2.
汗ばむ春の午後、圭介はひとり、校舎の屋上で休んでいた。屋上のコンクリートは汚れて入るが、ひんやりして気持ちがいい。仰向けに寝そべって流れる雲を眺めていると、普段自分に降りかかる暴力や理不尽が遠く雲の向こうにあるような気がする。
中学二年生に上がって一月が過ぎた。
クラス替えの緊張感がようやく薄らいできた今日このごろ、教室には掴みどころのない連帯感のような空気が形成されつつあった。圭介は、その空気にどうしても馴染めなかった。
授業も、ホームルームも、どこか自分を置いて進行しているような気がする。
携帯を見る。もうすぐ昼休みが終わる。
昼休みが終わると、また教室に戻らねばならない。
それが息苦しかった。
教室にいなければいいが、そうもいかない。家は家で、帰ると面倒だった。父がいるからだ。
彼が家にいる間は、なるべく駅前の街に出て時間を稼がねばならない。
幸い、夜の街には同じような境遇の少年たちが大勢いた。少年たちにはいくつかの派閥があり、圭介は自然とそのうちの一つに属するようになった。
圭介自身は自分が不良少年だとは微塵も思っていなかった。
ただ、流されるまま、どこに向かうともなく漂流している。
そういう少年たちは星の数ほどいた。そのうちの一人に過ぎない、そう思っていた。
そうして群れを作り、意味のない話をして、ときおり先輩の武勇伝なんかを無理やり聞かされたあと、頃合いを見計らって家に帰る。
父が眠っていれば一安心。起きている場合、慎重に彼の機嫌を伺う必要がある。たいてい、その機嫌はギャンブルの成果に左右される。つまりほとんどは機嫌が悪い。彼を刺激しないように食べ物を用意し、酌をし、だいたいその中で機嫌を損ねて殴られ、痛みの中で眠り、翌朝一人で起きて、また学校へ行く。
うんざりするような毎日がうんざりするほど繰り返され、昼休みの間だけ、その時間が止まった。
束の間の安息の中、ふいに屋上の扉が開く音がして目を開けた。
誰かがこちらに近づいてくる。パタ、パタという足音は、圭介のそばで止まった。聞き馴染みのある音だった。
「笠寺……」
同じクラスの洸太が、やや緊張した面持ちで圭介の顔を覗き込んだ。彼もまた家族に問題を抱えた少年だった。二人は同じグループに属していた。
「なに、洸太。」
「ユウキ先輩が……、」
その名前を耳にした瞬間、少し体がこわばるのを感じた。自分たちと同じグループにいる、高校生の先輩だった。リーダー格ではないが少々横暴なところがあって、彼の名前が出るときはたいてい、よくない話である。
「先輩が、笠寺を呼んでる。放課後に運動場裏の工場に来いって。」
思わず体を起こす。
洸太は思慮深い目で圭介の反応を伺っていた。
「……何で俺が。」
「わからない。俺も詳しくは聞かされてないけど……多分、こないだ先輩が話してたことと、関係があると思う、」
「こないだ話してたこと?」
怪訝な顔で洸太を見返す。
「ほら……あったろ、こないだ。ユウキ先輩が、上の人達に呼ばれたって、なんか自慢してたやつ。俺もよくわからないけど、ちょっと悪いことに関わることになったって。
あのあと先輩が何か失敗をしたって、噂になってる」
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