十章二話 『一日目:王族会議の八王国』
「おー、すっげー!」
ラカンカ班、泥棒見習いピコティが子供じみたはしゃぎ声を上げる。
魔王城北側に設置された食糧庫へ、絶え間なく到着しては荷を降ろしていく馬車達。
「すげーな!いっぱいだー!!あれ全部食材かー!?」
「視察の方々の国からか。この食材で我らが王家をもてなせということだろうな。
全く、大臣共の気苦労が伺える……」
隣で腕組みをする狩人エミリアは、呆れた様子だ。
馬車の列は続く。四国分が入り混じる。近衛兵達の分もあるのだろうか。
いつも以上に、魔王城付近での馬車の行き来が激しい。
国民や、銀の団の支援物資に割かれなかった食糧が、王族が絡めば容易く出てくる。
「………ラカンカ」
「分かってる」
声をかけられた大泥棒ラカンカは、馬車の列を眺めるエミリアやピコティからは数歩下がった日陰に腰を降ろしていた。目は深く、沈んでいる。
「別に何もしねぇよ」
「……………」
エミリアは、言葉通りには受け取れなかった。
王子レッドモラードに対してどんな反応をするのか、全く予測がつかない。
それに備えて見逃さないことが、【月夜】のラカンカの監視役である自分の役目だ。
と、エミリアは姿勢を正す。
魔王城、四階。
かつてアシタバ達と巨大な人魂(ウィルオ・ウィスプ)が戦い、ハルピュイア迎撃戦の折、鳥王ジズが沈んだこのフロアは、今はライラック班の見張り所となっていた。
今日の見張りは三人―――セリの弟、ゴギョウ。
ギョロっとした目の、ネジキ。そして【鷹の目】のジンダイ。
「―――見えました」と、ネジキが北側を指差す。
「え?どこどこ?どこだ?」
「ほら、あの山と山の境目の下辺り……」
ネジキに教えられ、ゴギョウはようやくその姿を確認した。
まだ遠く、枯れ木の林の向こう………月の紋様が旗に刻まれ、高く掲げられる。
百や二百は超すだろうか。兵士たちが隊列を成す、それは視察団の一派だ。
「ネジキ、よく見つけたな」
ゴギョウに褒められ、ネジキは照れる。
ハルピュイア迎撃戦においても、彼は一番に敵影を見つけた。
銀の団で最も視力が良いという彼の長所は、ライラックとジンダイしか把握していない。
「―――来たか」
その、【鷹の目】のジンダイが呟く。
【黒騎士】ライラックと激戦を共にした英雄は、静かにその隊列を見降ろした。
「あんなにいたのか」
「え?」
ゴギョウの返しには答えない。
ともかく、魔王城にいよいよ銀の団以外の者が足を踏み入れる。
銀の団史上初めてとなる、外交と呼ばれるものだった。
魔王城。
山間の中に立つその城の周囲は、亜土(ヂードゥ)や亜水(デミ)に汚染され、魔王城圏と呼ばれる。
魔王軍の奪った土地。亡国の国土。
それに、円卓会議に席を設ける八カ国が隣接し、魔王城圏を取り囲む。
時計回りに………。
北側、
王都に世界中から天才集う王立学院を擁するこの国は、世界屈指の学問国家だ。
数学。化学。兵器。生物。魔物。農業。工業。
あらゆる実験室レベルの最先端を、国一丸となって追及していく。
主な出身者は、農耕部隊隊長クレソン、【蒼剣】のグラジオラス、医師ナツメ、秘書ユズリハ、学者シキミ。
北東側、
最も広い国土を持つ強国。
領土拡張の礎となった、強気の外交と兵士の錬度が目立つ。
王族を崇拝対象とする宗教国家で、民の忠誠が高く、姉妹国である
トウガ傭兵団が戦線を請け負った国でもある。
主な出身者は、キリ、【迷い家】ディフェンバキア、傭兵ヤクモとヨウマ、ピコティ、魔道士グロリオーサ。
東側、
国民の多くは生活の糧を求めて、傭兵を生業とし国を出る。
以前起こった「砂の革命」により、現在王族を持たない唯一の国家となった。
主な出身者は、【刻剣】のトウガ、魔道士パッシフローラ、ライラック班コンフィダンス。
南東側、
内乱の多い歴史に鍛えられた好戦的な国民性と、それをねじ伏せる王族、強い国王軍で知られる武の国家。
武器の内需と鉱脈の多い国土により、鍛治技術も最も発達している。
主な出身者は、【凱旋】のツワブキ、【月夜】のラカンカ、鍛冶師ゴジカ、魔道士エーデルワイス。
南側、
広い海を国土に有する、海洋国家。
漁業、造船技術、塩など、他国とは違う文化が発達し、それに伴い交易が盛んに行われる商人の国。
武や学問よりも、実利を重んじる利益主義の国民性。
主な出身者は工匠部隊隊長エゴノキ、【狐目】のタマモ、【狸腹】のモロコシ、魔道士ユーフォルビアとアルストロメリア。
南西側、
