9.

「さあ、そろそろ時間だ。帰りなさい」

「……、あんた、」

「なんだ。」

「また数学の宿題を見てくれないか」

 男が目を見開く。

「あんたの教え方、わかりやすいから。解けると案外楽しいし。嫌ならいい。」

「報酬は。」

 そこまで考えていなかった。咄嗟に自分の持ち物を思い浮かべてみたが、彼に渡せるような価値のあるものは一つも思い当たらない。

「……ない。」

「ボランティアか。」

 鼻で笑れた。言わなければよかった、と思った。が、

「木曜の夜なら、たいてい暇だ。」

「……いいってこと?」

「たまには慈善事業で徳を積むのもいいだろう。だが私が飽きるまでだ。いいな、」


 鋭い目が圭介を射る。圭介は心臓がドクリと大きく瞬くのを感じた。

 悪い大人だ。何をされるかわからない。でも、たくさんのことを教えてくれる。それになぜだかもう少し側にいたい。今日みたいに話を聞いてほしい。


「毎週木曜、日が暮れる頃に学校のそばに迎えに行く。あそこには廃工場があったはずだ。そこの軒下で待っていなさい。」

 男は最後に、思い出したように付け加えた。


「私のことは高辻たかつじと呼べ。わかったか、」


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