5.
間近で見る男の顔にはいくつもの細かな皺が刻み込まれていたが、端正な印象だった。
柔和な表情の奥で、眼は蛇のような妖しさ光を放っている。
男は圭介の顎をつかんだまま、品定めでもするかのようにしてあちこちに向けさせた。
その指は氷柱のように冷たい。彼は何度か方向を変え、ふむ、というと、親指で圭介の唇をなぞった。
「少し海の色の混じった顔だな。」
おそらく母方の異国の血が入っていることを婉曲に言っているのだ。侮辱だと思いながら、それを言葉にする余裕はなかった。
「ああそうだ。」
不意に手を離して胸ポケットをまさぐると、圭介の目の前にハンカチを差し出し、広げた。中から何か血のついたものが姿を現す。
「これは君にあげようかな。お近づきの印に」
小さなピアスだ。青い石に見覚えがある。
「きれいだろう。あいつもいいものを持っている。……おや、君、ピアスは開いていないのか。開けてやろうか?きっとよく似合う」
何を言うべきか微塵も分からなかった。口を開くことができないまま、時間だけが流れる。
「喋れんのかね、」
再び顎を掴まれ、乱暴に揺すられる。
「無口な子だ。まあいい、」
男はおもむろに立ち上がり、圭介を見下ろした。つむじから爪先まで、じっくりと眺めている。
「……しかし君も災難だな。身代わりでここに寄越されたんだろう?ユウキも往生際が悪い。今更誤魔化したって、どうすることもできないのに。」
「……ユウキ先輩は……、」
ようやく声が出る。中途半端な言葉に、男は目元以外をぱっと明るくした。
「なんだ。喋れるじゃないか。なに、気にすることはない。あの子は私の部下が引き取った。あとは向こうで好きにやるだろう。」
「じゃあ、」
ユウキ先輩の安否は気になるが、少なくとも圭介に押し付けられた、先輩代理としての役割はもうなくなるはずだ。
「ああ、君はまだ帰れないよ。ちょっとした気晴らしに付き合ってもらいたい。私もいらない手間をかけさせられて、少しイラついていてね。大丈夫、少しのあいだ私と遊んでくれればいい――さあ、立ちなさい」
制服のシャツを強引に掴まれ、引き上げられる。
そのまま、ベッドの上に放り投げられた。
シーツから、埃の匂いがたちのぼる。だがその奥にうっすらと、石鹸の香りがした。誰も使わないはずの部屋の、ベッドだけは確かに手入れされている。まるで、今も繰り返し使われているかのように。
男は馬乗りになって圭介を見下ろした。分厚い身体は重量があり、のしかかられるだけで息が止まりそうだ。
「他人の濡れ衣で不利益被るのは嫌な気分だろう。だがね、そうやって切り捨てられるやつは切り捨てられるなりに理由がある。わかるか、」
そう言いながら、男は胸ポケットに再び手を突っ込む。出てきたのは、小さな折りたたみナイフだった。冷たい銀色の刃が眼の前に差し出され、身体中が総毛立つ。
「つまり半分は君のせいさ。よく覚えておくことだ」
男はそのまま、ナイフをなぜか自身の手のひらにそっと当て、引いた。
流れる血液が、彼の手を伝う。
違う。
血ではない。その液体はタールのように真っ黒で、銀粉をまぶしたかのごとく金属質の細かい光を反射していた。幾千もの星を抱いた闇が、そのまま液体になって彼の体から流れ出たようだった。
「ここで見たことを誰にも言ってはいけないよ。さあ、口を開けて、」
震えながら口を開ける。男は、滴る黒い体液を圭介の口に流し込んだ。飲み込むべきではないとわかっているのに、体が言うことを聞かない。
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