八章八話 『浮き月・円卓会議』
浮き月の末、ミノタウロスとの戦闘から一週間後。
魔王城の周辺を二人が歩く。
英雄【凱旋】のツワブキ。探検家【魔物喰い】のアシタバ。
「迷宮洞窟のミノタウロスは全滅だな。
ディフェンバキア班とラカンカ班に軽く索敵させたが、あそこはもう爆弾岩が残るのみだ。
危険領域(イエロー)ってわけだな」
と、ツワブキが報告じみた切り出しをする。
「………全滅か」
「まーた残すべきだった、とかいうわけじゃねぇだろうな。
今度は牛乳でも絞れますってか?」
「……肉はともかく魔物の体液系は怪しい。それに家畜としては獰猛過ぎる。
牛に勝る点が見つからない以上、無理だ」
「冗談だ冗談、真面目に考えるな」
しかし思考を続ける様子のアシタバに、ツワブキは溜息をついた。
「タマモから聞いているぜ?あそこのミノタウロス、背中合わせや
傭兵から学習をしていやがる。それも戦闘的な知能の面で、だ」
アシタバは苦い顔でツワブキに向き直る。
「お前にとっちゃちょっとした絶望だな。
無害だから魔物残しましょうって言い分は通りにくくなる。
今まで御し切れていた魔物も、思わぬ戦法を身につけて化ける可能性が出てきたからなぁ」
そう。アシタバが呆然としたのもそれが原因だった。
「…………分かってる。ミノタウロスに関してはストライガを責めはしない。
元より獰猛な種だったのに、トラップを操り傭兵的な戦術を多く身につけ始めていた。
野放しにしておくというのは危険すぎる」
「分かりゃいいんだ。分かりゃな」
そこまで会話を交わすと、二人は丁度目的地に着く。
白が基調の、直方体の質素な建物……医師ナツメの診療所だ。
「おーアシタバ!おせぇじゃねぇか。ツワブキさんも一緒か!」
病室に入ると、先に見舞いに来ていたオオバコが陽気に出迎える。
彼の脇のベッドには足に包帯を巻かれたズミ。
病室には他にローレンティアとキリ、そして………。
「あなたが若手の会のアシタバさんですか?
それに戦闘部隊隊長ツワブキさん、ズミのお見舞いにお越し頂きありがとうございます。
初めまして、ズミの妻のリリィと申します」
慣れた所作で深々と頭を下げる。非常に作法が身についている女性だ。
ズミやアシタバと同年代くらいの美人、軽くカールした栗色の髪が肩まで伸びている。
目の伏せる様が似合う、幸の薄そうな女性だ。
「おー初めまして、ズミの奥さんか。
いやいや、お綺麗な方を捕まえたもんだな、ズミ?羨ましい限りだぜ」
ツワブキがガハハと豪快に笑う。
「あれ、ヤクモは?一緒に入院しているんじゃないのか?」
「ヤクモならヨウマと訓練に行ったぜ」
アシタバの問いにオオバコが答える。
「訓練?まだ完治してないだろ」
「戦士の性ってやつだな。それにあいつらはまだ、ナツメさんの怖さを知らねぇ」
ナツメに怒鳴られた記憶が蘇ったのか、オオバコとアシタバがどんよりとした視線を交わし合う。
「なんだなんだ、ズミは一緒にいかなかったのかぁ?」と、ツワブキ。
「ははは、まぁ………」
「私がいかないようにと言ったのです」
ズミの妻、リリィがぴしゃりと断つ。
第一印象とは少しずれる毅然とした物言いだ。
「安全第一、怪我だけはしないようとあれだけ言い聞かせたのに………。
訓練など言語道断、安静に努めてください!」
「ご、ごめんリリィ」
「深く反省して!本当にもう、どれだけ心配したか………」
急にしおらしくなる自分の妻に、ズミは慌てふためく。
若い二人の様子に、ツワブキは心底楽しそうな笑みを浮かべる。
「ははっ、本当にいい奥さんだ。
今回、危険領域(イエロー)担当のお前の班をけしかけた俺の面目ねぇところでもあるが。
お前もこれに懲りて、タマモの慎重さを是非見習ってくれ」
「………はい」
幸い裂傷は軽度だ。来月にはもう完治する程度。
