十章十四話 『二日目:徒花』
幼い頃から、その魔法陣はリリィの背中に刻まれていた。
このことを誰にも言ってはいけないと、父には何度も念を押された。
自分には魔法の素質があるらしく。
これはその暴走を抑えるためのものだと聞いていた。
王家もそのことを了承していて。
こんなものを背負った女を拾ってくれるところなどないのだから、お前はもっと良き妻になるよう努めなければならない。
と、父はよく言った。
徒花とは何か?という質問に対しての答えは、背中に魔法陣を刻まれた、魔法の素質を有する少女達、となる。
魔王や魔物が出現する以前、人と人、国と国が争う時代にあった概念だ。
近年では語り継ぐことを忌避され、ほとんどの者がその名前さえ知らない。
徒花は、兵器である。
どんな兵器か。特攻兵器だ。
徒花の背中に刻まれた魔法陣は、恣意的に魔力暴走(オーバーフロー)を起こさせ、魔法陣を背負う者ごと周囲一帯を破壊する。
彼女達は戦場において、人の形をした爆弾として扱われた。
持ち運びが容易で、魔力を膨張させ起こす破壊は通常の爆弾とは桁違いの被害を起こす。
人型故、敵地に侵入させやすく。
存在が広まる前に、敵の警戒をすり抜け多くの戦果(・・)を生んだ。
そのまま歴史の流れを言えば徒花は、魔王の登場によって影を潜めることになる。
理由としては4つ。
1つ、存在が周知され見慣れない少女に対する警戒が強まり、以前のように戦果が挙げられなくなったこと。
2つ、人を兵器とするそのやり方が非人道的だと強い非難を浴び、国際的な問題になったこと。
3つ、人であれば誰かれ構わず襲う魔物相手に、人の姿を利用して潜入、破壊という徒花の兵器特徴が無意味だったこと。
4つ、人魚を始めとする魔法を扱う魔物相手に、その技術を盗まれる事態を恐れたこと。
以降、徒花は国家間での気まずい沈黙を伴ったまま秘匿とされる。
ただ魔道士側はそれで矛を収める者は少なかった。
ちゃんとした指導を経て一人前の魔道士になったならば、それより多くの敵を相手取り、多くの味方を癒しただろう。
それを使い捨てのモノとして使い潰した国に、元より友好的でなかった魔道士達は一層の不信感を募らせ、魔王軍との戦争後半に至るまで魔道士と人の関係は断絶する。
つまり魔王がいなくなった今の時代に再び徒花を持ちこんできたということは、非常に様々な意味を持つ。
いや、二十前後のリリィが幼少期から魔法陣を有していたとなると、魔王の有無に関わらずこれは計画されていた。
ふざけるなよ、というのがオラージュの本音だ。
徒花の使用は魔道士にとって侮辱だ。
モントリオ、ローレンティア達の集まる建物へとオラージュは駆ける。
もはや、これは貴族の娘がどうこうという問題ではなくなっていた。
「……………」
貴族区、東端。
その集まりの建物に着いたオラージュは絶句することになる。
燃えていた。
ローレンティアや、各国の視察者達が集まっているはずの建物が燃えていた。
そして、オラージュを絶句させていたのはその光景だけではない。
彼女の冴える超感覚が、巻き起こる異常事態の全てを捉え始めていた。
時間は少し前に遡ることになる。
ズミとリリィを巡る事態とは別の思惑が動き出していた。
ローレンティアがたどたどしい進行役を務め、
「では皆さまに、此度の視察の御感想を―――」
と促しかけたところで、部屋の扉が勢いよく開かれることとなる。
銀の団秘書、肩を弾ませたユズリハの姿があった。
「………ユ、ユズリハ?何を……」
「ば、晩餐会中、失礼いたします………。
しかし、取り急ぎお伝えしたいことがございまして………」
ただならぬ雰囲気に一同は少し黙り、セトクレアセアが一言「申せ」と呟いた。
「その、その………エリスロニウム様がつい先ほど……。
メインの肉料理を突然食べまして、それで………
「な―――」
バン、と机を叩きローレンティアが立ちあがる。
「何でエリスが!?」
「自主的に毒味をしたってことだろうぜ」
ツワブキが素早くローレンティアを落ち着かせる。
「やっこさんの容態は?」
「それは何とか……安静は必須ですが、本人の意識はあります」
その一報にローレンティアは安堵し――そして視線を一人に向けた。
変わらぬ無表情、
澄み月のキリが雇われた毒殺計画。それに引き続き。
つまり、とうとう斑の一族の計画が動き始めた。
「やれやれ、だな全く」
遅れる理解と飲みこめない事態に静まり返る中、一人悠々と口を開いたのは
セトクレアセアとそれを睨むローレンティアも、彼に思わず気を取られた。
「急ごしらえの迎賓施設、軟弱者どもの円卓会議、終いには使用人の摘み食いと毒殺騒ぎと来たものだ。
騒々しい。拙い。不安定だ。
魔王城の攻略に取り組む部隊であろうに、これではどうにも不甲斐ないというものだ。
なぁ、ツワブキ殿もそう思わないか?」
「………お前は何を言っている?」
事態に反してやけに余裕のある口調。ツワブキは怪訝な顔を隠さない。
「足りぬ、と言ったのだ。今のままではいかん。
この地、この団には欠けている。下々を導く強き王が」
レッドモラードがローレンティアを睨んだ。
「
その宣言と時を同じくして――――。
各地で異変が起きていたことを、ローレンティア達は知らない。
最初にその異変に遭遇したのはタチバナだった。
タチバナ班、班長タチバナは、タチバナ班の狩人、スズナとスズシロ、ストライガ班シキミ、パッシフローラと共に荷物の受け入れ役を請け負っていた。
各国から物資を積んだ馬車達が、北側の倉庫前に来ては荷物を降ろしていく。
タチバナ、スズナ、スズシロの三人が荷物をせかせかと運び。
「おかしいっすね」
と、後ろで見ていたパッシフローラが不意に呟く。
タチバナが振り向くと、彼女の目が睨むように積み下ろしを待つ馬車の列に向けられていた。
「何が?」
「馬車の安定感っすよ。あの辺の馬車……。
ちゃんと荷物を積んでればあんなにぐらぐらしない」
言い切らないうちにパッシフローラは手の魔水晶(クリスタル)に魔法を込め、ずんずんと歩き出す。
「ま、待てパッシフローラ君………!
