九章五話 『三女ナズナと漂う予兆(後)』
ツワブキは戦闘部隊8班を3つのグループに分けた。
1つ、林側で対戦車蟹(タンククラブ)準備に取り掛かるグループ。
ツワブキ班、トウガ班、ストライガ班。
1つ、砂浜と林の境目辺りで、カルブンコ捕獲に取り組むグループ。
アシタバ班、タチバナ班、ラカンカ班。
1つ、地下二階、迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)警戒及びウォーウルフの迂回路から地下三階への道の開通にかかるグループ。
ディフェンバキア班、タマモ班。
「なーんか、俺達捕獲ってなぁ………」
戦車蟹(タンククラブ)殲滅戦へ気持ちを切り替えかけていたのに、結局捕獲はするんかい、とオオバコは不満気味だ。
「林の方はウォーウルフの縄張りだ。多人数でぞろぞろいっちゃな。
俺達は俺達でやれることをやろう」
アシタバは、探検家若手の会の仲間……タチバナ班スズシロが林側に設置するそれを見ていた。
電話ボックスの二倍ほどの大きさが横倒しになった巨大な鉄籠だ。
立方体の一面だけが開くようになっている。
スズシロは捕獲を命じられるなり、箱罠を仕掛けようと言った。
魔物の捕獲はアシタバの専門外、だからカルブンコの捕獲については狩人達に一任される。
すなわちラカンカ班【月落し】のエミリア。そしてタチバナ班スズナとスズシロ。
「アシタバ!カルブンコは何食うんだ?」と、籠を設置しながらスズシロが訊ねてくる。
「虫。あとは小さな小動物……果物なんかも食べるはずだ」
「じゃーとりあえずバナナとかでいいかな」
箱罠。ゲージの奥に餌を設置し、誘き寄せたところで入口を閉めるという初歩的な罠だ。
スズシロは籠の奥に刻んだバナナを置くと、蓋に取り付けたワイヤーを取り付けていく。
トラップ専門家として興味があるのか、ラカンカがその様子を繁々と眺めており、タチバナ、ピコティがスズシロをサポートすべく立ち回っている。
アシタバとの会話を切り上げたオオバコもその輪に加わった。
「矢で射るのはやはり駄目なのか?」
残りのメンバーは少し距離を置いて作業を見ていた。
【月落し】のエミリアは手持ち無沙汰なのか、自分の弓の手入れに専念している。
「今回は傷つけるのは少しな。下手に刺激して警戒が他のカルブンコに広まると今後が厄介だし、ウォーウルフのいる近くで流血沙汰も下策だ」
「ふむ、では我ら弓使いの出番はなさそうか……」
「?、何を言っているんです?これからが忙しく――――」
スズシロの妹スズナはそこまで言って言葉を止めた。理解をしたからだ。
難民時代、様々な環境の山を流浪し、スズシロとコンビで練り上げた自分のやり方が我流であると。
そして彼女の様子を見ていたエミリアもそれを把握する。
「良いだろう。今回はお手並み拝見といかせてもらうぞ、スズナ」
「………はい」
ハルピュイア迎撃戦の折、隣り合って矢を撃っていたエミリアは、彼女の実力を把握している数少ない一人だ。
銀の団における弓の使い手、一番は【月落し】のエミリアか【鷹の目】のジンダイか決着がつかないところではあるが、スズナは間違いなく三番手に数えられる。
「スズシロ!罠の設置はもう完成なのか?」
一段落つきそうな罠設置を見てアシタバが声をかけるが、スズシロは何言ってんだという顔だ。
「まだまだこれからだぞー。もう少しかかる。それよりアシタバ、網が欲しいんだが!」
「あー、それなら問題ない。ツワブキ達が取ってくるから少しくらいなら分けてもらえる。
いや、俺が後で貰いに行ってくる」
今までプロの探検家として皆を引っ張ることの多かったアシタバだが、今回は腕の負傷の事もあり裏方に徹すると決めていた。
「やっとるのぅ」
その横へ、楽しそうにディフェンバキアが姿を現す。
ダンジョン整備の休憩らしい。喜々とした目はスズシロに注がれている。
「ディフェンバキアさん。楽しそうですね」
「若者の頑張りを見るのはな。アシタバ、これを後で渡しておいてくれ」
そう言うと、瓶に入った液体を取り出す。
「これは?」
「臭いの元。カルブンコが好きなやつじゃ」
彼の弟子ゴーツルー以外誰も知らないことだが、【迷い家】ディフェンバキアがダンジョンに施す建築は、人を補助するだけでなく魔物にも配慮されている。
彼らの縄張りに警戒されるものを作っては壊されるだけだ。
だから建築は、魔物にも認められなければならない。
木材を使うのなら、その周辺にどんな植物が自生しているのか。
木を齧る魔物はいないのか。臭いで警戒されないのか。見た目は、配色は?
