十章三話 『一日目:不要、と言ったのだ』

「団長ローレンティア様。ツワブキ殿、ライラック殿……。

 この度の視察受け入れ、まずはお礼申し上げます」


軽い会釈をしたのは河の国マンチェスターより来た貴族、モントリオ卿。


40前後。白髪の紳士のような佇まい。目つきは若干睨むように悪く、全く変えない表情も相まって、威圧と硬さを相手に与える。

だが一同の注目は、彼の側に立つ一人の女性の方に注がれていた。


修道女(シスター)の格好だ。


黒と白で繕われた質素な服、頭部には黒い布を左右に垂らすベール。

ローレンティアやアシタバよりも歳上だろうが、身長は小柄で、童顔も相まって一見子供に見える。

だが嗤うように端がつり上がった口元が、彼女の属性が無垢とは異なると主張していた。

ベールからはみ出た短い金髪がかかる、モントリオ卿よりも強く相手を貫く双眸が、ローレンティアに一直線に向けられていた。

素人のローレンティアでも、彼女が只者ではないということは分かる。


「魔王城に武力は持ち込み禁止、でしたかな。既に私の私兵は、道中の村に待機させてきましたが……。

 彼女は私が雇った護衛(ボディガード)でね。どうか、帯同を許していただきたいのだが………」


対応するべきユズリハも、珍しく言葉を詰まらせた。


「え、えっと………」


「いいんじゃねぇか?」


にやにやしながら、ツワブキが助け船を出す。

修道女(シスター)の微笑みながらも睨む目を、面白そうに見下ろす形で受け止めた。


「なに、後々問題になるようなら俺が王族会議を説得してやるよ。いいよな、お姫さんよ。

 勇者一行の大英雄を追い返したとあっちゃ、不誠実は銀の団の方だぜ」


その言葉で、ようやくローレンティアはその修道女(シスター)が何者かを理解する。


現、農耕部隊所属、勇者リンゴ。

オオバコの今は亡き兄、大戦士イチゴ。

月の国マーテルワイト宰相、大魔道士メローネ。

四人の勇者一行、つまりは彼女が最後の一人………。


大司祭、【黄金】のオラージュ。


「―――ご配慮痛み入る。噂に違わぬ豪傑だな」


想像よりも低い声。にぃ、と彼女は、悪役じみた笑みを浮かべる。







「………流石に予想外だったな」


工匠部隊隊長エゴノキと河の国マンチェスター代表ワトソニアがモントリオ卿、オラージュを案内していくのを見届けると、ツワブキが一息つく。

残るは【凱旋】のツワブキとグリーンピースの鉄の国カノン組と、ローレンティア、秘書ユズリハ、【黒騎士】ライラックの、橋の国ベルサール組だ。


「ゆ、勇者一行のオラージュさん………河の国マンチェスターの、貴族騎士に?」


いや、とローレンティアの問いをツワブキが否定する。


「そうじゃねえ、今回限りの雇われだろう。運び屋、偵察、賊退治に護衛(ボディガード)………。

 良いも悪いも、オラージュは金さえ積めば何でもやるって話だ。

 大体あいつの所属は教会のはずだしな」


「…………」


一同は黙る。驚くべきは彼女の登場か。

それともそれを雇う、モントリオ卿の財力か。







「いやいや………【黒騎士】ライラック、そしてあの【凱旋】のツワブキに出迎えられるとは、戦士として光栄だ!!」


並ぶローレンティア達を、男はにやにやと品定めするように見まわした。

戦傷を体に多く刻んだ、武王たる屈強な体つき。

オールバックの茶髪、顔つきに溢れる自信は、僅かに狂気に足を踏み入れてさえいそうだった。


鉄の国カノン第二王子、レッドモラード。


彼の首筋に腕を回し、妖艶な美女がこちらに目線を向けている。


「武力の持ち込みは禁止だったか?

 ああ、俺の逞しき部下どもにこの魔王城を見せてやれないのは残念極まりない!

