八章六話 『レベル:殲滅家』
「武器も扱えねぇ。魔物の知識はあるが接したことはねぇ。
ダンジョン探検どころか野宿でさえも経験なし―――それで、戦闘部隊に?」
学者シキミの正面に座るツワブキは困った顔をした。
咲き月の前、銀の団に入団する際の面接だ。
「………ここが魔物と一番接すると聞いたのよ」
シキミは睨み殺すような目でツワブキを見Aる。
「あー………いや、若き勢いってやつは好きだぜ。
今持っているもんよりやりたいこと、熱意を優先するさ俺は。
ただなぁ、体力がねぇとやっぱキツいぜ。探検家ってのは女にゃ辛い仕事だしな」
熟練のツワブキの言葉にもシキミは目を緩めない。
諦めたようにツワブキは1つ溜息をつく。
「分かった分かった。せめて聞かせてくれ。
どうしてあんたはそうも戦闘部隊に執着するんだ」
「………あなたは、ホリーホックの兵器論を知っているの?」
「ホリーホックの?ああ、そりゃあなぁ。探検家の間じゃよく議論の種になる。
一番魔物の生態系ってやつと接するからか、その存在を感じることがあるんだ。
なんつーかな、あいつらの進化を支配する………神の見えざる手、いや悪魔の手か」
「ダンジョンに潜ればその感覚は得られるのね?」
「ああ。深く潜るやつほどな。
………ホリーホックの兵器論が、あんたの理由なのか?」
興味深げに眺めるツワブキに、シキミは自嘲のような微笑みを浮かべる。
「亡霊が私に付き纏い続けるの。行く先々で待ち構えて、どこまでもついてくる。
研究者としての道は、あれから逃げた先にしか用意できない。
我慢ならない。私の人生滅茶苦茶よ。どうしてあんなのに縛られなきゃいけない。
この魔王城で、最前線の戦闘部隊で、私があいつの学説に決着をつけてやるわ。
他の誰にも―――
それはもはや、復讐と呼べる執着だ。
だがその熱意をツワブキは否定的には見ない。
「知識を。ありったけ提供するわ。だから私の席を用意しなさい」
迷宮洞窟にミノタウロス達の叫び声が響く。
シキミは緊張した面持ちでその方向を睨んだ。
「来た」
三頭。六頭。十頭。いや―――。
ほの暗い洞窟の奥から姿を現したのは、十五ほどのミノタウロスの群れだ。
シキミの後ろには足の手当てをされた傭兵ヤクモ。シキミの前には四人が立ち並ぶ。
巨大な盾を構える探検家、【竜殺し】のレオノティス。
元トウガ傭兵団、傭兵のヨウマ。
元トウガ傭兵団、魔道士ユーフォルビア。
砂漠の戦場育ち、魔道士パッシフローラ。
唸る唸る、ミノタウロスの軍勢が唸り突進してくる。
それはもはや洪水に近い。見開かれた目、鼻息は荒く、駆ける足音は地鳴りだ。
怒涛。立ち並ぶ歴戦の四人はその熱気を冷静に見やり。
「パッシフローラ、始めよ」と、レオノティスが宣言する。
「了ぉー解!!」
笑う。狂気。それもまた、狂戦士(バーサーカー)の笑みだ。懐かしき戦場にパッシフローラは笑い、そして魔法を起動する。
「―――C型:
爆音と炸裂光が、彼らの世界を支配した。
ミノタウロス達が駆けていた一帯の、至る所でパッシフローラの爆弾が炸裂し、岩石破片と轟音を撒き散らす。
ミノタウロスの洪水を呑みこみ引っ繰り返す、氾濫だ。
それがトウガ・ストライガ班の敷いた戦陣だった。
ミノタウロスがやってくるだろう方向に、パッシフローラの地雷型魔法を多数設置する。
設置場所は爆弾岩の傍だ。
ミノタウロスは彼らの縄張りにある爆弾岩の場所を把握し、踏まないように動く。
だから爆弾岩を信頼する。そこから突き崩す。
パッシフローラの爆発で強制的に炸裂させた爆弾岩にミノタウロスを襲わせる。
コンビネーションの瓦解による混乱に、爆発、轟音と閃光に四方から包まれる混沌を重ねる。
「ドでかい音と熱と光に囲まれて、平然としてられる生き物なんていねぇっすよ」
いつもの煩い雰囲気とは異なる、冴えた時のローレンティアと似た、冷たいパッシフローラの眼差し。
ミノタウロス達は慌てふためく。
草食動物としての、狩られる側だった記憶が掘り起こされたかのようだ。
興奮と焦りと、恐怖と憤りと混乱と。
そしてもう1つ、その脳を掻き乱す存在が、まさに彼らの中心で姿を現した。
2つの人影。【刻剣】のトウガと、【殲滅家】のストライガ。
「…………背中は任せるぜ、英雄さん」
「ん」
中心に姿を現した二人に、ミノタウロスの群れは怒声を浴びせる。
爆発によってぐちゃぐちゃな体内の混沌を、彼らは二人に対する怒りによって発散することを決めた。
そしてトウガとストライガは元よりそのつもりだ。
