八章九話 『彼方の戦友』
円卓会議は、視察の話題へと移っていく。
「ユズリハ、視察受け入れの流れ、大枠ぐらいは決まりつつあるのか?」
「はい、資料の後半ですね」
ユズリハが該当する資料を指しながら、説明を始める。
「視察は四国同時、来月末に三日間に渡って開かれます。
お付きの方を除きまして、視察の人物は5名と思って下さい。
そして
その最後の名前を聞いて、ローレンティアは気が沈む。
胃袋に鉄球が投げ込まれたかのようだ。
「あー?
ツワブキの呑気な声に、ユズリハが頷く。
「はい。つい一週間ほど前に、
他の国は今回は見送るとのことです」
あまり説明は耳に入らなかった。セトクレアセア。
王位第四席、ローレンティアより十ほど年上の兄になる。
厄介物扱いされていたローレンティアは兄弟との思い出に乏しい。
王都や城内ですれ違うという類のものになる。
セトクレアセアは嘲笑うというより黙って見下すタイプだ。
あの興味のないような目つきを憶えている。
「一日目は特に行事もなく受け入れのみとなりますね。
夕方から夜にかけて各人到着されますので、代表者に宿泊施設までご案内して頂きます。
宿泊施設は現在大工班が建設に取り掛かっていまして、魔王城北西側に完成予定ですね」
「代表者?」
「はい、まだ私個人の意見でしかありませんが、主に同郷出身者による代表者に案内として三日間連れ添っていただこうと考えております。二人で一国、ですね。
既に案内をお願いする方もリストアップ済みです。
「んん、まぁええやろ。つまりは目的を探れってこっちゃな?」
「はい、エゴノキ様が適任かと思いまして」
「任されたで。そういうのを紐とくのは得意や」
「
歩き回りますので、ブーゲンビレア様は訪問を受けた際の対応をお願いします」
「御配慮痛み入る。まぁ【蒼剣】はメローネ様の弟子じゃ。心配はないじゃろう」
老体の
「
「あーん、俺案内?向いてないと思うぜ。祖国っつっても若いうちに出ちまったし」
「………あまりそう言う礼節を重んじる方ではない。大丈夫だ。恐らく気は合う」
ツワブキとグリーンピースの、少し珍しい言葉を交わす姿だ。
「
そして私も帯同します」
「ええ、大丈夫よ」
全然大丈夫そうじゃない顔でローレンティアは頷く。
ここにきて忘れていた、疎まれ蔑まれていた過去が彼女の腹の底から吹き出続ける。
ユズリハはその様子を、少し心配そうに見守った。
「………まぁそれで、案内役の本番というのは二日目ですね。屋台の解禁はこの日から。
訪問者の方々には、各自自由に魔王城を回り視察をして頂くことになります。
案内役の方々は訪問者の希望する場所に案内しつつ、説明の方よろしくお願い致します」
説明の仕方次第で評価が大分変わる。
案内役に指名された者達は、緊張した顔を見せる。
「二日目の最後には晩餐会。円卓会議出席者には全員出席をして頂きます。
三日目に、白銀祭を開催。
えー、
つまり視察は終えたのだからお祭りなどに興味はない、という者は早々に帰ってもらって構わないということだ。
「この日はあまり詳細には決めていません。
屋台と料理を並べて、自由に過ごして頂ければいいかと思います」
「いいんじゃねぇの。酒がありゃどうにでもなるぜ」
ツワブキが楽しみで待ちきれない、と言わんばかりの笑顔を見せる。
対してローレンティアはどこまでも憂鬱だ。
やらなきゃと自分を急かしても、やはり怖いものは怖い。
「現状としての視察時の予定は以上になります。
また変更がありましたら適宜お知らせいたしますね」
それ以降は特に議論することもなく、浮き月の円卓会議は解散となる。
「――――あら」
円卓会議の後。
資料をまとめ、遅めに会議室を出たユズリハは、城内を歩いていたその人物と出会う。
探検家アシタバ。
「ああ、こんばんわ………ユズリハさんだったか」
「ええ、こんばんわ。見回りですか?ご苦労様です」
ローレンティアを間に挟み、名前や人物を知っていながら、二人が実際に顔を合わせるのはこれが初めてに近い。
「円卓会議だったのか。来月の視察関連で忙しいんじゃないのか?」
「いえいえ、スライムシートに樹人(トレント)の畑……アシタバさんのおかげでかなり助かっていますよ」
「そうか、それは良かった」
そう言いながらもアシタバが寂しそうな顔をするのを、ユズリハは見逃さない。
「…………ミノタウロスの件ですか?」
「…………………」
初対面の彼女がいきなり核心をついてきたことに、アシタバは目を丸くする。
ユズリハには何となく理解ができる。
アシタバが心を痛めているのは、根絶するしかなかったミノタウロスのことだ。
ユズリハは団全体を俯瞰できる立場にいる。
スライムや樹人(トレント)に対する彼の行動と、ホリーホックの兵器論を知っていれば、アシタバという人物の指向性は大体見当がつく。
「………そうだ」