数多に分岐した穏やかな河が国土を流れ、広がる豊かな畑、果樹園と、それに支えられ太り続けた巨大な貴族界を有する貴族と農民の国。
最も貴族の数が多く、各貴族が自前の自衛手段、貴族騎士団を所有する。
主な出身者は【狼騎士】レネゲード、魔道士マリーゴールド、タマモ班ズミ、セリとその家族、スズナ、スズシロ、ナズナ。
西側、
深く広大な森を国土に持つ自然国家。
王都の周りは広大な畑が広がるが、森に入れば古い習わしに従い自然と共に生きる多数の民族が独自に生きる。
独立的な森の民族と、それを一応はまとめる平地の王国、その二面性を持った国。
主な出身者はオオバコ、【月落し】のエミリア、【竜殺し】のレオノティス、魔道士ハイビスカス。
北西側、
国土を広く流れる河に橋をかけ、それを修理・保全してきたことで高い建築技術を持つに至った建築国家。
橋ではなく神殿なども手掛け、他国に職人を派遣することも多い。
主な出身者は【黒騎士】ライラック、【鷹の目】のジンダイ、大工シラヒゲ、そして―――。
王女、ローレンティア。
魔王城を背にして、案内役に指名された者達は一列に立つ。
その中央でローレンティアは、魔王城にやってきた視察団の一組目を真っ直ぐに見る。
甲冑に身を包んだ兵士たちが2つの列を成し、その者のための道を作った。
一糸乱れぬ呼吸で槍を正面に突き立て、敬意と錬度を示す。
ゆっくりとその道の中央を、二人の人物が歩き、進む。
学問国家、
「遠き我らが国よりこの魔王城へ、ようこそお越し下さいました。
お変わりないようで何よりです」
同郷出身、秘書ユズリハが率先して頭を下げる。
「そちらも元気なようで安心しましたよ、ユズリハ。
グラジオラスも。少し、逞しくなりましたか?」
その場の公の雰囲気には逆らわず、グラジオラスは静かな表情で会釈をする。
弟子より騎士を選んだ形だ。弟子のその姿に、師は微笑む。
勇者一行、その一人。大魔道士メローネ。
傘ほどにつばの広い黒帽子が、彼女の全身に影を落としていた。
表情は読めない。影の差す彫りの深い顔立ちは、静謐で、神秘(ミステリアス)ながら美しく。
濃い緑の長い髪が、揺ら揺ら風に流れている。
彼女を包む帽子の影から両目の光だけが切り取られ、こちらを覗いていた。
覇気、というものがある。
腕組をする【凱旋】のツワブキと、騎士然と佇む【黒騎士】ライラック、弟子のグラジオラス以外は全員、彼女の一挙手一投足に気圧されてしまう。
いや、もう一人―――セレスティアル王女。
人形のような少女だ、というのがローレンティアの第一印象だ。
13か、14ぐらいの歳だろうか。さらさらの透き通る金の髪が腰まで伸びる。
陶器のような肌、青空色の瞳、幼いながら整った顔立ちは既に、美しさと呼べるものを模りつつあった。
「ローレンティア様。この度は我が主の視察をお許しいただき、ありがとうございます」
メローネの影からの目線が、ローレンティアを覗く。
「いえ。ようこそお越し下さいました。
我々一同、歓迎いたします。私、銀の団団長を務めます、ロー――」
「
遮られ、ローレンティアの顔が凍る。
声の主はセレスティアル王女、彼女の碧眼がローレンティアを真っ直ぐに射抜いている。
「え、えっと………?」
「既に知っている」
顔色を全く変えず、彼女は淡々と言葉を放つ。人形の、無機物さを思わせる雰囲気だ。
ローレンティアは引き攣った笑顔。素早くユズリハがフォローに回る。
「……セレスティアル様、メローネ様、まずは長旅の疲れをお癒し下さい。
お二人の館へご案内いたします。
しかし、魔王城においては王族会議により、国家に所属する武力の持ち込みが禁じられています」
「分かっています。貴方達」
メローネが一声発すると、騎士達は槍の柄を地面に打ち付ける。
全員の動きが揃ったそれは、主の敵に対する彼らの威嚇だ。
「魔王城圏外……。枯れ木林の外側まで後退。
野営を張り、三日後まで待機。各自、体を休めて頂戴」
は!、とメローネの指示に応じると、隊列のまま彼らは魔王城から離れていく。
所作で圧倒する騎士の役割の1つを、存分にこなしていく。
「セレスティアル様のお世話係は構わないのですね?」
残った数人のメイドと、メローネ、セレスティアル。
【蒼剣】のグラジオラスと農耕部隊隊長クレソンが案内を始め魔王城の北東へ発つと、また一同は立って来客を待ち。
半刻ほどの後、二組目が現れる。
十章二話 『一日目:王族会議の八王国』
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