その周知されない繊細な気配りを、独り高め続けてきたのがディフェンバキアという男だ。
「どうも。後で言っておきます」
アシタバはそこまで深くは把握していない。
が、ディフェンバキアという男の偉大さは知っているから素直に従った。
「しかしお前さんの右腕は不便そうじゃのう。大丈夫か?」
「オオバコも頼れるようになってきたし、何とか。
エーデルワイスに良い治癒魔法もかけてもらってるから、治療も結構早いんです。
なんていったっけ、エンジェル、エンジェル………」
「エ、
おどおどとした魔道士エーデルワイスが、恐る恐る補足をする。
「そう、それ。かなり助かっている」
「そそそ、そんな!私なんかの魔法でよければいくらでも………!!」
「ふむぅ、しかし何というか………。
前から気になっていたんじゃが、魔道士さん方は1つ1つの魔法に大層な名前をつけるんじゃな?」
「そ、それはお前ら恥ずかしくないのかという………!!?」
「いやいや、違う違う」
あわあわとするエーデルワイスと、落ち着き払ったディフェンバキア。
しかしその疑問はローレンティアも気になった。
確かに魔道士は、律儀に名前をつける習慣があるようで。
「どうしてなの?」
ローレンティアは隣に立っていたラカンカ班の魔道士、マリーゴールドに訊ねる。
「…………知るためです」
「知るため?」
マリーゴールドが、彼女の金髪のロールを撫でる。
「以前にもお話しした通り、魔道士はあまり好まれた存在ではありませんでした。
魔法は未知。未知は恐怖。得体の知れなさが人々に魔法を恐れさせた。
そしてそれは、魔道士自身も」
「魔道士自身?」
「自らに宿る魔法の才能を、誰もが初めから理解をしているわけではないのですよ。
得体の知れない異物が自分の中にある、という感覚だけ。
あなたもお分かりになるでしょう?」
黒き呪いに憑き纏われた、ローレンティアのこれまでの半生。
呪いが魔法の一部などとは知らず、その禍々しさに怯え続けた。
「………えぇ」
「ですから、どの流派でも魔法には名前をつけなさいと教えるのです。
名をつけることで魔法を知り、知ることで怖れを払う。自らの味方とする。
この際正直に申し上げますが、魔法の命名は滅茶苦茶です。
同じ論理式の魔法に、流派ごとに違う名前がついていたり。
同じ流派でも師によって名前が違っていたり。
学問として見るのなら未熟なところですが、魔法の命名の本質は分類ではないのです。
言うなればそれは、理解と呼ばれるもの」
「…………理解」
スズシロ達の作業を見守りながら、ローレンティアはその話をしかと胸に刻んでいく。
夜。
スズシロが設置した罠から離れた、少し大きな岩陰にアシタバ班、タチバナ班、ラカンカ班が身を隠す。
足元にはマリーゴールドとエーデルワイスが長い時間をかけ描いた、精密な魔法陣が敷かれていた。
「存在消失
完全な断絶(シャットダウン)とは参りませんが、この陣内の音は抑制されます。
多少のお喋りはよろしくてよ!!」
胸を張り変なポーズをするマリーゴールドに、一同は感謝をするべきか呆れるべきか判断しかねる。
とにかく一同は待つことにした。
待って。待って。待って…………一日目は何事もなく終わった。
「って、夜明けちまったじゃねぇかスズシロ!!」
食ってかかるオオバコにスズシロは不思議そうな顔を向ける。
「当たり前だろ。罠主体っていうなら待つ狩りになる。我慢比べみたいなもんだよ」
狩人達もアシタバも、それは否定しない。
狩りは待ちだ。人間側の都合のいいようになどいかない。
「昼間はスズナ組と俺、エミリアさん組で分かれて仮眠を取ろう。
夜は全員で見張り。そんな感じでいいかー?」
「スズシロのやつ、思ったよりテキパキしてたなぁ」
オオバコが呑気に呟く。
スズシロを含めた、三班の半分は仮眠をとるため撤収し、残ったのはもう半分の六人……。
アシタバ、オオバコ、キリ、ローレンティア。そしてスズナとエーデルワイスだ。
「一人前の狩人ってことだろう」
アシタバは答えながら、箱罠の方から視線を反らさない彼の妹、スズナを観察する。
高い集中力と常に手が添えられる弓。スズシロ達の家は農家だったはずだ。
それで魔王城(ここ)に来たということは、故郷を、畑を失った難民………。
「……………………」
その中で狩人の彼らの役割がどれだけ重かったかは、想像に難くない。
「アシタバ」
きんと張りつめた、キリの声だ。
少し離れた彼女を見れば林の方角を睨んでいる。戦闘態勢だ。
「来てる」
彼女の目線を追えば、そこにはウォーウルフが一匹………隠れず姿を現している。