興奮(ボルテージ)の極まったミノタウロス達の、全方位からの怒気を正面から受け止め。
切り払う。
ストライガ班。
学者シキミ。
こと戦闘においては何も役に立たないが、銀の団において生物知識ではトップクラスだ。
近代の生物学、図鑑から学んだアシタバに後れを取ることもあるが、この時代においては最先端の生物知識を有する。
魔道士パッシフローラ。
砂漠の国で幼少期から戦場で育った経歴を持つ。
彼女にとっては戦場の方が日常で、戦闘は日課に近い。
彼女はそれを勇猛や好戦的とは自覚していない。それが彼女の価値観における普通だった。
探検家レオノティス。
少数派である、本来の標的を見失わなかったミノタウロス達を相手取るのはヨウマ、魔道士達、そして彼になる。
【竜殺し】の異名を持つ彼は巨人(トロル)など、大型魔物を得意とする探検家だ。
巨大な盾を軸とした防御反撃(カウンター)スタイル。戦闘部隊一番の屈強で筋骨隆々の体。
彼はミノタウロスの攻撃を正面から受け止め、槍でその体を削っていく。
そしてミノタウロスの群れの中心にいる、探検家ストライガ。
【殲滅家】、最も戦闘力の高い探検家と呼ばれる男。
かつては出くわす魔物全て殺し尽くし、ダンジョンを荒し回る。
アシタバとの喧嘩をきっかけに、ダンジョンでなく戦場へ、魔物ではなく魔王軍へと相手を変える。
暗黒時代の五英雄、【豪鬼】バルカロールの守護した闘技場(コロッセオ)。
彼が銀の団に来るまで在籍していた戦場はそこだ。
英雄バルカロールの戦場には四人の将がいた。
【殲滅家】ストライガ。その二つ名は将としての彼につけられたものだ。
軍として進撃をしてくる魔王軍に対し、策を弄してバルカロール側の戦陣を整える軍略家。
兼、最前線で屍の山を築く狂戦士。
彼は何よりも混乱を愛した。
ゴブリンやオーク達、人間の真似ごとをしている魔物どもが、兵士を模倣して軍ごっこをしているところに予想外の策略をぶちこんで慌てふかめかせる。
澄ました奴らが魔物の本性を晒して叫び狂うのがたまらない。
敵の脳内をぐしゃぐしゃにして、そこへ自分が切り込み暴れ回る。
それこそがストライガの最も得意とする戦術だ。
ミノタウロス達に囲まれた中で、トウガとストライガは一糸乱れぬ連携を見せる。
互いが互いの死角を打ち消し、一方が攻撃を避ければ、もう一方が攻撃手を追撃する。
ミノタウロスの群れの中心に潜りこむ。
蛮勇なようでいて、それが実はミノタウロスに対してかなり有効な一手だった。
前述の通り、彼らの目は間合いを測ることには向いていない。棍棒の扱いは振り回しに終始する。
ミノタウロスは敵を囲んで攻撃するという形を苦手としていた。
ちょろまかと動く相手に彼らは大振りで対応するが、仲間が近くにいては無遠慮にできない。
トウガを狙った棍棒が別の棍棒と接触する。その隙を逃さず、ストライガが一方を狩る。
仲間の喉を貫くストライガに激昂した一頭が棍棒を振るい、それをストライガがかわし。
棍棒は勢いを残したまま別のミノタウロスの膝を打つ。
繊細な動きは彼らにはできない。
仲間との衝突を恐れて、見かけほどミノタウロスは数的優位を活かせず、一方で群れの中心にいる脅威を無視してもいられない。
つまりは足踏みをする、余剰戦力を生む。
これほど多数で囲んでいても、実際にストライガ達と存分に戦えるのは精々二頭だ。
英雄トウガと殲滅家ストライガは、それを確実に削り倒していく。
「は、はははははははははッ!!!」
目の前のミノタウロスから視線を外さないながら、トウガはその、ストライガの笑い声を静かに聞いていた。
時は、数刻後に移る。
迷宮洞窟の入口まで撤退をし、ディフェンバキア班にズミを引き渡したアシタバ・タマモ班は、撤退の気配を見せないトウガ・ストライガ班の援護に向かうべく彼らの残した目印を追っていく。
そして。
「な、にこれ…………」
ローレンティアが絶句する。
死屍累々、ミノタウロスの死骸の山。捲れ上がった岩肌、荒れ果てた洞窟の光景。
その端々でトウガ班とストライガ班が後始末にあたり、そしてその中心に立つストライガがこちらに気付いた。
「よう、魔物喰い」
その嘲笑うような笑みは、怒りを込めた双眸で睨むアシタバに向けられていた。
「…………お前、まだこんなことやってたのか」
「そういうお前は、まだ化け物愛護主義?」
睨みあう二人。珍しくアシタバが声を張り上げる。
「どうして全部殺した!?必要がなかった!!
