九章三話 『長男ゴギョウと五匹の魔物(後)』
「魔物の生態系には、単一生態と複合生態って分け方がある。
前者は一種の魔物に支配される生態系、後者は数種類の魔物が入乱れる生態系だ」
一旦地下三階から地下一階へ引き上げた戦闘部隊は、全員が集まり情報の共有を行う。
進行役、ツワブキは言葉を続けた。
「地下一階の樹人(トレント)達の迷いの森。地下二階、迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)達の消失迷宮。
その周りの迷宮洞窟は、ミノタウロスと爆弾岩のコンビが支配していたが……。
とにかく今までは単一生態だった。
だが、地下三階は複数の魔物が闊歩する。複合生態だ」
「カルブンコとウォーウルフ?」
【月夜】のラカンカが言うも、ツワブキは首を振った。
「もっといる。少なくともあと三種。アシタバ、異論はあるか?」
「俺も同意見だ。まず海怪鳥(セイレーン)」
「セイレーン?」
オオバコの問いに答える形で、ツワブキが説明を請け負う。
「水場に適合したハルピュイア……奴らの水鳥バージョンだな。
多少の潜水ができ、水中の魚を獲る。ペンギンっつーよりはウミガラスに近いな」
またあんなのがいるのか、と顔をしかめた者は少なくない。
「ハルピュイアは海の多い
奴らは魚の他に兎、トカゲといった小動物を食べる」
「トカゲ」
先程鳥よけという考察をしていたスズナが思わず呟いた。
「そう。恐らくセイレーンはカルブンコを捕食している。
カルブンコがサイズの割に自切の習性を残しているのは、セイレーンっつーデカい天敵がいるからだろうな」
「ツワブキ、セイレーンがどこにいるか掴んだか?
色々探ったがどうにも見当がつかない」と、アシタバ。
「ああ、それだがな。恐らくやっこさん方、一階下の地下四階から来てるぜ。
下に下る洞窟の付近にセイレーンの足跡が大量にあった。
餌を求めて度々やってきているんだろう」
「そうか。じゃあ、セイレーンがそれほど地下三階に進出していないところを見ると……」
「ウォーウルフが抑えているってこったな。
前に言ったとおり、あいつらは縄張りを荒されるのを嫌う。
魔王城屋上でハルピュイアの産卵期をウォーウルフが狙い戦いになっていたように、地下三階(ここ)でもセイレーンとウォーウルフは争っている」
「ライバルみたいな感じか?両者はカルブンコって食糧を争う形になるのか?」
トウガの意見を、いや、とツワブキは否定する。
「ライバルではあるが、今のとこウォーウルフがカルブンコを食べるようには見受けられない。
組合(ギルド)でそういう事例も聞かねぇしな」
「ではウォーウルフは何を食べているの?」
ローレンティアの隣のキリが質問する。
「それが三匹目の魔物になる。名を祝福兎(イースターバニー)。兎型の魔物だ。アシタバ」
恒例の説明の押しつけに、もうアシタバは慣れてしまった。
「祝福兎(イースターバニー)の、普通のウサギと異なる特徴は2つ。
1つ、異様に繁殖力が高い。元々ウサギは繁殖力が高いんだが、それを更に強化した形だ。
ハツカネズミみたいなものだ、魔物でも一番とさえ言えるんじゃないかな。
祝福兎(イースターバニー)は戦う魔物じゃないし直接的な害はないが、とにかく駆除しても増え続ける」
「兵糧役でしょうが」
集まりの最後方……ストライガ班、学者シキミが厳しい口調でアシタバを睨む。
ちゃんと全てを説明しろという圧。
「………ホリーホックの兵器論を支持する学者からは、祝福兎(イースターバニー)は魔王軍の兵糧役と言われている」
「兵糧役?」
「彼らはどこにでも生息できる。昆虫、環境整備型の四大精霊で食事を賄えるぐらいだ。
どこにでもいてどんどん増えるから、彼らは色んな魔物から捕食される。
ミノタウロスや迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)、樹人(トレント)も彼らを捕食していたと思う」
だから兵糧役、と一同は納得する。
結果だけを見れば祝福兎(イースターバニー)は、魔物達の食を賄っていると言える。
「彼らのもう1つの特徴が、有袋類であること……カンガルーのようなポッケがあるんだ。
ただし祝福兎(イースターバニー)の袋は背中側にある」
「それはやはり、子供を守るためなのか?」
狩人エミリアの問いに、アシタバは首を振る。
「子供も入れるが、祝福兎(イースターバニー)の袋は中に入れるものを守るためじゃない。
祝福兎(イースターバニー)自身を守るためのものを入れる」
アシタバの奇妙な言い回しに、一同ははてなを浮かべる。
「祝福兎(イースターバニー)の姿が確認された当初はよ、奴らその袋によく卵を入れていたんだ」
その様子を見かねたのか、【狐目】のタマモが場を受け継いだ。
「当時は奴らの本性も、魔物の恐ろしさも知れ渡っちゃいなかった。