「キリ、攻撃はしなくていい。あえて姿を現すことでこちらの目的を伺っているんだろう。
交戦は避ける。ただ警戒を頼む」
「了解」
会話を終えると全員は監視に戻る。林の方では時折、ツワブキ達の作業が垣間見えた。
対戦車蟹(タンククラブ)の準備だ。
「気になるなぁ……」オオバコの呟き。
アシタバも意識は向けていた。
ツワブキ達は林側を探索し戦車蟹(タンククラブ)を見つけるよりは、防衛網の構築に重きを置くことにしたようだった。
ウォーウルフの縄張りの中で戦車蟹(タンククラブ)探しは確かに難度が高い。
一匹目に手を付ければ群れで動き始める可能性がある以上、一匹残らず殲滅という目的を考えれば間違ってもいない。
複合生態の重心はボスの魔物だ。
それがまだ姿を現していない以上、しばらく地下三階は不安定な緊張感と浮遊感に包まれることとなる。
正午を回り、仮眠を取っていた者たちが地下三階にやってくると、スズナとスズシロは二人で話し始めた。
「カルブンコはまだ姿を見せない。警戒されているわけではなく不運」と、スズナ。
「日向ぼっこが狙い目かと思ったんだがなぁ。
ツワブキさん達の動きはどう作用している?」と、スズシロ。
「まだ何とも言えないけど、多分いい方向に働く。
林側から数匹追いたててくれるんじゃないかって期待してる」
「ふんふん、りょーかい。夜までは待ちはやめて罠の拡張に取り組もうと思ってる」
「任せる」
これもまた、手慣れた二人の引き継ぎだ。
それを見届けるとアシタバ達は仮眠をとるべく、自分達の寝床へ向かう。
「キリ」
その道中、他の四人と距離を取りながらアシタバがキリに声をかけた。
「なに?」
「一応言っておくぞ。ハルピュイアの時とはわけが違う。
今回の俺達は決して殺すことが目的じゃないんだ」
キリは少し黙ってアシタバの方を見る。ウォーウルフとの接敵を言っている。
今回の彼女の戦闘態勢が刃のような殺気を振りまいていたことを、本人は未だ自覚していない。
そう見えた?という言葉をキリは呑みこむ。殺し屋としての抜けきっていない癖。
「白銀祭のことが気に掛かっているのか?」
白銀祭における斑の一族の襲来を、ローレンティア周りの数人……。
キリ、アシタバと、使用人エリス、秘書ユズリハ、戦闘部隊隊長ツワブキだけが共有していた。
「違う………いえ、そうかもしれない」
自分を探る、焦点のない目を地面に落した。自分の自覚と実態が大きくずれている。
「ウォーウルフ達のことは分かってる。共存も視野に入れた対応をする。
戦車蟹(タンククラブ)は即迎撃で構わないのね?」
「ああ。……そろそろ聞いておきたいんだが、キリは何がしたいんだ?」
「何が?」
「銀の団が始動して半年になる。迷いの森で、俺の助手やティアの護衛をしてくれと言ったな?
でもあれは俺があの場で提示したことだ。別にずっと縛られる必要はない」
ローレンティアとは少し違う。アシタバの自分への見方に、キリは少し呆ける。
「極論を言えば俺は………お前が斑の一族との同士討ちを嫌って銀の団を去ったって責めはしない。
冷たい言い方だが義理はないんだからな。
つまり俺が気になっているのは……キリ、お前が何をしたいかなんだよ。
それにキリがやってきたことへの贖罪や、俺達への遠慮が混じって欲しくないんだ」
言いたいことは分かる。
だけどその答えを、殺しばかりをしてきたキリが言葉にして表わすのは難しかった。
彼女の物語は、今回の話とは別の軸だ。
けれど魔王城では、あらゆることが人へ影響を与える。
これから地下三階で巻き起こることも例外ではない。
「………その心配はいらない。必要に迫られれば私は自分でそうする。
自分でもよく分からないけれど、アシタバ、これだけは確かなの」
アシタバを見る。かつて斑の一族で。
殺しの人形として返り血を浴び続け、数多の屍を積み上げてきた彼女の、月のような眼差しがそこにあった。
「あの日、私に手を差し伸べてくれたこと。本当に感謝しているの」
彼女は知らない。それはアシタバが求めていた答えとは違った。
けれど一先ずアシタバは、彼女の変化を喜ぶことにした。
「そうか………分かった」
出会いは夜の馬屋で、刃のような殺気を向けられた。
それがいまや、背中を預けられる頼もしい相方だ。
この半年で、彼女も変化を重ね。
そして、結末がどうなるとしても。
白銀祭で、また大きな変化を迎えようとしていた。
九章五話 『三女ナズナと漂う予兆(後)』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます