十章十三話 『二日目:屋上前哨戦(後)』

晩餐会、ローレンティア達の食卓の下。昼食時と同じように一階の厨房では、使用人達が調理と配膳に動く。


「エリス、あなた調理の科目では私より上になったことないでしょう?務めは私がこなします」


セトクレアセアの使用人、スターアニスは当然と言わんばかりに、肉料理のためのソースを調合していく。

メインディッシュの味を決める重要な役割だ。

銀の団の代表者の使用人だけでなく視察者達の世話係も混じった厨房で、彼女は躊躇いもなくその役を取った。

無遠慮な自信。だが彼女には、それを振るう実力と立場がある。


目一杯の集中を調理へとつぎ込むスターアニスの横顔をエリスは注意深く観察し、そして壁の方へと視線を向ける。

壁に寄りかかっていたのは秘書ユズリハ。動き回る使用人を見渡す監督役だ。

エリスと目が合うと、ユズリハは真剣な顔つきになり首を横に振る。


「スターアニス、私に同期のよしみというものを少しでも感じるのなら、真面目に質問に答えて欲しいのだけれど……」


「ん?なによ、聞くだけ聞くわ」

 

あなたはどうして・・・・・・・・魔王城に来たの・・・・・・・?」


その奇妙な質問に、スターアニスは手を止めてエリスの方を見た。


「言っている意味が分からないわ。

 セトクレアセア様の出先へ私が同行するのが、どこか不自然なの?」


疑問というよりは意味不明な質問を責める、スターアニスの睨むような目。


「………分かった。悪かったわ。ごめんなさい」


よく分からない質問をしてきたかと思えば殊勝に頭を下げるエリスに、スターアニスは困惑する。


「なによ、調子狂うわね」


ふん、とスターアニスは持っていたフライパンを、エリスの前に付きつける。


「盛り付け。何もやらないわけじゃないんでしょ?」


スターアニスのその顔を観察しながら、エリスはフライパンを受け取った。


彼女は理解をしている。

斑の一族、しいてはその雇い主である橋の国ベルサールのローレンティア暗殺計画。

いつが仕掛け時だろうか。言い訳用の容疑者は多い方が良い。

それであれば視察者の何名かが帰る可能性がある明日よりは、公的な視察最終日である今日であるべきだ。

タイミングは?寝込み?

いや、もしも橋の国ベルサール側が、ローレンティアに対する毒殺の有効性に疑問ありとしているならば………。


最も可能性が高いのは晩餐会。

まさに今、自分達が仕掛けられている食事にこそ、暗殺が仕掛けられている可能性が高い。


「…………」


盛り付けをするべく肉料理の前に立ち、エリスは何か、決意を固める。







魔王城屋上。

顔を青くしつつも見守るリリィの眼前。

オラージュと四人の戦いは、ズミの剣に気迫が篭ったことで加速を始める。


人類史上屈指の激戦区で鍛えられたヤクモとヨウマの剣に、集団戦闘では世界クラスのモントリオの騎士団の剣術を使うズミが加わり、勇者一行オラージュと言えど笑って相手できるレベルではなくなった。

