八章七話 『同じ釜の飯を食い』

少し呆れ顔を見せる面々に構わず、アシタバとその助手キリはてきぱきと準備を始める。

迷宮洞窟の入り口、少し広まった空間には鉄板が持ち込まれ、ディフェンバキアが即席の肉焼き場を作る。

呼ばれて飛び出たアセロラが、ノコギリを振り回してミノタウロスの肉を適宜切っていくと、その肉焼き場の脇にはどんどんと肉が積まれていき。

騒ぎを聞きつけて、負傷したズミとヤクモ、興味のないストライガなどを除いた戦闘部隊所属の多くが野次馬的に集まっていた。


「さ、食べよう」


「お前……………」


駆け付けたツワブキが、鉄板に油をしくアシタバに呆れ返る。


「マジでやんの?ミノタウロスで焼き肉パーティ?はぁ!?」


「安心しろツワブキ。ミノタウロスは美味い部類の魔物だ」


「不味い部類の牛の間違いだろうが!!」


ツワブキの叫びにも構わず、キリのサポートを受けながらアシタバは肉を並べていく。

ジュワジュワと、湧き立つ肉汁。


「並べていくぞ。好きに食べていってくれ」


ローレンティアでさえ、熟練の探検家であるツワブキでさえ躊躇った魔物の肉に、しかし八人、抵抗もなく手を伸ばす。


「うん、美味い!」


一番に肉を頬張ったのは、ツワブキと共にやってきた【狼騎士】レネゲード。


「いやぁ、懐かしい!

 ミノタウロスとの戦闘は避けてたけど、新鮮な死体に出くわした時はラッキーだったんだ。

 アシタバ君の言うとおり、美味い魔物だからね」


魔王城付近で八年間、サバイバルを遂げた彼だ。

実はアシタバ以外で、魔物を食す習慣を持つ唯一の人材だった。


「タレがよく調合されているね!美味しい!調味料はなかったからなぁ!」


「そりゃよかった。本当は迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)も食えるとよかったんだが」


「おい」と、オオバコ。


「ああ、大蜘蛛(ビッグスパイダー)なら腹だね。蟹に似た味でまぁいける」


「本当か!今度食べ方教えてくれ」


「おい、やめろ!!」と、オオバコが溜まらず叫んだ。


「なんだよ、オオバコ」


「限度ってもんがあるだろーが!!

 お前、蜘蛛喰い始めたら流石にエンガチョだぞ!!」


「なんでだ?熱帯の方じゃフライ料理とか一般的だし、子供もおやつで食べるらしいぞ」


「そーゆー問題じゃねええ!!!」


オオバコの叫びに同意しながらもツワブキは、アシタバに並ぶ魔物美食家の登場に顔をしかめる。

思えば八年間魔物を喰ってきたレネゲードだ。

魔物食トークでアシタバと盛り上がり始めるし、厄介な珍獣が増えたものだ。


「あんたらも魔物食べる派?」


ツワブキは肉に手を伸ばす三人……。

【月落し】のエミリア。そしてタチバナ班、双子のスズナとスズシロに問いかける。


「魔物がどうとかいう括りはあまり考えていない。これは狩人として当然だ」


上品に焼き肉を皿に寄せるエミリアに代わり、スズシロが後を継ぐ。


「そりゃ、害獣駆除もありますけど……。

 狩人は大体は肉を得るため、食べるために狩りをするんです。

 山の保全を考えて取り過ぎはしない。

 だから狩ったら食べる。食べないなら狩らない。

 食える肉があるんなら残さないんです、俺達は」


つまりは狩人の掟と呼べるものだ。だがそれは自然とともに形成されたわけで。

その掟を魔物にまで適用すること自体が、アシタバにとって嬉しさを感じさせる行為だった。


「あーあーそういう考え方ね。んで、あんたらは?」


ツワブキは次の二人に話を振る。

既に肉を頬張っていたのは、ディフェンバキア班、ガジュマル。

そして【月夜】の大泥棒ラカンカ。


「理由なんてないっすよ。肉があったら食う。それだけっす」


リスのように頬を肉で膨らませながら、ガジュマルは何でもないように言う。


「この際だから失礼を承知で言わせてもらいますけどね、あんたら呑気すぎますよ。

 もう秋で、白銀祭が終われば冬だ。樹人(トレント)の畑が上手くいかなかったら?」


「そりゃ、まぁ各国からの支援が来るんだろう」


答えるオオバコに、ガジュマルは指を突き付ける。


「それ。それが呑気だって言っているんだ。

 別に人任せの無計算で餓死しても構わないってのなら俺もあれこれ言わねぇがよ。

 そもそも樹人(トレント)産の野菜を当てにして、ミノタウロスの肉は嫌ですってのも変な話だ」


「ああ、話合う奴がいてよかった」


隣で話を聞いていたラカンカはにやりと笑う。


「要するにお前達は、用意されることに慣れ過ぎなのさ。

 冬の食糧も今日の食事も、どこからか湧いてくると思ってる。

 俺やこいつはそうは思わないから、今のうちに試しておくのさ。

 食べられる時に食べておく。試せる時に試しておく」


それは恐らく、飢餓や貧困を肌身で経験した者の意見だな、とツワブキは分析する。


「まーこの肉も堅いし肉としてはいまいちっすけど、全然食べれますよ。

 あ、俺持って帰ってもいいっすか?うちガキが結構いるんで」


ガジュマルにどうぞと手を上げて応えると、ツワブキは最後の一人に向き合った。

探検家界の重鎮、【迷い家】のディフェンバキアだ。


「…………で、おっさんはなんで?」


「そりゃあおいしそうだからだよ」


顔色一つ変えずモグモグと肉を頬張る様子に、ツワブキは溜息をついた。


「ま、食え食えツワブキ」


「悪いが俺は冒険好きで、魔物グルメに興味はねー」


「そうじゃあない、きっかけを担当しろ」


「あぁ?」


怪訝なツワブキの顔は、しかし次の瞬間、あーーーー!!と大声を出した男に向けられる。

オオバコだ。


「分かった、分かったぜちくしょう!!

