十章十六話 『二日目:血と屍の上で咲く(前)』
【鷹の目】のジンダイは、10の時に魔王軍の戦線に送られる。
だが国を魔物の進軍から守らなければならないという使命を信じていた彼は、怯えと勇気と、烈火のような戦場へ臨む。
やがて黒砦と呼ばれる
人よりも少しばかり矢を射ることが得意だったのが彼の命運を分けた。
弓兵部隊に配属された彼は後方、死線とは少し距離を置いて戦場に加わっていく。
同期は全員、前線で魔物に殺された。巨大な手に握りつぶされる瞬間。
魔物の剣に腹を貫かれる瞬間。上半身を丸ごと、魔物に喰われる瞬間。
ジンダイの放った矢は、虚しく彼らの頭上を通り過ぎる。
五年間、死への恐怖と自己嫌悪が身を裂き続けた。
戦って。戦って。戦って。戦って。
国を守ろうと誓った若き兵士達が、目の前で散っていく。
ジンダイは慣れてしまった。彼岸を流れ続ける死と戦塵。
いつの日かジンダイは、彼より何期か下の槍兵がしぶとく生き続け、戦い抜いていることに気付く。
それが後に【黒騎士】と呼ばれる、英雄ライラックの若き姿だった。
「ここを出るぞ」
魔道士グラジオラスに切られた腕の血止めをされながら、ツワブキは一同を仕切る。
火のかけられた迎賓館、部屋にいるのは13人。
戦闘部隊隊長、ツワブキ。
【蒼剣】のグラジオラス。
農耕部隊隊長、クレソン。
工匠部隊隊長、エゴノキ。
【黒騎士】ライラック。
銀の団秘書、ユズリハ。
そして王女ローレンティアと、アシタバだ。
「ライラック!グラジオラス!それに大魔道士様にもご協力願おうか。
火の手から逃げたところを包囲してリンチってのが相手の目的だろう。
ゴリ押しで押し通る」
壁に掛けられていた装飾用の大斧を掴む。
いつも豪快に笑うようなツワブキの、ドスの効いた叫び。珍しく怒っている。
「申し訳ないがツワブキ、先に厨房に行きたい」
その気迫に全く動じず、アシタバはその声を通す。
ツワブキが目線を向ければ、真剣な顔のアシタバとローレンティアの顔があった。
「………ごめんなさい、エリスのことが気になります。
各国の使用人の方々もいるはずなので、それも」
「誰が、という問題もあるしな」
それはつまり、先の毒殺騒動。
実行犯は厨房にいるかもしれないし、計画者がこの中にいるかもしれない。
再び、セトクレアセアとローレンティアが視線をぶつけ合う。
「………分かった。先に厨房に行ってろ。俺達が玄関で準備をしておく」
その言葉を聞くやローレンティアは素早く部屋を出る。
館の廊下を慌ただしく走り抜ける。アシタバとユズリハがそれに続いた。
「エリス!エリス!!」
階段を駆け降りる、着飾ったドレスは乱れ、城育ちの彼女は少し駆けただけで息が上がるが……何をおいても心配が勝る。
「エリス!!!」
勢いよく厨房に入ったローレンティアの目に飛び込んだのは―――。
床に倒れているエリス、その横に立つスターアニス、エリスの側に屈みこむ修道服……大司祭オラージュ。
「な………オラージュ様?何故あなたが………」
「………晩餐会に来てみれば、館が燃えてて
とにかくと包囲網を突破して中に入ればこれだ。どうしてって、私が聞きたいね」
エリスの胸に添えるオラージュの手が発光する。
魔法を習うローレンティアには、それが治癒魔法だと分かった。
「そこのあんた、何が起こったんだ?セトクレアセアの使用人だったよな?」
アシタバが立ち尽くすスターアニスに声をかける。
「ス、スターアニスよ!………何が起こったかって、分からない……。
突然エリスロニウムが料理を食べて、それで、倒れて………多分、毒が………」
「誰がやったんだ?」
意図的、無遠慮なアシタバの切り込み。
誰が、といいつつも視線はスターアニスに向けられている。
「止せよ少年。犯人は分かっている」
一触即発になりかけた雰囲気を、オラージュが制した。
「………誰なのです?」と、ユズリハが問い。
「こいつ」
と、オラージュは横たわるエリスを指した。
「………え?」
「ほら、もういいだろう。
一週間ぐらいは安静だが、喋れるくらいには回復したぞ。
それくらいの毒を選んだんだろう?」
オラージュがペチペチと顔を叩くと、エリスの表情が動く。
苦しげに周りを見回し、そしてローレンティアの顔を確認した。
「エ、エリス自身が?毒を?なんで?」
「………先手を打ったのですか」
混乱するばかりのローレンティアに比べ、ユズリハやアシタバは察しがついたようだ。
だからこそ険しい顔をする。
まだ意識のはっきりしない様子のエリスに代わり、オラージュが説明を請け負った。
「そういうことだ。こういう社交場での毒の対処っていうのは難しいのさ。
警戒する仕草が、相手への無礼にあたり国家関係に影響する。
だから毒殺に対しては、大半が後手後手になりがちだ。
そういう場合、あまり棘を立てず先手を取るには……」
「自分で毒を呑んでしまう」
アシタバの言葉にオラージュが頷いた。
「それでこそ、ローレンティア王女が毒を警戒する正当な理由が与えられる。
難しいのは毒の度合いだな。
命に危険が及んでは意味がないが、軽過ぎてもこちらの手を見透かされる。
成程、エリスロニウム、お前が昼間私にわざわざ名乗ったのはこの為だな?
