4.
車から降ろされたとき、木々の濃い匂いがした。静かな場所だった。山間だろうか。少なくとも、走って逃げられるような場所ではなさそうだった。
しばらく歩き進めると、急に空気の流れが悪くなった。濡れた石のような匂いがする。建物に入ったようだ。階段を登らされ、小さな部屋のようなところにたどり着く。背中を小突かれ、跪くような姿勢で座らされた。
目隠しが外される。
ゆっくりと開けた目にまず飛び込んできたものは、古びたベッドだった。その配置や部屋の狭さから、ホテルの一室のように見受けられる。だが何もかもが酷く汚れていた。カーテンも壁紙も、黒い黴がびっしりだ。
そういえば、町外れの山間に廃ホテルがあったはずだ――学校から車で二十分ぐらいの場所に、十年前に廃業になったホテルがある。今は誰も近づかない、木々に囲まれた廃墟。きっとそこだろう。
部屋にはグループの少年らが数人、散り散りに立っている。件のユウキは多少落ち着かない様子だった。
「何時?」
「もう来るよ、」
どうやら誰かを待っているらしい。洸太の言っていた〈上の人〉とやらだろうか。
「じゃあな。そこを動くなよ。」
少年の一人がそう言うと、残りも一斉に部屋の外へ出ていった。少年たちの足音は遠ざかり、やがて跡形もなく消えた。
圭介はあたりを見回した。
暗い部屋の中に、破れたカーテンの隙間から一筋の光が差し込んでいる。光は黄色を帯びて、太陽が傾いていることを静かに圭介に教えてくれた。
少し手首を動かしてみる。が、紐はきつめに縛られていてびくともせず、食い込んで痛みが増すだけだ。
――圭ちゃん。
母の声がした。
――強い強い、男の子。
大丈夫、圭介は自分に言い聞かせた。どんなに痛くても苦しくても、待っていればいいだけだ。
暴力は普段から父親で慣れている。殴られている間だけ、幽体離脱でもするように自分の体を他人だと思うようにすれば耐えられる。生まれつき華奢で、腕っぷしの強くない圭介にとって、自分の体の痛みに無関心でいることは大切なことだった。
やがて硬い革靴の音が聞こえだした。
だんだんと近づいてくる足音が、部屋の前でとまる。
開け放たれた扉の前に、一人の男が姿を現した。
西日を受けて、黒いシルエットが浮かび上がる。
じっと見つめていると、それがスーツを着た中年の男だということが次第にわかってきた。建物の闇に溶けてしまいそうな、濡れ羽色のスーツだ。がっしりとした体格に合わせて美しく仕立ててある。
「やぁ。」
低く引きずるような、甘い声色。
腐りかけの床を優雅に踏みしめながら、圭介のそばへ寄り、顔を覗き込むようにしてしゃがんだ。
直後、強い力で顎を掴まれ、無理やり男の方に顔を向けさせられた。
「君だね、」
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