まるで自分のことのように悲しむ、アシタバのその姿をユズリハは冷静に観察する。
イメージと違う、というのが彼女の素直な感想だった。
ユズリハは既に見抜いていたが、本の虫と呼ばれる彼女とアシタバはどちらも本を通して世界を見る。
同類なのだ。だから現実を希薄に感じて、強い衝動を持てない。
どこか物事を他人事に見てしまう。
と、思っていた。
だが実際に会ってみれば、アシタバは魔物の死を悲しむ男だ。ズレがある。
本を通して見る彼の根本と、魔物を始めとする命に対する尊重に。
どれだけ思考を深めても、ユズリハはその答えには行き着けない。
才女ユズリハ。
いつからそうなったのだろうか。
幼少期から聡明だった彼女は、人付き合いに角が立たないよう膜を隔てて現実と接した。
歳にして立派な処世術。だが彼女が幼かったのは、それを誰に対しても適用してしまったことだ。
距離を置くその処世術を全方位に展開し、彼女は彼女を包む現実から遠ざかる。
やめることはできなかった。間違っていたとは言い難い。
実際今日まで彼女は、それを間違いだとは認識していない。
だから彼女は遠ざかり続け、行き着くところまで行き着いてしまう。
彼女にとって現実は舞台劇だった。
あるいはお伽噺、何かの小説、とにかく彼女はそこで観測者であって登場人物ではなかった。
アシタバとユズリハは同類だ。同じような歪みを抱え同じように世界を見る。
けれど一点、決定的な違いが存在する。
自分の生きる意味や理由を見つけられず、野良猫に自らの命を捧げたのがアシタバなら、ユズリハは飼い猫が轢き殺されようと動かず、悲しめないくらいに世界に意味を見いだせない。
虚無感や失望とは違う。希薄が極まった果てだ。
自己と世界が剥離して、自分を見失ったのがアシタバで、世界を見失ったのがユズリハだ。
だからアシタバは命を尊重する。
自分以外の、世界に遍く命を守ろうとする。
そしてユズリハは知的欲求に縋った。
自分の中に、無限に膨らむ理由を作りだした。
「――――前から気になっていたんだが、どうしてあんたはティアに手を貸すんだ」
アシタバの、純粋な疑問から来る問い。
それは秘書と団長の関係として当然―――とはユズリハは答えない。
そういうことを聞かれているわけではなく。そして彼女は偽りはしない。
「…………最初は、彼女が独特(ユニーク)だったからです」
知っているからだ。
同類のアシタバは何を告げたところで、それを他人に打ち明ける人物ではない。
彼はそこまでせわしなく人に興味を持たない。
「ユニーク?」
「彼女という人物が分かりやすかったからですよ。呪われた、王女の、銀の団団長」
膜越しにユズリハが見る舞台劇で、ローレンティアは分かりやすい符号を持ったキャラクターとして登場をした。
だから澄み月の円卓会議で声をかけようとしたのだ。
始まりは観測者としての興味本位と、秘書としての立場的な計算。
けれど。
「どうしてでしょうね。十分なくらい、関係を築き終わってからも……。
目が離せない、とでもいうのでしょうか。
ローレンティア様を気にかけてしまうのです」
アシタバもそれは理解ができる。
何を隠そう、ローレンティアが初日に行った演説で心を動かされた一人だからだ。
それは何なのか。的確に言い表せない二人から少し離れて説明するのなら、それは王の資質だ。
立つ姿が、振る舞いが発する言葉が、人の根へと一直線、影響し、導く。
ツワブキが見抜いた、武王の素質。
だから現実を、膜を隔てて見る彼らには、ローレンティアという人物は眩しく映る。
「眺めているだけじゃなくて。
あの方の側に、同じ地平に立ちたいと思ったのです」
アシタバも同じ気持ちだ。
自分を見失ったアシタバ。世界を見失ったユズリハ。どちらが良いという話ではない。
彼らは真逆ながら同じように欠け―――そして遠ざかってしまった現実へ、同じように歩きだしている。
今まで人を遠ざけ、傍観していた彼らの願い。道標は繋がりだ。
関わり合ってこそ彼らは、遠いぼやけた現実へ、辿りつきたいと強く願う。
ある意味で彼らは、戦友とさえ呼べた。
「まずは白銀祭、ですね」
「ああ。いいお祭りにしよう。ついでにいい視察にも」
「ふふ、そうですね。兄が来られると聞いて、ローレンティア様はかなり落ち込んでいました」
「そうか………じゃあ支えないとな」
彼らは願う。いや、恐れている。
魔王城へやってきて、出会いがあって。そして変わった。変わろうと思った。
白銀祭でさえ、舞台劇のように眺めてしまったらどうしよう、と。
彼らは恐れている。そして願う。
願わくば、よき宴を。
浮き月、初秋の月は終わりを告げ。
そしていよいよ咲き月から半年、木の葉舞う舞い月が、すぐそこにまで来ていた。
八章九話 『彼方の戦友』
第八章 了
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