十章十五話 『二日目:殺しの事情』

「なぁに、あれ………」


その燃え盛る建物を見て愕然としたのは、オラージュだけではない。


魔王城北側、枯れ木林の中には、斑の一族の六人が立っていた。

イブキ、イチョウ、ナラ、ヒバ、エンジュと、そしてキリ。

斑の一族を内側から監視するべく同行していたキリは、言葉を失う。

彼女の守護すべきローレンティアのいる館が、火に呑まれている。


なんだ・・・ありゃ・・・


と、キリの隣に立っていた斑の一族の少年、ヒバも同じ程度の反応をする。

違和感を覚えたキリが振り返れば、集った斑の一族五人、同じような反応だった。


「ちょっと待って。あれはあなた達の仕業じゃないの?」


キリの質問にはイブキが答える。


「いえ、我々とは無関係よ。現にここにいるわけだし……まだ誰も暗殺に動いてはいない」


「それはどうかな~」


にひひ、とイチョウが笑みを浮かべる。


「別に離れてても人は殺せるでしょ。た・と・え・ば~、毒殺とか!」


キリの瞳孔が開く。その動揺を悟られないよう、平静に努めて言葉を綴る。


「………それは無意味だったと報告したはずよ」


「知ってるわよ。ついでよ、ついで。

 別に私が何を試したっていいでしょ。ね、ね、ナラ?」


「私は別に、問題ないと思うけど……」


「ほらみなさい、ないってキリ!

