九章二話 『長男ゴギョウと五匹の魔物(前)』

魔王城の昼前には、一階でせわしなく動く女性の姿が散見される。

団員達の昼食の準備だ。一階の西側の数部屋は食事用に改装され、団員達が食事をとる食堂と、主婦会が調理を行う厨房、食材が保管される食糧庫が併設されている。


食堂。

高い天井と石造りの壁、床は、解放感と堅固なイメージを見る者に与える。

ところどころ大工班によって木製の細工が加えられており、石造りの冷たさを和らげていた。


「おー、今日の当番はセリ姉なのかぁ」


カウンターに立ち団員にスープを注ぐ当番を果たすセリの前に、彼の弟ゴギョウが立つ。

くりくりの坊主頭、陽気で大雑把、アシタバのいた世界に生まれていれば野球部に入っていただろう。


「御機嫌よう、スープをお注ぎ致します」


あえてかしこまった対応で、セリはゴギョウから器を受け取る。


「あーなんだよ他人行儀」


「家を継がない不出来な弟なんて知りません」


「またそれかよ………酷いと思わねぇ?ネジキ」


ゴギョウは彼の隣に立つ、同年代の男に話を振る。

ギョロっとした目が目立つ彼が、ハルピュイアの襲来をいち早く見つけたという事実はあまり語られていはいない。


「いやー、まぁー………」


「あれだろ、姉貴、明日見合いだからってカリカリしてんだ。大人げねぇ」


「あ、ん、た、が!!家を継がないっていうからお父さん達も焦ってんでしょうが!!」


「だからそれとは関係ないって!姉貴の歳だろ、適齢期じゃねぇか」


「歳とかいうな!!」


「あはは、姉弟喧嘩とは仲睦まじくて何よりだ」


おろおろするネジキに代わり、仲裁を買って出たのは彼の後ろに並んでいた男――名をコンフィダンスという。

白髪の頭に赤いメッシュが一筋、アンテナのように立っている様は鶏を連想させる。

ハルピュイア迎撃戦では鐘の上、ローレンティアの呪いにたじろく男達を叱咤し、焚きつけた男。

浅い夜によく演奏会を開き、迎撃戦開始時にも軍楽隊の真似ごとをした四人組の一人でもある。


「だがお姉さん、ゴギョウを怒っちゃいけねぇぜ。

 こいつぁ次は故郷を守れるように強くなりたいってライラック班入りを志願したんだ。

 見上げた根性じゃあねぇか」


コンフィダンスが歌うようにいいながら、ゴギョウの頭をぽんぽんと叩く。


「………守る」


セリは弟の顔を見る。ゴギョウは負けじと睨み返してきた。


家族の中でゴギョウだけが、魔王軍との戦線を経験した。

集落の若い男達の例に漏れず、彼も兵役に参加し、集落近くの戦線へ兵士として赴き。

そして彼だけが生きて帰ってきた。

馬車に積まれた、同郷出身者達の遺体や一部分(・・・)とともに。

その時の、涙も枯れたボロボロの顔を今でも憶えている。

その後、ゴギョウは決して戦場のことを語らなかった。

以前と変わらない陽気さで弟達に接し。


けれどもどこか、戦場で彼だけが見たものが、ゴギョウの何かを変質させていた。




「……ゴギョウ。一応言っておくけど、あんたは死に損ないなんかじゃないのよ」


優しい澄んだ姉の目を、ゴギョウは一度驚き、そして真剣な目で見つめ返す。


「分かっている。強くなりたいのは後悔や贖罪や、責任や義務じゃない。俺のプライドだ」


弟達の中では唯一大人だと思っているゴギョウの強い眼差しを受けて、セリは諦めたように溜息をつく。


「……ネジキ君だったっけ?それにそちらの方も同じ所属の?」


「コンフィダンスだ。全員【黒騎士】ライラックの下で守衛の修業中さ」


「では今更ですが、弟をよろしくお願いします。

 向こう見ずといいますか、無茶をする性格ですが、素直で明るい奴ですので」


「はっは、お引き受けしたぜ。

 なに、お姉さんに似ていい奴だ、ライラック班一同可愛がってますよ」


可愛がるってなんっすか!?という照れたゴギョウの声が食堂に響いた。 







こんなに明るかったっけ?というのが、地下三階に来たローレンティアの感想だ。

地上から落ちて、ウォーウルフに囲まれた初日のことは鮮明に憶えている。

ただあの時は、焚き火以外明かりのない暗闇だった気がする。

見上げれば天井の中心には、太陽のように輝く光源があった。


「あれが火精霊(サラマンダー)だ」


アシタバがその光源を指して言った。


「人魂(ウィルオ・ウィスプ)が松明の形でダンジョン内を照らすのなら、彼らは太陽や星の真似をして明かりを確保する。

 昔は太陽に擬態するのは天道蟲(ライトバグ)、星に擬態するのは夜光蟲(スターバグ)って別の魔物だと思われていたんだが、どちらも火精霊(サラマンダー)という同じ魔物だと判明したんだ」