とはいえ、まだ一太刀を入れるには程遠い。


“白掌”を纏った両手でオラージュは三本の剣を受け流す。

受け流す。受け流す――――。


「あーくっそ、天下の大司祭様には隙ねぇのか!?」


「悪いな、少年」


ヤクモが焦れ、オラージュは余裕と笑う。


「いや、弱点ならある」


言葉を追うように、衝撃がオラージュを襲った。

彼女を観察し、ずっと一瞬の隙を伺い続けていたオオバコの渾身の一撃フルスイング

オラージュは刃を“白掌”の掌で受け止めていたが……。


「――――ッ!!」


超感覚と“白掌”によるオラージュの近接戦闘に弱点があるとすれば、それは体重の軽さだ。

オオバコの渾身のフルスイング、その刃を防いだとしても込められたパワーまでを受けきれるわけじゃない。

小柄なオラージュがどうなるかと言えばつまり、吹っ飛ぶ。


切り合いで勝つ必要はない。

ズミとリリィを守るこの戦いで、オラージュを屋上から落とすという選択を取ったオオバコの判断は正しい。

が、それを自覚するオラージュの判断も早い。

地面を蹴って次には柱を蹴り、吹っ飛ばしのパワーを散らせる。


「………筋肉馬鹿かと思いきや周りや相手をよく見るし、役割や最善手をよく理解している。

 兄に似やがって・・・・・・・。やりにくい。嗚呼、やりにくい」


屋上の端で止まり、刺すようなオラージュの睨みを、斧を構えたオオバコが堂々と受け止める。

その隣に立つヨウマ、ヤクモ、ズミ。


「オオバコ、今のは悪くない。あれ狙いで行こう。さっきの感じで続けるぞ」


「ズミも良い感じだぜ。やりやすい。ヨウマが二人いるみてぇだ」


「……………」


ズミを除いた三人は、元々から強くなりたがりだ。

勇者一行との予期せぬ手合わせに、怖れよりかは意欲が勝る。


が。


「………もう分かった」


と、オラージュが静かに呟く。


「全員、なかなかやるな。怪我をさせずに収めようとはいかないらしい。

 悪い、少し戦い方を変える」


不穏な静寂が屋上を包む。

オオバコ達四人はオラージュの挙動に集中し、未知の脅威に構え。

オラージュの左手が彼女の腰に下げられた革袋に移り、何かを取り出す。


「……なんだ?鉄屑?」



勇者一行の戦闘分担は、前衛が勇者リンゴ、大戦士イチゴ。

そして後衛が、大魔道士メローネと大司祭オラージュ。

つまりオラージュにとって“白掌”を軸とした近接戦闘は、不意に近寄られた時の補助闘法(サブウェポン)でしかない。


勇者一行で後衛を担当した、彼女の本来のスタイルは遠距離型。



最初に崩れたのは・・・・・・・・ヤクモだった・・・・・・


「――え?」


床に倒れる。理解が追い付かない。何が起こったのか。何をされたのか。

ヤクモは愕然としながら痛みの方向へ目を向ける。

太股に錐で空けたような穴が開いていた。穴から今更血が流れ出てくる。


「なん、だぁ………!!?」


「悪いな少年。回復なら後で無料(タダ)でやってやる。許せよ」


不敵に笑うオラージュ。今となっては吹っ飛ばしたその距離が不穏だ。


「なんだ、何が起こった!?」オオバコが冷や汗を流す。


「右手だよ」と、ズミは目を見開いてオラージュのその動きに集中する。


腰の革袋から取り出した小石ほどの鉄くずを、彼女は右手の親指の上にセットする。

コイントスを水平に構える格好だ。それが、オラージュの持つ源流魔法(オリジン)のもう1つ。


「親指強化ファースト、“發道(タオ)”」


魔法自体は至極簡潔、それは親指を強化するだけの魔法だ。

だがそれが、鉄屑を打ち出す発射口としての役目を果たす。


その二発目は、ヨウマの右腿を正確に打ち抜いた。


弓矢が戦場の遠距離攻撃を担うこの時代において、それは過剰技術(オーバーテクノロジー)ともいえる片手銃(ハンドガン)の代替品。

向きが少しでも合わなければ見当違いの方向に飛んでいくし、力加減を間違えば親指を抑える人差し指が吹き飛ぶ。

高度な魔法と言うよりは、熟練の技術の結晶と言える。


「走れ!!」


呻く前にヨウマは叫び、叫ばれるより前にオオバコとズミは走りだしていた。

今になれば距離を取ったのは不味かった。

二人欠けたとしても近接戦闘に持ちこんだ方がまだマシだ。


オラージュもそれを分かっているから、迎撃の三発目を放つが―――。

ズミがタイミングを合わせた横へのステップでそれを回避する。


