九章四話 『三女ナズナと漂う予兆(前)』

「マダム!マダム!もうちょっと眉強くしてくれよ!」


「あーら素人が口出しするものじゃありません!ケバい女だと思われたらどうするの?」


椅子に座り困った顔をするセリを挟んで、その二人は何分も言い合いを続ける。


【道楽王女(ミーハークイーン)】と呼ばれる彼女の妹、三女ナズナ。

そして銀の団の理容師マダム・カンザシ。


「いやいや普通の女だと思われちゃ困るのさ!一発ガツンとかましてやらないと!!」


「カチ込みにでも行く気なの!?」


「………ナズナ、少し黙ってて」


セリも流石に溜息をついた。自分も緊張であまり余裕がない状態だ。


「ちぇー、悪かったよ。でも本当に頼むよマダム!!

 姉ちゃんをスーパー美人からアルティメット美人にしてくれ!!」


「無垢な少女の願い、聞き遂げたわ。この私にお任せなさい………。

 私は誰でも、美しくあろうとする者の味方よ!!!」


セリはもう一度溜息をつく。

お見合い前に心を落ち着ける段階として、この二人は少し煩すぎた。

一時間もしたら、お見合い相手と会うことになっている。


「どなただったかしら?お相手は」


「ツバキさんだぜ!クレソンさんとこの三兄弟の一番上!」


「あ~あの子ね!静かめだけど聡明そうだし、きっと父親似のダンディに育つわよあれは」


「は、はぁ………」


お見合いを設けたのは両家の父親だ。

セリとしては、相手とまともに話したこともなく。

現状、ただ漠然と現実を流れていくしかなかった。


「………セリ姉、今回のお見合い乗り気じゃないのか?」


目を向ければいつもの煩さは霧散し、ナズナが真剣な目でこちらを見てくる。


「あたし達を考えてとか、頼むからやめてくれよ?

 親父たちが勧めてきて断りづらいっていうなら言ってくれ!