 私が先行したからって、文句言わないでよね!」


ふん、と胸を張るイチョウを、キリは静かに観察する。



違和感を、掴んだ。



「………イチョウ、あなた………出し抜こうとしたの・・・・・・・・・?」


キリの不意な質問に、イチョウは思わず固まった。図星の反応だ。


「おかしい………歩調を合わせるとか個人プレイとか、そういう領域じゃない。 

 あなた達は、殺しを競っている・・・・・・・・


だから作戦がない。だから―――。


「イブキ、教えて。ローレンティア王女殺害を依頼したのは何人なの・・・・?」




反応は、間に合わなかった。


瞬く間にキリは地面へ叩きつけられ、組み伏せられた。

うつ伏せのキリに、イチョウが手を抑え馬乗りになる。


「キリ、あんたやっぱりおかしいわよ。殺しの背景がそんなに気になる?」


先程の姦しい雰囲気はもはや無い。

あの氷と刃を思わせるイチョウの目が、キリを無感動に見下ろしていた。


「私達は道具よ。そうでしょう?依頼を受けたから殺しをこなす。以上でも以下でもない。

 それも果たせなかったあんたが、何をそんなに気にしているのよ」


冷や汗が伝う。

組み伏せられながらも持ち上げたキリの視界、冷たい目が5つ、見下ろしてくる。


「キリ、あんた裏切ったの?」


「………裏切っていない」


否定は虚しく響く。

信用を得なかったというよりは、興味を持たれなかった。

正しく殺しの道具である斑の一族は、殺し以外のことには無頓着だ。

同胞の裏切りに際してさえ彼らが気にかけたことは、それが自分の仕事に障るかどうか。


「まぁ、いいんじゃないの」


と、イブキが場をまとめる。


「事は全て、里に持ち帰ってから考えましょう。

 私達の邪魔をするのかどうか、それだけよ。

 イチョウ、あなたがそうやって抑えている限りは問題ないわ」


「え?」


「悪いわね、ほら、今絶好の混戦状態のようだから。

 暗殺者(わたしたち)としては、この機を逃すわけにはいかないのよ」


「待って!!」


キリの叫びは届かない。

うつ伏せのキリと組み伏せるイチョウを置いて、三人の斑の一族、イブキ、ナラ、ヒバが素早く場を離れ、魔王城への方へと駆けていく。

ローレンティアに対する殺意が、本格的に動き始めた。


「………父さん」


キリの父親、エンジュは少し留まり、組み伏される娘を観察していた。

もうどうにかなるような状況でもないが、それでもキリは縋るように父親を見つめ。


「あの女の悪影響か」


エンジュは無感動にそれを切り捨てる。


「もっと早くに離すべきだった。お前が余計なことを吹き込まれる前に」


「………余計なこと?」


改めて思い知る。

あの斑の一族の日々の中で、母がどれだけ異端で、そして正しかったのか。

そう思えるようになった自分がどれだけ魔王城(ここ)で変わって、斑の一族かれらから離れたのか。


「キリ、お前は事が終わるまで待っていろ。里が然るべき処置を下す」


父はそう言い捨て、魔王城の方へ消える。そこには娘や母への情はなく。


キリは改めて決意をする。



「あー!あんたが変なこと言うから押し付けられちゃったじゃなーい!!

 ライバル減らそうって魂胆が狡過ぎよ!」


キリと二人になったイチョウはぎゃーぎゃーと喚く。


「あーあー。流石に今回は私の手柄にはできなさそうね。

 いっそのこと早く終わってくれないかしら。

 ね、キリ?ローレンティア王女?早く殺されればいいのに」


無邪気に悪気なくイチョウは話す。友達に畑具合でも話すように。


「………手柄、ね。あなた達五人全員、雇い主が違うのね」


五人の全員が協力をせず手柄を競い合うのなら、つまりそういうことになる。

イチョウは笑い、答えるのを避けたが―――。



蠢く14の思惑、その内の4つは目的を同じとする、国家によりもたらされた思惑だ。

王女ローレンティアの暗殺。理由はと言えば、目障りだからだ。


銀の団で唯一の王族、ローレンティアの参加と団長就任……。

団長としてふさわしい位を持つ人物が必要だったとはいえ、国家間のバランスを崩すそれを王族会議が容認したのは、ローレンティアが大した人物ではなかったからだ。


古城に引籠りの、呪われた王女。


橋の国ベルサール王家との繋がりは薄く、有能な臣下はおらず、民からの支持も無い。

使いやすい無害なお飾りであったからこそ、ローレンティアは団長として座すことを許された。


だが彼女は、化けたのだ。


ここ半年の躍進劇、挙げた成果の数々、団員達からの人気っぷり。

銀の団団長ローレンティアは、いずれ魔王城を手中に収めることを目論む者達にとって邪魔な存在になった。

だから殺意を向けられた。斑の一族を雇ったのは4つの国家。

橋の国ベルサール鉄の国カノン河の国マンチェスター月の国マーテルワイト


そう、今回の視察国全てが、ローレンティアへ暗殺者を放っていた。



「ま、斑の一族にかかればすぐよ。

 絶対防御の呪いなんて言うらしいけど、殺り方なんて幾らでも思いつくわ。

 毒殺だって、私はいい線いってたと思うけどなー」


イチョウは笑う。彼女の自信は、しかし正しい。

そう驕るだけの実績と経験が彼女達にはある。


「………さっき毒殺って言ってたわね。それはどうやって?」


「別にー、簡単なことよ。使用人の子に、食事に毒を混ぜてって頼んだの。

 モントリオについてきた奴だったかなぁ。家族を人質に取ってね。

 母親と、夫と子供と………まぁ、もう殺しちゃったけど」


絶句し、熱が過ぎるキリの目を、イチョウは冷静に観察しきる。


「何、その目?本当にどうしたのよあんた。やるべきでしょう?