だが帰るべき場所を持つズミは、教訓を重く受け止める。
「あーそうそう、アシタバ見てくれよこれ!!」
真面目な話の打ち切りどころと判断したのか、オオバコが朗らかな声を上げながらベッドの脇から何やら羊皮紙を取りだす。
「ズミ、入院中にこれ作ってたんだってよ!!」
「………マップ?」
羊皮紙の上に描かれたそれは、迷宮のような何かの構造を示している。
「迷宮洞窟のマップだぜ。
あの日の探索分だから完全版には程遠いが、地図製作用に色々構造を暗記していたらしい」
「ほほぉーー」
ツワブキが感心したような、長い溜息を洩らす。
「でもこれって…………」
「カシューの製図道具を使わせてもらったんだ」
アシタバのぶつかっていた疑問に、ズミが応える。
「何も、君たちだけが彼と仲良かったわけじゃない。
ハルピュイア戦役の後、色々考えたんだけど。
タマモさんの班で後衛めに動くとして、僕に何ができるか色々考えた結果これをやってみようと思ったんだ」
ダンジョンマップ作り。そのことをカシューと語ったのがつい先日のことに思える。
「地図とか見るの好きでしたねぇ」
リリィが繁々と、夫の作った地図を覗きこむ。
「正直見よう見まねで、いずれ専門家にやり方をちゃんと教わりたいんだけどね。
こういう書類事でなら結構役に立てるかなって」
「ズミ、教養しっかりしてるもんなぁ。
俺、ペンとか握ったことないし」と、感心するオオバコ。
「そ、そう?」
「そうそう。可動領域とか両眼視野とか、難しい言葉沢山知ってるしな。
いや、アシタバも普通に会話しているから、やっぱ俺が頭悪いのかぁ?」
ポリポリと頭を掻くオオバコ。ズミとリリィは顔を見合わせる。
「…………まぁ、まぁさ。
この前の若手の会で思ったのは、僕は皆より動機や情熱が薄いかもしれない。
でもそれでも、願いっていうのは報われて欲しいって思うんだ。ね、アシタバ」
名前を呼ばれて視線を向けるアシタバを、ズミは柔らかい笑顔で迎える。
「カシューはさ、嬉しそうに話してたよ。
アシタバにダンジョンマップ作りを褒められて、自分のやりたいことが見つかったんだーって。
…………これで故郷を元に戻すんだって」
悲しそうな顔をする。
アシタバやオオバコ以外にも、当然ながら彼の死を受け止めている人はいる。
「なんていうのかな、だから………。
僕はあれが続かないっていうのは嫌だと思ったんだ。だから僕が続けようと思う」
「…………応援するよ」
若手の会だけでは分からなかった。
ガジュマルやスズシロは、理屈は違えど魔物を食べるということに肯定的だったし、ズミがカシューの死を経てそんな考えを持っていたなんて知らなかった。
お前はもっと人と話した方が良い、というオオバコの言葉を、アシタバは身をもって実感する。
同日、午後。
ツワブキとローレンティアは、浮き月分の円卓会議で再び顔を合わせることになる。
「っつーわけで、地下二階の迷宮洞窟、ミノタウロスは全て駆除を終えた。
ただ爆弾岩は残ってるから、依然立ち入りは禁止だな」
ツワブキが資料を片手に、今月の戦闘部隊の成果を報告する。
「全て駆除、というのは確実なのか?」
「ああ、俺自ら巣まで行ったから間違いない。ストライガの奴が入念に叩いたみたいだな」
対ミノタウロス戦。その報告に円卓会議の熱は上がらない。
元より地下二階を探索し直した形、進んだわけでもなく。
スライムや樹人(トレント)の成果に比べると、ミノタウロスは益が無く希少な魔物でもない……。
旨みと色気に欠ける相手と言える。
何より来月、四国よりの視察を踏まえての段階だ。
そこに絡まないものに、どうしても興味は湧かない。
「何か……他になかったのかい?鉱石があったとか、何かさ!!」
彼の国から名門貴族の一人が視察に来るのだ。プレッシャーは他の比ではない。
「あのなぁ、俺は神やなんかじゃないんだぜ?