「弾道を読んだか」


オラージュの舌打ち。早い適応だ。一発目と二発目でズミはそれを見切っていた。

あと五歩の距離。間髪いれずオラージュは次弾を装填する。


両手に、二つ。


「二刀流!?」


咄嗟に斧で一発を弾いたオオバコも膝に二発目を受け。

だが崩れる前に思いっきり斧を投擲した。


「ズミ!!!」


“白掌”で斧を弾くオラージュと、距離を詰め切り剣を振るおうとするズミ。

の、動きが一瞬固まる。

オラージュの繰り出す鋼の掌底が、その乱入者………。


リリィの背中に、打ちこまれた。







父は晩年、病に伏せた。


モントリオから使用人を休み、父を看るように言われたズミは、五十年主の世話をした父の世話をする。

憧れた父は老いていた。年相応だ。

少しばかりの寂しさを覚えながらズミは、生涯の仕事を終えた父を労わった。


父が何か、孤独を抱えているのは知っていた。

ベッドの上で父は時折、泣きそうな顔を見せる。

それはきっと誰にも打ち明けられないことで、だからズミも触れはしなかった。


「ズミ、お前に頼みがある」


と、父が切り出したのは一年前。

肺が深く侵され、彼が病死することになる一週間ほど前のことだ。


「お嬢様のことだ」


「レインリリィ様?分かってるよ。ちゃんと支える」


違う・・


父の、血走った目がズミを穿つ。


「頼む、ズミ。お嬢様の味方になってあげてくれ。

 主だからという理由ではない。お嬢様が、何であっても・・・・・・だ」







「――何だこれは」


現在、魔王城屋上。オラージュの呆然とした呟きが響く。

彼女の掌底を受け、床に倒れたリリィの、背中側の服が破れている。

そしてそこから覗くのは………。


刺青?いや…………。



魔法陣だった。



「お、おいズミ………何だあれ?」


足を引きずりながら、同じくオオバコやヤクモ達もそれを目にし、静かに立ち尽くすズミに問いかける。


「………徒花(・・)だ」


「な―――」


オオバコも、ヤクモもヨウマも分からない。

ただオラージュだけが、ズミの呟いたその単語に反応し絶句する。


「………この娘は河の国マンチェスター王子の婚約者と聞いているぞ。

 王家もこの件に絡んでいるのか?」


「恐らくは」


ズミの答えにオラージュは押し黙り、そして彼女の目から光が失せる。


「………そうか」


深く、目を瞑るとオラージュはリリィの側に屈み、その背中に手を添える。

リリィがびくっと怯えるが、それは回復魔法だ。自分の放った掌底に対する治療。


「お前も魔法の素質を持って生まれたのか。そうか………。

 たかが娘の家出に私を雇うなど、妙に金払いがいいとは思っていたが………。

 国がバックにいたのか。確かに、これが明るみにでれば国際問題だな。

 そしてその確保を、よりによって魔道士(わたし)に頼んだのか………」


混乱を吐きだすような情報の整理。

最初静かだったそれは、段々と周囲の空気を凍てつかせるような怒気をはらんでいく。


「問う。これは、魔王軍との戦いの為のものか?」


「父の話の限りではそうじゃない。少なくとも徒花は、魔物相手には意味が薄い」


「……分かった。私は少し、モントリオの方を当たる。

 諸君、済まないが回復は後回しにしてもらう」


言うや否や、オラージュは屋上から飛び降りて壁をかけていく。

突然の突飛な行動にオオバコ達はぽかんとするばかりだ。

彼らを置き去りにするようにズミは、横たわるリリィに寄り添い、背中に自らの上着を被せる。


まだ意識が定まらないのか、リリィは儚い目をズミに向けた。


「ごめんなさい、私、またあなたに迷惑をかけてしまって…………」


「………いや」


ズミは無表情で、リリィのその姿を見守る。




レインリリィは何も望まぬように、人形として育てられた。

それは良き妻となる為ではない。



徒花。

それは口に出すことを忌避され、今や極一部が知るのみとなった人と魔道士の歴史の一部………。

魔王が現れる前、人と人が戦争をしていた時代の産物。


人類史上最悪と言われる、兵器(・・)の名前だった。




十章十三話 『二日目:屋上前哨戦(後)』

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