔はしてねぇ。だが全ての人間がそう生きるべきだとも思わん。お前はどうしたい」


 私は眠らないままに考え続けた。


 強さには憧れがあった。家を出て、身寄りのない自分に強さはなくてはならないものだ。

 世話になっている兄貴達に、少しでも近づきたいとも思っていた。

 だがもし選ばれたのなら、一生をあの得体のしれない仏像に捧げるためになる。何よりまず、選ばれるかどうかすらわからない。

 選ばれなかったら死ぬ。


 あの慈悲のない真っ直ぐな一撃、それで死ぬ。


 それなら――そう思うと私は心が軽くなった気がした。

 どうせどこで生きても苦しいだけだ。

 あの仏像に殺されるならそれでいい。運が良ければ、強くなって生き残る。

 それだけだ。


 翌朝、私は兄貴に、あれをやると答えたよ。

 結果どうだったか。わかるよな。

 私は生き延びた。

 首を掻っ切られたあと、あの仏像が倒れた私の首に唇を当て、血を吸い上げた。不思議と意識は途切れず、それからのことをはっきりと覚えている。

 あれは満足するまで血を飲むと、私の額に手を当てた。手のひらから、夜空のような黒い液体が――やつの血が溢れだし、額を伝い落ちていった。温かな感触だった。血は意思をもったように首元に向けて流れ、傷口から体内へ侵食をはじめた。

 苦痛はなかった。痺れるような感覚が身体を支配していった。

 黒い血が、身体じゅうを満たしていく。それまで私を支配していた人間の血液は、あれの黒い血に交換されていく。文字通り生き返るような、恍惚にも似た気分だった。


 そうして今の私があるわけだ。

――見てみるかい、ほら」


 高辻はネクタイを緩めてシャツのボタンをはずし、喉元をあらわにした。

 ちょうど喉仏の下に、白い一文字の傷跡が残っていた。

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