ミノタウロスは、巣に近づかなければ自分の縄張りだけを守る魔物だ!
巣の場所だけ突き止めればいいってお前に説明しただろう!!」
「断ると言ったはずだ」
事前にそういう会話が二人の間であったのか。
声を荒げるアシタバに、ストライガは冷静に対応する。
「残しておく意味がないだろう。何か活用法があるのか?言ってみろ。
何もプランがないのに脅威だけ残す方がどうかしている。
勘違いするなよ。排除が基本だ」
「だが幼体まで………!」
「それは敵を舐めすぎじゃないっすか」
ストライガの代わりに答えたのは、少し離れたところに立つ魔道士パッシフローラだ。
いつもの陽気さは消え、アシタバに引けを取らない鋭い眼を向けてくる。
「戦場じゃ殺すか殺されるかっすよ。魔物を鹿かなんかだと思ってんすか?」
戦場育ちのパッシフローラの、それは容易に否定できない意見だ。
「あんたのそれは味方を殺す」
アシタバは言葉に詰まる。
パッシフローラは目を閉じ、睨むのをやめると、自分がもたらした空気の悪さに溜息をついた。
「ユーちゃん、ヤクモ君連れて行くっすか。後処理の方はそろそろいいでしょ」
呟くように言うと、洞窟の端で待機していたユーフォルビアとヤクモを左右から支え、洞窟の出口へと向かっていく。
「………ま、そういうことだ魔物喰い。俺はやり方を変える気はない」
再び、ストライガがアシタバを見る。
「奴らは兵器だよ。次の時代には要らない。滅ぶべきだ。
おかしいのは俺か?お前か?」
「……………………」
答えず黙るアシタバを一瞥すると、ストライガも同様に道を戻っていく。
そう、否定はしきれない。
近づくのならば獰猛な種であり、爆弾岩の領域を広げるミノタウロスを、残すメリットを探す方が難しい。
視線を落とすアシタバを休ませないように、正面に一人の人物が立つ。
ストライガ班、学者のシキミだ。
「………あなたアシタバよね?
スライムを利用した水浄化、樹人(トレント)の畑利用の提案をした?」
戸惑いながらも頷くアシタバを、シキミは見定めるようにじろじろと見まわす。
「どうして樹人(トレント)を残すなどと?」
「……銀の団の食糧自給に可能性を残すためだ」
「でも危険性が残るでしょう。あいつらは兵器よ?
ホリーホックの兵器論。探検家なら知っていると聞いたけど?」
「知っている。あの学説を俺は否定しない。できない。
俺は、あいつらを兵器だとは思えない。この地に生まれた命だ」
アシタバのその答えに、シキミはしばらく言葉を止めた。
「………あんたは駄目だわ。祖父(あいつ)と同じ
シキミが吐き捨てる。
「学会の凝り固まった馬鹿どもに興味はないわ。
ホリーホックが優秀な生物学者であったことは認める。
だけど現実意識のないお花畑野郎だったのは致命的よ。
共存なんて、虚空の愛護主義」
シキミは慣れない挙動で、人差し指をアシタバに突き付ける。
「学者肌の探検家さん。魔物は兵器よ。滅ぼすべき兵器よ。
私がここでそれを証明してみせるわ。だから邪魔をしないで」
宣言すると、ツカツカとストライガの後を追う。ストライガ。パッシフローラ。シキミ。
三人に立て続けに否定を突き付けられ、立ち尽くすアシタバの肩を【竜殺し】のレオノティスが叩く。
「あー、なんだ。ひとまず今日は任務完了だ。帰って風呂でも入らんか?付き合うぞ?」
心配そうにアシタバの顔を覗き込み。
そして想像より凹んでいないことに、レオノティスは少し驚く。
「………そうだな。でもミノタウロスの死体がこんだけあるんだ。先に腹ごしらえだな」
「腹ごしらえ?」
「焼き肉だ」
八章六話 『レベル:殲滅家』
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