アシタバのその話を、ローレンティア、オオバコ、キリ……。

そして熱心にタチバナ班、班長タチバナとスズナ、スズシロ、エーデルワイスが聞き入る。


「火精霊(サラマンダー)はホタルみたいな昆虫型の魔物だ。

 彼らは若いうちは昼行性、群れて強い光を放ち太陽を真似る。

 交尾を終え老いてくると夜行性になり、散らばって光を発する。

 それが星明かりのようになるわけだな」


「どうして彼らは光るんだい?」


魔物を知ることに関しては人一倍熱心なタチバナ班班長、騎士のタチバナが質問する。


「はっきりとは分かってない。二つの説が主流だ。1つはホリーホックの兵器論を真とした説。

 つまりダンジョンが兵器育成用であるべく、魔王によって設計されたダンジョン整備型の魔物である、という説。

 もう1つは光ることで外敵を退けている、という説だ。

 太陽を食べるなんて発想をする生き物は少ないからな。

 光が強ければ強いほど捕食されにくくなると考えているのではないか、という主張」


その説明をタチバナだけでなく、魔物に対して素人の集まりであるタチバナ班は熱心に聞き入る。





地下三階じゃ、タチバナ班をお前につかせる。とツワブキは言った。


「俺、まだ右腕使えないけど」


アシタバはミノタウロスに折られ包帯で巻かれた右腕を掲げる。


「今のとこ危険な魔物はいねぇし、いたとしてもウォーウルフが陣取っているんだ、何らかの形で抑制されている。

 戦闘は必要ねぇはずだ。今のうちに素人どもの育成を急ぐぞ。

 俺はトウガ班を見る。アシタバ、てめぇがタチバナ班を教えてやれ」


地下三階は戦闘でも探索でもなく、生態系の観察が主題とされた。

つまりはアシタバの得意とする分野だ。




「あの、私達が落ちた時はもっと真っ暗だったと思うんだけど……」


ローレンティアがおずおずと手を上げる。


「あの時は夜だったから、昼(いま)とが違うのが1つ。

 それから、落ちたのは咲き月の終わり頃。

 あの時新月だっただろう。憶えているか?」


「えー………」


流石に月の満ち欠けまでは記憶していないが、魔王城が真っ黒に塗りつぶされたように見えた事は憶えている。


「まさか、火精霊(サラマンダー)は月の満ち欠けに呼応するの?」


発言者はスズナ、スズシロの双子の妹だ。

スズシロと同じ顔ながら目じりの下がる兄とは違い、睨むような吊り目が特徴的だった。

髪もぼさぼさのスズシロとは違い、櫛が通され後ろで短めのポニーテールにまとめられている。


「そうだ。火精霊(サラマンダー)は月と周期を合わせて光る強さを変える。

 この辺りも理屈は分かっていないが、地上の環境をより正確に再現できるわけだな」


脱力系のスズシロと比べると表情が硬い。

口をへの字に結んだまま、怒った顔つきで彼女が頷く。

一同は砂浜に点在する岩の1つに寄り添うと、頭を出して周囲を観察し……。


「いたな。あれだ」


やがてアシタバが目標を発見する。

砂浜と、林の方の草の境目にそれはちょうどいた。


カルブンコ。トカゲといっても中型犬くらいの大きさがある。

前脚の付け根の上あたりから、襟状の皮膚がトウモロコシの皮のようにめくれあがっていた。

何よりも特質すべきはその金色の頭部だ。

くすんだ黄緑の下半身とは違い、襟より頭側が鮮やかな黄金色に彩られている。


「うおー、あれがカルブンコか!!初めて見たぜ」


オオバコが小声で叫ぶというテクニックを披露する。


「ほ、本当にトウモロコシみたいなんですねぇ。大きさは全然違いますけど……」


と、おどおどと魔道士エーデルワイスも呟く。


「やっぱりあれかー?トウモロコシに擬態して進化した魔物なのか?」