 スズシロやガジュマルが食べているのに相棒の俺が食べないでいられるか!

 食うぞ!俺は牛肉は好きなんだ!!」


「おー、食え食えー」

「男だぜ、オオバコ!」


スズシロやガジュマルの声に応え、オオバコは勢いよく肉をかっこんでいく。

オオバコの若い勢いを目の当たりにして、今まで見るだけだった者達もぷ、と肩の力を抜いた。


「肉、もらっていくぞアシタバ」


箸を伸ばすのはトウガだ。


「悪いが持って帰る。ヤクモんとこ持って行ってやらねぇと」


「ああ、そりゃ俺達もズミに持っていかなきゃな」


タマモも悪戯を思いついた顔をする。


「最初は黙って食わせよう。ミノタウロスっつったらあいつ、なんて顔するかな~」


その後も、班長タチバナがスズシロに肉をよそってもらい、魔道士グロリオーサは真顔で肉を呑みこみ、【竜殺し】のレオノティスが大食いっぷりを見せつけては、【蒼剣】のグラジオラスがレネゲードを凝視しつつ恐る恐る手を伸ばす。


白銀祭の前の、戦闘部隊のささやかな交流だ。

オオバコ、ガジュマル、スズシロ、そしてキリとローレンティアに囲まれながら、アシタバはどんどん肉を並べていく。


「おい待てアシタバ、その肉はなんだ」と、ガジュマル。


「これか?これはタンだよ」


「タン?」


「ああ、ベロだ」


「ちょ、なんてもん焼いてんだ!食っちまったじゃねぇかあ!!」


「――――まぁ」


叫ぶオオバコ、その周辺から少し離れ、ツワブキはアシタバを観察する。


「いいんじゃねぇの。良い顔で笑うようになった」


【自由騎士】スイカの古き友、ツワブキは、咲き月の顔の堅い一匹狼のアシタバを思い出していた。




「嫌なら無理しなくていいんだぞ。マリーゴールドだったっけ?」


ローレンティアの横で眉間にしわを寄せ、肉を眺めるマリーゴールドにアシタバが言う。


「い、嫌というわけでは!!そうです、探求こそ魔道の真髄……。

 食べられる、私ならタベラレル…………」


目をグルグルとさせるマリーゴールドを見守りながら、ローレンティアは隣のアシタバへ意識を寄せる。

何というかローレンティアは、アシタバをどこかで完璧な人間だと思っていた。


咲き月、一緒にウォーウルフの巣に落ちた時、アシタバはとても落ち着いていて、そして生きるということを深く理解していた。

スライムの時。円卓会議の後、力になるという彼の言葉はとても心強く思えたことを憶えている。

迷いの森探索の時は、キリからローレンティアを守り。

そしてローレンティアが思いもよらない活用法を提案して、樹人(トレント)による食糧自給に目処をつけた。

ハルピュイア迎撃戦の時。

ジズに手も足も出なかった自分とは違い、ハルピュイア、ウォーウルフ両方の襲撃を予測し、巣を燃やすというアシタバの一手は文字通り戦局を変えた。


何でもできると思ったし、間違いや迷いなんてないんだろうと思っていた。

アシタバだけではないのかもしれない。

エリスも、キリも、オオバコも、ツワブキも、ユズリハも、マリーゴールドも、アセロラ達も。

ローレンティアは自分以外の人達が完璧であるように思えてしまう。


それは彼女の過去が原因だ。

自分が駄目だという烙印ばかり押され続けて、他人が彼女に向けるのは装われた面でしかない。

他人の弱さや迷いに触れるほど彼女は深く人間に関わってはこなかった。

きっかけは照り月、屋台に隠れてアシタバの独白を聞いた時だ。


完璧だと思っていたアシタバにもできないことがあって、それに苦しんでいることを知った。

迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)を巡っては、自分と同じくアシタバも救おうとして結果は出せず。

ストライガと大喧嘩になって、否定したい相手に敗北を喫した過去があり。

そして今日も、ストライガやパッシフローラ、シキミに否定されて、そして反論できなかった。


キリもどこか、人間的には欠けがちな面が目立つし。

エリスは未だ完璧に見えるが、仮面の奥の笑みは見たことがある。

マリーゴールドは意識的なのか、彼女の至らない部分を積極的に見せてくれる。


みんな完璧ではないんだ。

足りないものやできないことがあって。

迷って、悔んで、苦しんで、時に失敗をする。

そんなある種当たり前のことを、ローレンティアは改めて実感する。

咲き月、敬語はいいと言ったアシタバの意図を、今更ながら掴んだ形だ。


「………………」


1つ息を吐くと、ローレンティアは鉄板の上の手頃そうな肉を一つ取る。


「ティア?別に無理しなくてもいいんだぞ?」


様子を伺うアシタバに、ローレンティアは微笑んで見せる。

憧れていたんだろう。同じ地上に生きる人間だ。

完璧だと思わずに、地続きの上に人物を置かなければきっと駄目なんだ。

そして、そういうことがきっと。


もっとアシタバを、銀の団の人達を知っていくことになるんだろう。


「いーえ、食べます」


ローレンティアは勢いよく肉を頬張る。

憧れをやめ、同じ大地に立ち、同じものを見ようとする。

彼女は、人を知っていく。





「かった…………」


エリスがかなりの料理上手ということを、ローレンティアは最初に思い知るのだった。




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