八章四話 『造花兵器は楽園の夢を見るか』
爆弾岩。
別名、鳳仙火薬(マーダー・バルサム)。
昔は炸裂する岩の魔物だと考えられていたが、ダンジョン探索と魔物研究が進むにつれその正体が植物であると明らかになった。
別名の由来ともなっているホウセンカの、有名な特徴と言えば弾ける実だ。
熟したホウセンカの実は、触れると蓄積された弾力で弾け飛ぶ。
爆弾岩はこれを岩石で行う。
ホウセンカは種の拡散のために実を飛ばすが、爆弾岩は自衛と外敵攻撃も兼ねて岩を集め飛ばす。
基本は岩山などに自生する彼らは、ツタを広げては近くの石、岩を掴み、自分の周囲へと運んで固定する。
この時点では岩は鎧だ。草食動物の捕食を避けるために使う。
そして実が熟し、弾力が蓄積された時――。
岩に埋もれた爆弾岩が踏まれると、炸裂し、実とともに飛ぶ岩は弾丸となって外敵を襲う。
天然のトラップ。
自衛、外敵攻撃と種の拡散。熟した爆弾岩の最後の役目だ。
上手く外敵を仕留められれば、その肉や血は若い種の養分となり、それは強い子を育てる。
それこそがミノタウロスの進化の、欠けた最後のピースだった。
岩の多い地帯に自生する植物。
そして縄張り意識の強い彼らを助ける、侵入者迎撃の習性。
炸裂音は警報となり、巣のミノタウロスに外敵の接近を伝える――――。
「撤退する」
【狐目】のタマモは迅速にその判断を下す。
時に臆病とさえ揶揄される安全第一の探検家。
彼はツワブキと同じ時期に探検家業を始めた同期だ。
今や世界的な英雄であるツワブキと比べると、彼の業績は地味と言わざるを得ない。
だが探検家にとって最も重要な資質は臆病さだとツワブキは断言している。
それを忠実に体現しているのが探検家タマモだ。
アシタバ、ディル、ディフェンバキア、レオノティス……。
まともな探検家で彼のやり方に敬意を払わない者はいない。
最も正しい判断を下せる探検家、とあのツワブキが彼を評している。
「アシタバ、今まで来た道にもあると思うか?」
「あるだろうな。恐らくこの爆弾岩は侵入者に撤退を促すためじゃない……。
侵入者を仕留めるためのものだ」
素早く会話を交わすタマモとアシタバ。
「爆弾岩は踏んだものを仕留めてその血や肉を養分とする、食虫植物に近い魔物だ。
彼らの理想の戦略を立てるなら、群生地の最奥で存在に気付かせ……」
「侵入者を慌てふためかせる何かを投入して踏ませる。
この場合はミノタウロスってわけだ」
「………そういうことだ」
ミノタウロスからすれば、侵入者を炸裂音で感知できる、彼らの住処を要塞と化す優秀な迎撃トラップ。
爆弾岩から見れば、外敵を追いたてて自分達を踏みやすくし、時には仕留めて肉と血という養分をもたらす協力者。
それだけではない。
「―――反芻」
同刻、アシタバ達と同じくミノタウロスと爆弾岩の組み合わせを目撃したシキミが呟く。
それは牛という生物の習性だ。
4つの胃を持つ彼らは、一度胃に送ったものを再び口内に戻し咀嚼する。
胃内に飼っている微生物とともに食物を段階的に消化する為の習性だが、流石にこの時代の学者であるシキミはそこまで把握していない。
彼女が知っているのは山羊や鹿など、反芻動物と呼ばれる草食動物のグループがいること。
そしてそのグループとミノタウロスが行う反芻には1つの相違点があること。
ミノタウロス達だけは、食物を胃から戻す際、口内に止まらず外に吐きだすのだ。
だからマーキングだと勘違いされている。ミノタウロスの嘔吐行為は反芻の一環だ。
つまり、それでさえも爆弾岩との協力関係によって生まれた習性だった。
ミノタウロスが爆弾岩を主食とすると仮定するなら、反芻で一度外に出すのは種の散布だ。
多くの植物が鳥に種を運ばせるように、爆弾岩はミノタウロスに自らの種を運ばせ、ミノタウロスは縄張り内に種を撒くことで陣営を強化する。
もう1つ言えば、ミノタウロスが棍棒といった先端の大きい武器を扱うのは、爆弾岩を潰して安全に食するためだろう。
突くようにして潰せば、棍棒先端の膨らみは爆弾岩の炸裂を防ぐ盾になる。
「…………論文ものじゃない」
相利共生。それもかなり高度な組み合わせだ。
ミノタウロスは爆弾岩を食べ、爆弾岩は彼らの反芻を通して生息範囲を広げ、それがミノタウロスの縄張りを強化する。
ミノタウロスが追いたてた獲物は爆弾岩を踏みやすくなり、爆弾岩で負傷した獲物はミノタウロスが容易に倒せる。
死骸の血や肉は爆弾岩の養分だ。
迷宮のような住処は爆弾岩にとって仕留めやすい環境であり、ミノタウロスにとって要塞化しやすい場所である。
初めからこの組み合わせが計算されていた。
魔王城から生息地を広げていくにあたって、上手く揃って移住ができなかった―――つまり、本来はこのペアでこそのミノタウロス迷宮。
そういう――――。
そういう設計で
ホリーホックの兵器論。
それは結論から言えば、魔物達が魔王の創り出した兵器なのではないか、とする学説である。
シキミの祖父、ホリーホックが提示した根拠は4つ。
1つ、一般に魔物と呼ばれる、既存の生物とは一線を画す生物群の生息地が、魔王城を中心とした円状に広がっていること。
2つ、知性魔物と呼ばれる、ゴブリンなどの知性を有する魔物が魔王に対し高い忠誠心を持っていること。
3つ、土精霊(ノーム)や水精霊(ウィンディーネ)、スライムのような環境整備型の魔物が存在すること。
4つ、毒性を持つ亜水(デミ)や亜土(ヂードゥ)を喰らう魔物の肉が、人の食用に耐えること。
前半二つは当時からよく議論されていた内容だ。
魔物はどこからやってきたのか?