見た目可愛い兎が卵背負ってんだ、やつらは祝福兎って名前をもらって、背負う卵はイースターエッグ、幸運の印だって人気になった」
「ああ、イースターエッグってあいつら発祥なのか!」とオオバコが驚く。
「んで、まぁ当然の流れとして、卵の正体は何かって話になったわけだ」
「………祝福兎(イースターバニー)の卵じゃないんすか?」
「哺乳類だぜ、あいつらは。卵はその辺の鳥の……最初期はハトの卵だったかな」
「祝福兎(イースターバニー)は自らの食糧とするために、鳥類の卵を盗んで袋に入れる………?」
「それも違う」
タマモが騎士タチバナの推論を断じる。
「アシタバの言ったとおり、奴らは自分を守るためのものを袋に入れる。卵は囮だ。
天敵に襲われた時に袋から落として囮にするために、やつらは卵を携帯していた」
「ちょっと待って。さっき子供を入れるって―――」
魔道士ユーフォルビアは理解が早い。
「
親が子を身を挺して守るより、子を囮にして生き延びた親がそれ以上の子を産めばいいと計算する種はいる」
ウサギ型の魔物の非常に現実的な実態に、一同は少し言葉を失う。
探検家達は踏み込んだ説明は控えることにした。卵や子供などまだ優しい方だ。
最もタチが悪いのは植物性魔物の種。そして最もエグいのは人の腕。
魔王軍に対しての兵糧攻めという言葉を潰し、その繁殖力から生態系に与える被害も大きい。
「……とにかく祝福兎(イースターバニー)がいたら積極的に狩っていってくれ。
それで丁度つり合いが取れるくらいだ。皮や肉も使えるし無駄なことじゃない」
アシタバの言葉に強く頷くのは狩人の三人……【月落し】のエミリアと、スズナ、スズシロだ。
説明が一段落したところを見計らい、ツワブキが話の主導権を戻す。
「地下三階のヒエラルキーはつまりこうだ。最下層に火精霊(サラマンダー)を含む昆虫型。
それを食べるカルブンコや祝福兎(イースターバニー)。その上にウォーウルフとセイレーンが並ぶ。
ただしそれは地上の話、水中の方は分からねぇ」
「五種って話じゃなかったか?」
【刻剣】のトウガが指を折り始めた。
「カルブンコ、ウォーウルフ、海怪鳥(セイレーン)、祝福兎(イースターバニー)………。
後一匹は何なんだ?」
ツワブキは少し言葉を溜め、真剣な顔つきになる。
「ボス、と呼ばれる魔物がいる。
複合生態の食物連鎖のピラミッドにおいて、頂点に立つ存在をそう呼ぶ。
ウォーウルフもセイレーンも地下三階のボスじゃない」
つまりは、その五種目が。
「名を、戦車蟹(タンククラブ)という。
魔王軍と人類の戦いにおいて、人類に最も多くの被害をもたらしたと言われる魔物だ」
戦車蟹(タンククラブ)。
姿はそのまま巨大な蟹、アシタバの元世界で言う大型トラック程の大きさだ。
言ってしまえばただの大きな蟹の、何がそこまで最悪なのか。
「集団移動だ」
アシタバが進行役を代わり、答える。
「普通のカニ……例えばアカガニにも同じ習性がある。
彼らは産卵期、森から海に向かい一斉に行進を始める。
地面が一面真っ赤に染まるほどの、大量の群れの大移動。
戦車蟹(タンククラブ)はそれをそのまま、規模を大きくして行う」
あまりにも有名なそれを、知る者も見た者も多い。
もはや赤い津波と言える破壊の行進だ。
「奴らが最悪なのは、大行進が産卵期に限らないことだ。
戦車蟹(タンククラブ)は雑食……一旦縄張りと決めた地点周りの餌を全て食べ尽くすと、集団で移動して縄張りを移しては、食べ尽くしを繰り返す。
行進に伴う大破壊と、縄張り近くで根こそぎの暴食。
奴らが魔王軍の斥候を務めることも少なくなかった。文字通りの戦車並みの突破力。
あらゆる建物を。自然を。人間を。生活を。あいつらは踏み潰し食い尽くす、魔王軍一の壊し屋だ」
流石のアシタバも、彼らの保護をしようなどとは訴えない。
彼らを残すより、彼らが壊す命の方が明らかに多いからだ。
ツワブキが話のまとめを請け負う。
「俺はまぁ、魔王軍との戦線や被害にあった土地に足を運ぶことも多かったんだがな。
戦車蟹(タンククラブ)の通過した土地ってのは酷え有様だ。
家は瓦礫に、畑はぐちゃぐちゃに堀り起こされ。
このご時世の中、必死に蓄えたんだろう貯蔵庫が吹き飛ばされ、中身が杜撰に撒き散らされていた。
婆さんなんかが手入れしてたんだろう、綺麗な墓石が割れて横倒しになっててよぉ……」
魔王城に近いほど、その光景は多くなる。
ここに来る途中にそれを見た者や。実際に故郷が巻き込まれた者や。
「はっきり言うぜ。カルブンコや白銀祭や、月末の視察なんか
戦車蟹(タンククラブ)が確認できた以上、俺達には最優先課題ができた。
戦車蟹(あいつら)を殲滅する」
九章三話 『長男ゴギョウと五匹の魔物(後)』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます