五.待合わせ
1.
圭介はたった一人で目覚めた。
薄汚れたカーテンの隙間から、光がまっすぐに差し込んでいる。明るくなっていく部屋の中に、父も高辻もいなかった。
菓子パンを半分かじるだけの朝食を済ませたあと、居間の隅の仏壇に手を合わせた。箪笥の上のものをどかして即席で作ったものだった。まだ遺骨はそのまま残っている。墓のことはよく分からなかった。
父の葬儀から三日が過ぎた。
高辻とは連絡が取れていない。
何度電話をかけても、虚しく呼び出し音が鳴るだけだった。
それでもまだ、諦めてはいなかった。彼に会わなければならない。今は外に出る気力もないが、食べて、眠って、少しの行政手続きをしながら、何度も電話をかけた。
高辻から電話が返ってくることはなかった。そのかわり、昨日は担任から電話がかかってきた。洸太からも心配だという電話があった。
圭介は重い足取りで風呂場に向かってシャワーを浴び、久しぶりに制服を着た。
鏡に写った自分を見る。部屋も顔も暗く、シャツだけが変に白い。青白い頬に触れる。たしかに自分を触っているのに、何か別のものに触れているのような心地だった。
この姿で、よく高辻に宿題を見てもらっていた。
圭介は学生カバンを持って家を出ると、学校には向かわずあまり使ったことのないバスに乗った。
霧のような雨が降っていた。バスは住宅を抜け、青い田んぼの横を通り、やがてごみごみとした市街地に入っていく。
駅で電車に乗り換え、少し離れた繁華街で降りる。高辻の家はこの街の中にあった。
高辻の車以外でここに来るのは初めてだった。何度も通った場所なのに、いざ電車で来るとまるで違う街みたいだ。それでも圭介は記憶だけを頼りに、彼のアパートを探した。
ずっと外に出ていなかったせいか、三十分も街を歩くと息切れがした。それでも、足を止めてはいけない、そう思いながら彷徨い続けた。
やがて見覚えのある看板やコンビニを見つけ、ようやく古いアパートの前についた。
繁華街の片隅にあるその建物は、夜はきらびやかな光から逃れるようにひっそりと――そして昼は、眠ってしまった繁華街と区別のないほどに自然に、静かに埋もれるようにしてそこに建っていた。
階段を上がり、彼の部屋の前に立つ。
インターホンを押す。
「――うわ、」
扉から顔を出したのは、高辻ではなかった。
「笠寺かよ、」
「ユウキ先輩……?」
派手なシャツを着たユウキがそこに立っていた。困惑した表情で圭介を見おろしている。
圭介はその顔を見上げた瞬間、彼の首に一本の横線が引かれているのを、はっきりと見た。まだ比較的新しいのか、高辻の喉元にあったような白い傷とは違う、赤い一本線だった。
「……高辻は……、」
圭介がそう口走った瞬間、ユウキがあたりを見回してぐい、と圭介の手を引いた。無理やり部屋に引きずり込まれる。
「奥に座ってろ。」
ソファを指さして、圭介をそこに追いやった。彼は落ち着かない様子でキッチンに向かうと、慣れない手付きで冷蔵庫に手をかけた。たしかに高辻の冷蔵庫だった。
「その冷蔵庫、左開きだよ」
圭介が教えてやると、ユウキは慌てて向きを変えた。
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