その謎を明らかにするべく数多の学者が検証を重ね、生息域調査から明らかになった中心地―――そこに立つ禍々しい古城が魔王城と名付けられた。
そう、この時既に魔王という存在は認識されていた。
ゴブリンら習性魔物が忠誠を捧げる、何らかの存在がいると。
当時から今日まで説明もつかず謎に包まれているのは、その忠誠心の高さがどこからきているのかということである。
時には自らの死やゴブリンという種の安寧まで投げ打って、彼らは魔王の兵となる。
魔物はどこから来たのか。魔物と魔王の関係性とは何なのか。
彼らが忠誠を捧げる魔王とは何者なのか。
魔王城の最深部にいけば明らかになると目されていたその謎は、唯一の到達者である勇者一行が沈黙を貫いたことで今日まで解明されてはいない。
ホリーホックは後半の2つの根拠を用いてその謎に切り込んだ。
環境整備型の魔物の存在。
砂漠、湖、森林、渓谷………。
魔物に奪われ彼らの住処となったダンジョンは多種多様だが、その中でも最も数が多いのが洞窟だ。
分け方の名称(・・)については主張様々だが、ホリーホックは洞窟を育成型ダンジョン、その他のダンジョンを戦果型ダンジョンと呼び分け、この分類自体は今日異論なく認められている。
洞窟ダンジョンには他のダンジョンに見られない特徴がある。
他の環境を模倣するかのようにダンジョン内が整備されているのだ。
土精霊(ノーム)が堀り広げた洞窟は人魂(ウィルオ・ウィスプ)や火精霊(サラマンダー)によって光源が確保されており、そこに時には迷いの森や地底湖、砂漠が広がる。
どうしてそうなっているのか。ホリーホックは魔物の育成の為と考えた。
彼によれば、洞窟ダンジョン内の光源が確保されているのは魔物の退化を防ぐためであるという。
洞窟に生息する魚が極端に視力が弱いように、生物は暗闇下では暗闇へと適合し進化する。
つまり地上で人間達を襲い、環境を奪う存在としては不適格なのだ。
洞窟ダンジョンは地上で猛威を振るう、既存の生態系に害を成す兵士を育成するべく形成される訓練場。
つまりは作為的な建造物である、というのがホリーホックの主張だ。
地上のダンジョンは、育成された兵士が出した戦果である。
では4つ目の、既存の生物が魔物の肉を食せるという点はどうなのだろうか。
亜水(デミ)を飲み亜土(ヂードゥ)を喰らう彼らは、その毒性を食道と内臓だけに留める。
それ以外の部分は食べられるようになっている。
魔物が既存の生物たちに害する存在であるならば、彼らの体を我々が食糧にできるのはおかしいのではないか―――。
学者達のその指摘に、ホリーホックはこう答えた。
魔物の中にも食物連鎖というものはあり、育成型ダンジョンでは魔物が魔物を食べ、生存競争を経て兵士として鍛えられていく。
つまり普通の生物と違う肉では、魔物は魔物肉専門へと消化器官を進化させる。
普通の生物を食べなくなる。
その場合、魔物が既存の生物を襲うのは魔王への忠誠か外敵排除……捕食のためという動機が欠落してしまう。
“食べるために既存の生物を襲う”という動機を残すために、魔物達は普通の生物と同じ肉体を持っているというわけだ。
そう。
ホリーホックはダンジョンの存在も、魔物の身体構造も、進化も――――。
意図が存在する。作為的であるとしている。
進化の方向性を牽引している存在がいる。それは魔王以外に該当するものはなく。
魔物は、既存の環境に対する兵器となるべく進化を制御された存在であり。
魔王は魔物という存在を産み、ダンジョンを整備する整備型魔物を用意して進化を制御する。
命を操り、進化を御する。
神に近い存在である。
これが、ホリーホックの兵器論の内容だった。
魔王を神とすら見るその結論に、生命を産み進化を操るという人類にもできない所業の存在に、状況を並べたてて根拠の不足している憶測で繋げただけの学説に、学会はこぞって避難非難の矢を浴びせ、彼に異端者のレッテルを貼った。
以来、ホリーホックの名は学界から消え。
ホリーホックの兵器論も、しばらく後に探検家界で発掘されるまで埃を被ることとなる。