「いやいや、あのサイズ差で擬態できないだろう」


呑気なスズシロにアシタバが突っ込む。


「しかし………では何故あの形に」


タチバナは腕を組み口に手を当てる。黄金色でトウモロコシの体。


「………まぁ大体想像はつく。一つずつ紐といて――――」


「威嚇?」


アシタバの言葉を遮る形でスズナが呟く。

その吊り目は睨むようにカルブンコに注がれていた。


「ははあ、確かにエリマキトカゲってライオンみたいだもんな。

 トウモロコシみたいな襟も金ぴかの体も、威嚇目的でできているのかも」


スズシロも同じく垂れ目をカルブンコに向け、スズナと意見を交換し合う。

他の六人を置いて、二人だけで考察を進めていく。


「それから、体温調節」


「トカゲは変温動物だから、かー?どうなんだろう。

 あの金の光沢で熱の調節ができたりするんだろうか」


「あとは、うーん…………」


「もしかしたらだけど、鳥よけみたいなのもあるかもなー。

 俺、タマムシとかがキラキラなの、鳥を避けるためだと思うんだ」


「ああ、避難先の畑であったわね。鳥よけに鉄片を吊るすの」


それが二人の習慣なのだろう。顔つきは既に獲物を分析する狩人だ。

その姿に、アシタバまでもが呆気にとられる。

対魔物の知識はないかもしれないが……彼らには十分に応用できる経験があった。


「何だ、お前らスゲーな……故郷で狩りやってたんだっけか?」と、オオバコ。


「ああ。でも魔王軍に故郷が襲われてからは、各地を流れつつ狩りをやってたんだ。

 だから違う土地で知らない生き物を狩っていった。これはまぁ準備運動みたいなもんさー」


「で、その考察はどうなの、アシタバ?」とキリが話を振ってくる。


「いや、間違ってはいない。結局のところ正解なんて分からないんだが、今二人が言ったのは学会や探検家の間で定着している説だ」


と言いながらも、アシタバは珍しく感心する。それに自力で辿りつく二人の観察眼。


「しかし………鳥よけ、というのは?」と、タチバナ。


「んんー」


それは一旦置きアシタバは、地下三階全体へと目を移す。

魔王城というダンジョンは下に潜るにつれ規模を広げていくのか、地下三階は全容を把握するにも苦労する大きさだ。そして――――。


「水場、かぁ…………」


心底嫌そうな声を漏らし砂浜を歩いていくアシタバを、他の七人は不思議そうに見つめついていく。

やがて手頃な水気のある地面を見つけると、その傍に屈みこんだ。


「アシタバ?何してんだ?」


「足跡ね」


オオバコの問いにキリが答える。


「そうだ。足跡からどんな魔物がいるか推測する。探検家でも結構経験が要るな、これは」


指で地面の凹凸をなぞっていく。


「カルブンコ。尾の線があるから分かりやすいな。

 ウォーウルフ。警備の足跡だな、これは。近くにいる」


「ち、近く?」


「あそこの茂みだ。もうこっちを見ている」


アシタバが20メートルほど離れた茂みを指さす。


「そ、そんな近くにいるんですかぁ!?」


エーデルワイスが慌てて杖を取り出すが、アシタバは依然落ち着いた様子だ。


「大丈夫だ。人間が降りてきたことは奴らも嗅ぎ取っている。

 それでも未だ、こっちに牙を剥いてはいない。

 ウォーウルフは争いを避ける種……必要なのは隙を見せない心構えと敬意だ。

 それより……………」


アシタバの目が、また地面に戻り。


「厄介だなぁ、これは………」


指で三種目の足跡をなぞる。

木の幹ほどの円形の窪みが、そこかしこにつけられていた。




九章二話 『長男ゴギョウと五匹の魔物(前)』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る