 あたしが親父に訴えてくる!」


「ちょ、ちょっとナズナ―――」


「どうなのさ、セリ姉!?」


いつも通りの勢いと、いつもと違う真剣さを伴って迫ってくる妹に、セリはたじろいた。


「…………嫌なわけじゃないのよ。ただなんというか、実感が湧かなくて。

 最近ようやく、魔王城で暮らしているんだって思えてきたばかりだし」


嘘は言っていない。今回の見合い話について、セリには好きも嫌いもなかった。

あの日、故郷の集落に火の手がかかったことが昨日のことのようだった。

安全で余力のある土地を求めて彷徨った難民時代。

毎日の食事が綱渡りで、時には一食も用意できない日もあった。

幼いハコベラとタビラコをあやすことに必死の毎日で。

やがて戦争が終わると、避難先にゴギョウが帰ってきて。

皆で喜んで、だけど難民の彼らは銀の団に押し込められて、ここ魔王城へ連れてこられた。


今日までの月日が、瞬く間に過ぎていった。

やらなければいけないことをこなし続けてきた日々で。

これからすることが好きか嫌いかなんて、全然考えられなくて。



「………ナズナはさ、なんであんた、工房街の職人さん達に弟子入りしまくってるわけ?」


その答えを求めるように、セリは妹に話を振る。


「なんで?まぁ、半分はあたしの趣味だよ。

 プロの人達が集うここで、色んな仕事を見て将来のことを考えたいんだ」


「もう半分は?」


「それは、器用な人間になりたかったから」


「器用な人間?」


ナズナの表情は静かだ。


「あたし達が難民の時にさ、色々不自由をしたよね。

 包丁が欠けちゃって母さんが苦労したり、スズナ姉の弓の弦が切れちゃったり。

 弓の時、職人がふっかけてきてさ。

 とても払えなくて、セリ姉自分の首飾りを売ったじゃんか。

 あれ、ばあちゃんにもらった大事なものだったのに」


「あんなのはいいのよ。おばあちゃんだって許してくれるわ」


「そういうことじゃないんだ!弓の修復なんてあんな高くつかなかった。

 足元見られたんだ。あたしはそれが本当に、今でも悔しいんだ。

 あたしはあたしの好きな人たちが、理不尽に不自由を課せられるのが我慢ならない」


それがいつもへらへらと笑う、【道楽王女(ミーハークイーン)】の衝動だった。


「魔王城(ここ)まできたらあたしは、あたしやあたしの周りの人たちがとびきり自由でいて欲しいんだ。

 ゴギョウ兄は強くなって、スズナ姉とスズシロ兄は肉や山菜を採ってきてくれて。

 セリ姉はハコベラやタビラコの面倒を見てくれる。

 だから私は、器用になって貢献したいんだ!!」


今まで子供として扱っていた妹の、真剣な顔つき。

正直に言えばセリは羨ましかった。

そこまでやりたいと強く思えるものを持っていることが。


ナズナは工房街で匠の技を学び。

ゴギョウは武術を教わりにライラックの下に就いた。

スズナとスズシロは、狩りの腕を高めるべく戦闘部隊入りし。

両親は新天地での新たな農法に心躍らせている。


私は。

私は、何をやりたいんだろう。 

やりたいと思えることに、出会えるのだろうか。






地下三階。

殲滅戦、とツワブキが断言したことには、幾つか理由がある。

ついでの理由はカルブンコ生態系保護のため。

それなりの理由は戦車蟹(タンククラブ)という脅威を魔王城から排除するため。

そして本命となる理由は、戦車蟹(タンククラブ)を外に出さないためだ。


地下三階より下、魔王城にはまだ見ぬ多様なダンジョンが広がるが、その中で一種、高い確率で存在すると目されている環境がある。


海だ。


「ホリーホックの兵器論に従うならダンジョンは兵器育成の場。

 なら当然、仕上がった兵器は輸出しなければならない」


戻って地下三階の砂浜、アシタバはオオバコ達とタチバナ班に説明を加える。


「陸棲の魔物は歩いて地上に出ればいい。だけど水棲の魔物は?

 大抵水棲の魔物がいる洞窟ダンジョンは水辺にある。だがこの魔王城だけは違う」


つまり、とキリがアシタバの意見を推察する。


「この魔王城に、水棲の魔物の輸出路があるのね?」


「そう。そして恐らくそれは海と地底で繋がっている。

 海で猛威を振るう朱紋付きタトゥーもいるんだから、それは恐らく間違いない。

 と、なるとだ」


「ここの湖もその輸出路と繋がっていなくてはおかしい」


同様に推察するタチバナに、アシタバは頷いた。


「だからそれに関して2つ、言っておかなきゃいけない。

 1つ、ダンジョンの水辺には決して近づくな。

 魔王城の全ての水辺は、かなり下層にあると推測されるその海の階まで繋がっている可能性が高い。

 淡水用に、別の輸出路があるかもしれないが……。

 どちらにせよ、下層の強い魔物が出てくる可能性がある。

 ツワブキを始め、探検家でさえ、魔王城以外のダンジョンでも水辺には近づかない」


「そこまでか?ツワブキさんぐらいになりゃ余裕なんじゃねぇの?」


オオバコの甘い考えをアシタバは戒める。


「いや、敵わない。陸上で暮らしてきた俺達と水中で進化を重ねてきた魔物じゃ、あまりにベースに差があり過ぎる。

 向こうもそれを理解しているから、水辺には奴らの独壇場、水中へ引きずり込もうとする魔物が多いんだ。

 ツワブキでさえ、無策で水中に引きずり込まれれば呆気なく殺されるだろう」


場の七人は少し、重たい沈黙に包まれる。


「魔法には水中行動強化の類もあるんだろう?

 だから銀の団じゃ多少の融通は利くかもしれないが……気を付けるに越したことはない。

 探検家の最も多い死因は、水を補給するため水場に近づいて水棲の魔物に襲われるパターンだ。

 駆け出しに多いんだがな。

 だから水中の危険を察せる熟練者以外は、持ち込んだ水以外で水分補給はしない」


だからアシタバもスライムで水補給をしていたのか、とローレンティアは納得する。


「ダンジョンの中でも水面下は別世界だと考えて欲しい。

 水辺に近づくっていうのは、壁に擬態した迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)の側を歩くことと同じだ。

 ダンジョンで安易に水場に近づくのはやめてくれ。

 ま、ここは砂浜、水深が浅めだから警戒しすぎなのは認めるが………」


「も、もう1つは?」


魔道士エーデルワイスに答え、アシタバは言っておくべき2つ目を語る。


「あの湖が輸出路を伝って外と繋がっているなら、つまり脅威があそこに到達すれば、それが外に出る可能性が生まれる」


その言葉だけで全員が理解をした。


「戦車蟹(タンククラブ)か」


「そう。そもそも奴らが湖にいるのか、林にいるのかも明らかになっていないが……。

 湖側だったら恐らくツワブキもすっぱり諦める。

 水辺で巨大な蟹と闘うなんて集団自殺でしかないからな。だが林側だった場合………。

 俺達は戦車蟹(タンククラブ)を一匹も、湖に到達させてはならない。

 殲滅戦……そして湖岸と、外の世界を守る防衛戦になる」


城に籠りがちだったローレンティアを含めた、全員が知っていることだ。

戦車蟹(タンククラブ)の大行進がもたらす大破壊。

例え一匹でさえ、速度を伴う巨体の突進は集落1つを潰すには十分だ。

討ち漏らしは悲劇を生む。


住む場所を守るべく、襲い来る脅威を振り払うべく戦ったハルピュイア迎撃戦とは少し違う。

まだ傷の残る人々が各地で行っている、復興を守るため。

そしてそれより純粋で直情的な、自分達が受けてきた悲劇と破壊に対する―――。

それは義憤なのか、それとも復讐と呼ばれるのだろうか。


ともかく迎撃戦の、緊張の伴った戦意とは異なる、黒く鋭利な一体感が戦闘部隊一同の間に漂っていた。




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