気にし過ぎだ、他国からの支援物資に何かしたとなれば……」
「戦場じゃまさかを潰すのに命を懸けるべきっす」
もはやパッシフローラは迷わない。
勢いよく右腕を振り被り、魔水晶(クリスタル)をその馬車の近くに投げ。
「B型:焼夷雷(エムフォー)」
躊躇なく、彼女は馬車を焼き払う。
「パ、パッシフローラ君!!やり過ぎだ!!」
「敵の警戒にやり過ぎなんてことはないっす。それに今からでしょう。
出来る限り援護はしますが、前衛一人で大丈夫っすか?」
え、とタチバナが呟くより前にそれは現れた。
燃え盛る馬車から湧いて出るそれは、深紅の鎧を纏った兵士達。
その前後、5つほどの馬車からも同様に屈強な兵士達が幕を破り現れる。
にやにやと、これからのことに彼らは笑う。
それは
「馬鹿な!!」
叫ぶタチバナ達へ、兵士達が唸り声を上げて襲いかかってきた。
「ジンダイさん!ジンダイさんッ!!なんか変ですよ!!」
「ああ、分かってる!!」
魔王城、四階。
テラスの端に立つライラック班、【鷹の目】のジンダイとネジキは大声を上げる。
彼らは地平にそれを見た。息を潜め、魔王城に近づいていくる集団……。
「二十から三十の兵達が南にも、東にも……ああっ、西にも!!」
「そりゃ北からも来てるんだろうなぁ!」
「ジンダイさん、何かあったんすか!?」
リリィ達の一件が一段落した屋上から、片足を負傷したヤクモがけんけんをしながら降りてくる。
「どっかのどいつが始めやがったんだよ。ありえねぇ。
こんなこと、よりにもよってこのタイミングで………」
第一回、白銀祭。
銀の団が初めて来賓を迎え入れたそれは、しかし後の歴史において決して、銀の団が初めて外交を行った日とは語られない。
その日は、魔王軍との戦争が終わって以来、初めての。
ローレンティア達が集まる部屋の、大きな窓からその燃え盛る馬車は確認できた。
それを見て笑うレッドモラード。一同が彼の仕業だと瞬時に理解した。
「………てめぇ、何を考えてやがる」目を見開くツワブキは破裂寸前だ。
「未来を、だよ。【凱旋】のツワブキ。この城は我が領地とする」
ツワブキが、素早くその首元に手を伸ばし―――。
レッドモラードが目にも留まらぬ抜刀でそれを切り払う。
「帯刀しないのは政治としては正解だが、戦士としては甘いと言わざるを得ないな、ツワブキ殿」
言葉は最後まで続かなかった。
テーブルの上を駆け、アシタバとグラジオラスがレッドモラードに剣撃を浴びせ、だが双方ともがレッドモラードの剣と鞘で受けられていた。
武勇でしか権威を語れない
「悪くない……が、流石に【黒騎士】と大魔道士様までは無理だな」
体をねじり剣を弾き、グラジオラスを攻撃態勢に入っていたメローネの方へ、アシタバをライラックの方へ突き飛ばすと、大窓を突き破り外へと飛び降りる。
外と部屋が繋がって、初めて一同は知る。
建物が、
そして火がかけられていること。
「………貴殿らは今後の外交の為の人質になってもらう」
密かに、魔王城周辺へとレッドモラードが待機させた
静かに展開した部隊個々が、東西南北の四方から進撃を開始した。
その
だが後にこの事件を知る誰もが、彼を責めはしなかった。
予測不能、に尽きる。
八ヶ国の王族会議の決定の下組織された銀の団、寄せ集めの集団であっても、王族会議の下部組織だ。
それを攻撃するということは、他の七国に宣戦布告をすることと等しい。
その一方で魔王城を制圧して得られるものと言えば、汚染された水と土の土地、まだ実験中の樹人(トレント)畑………。
地下からの魔物の襲撃を警戒しつつ、他七国から籠城し続けるような戦線など張れるはずもなく。
つまりは採算が合わないのだ。
少なくとも今の段階では得るものに乏しく、買う反感は莫大。
どこをどう弾いても魔王城攻略に旨みを見いだせない。
明日も描けない盗賊団や、武勇のみに生きる
一国の王族が、それが分からないはずはない。
だからツワブキはそれほど厳重な警備をしなかったし、この時代の他の誰でもそうした。
つまりツワブキ達は、先程オラージュが行き当たっていたものと全く同じ疑問に直面することになる。
相手、レッドモラード王子の
十章十四話 『二日目:徒花』
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