都合良くタイミング良く、あんたら向きのダンジョンに出くわせるか。
ハルピュイアの迎撃。屋上から地下二階までのクリアリング。
戦闘部隊としちゃ弾はそれだけで十分だと考えている」
弾。そう、この円卓会議だけはいつもと様相が違った。
単に今月分の成果を話し合うわけではない。
来月にやってくる四国からなる視察団。
それに報告できる成果がどれだけあるか、それが主題となっていた。
円卓会議は銀の団の最高決定機関。彼らが団の舵を切る。
半年を終えて成果に乏しいのなら、それは彼らが無能であるということになる。
銀の団の中ではトップを飾る彼らが、初めて評価される側に回る機会だ。
だからいつもより緊張感があり、いつもより本腰を入れて彼らは成果を漁る。
「工匠部隊の方はどうなのだ?」
同じく本国から視察がやってくる
「いやー、屋台の許可出して職人衆は熱が入っているがなぁ。
厳しめの意見を言わせてもらえば、魔物の部位を使って新商品を作ってみようという範囲を出てへん。
目を楽しませる分には十分やろが、話題に上げるほどではないなぁ」
流石のグリーンピースも肩を落とす。
「ま、幾つか話せそうなことはあるし商談は得意や。任せといてな」
まぁ、その分野においては円卓会議で最も秀でる男と言ってもいいだろう。
何とか形にはする、という信頼感。
「気がかりなのは農耕部隊じゃな。白銀祭を終えれば冬は間近じゃ。
樹人(トレント)の実験の方は上手くいったのかのう」
農耕部隊隊長は腕組をしながら目を閉じていたが、やがて決意したようにブーゲンビレアに応える。
「………実は、結果が出つつある。一種、順調に成長している」
何の報告も上がってこず、どうせ樹人(トレント)畑は失敗だろうと見ていた円卓会議の大半は、クレソンのその発言にすぐには反応できなかった。
「お?成功したのか?」と、ツワブキ。
「育ってはいる。が、そう言える段階に来たのが数日前……。
まだ成功とみなせる範囲でもない。不安定で未知なんだ。
正直しっかりとした結果が出るまでは議題に上げる気はなかった。
だから資料にも載ってはいない」
ユズリハも初耳なのか、彼の話に熱心に耳を傾けている。
「ふむ。まぁ判断が難しいところなのは心中察するが、少なくとも我らが国の姫君は成否に構わず興味を示すじゃろう。
冬の食糧事情とは少し切り離して、白銀祭に向けまとめてくれんかのう」
「承知した。こちらとしても興味を持って頂けるのは有難い」
「…………ちなみに成長しているのは、どのような野菜なのですか?」
珍しく秘書のユズリハが割って入る。
「白菜だ」
「ハクサイ?」
「ああ、なるほど」
あまりピンとこない円卓会議一同、納得がいったという顔をしているのは三人。
「交雑性じゃな。いいところに目をつけられた」
「コーザツセイ?」
もはやオウムになり下がったローレンティアに、ユズリハが解説を行う。
「交雑――近縁の動植物が組み合わさって雑種を作ること、ですかね。
交配、と言った方が分かりやすいでしょうか。
犬なんかは、違う種同士で交尾をして雑種を産みますよね」
「時に、影響されやすいっちゅうかな、交雑をしやすい種っていうのがあるんや。
白菜はそれに当たる。農園のおっちゃんらは、白菜って種を保つために結構苦労するらしいで。
あいつら、似てる植物の花粉を拾って勝手にどんどん交配していくから、放っとくと変な雑種に変貌してまうんや」
続いてのエゴノキの説明に、なるほどとツワブキが顎を撫でる。
「要は白菜ってのぁ、尻軽女ってわけだ!」
全員の冷ややかな目に気付きもせず、ツワブキがガハハと大笑いする。
妙な空気を埋める形で、再度ブーゲンビレアが発言をした。
「………つまり、クレソン殿が目を付けたのは白菜の種としてのフットワークの軽さ、なわけじゃな。
樹人(トレント)との共生にも適合するのではという」
「そういうことです。
もし白菜が成功するのなら、そこからノウハウを引き出して他の野菜にも適用できればと思っている。
あと、これは別ルートだが果樹も可能性が見えつつあるな。
だが成功例が出るまでは至ってない」
ふむ、と一同はいったん落ち着く。
銀の団の抱える三部隊。戦闘部隊。工匠部隊。農耕部隊。
どれもそれなりに話せることがないわけじゃない。
「―――ま、何とかなるのではないか?」
八章八話 『浮き月・円卓会議』
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