 確実に毒を混ぜてもらうためには人質を取るべきだし、人質を確保し続けるのが難しいなら殺しておくべきよ。どこかおかしいの?」


おかしくはないと、魔王城に来る前のキリなら答えていた。

殺しのみを考えるならイチョウのやり方は合理的だ。

そしてそうするよう、それが正しいと彼女達は育てられた。

イチョウは正しい。正しく、殺しの道具だった。


やはり、違う。


「……イチョウ、ごめんなさい。私、斑の一族を裏切ることにしたの」


唐突なキリの告白に、イチョウは言葉を詰まらせる。

追いうちをかけるように、キリは告白を続けた。


「ローレンティア王女の味方でいることにしたの。

 里にはもう戻らない。今回の件でも、私はあなた達の敵になる」


「そう」


返答は短い。情の薄いイチョウ達にとってはそれで終わりだ。

邪魔になった。だから殺す。ナイフが、うつ伏せのキリのうなじに振り下ろされる―――。


その行動を完全に読み切っていたキリは体をねじり、口から針を吹き出し、渾身の力で地面を叩いてイチョウを押しのける。


「仕込み針!!」


至近距離でもそれを避けるのは流石、そして間髪いれずキリの首筋にナイフを振るい、それを受けたキリと鍔迫り合いの形になる。


「………わけ分かんないわよあんた。

 そんなに私達より呪われた王女様の方が良かった?

 王女様を守るって?でももう四人行っちゃったけど?

 裏切るにしては中途半端なんじゃないの?」


「いえ、私は守りはしない・・・・・・


予期せぬキリの返答に、イチョウの顔が曇る。

キリの澄んだ目が彼女の瞳を捉えていた。


「………はぁ?」


「ティアは言ったの。共に戦おうって。何人か相手取れるとも言った。

 私一人で斑の一族五人と戦うのは無理よ。

 でもティアは五人を引きつけることはできる。そして私も、一対一なら勝っていく」


燃える、燃える、使命と冷静が同居した、冷たい炎がキリの瞳に揺らめく。

守る、守られる、それで終わる関係ではない。

それがキリとローレンティアの描いた、二人の戦線。


「私に勝つって?」


笑う口、奔る目、空気が震える、競り合いを弾き。

イチョウの目にも留まらぬ連撃をキリが受ける。同年代の、斑の一族の少女同士。

一撃の威力より手数とスピードを磨き上げた同じスタイルがぶつかり合い、刃と刃の衝突が二人の間で火花のように散る。


「やってみなさいよ!何もできやしないんだから!!」






と叫ぶイチョウが、空中で回転させられている。


もう勝負は・・・・・終わっていた・・・・・・


キリにナイフを奪われ、宙に吹き飛ばされたイチョウは大回転の後に、地面に叩きつけられる。

彼女は知らない。

斑の一族の計画を知ってからの数カ月、キリが重ねた手合わせの数――――。


【魔物喰い】アシタバと十二回。

【隻眼】のディルと八回。

【蒼剣】のグラジオラスと六回。

【刻剣】のトウガと十回。

【黒騎士】ライラックと十三回。


熟練者達との手合わせを経てキリは、対斑の一族へと自らの戦術(スタイル)を練磨していく。

一応は幼馴染にあたるイチョウが知っていたキリよりも、強く。堅く。そして速い。

地面に叩きつけられ仰向けに転がるイチョウを、キリはどこか俯瞰的に見守っていた。





「………あんた、本当に全員を倒していく気なの?正気じゃないわよ」


回転と落下でふらつく頭、地面に大の字になったままイチョウは問う。

沈黙で答えるキリ、イチョウは苦笑いをする。


「一族に逆らって何をしようっていうのよ。私達は殺しの道具なのよ………?

 どこまで逃げたって澄ました顔したって、それからは逃げられないんだから」


それは嘲りの笑みとは違った。彼女もどこかで諦めたのかもしれない。

でもキリはもう、戻るつもりも諦めるつもりもない。


「………私は殺しの道具ではない。私は母さんの子よ。自由に生きようと思ったの。

 ここで好きなことを見つけたの。だから逃げない。あなた達に立ち向かう」



動乱の夜―――。


河の国マンチェスターから逃れた人柱兵器、徒花と、それを追う者。

鉄の国カノンレッドモラードが仕掛けた魔王城征服作戦。

四ヶ国が其々雇ったローレンティア暗殺の刺客、斑の一族。


唸りざわめくその夜を背後に、少女キリは確かに誓った。


「私は、私の正しいと思ったものを護るわ」



前哨戦を終えた激動の二日目の夜が、いよいよ始まろうとしていた。 




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