だが、愛はいいのだろう?」


「うふぅん…………」


「はっ、元より何者も、俺達の愛を妨げなどできないか」


「やだ、あなたったら!」


いちゃいちゃしだす二人に、一同は白けた雰囲気を隠さない。


「あーなんだ、とりあえず宿にご案内するぜ。ご自由に二人の愛の巣にしてくれ」


【凱旋】のツワブキ、鉄の国カノン代表グリーンピースが、呆れつつも二人と、世話係の数人を案内していく。







そうしていよいよ、屋上の見張り、ネジキ達からその一報が告げられた。

アーチ模様の旗……。橋の国ベルサールの軍旗だ。


ローレンティア達と向かい合うように、兵隊たちは一列に並んだ。

団長に任命された時の、兵士達の目線がローレンティアの脳裏を過ぎる。

幼い頃より迫害され続けた悪夢が、現実に彼女の目の前に立ちはだかる。

その隊列から離れ二人、こちらに悠然と歩いてきた。


橋の国ベルサール第二王子、セトクレアセア。


モントリオ卿より若いが、彼と似た脇の固さを感じさせる。

情を断ったような無表情に、目だけが冷たく揺れる。

ローレンティアと同じく母に似た美形の顔立ちは、顎髭によって雄々しさに矯正されて。

ローレンティアとは違い、両親からの愛を正常に受け取った、短く丸みを帯びた金の髪。


「出迎え、ご苦労。兵の持ち込みは禁止されているのだったな。

 下がらせる。世話役は構わないだろうか」


「は、はい」


緊張した声色でユズリハが応える。第一声は全体に向けられ。

そして2にも3にも、妹に対して言葉は投げられなかった。


「夕食はこちらで取る。明日の朝より、視察で各所を回る。

 だがまずは、宿泊先へ案内をしてもらおう。ライラック、頼む」


【黒騎士】ライラックはすぐに従わず、少し待った。

セトクレアセアが怪訝な顔を向ける寸前―――ローレンティアが、正面へと強く踏み出す。


「お久しぶりです、お兄様。祖国からの長き道を経てお越し頂いたこと、銀の団に興味を持っていただけたこと、深く感謝いたします。本日から三日間、私がお兄様の案内を――――」


「いらん」


え、というローレンティアのか細い声は、誰にも届かず終わった。



空白。



セトクレアセアが無感情に、ローレンティアを見降ろす。


「不要、と言ったのだ。案内はライラックにやらせる。

 お前は団長として座していればいい。余計な事をするな」


その無遠慮の拒絶に、呆け。

その気まずい間をすぐに埋めるべく動ける者はいなかった。

こほん、とその役目を果たしたのはセトクレアセアの三歩後ろに控える使用人………。


オラージュに劣らず小柄な女性だ。

栗色のツインテールも相まって幼い印象を受けるが、その表情はにやりと、どこか嗤う雰囲気を漂わせる。


「今一度、セトクレアセア様のご要望を。視察中の案内はライラック様お一人で結構です。

 団長であられるローレンティア様に負担をかけるわけには参りません。

 今晩の夕食、明日の朝食はこちらで準備がありますが、明日の昼食に関しては他国の視察団と会食をしたいと伺っております」


「……はい。では、他の方々に確認を取っておきます」


何とか言葉を絞り出したそのローレンティアを見届けると、ライラックは諦めたように目を閉じ、息を吐き、そしてセトクレアセアの案内役へと動き出す。

数人の世話役と、橋の国ベルサール第二王子は去り。


ローレンティアとユズリハが取り残される形になった。






「……ローレンティア様。三国へ、会食の通達に参りましょう」


ユズリハが、心配そうに声をかける。


変わったと思った。変わっていくと決意した。それでも、兄からの容赦ない拒絶。

呆然と無言で、しばらくローレンティアは立ち尽くす。


それでさえもユズリハにとっては遠い情景だった。

だから不用意には踏み込まず、惑う彼女へ役割を提示することを優先する。


「……ええ、そうね。行きましょうか」


歩き出す。ふらつきかねないその様子を、ユズリハは心配そうに見守った。


「キリさんは、例の件・・・で視察中は別行動です」


「そうね、聞いてる」


「だから彼女はこの三日間、あなたを守る護衛の代役を立てていかれました。

もうじき、みえると思いますが……」


護衛の代役?と引っかかるローレンティアが目線を上げ、そして城の方から歩いてくるその人影を捉えた。


「よろしく頼む。いや、俺が頼まれるのか」


騎士の鎧に身を包んだ、アシタバだ。


「何やってるの?」


「キリに頼まれて、ティアの護衛を」


「腕は」


「まだだ。でもま、そういう目的で護衛をお願いするんじゃないって言われた」


呆れるのか、いや日常に引き戻される感覚だ。

体の中で渦巻いていた焦りが引いていく。

立つ足から、地面から、彼女を支える力が湧いてくるようだった。


「ふふ………意外に似合っているのね」


「まぁな。なんていったっけ、騎士の契り………“誓いと祝福”でもしようか?」


そう言えば、アシタバの師は【自由騎士】スイカというのだったな。

と、ローレンティアは思い出す。


「魔物喰いで、野性的と呼ばれる探検家で………んな俺でもまぁ、騎士の鎧ぐらいは着れる。

 ティアもそのドレス、似合っている」


少し、照れが湧く。


「キリが今、向き合っていることと同じなんだよ。

 誰かに張りつけられた符号や、放り込まれた分類なんか関係ないんだ」


そしてすぐ、冴えたあの表情へと移る。



銀色の髪と、黒い呪いを持って生まれた。

古城に幽閉された日々、こんな立派なドレスや髪飾りなんて、久しくつけてはいなかった。

この地で立った。この地で誓った。この地で知った。この地で、生きようとした。


「俺も、皆も知っている。ティアは銀の団の団長だ。

 それをちゃんと見せつけてやろう。

 言っただろう、手を貸すって。味方でいたいって」


もう逃げるのはやめよう。もう怯えるのは、やめよう。


「……ありがとう、アシタバ。共に、行きましょう」



慌ただしく目まぐるしい、魔王城の三日間が幕を開けた。




十章三話 『一日目:不要、と言ったのだ』

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