ブォォオオオオオオオと、洞窟の奥深くからミノタウロスの群れの叫び声が響く。
冷静に見据えるストライガ班と、トウガ班。
「撤退はしない」
ストライガは言い切った。
「炸裂音が別のところで響いたな。
恐らくはアシタバ・タマモ班もトラップに引っかかった。
向こうの様子が分からない以上、出来る限り敵を請け負うべきだ」
「……………………」
理屈は正しい。だがそれはストライガの本心とは異なる、取ってつけた理屈だとトウガは見抜いていた。
ストライガは戦闘狂(バーサーカー)だ。魔物と戦う時の彼の横顔が物語っていた。
魔物と戦う、殺すということにおいて、彼は異様な執着を見せる。
だがその異常性を理解していても、ここで戦うべきという主張を否定できない。
それはトウガ平原で戦線を下げず守り続けた、トウガ自身の戦術上の悪癖だ。
本人も銀の団で変えていくべき部分だと認識していたが、この瞬間においては自覚できなかった。
ストライガ班とトウガ班は留まる。
アシタバ達がもっと酷い事態に陥っていたことを想定して、彼らはここで殿を務め、迎撃をする決意をする。
対照的にアシタバ達は、ロープを伝って道を逆走し始めた。
だが動きはゆっくりだ。先頭のタマモは地面に這い蹲るようにして目を凝らす。
「やっぱあるな。来た時はよく踏まなかったもんだ」
タマモが手で合図をすると、モロコシがミノタウロスの死骸から調達した棍棒を振り下ろす。
抑え込まれた炸裂音が響く。
「いやぁ、これだと音出続けちゃうねぇ」
「一発目で居場所はばれてんだ。
むしろ爆弾岩を放置してミノタウロスと事構える方があぶねぇ。
退却路確保、兼、戦闘フィールド確保だこれは」
先陣を切る探検家、タマモとモロコシのコンビ。
後ろ、負傷したズミをグロリオーサが支え、後方をアシタバ班の四人が守る。
「………アシタバ、おかしい」
横並びで警戒する中、キリがその違和感に気付く。
「音がしない」
「音ぉ?」
オオバコが間の抜けた声を出す。
「炸裂音。最初の一度だけだったわ。トウガ達は爆弾岩を処理していない」
オオバコだけでなくローレンティアも、その事実を理解した。
「トウガさん達は、撤退していない?」
アシタバは顔を後方に向けたまま表情を動かさない。
「おいおいアシタバ、まずいんじゃねぇの……?助けに行くとか………」
「う、うん、せめて敵を引きつけるぐらいは……」
「いや、タマモの判断は正しい。俺達はこのまま撤退を急ぐ」
焦るオオバコやローレンティアを、アシタバは冷静に断じた。
「2つ。俺達は人の心配をしている場合じゃない。
そして、ストライガは心配をするような相手じゃない」
「そんな――――」
しかしローレンティアの言葉は続かない。
荒い唸りと共に、後方からそれが姿を現したからだ。三頭のミノタウロス。
そう、アシタバは正しい。彼らは決して人の心配をしている場合などではない。
「タマモ、モロコシ、前方を警戒しつつズミを護衛。
グロリオーサは援護に徹してくれ。あれはアシタバ班で対応する」
剣を抜くアシタバと横並び、キリはナイフを取り出し相手を睨み。
オオバコは斧を構え無理やり笑う。そしてローレンティアがその後ろに待機し。
「全員、戦闘態勢」
それが実は初めての、アシタバ班全員揃っての戦闘となる。
ホリーホックの兵器論。
兵器論というのは後世の者たちが名付けたものだ。
ホリーホックは自らのその学説を、兵器論とは呼ばなかった。
その学説の終わりには、彼が異端者と呼ばれた理由の最後の1つであり、今日あまり知られていない彼の願いにも似た意見が記されている。
―――もし魔物が魔王によって産み落とされ、その進化を支配された存在であるならば。
魔王に高い忠誠を誓う知性魔物は無理だろう。しかし、そうではない習性魔物は。
我々が、兵器ではなくこの地に生きる友として迎え入れるべきではないだろうか。
八章四話 『造花兵器は楽園の夢を見るか』
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