あの時からお前は、私に回復させることを見据えていたな?」
顔を歪めながらも苦笑いをし、頷くエリス。
ローレンティアは愕然とする。
膨れ上がるばかりで、言葉も感情も追いつかない。
エリスが薬屋のギボシに弟子入りしていたのは、解毒を学ぶためだと思っていた。
エリスはあの時点からこれを想定していた。先手を打つための、死寸前の毒薬作り。
「エリス、あなた………」
感情が軋む。上手く言葉を続けられない。憤りだ。
おめでたい自分と、エリスの行動と、そしてその原因である殺意を向けてきた相手に対しての。
「奴らは正面から来るだろう。そのまま相手をしてやれよ。
五英雄、ツワブキ・ライラックと手合わせできるチャンスだ」
館の外に飛び降りた
目と口元が狂気に笑う。魔王城を包む戦陣に喜ぶ、生粋の武人の習性。
彼の部下も同じ笑みで応える。
「王子、一つ。先程大司祭オラージュが、包囲網を破り中へ」
「中へ?飛んで火にいる、という奴か?」
「どうします?」
「変わらん。お前らの御馳走が増えるだけだ」
そういうとレッドモラードは踵を返し、館の炎に背を向ける。
「王子はどこに行くんで? 勿体ない、手合わせできるチャンスなんでしょう?」
「大魔道士メローネの魔法で遠距離戦を仕掛けられるのが厄介だ。
先に城の方を制圧したい。それにツワブキは俺の部下に迎えたい戦士だ。
刃を交えるのは最後でいい。ああ勿論お前達が倒して、それ以上の戦士であることを示してくれても構わん」
「さっすがぁ!!」
数人の部下と共に、レッドモラードは魔王城の方へと向かう。
どちらかというと彼の算段では、燃え盛る館への包囲網は時間稼ぎだ。
東西南北から来る部下と合流し、先に中枢部の制圧を狙うレッドモラード。
銀の団を戦力的に分析するなら、素人混じりの、軍としては人数の少ない戦闘部隊。
しかし勇者、五英雄三人などの別格を数人抱える、侮れない強さを持つ集団だ。
レッドモラードの見立てでは、銀の団が真に強さを発揮するのは籠城戦。
幾つかの重要地点に強者を配置することで均衡を保てる戦線。
逆に最も苦手とするのは総力戦。戦線が広範囲に、平らに広がる状態。
数人の強者ではカバー仕切れない規模を展開されること。
だからレッドモラードの仕掛けた魔王城征服戦において、彼が定めた戦略的要点は3つだ。
1つ、銀の団に籠城をさせないこと。だから先ず城を奪いに行く。
2つ、戦線を各地で起こすこと。だから東西南北から兵を進軍させる。
3つ、強者達の各個撃破を狙うこと。これは首尾よくいくかは難しいが……。
レッドモラードが狙ったのは、銀の団の烏合の衆化だ。
重要人物を館に集めて火をかけ、包囲網を敷き取り囲む。
団への指示を、銀の団の集団としての対応を遅らせる。
それがレッドモラードの狙いだった。
慣れたものだ。内乱の多い
ただの戦闘狂ではなく、戦略はそれなりに立ててくる。
もはや夜になった、月明かりの下で黒がかった魔王城のシルエットに、レッドモラードは手を伸ばし、掴んでみる。
「………待っていろ。俺達の楽園よ」
十章十六話 『二日目:血と屍の上で咲く(前)』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます