八章三話 『欠けたピース(後)』

「おい、あいつ」


などと同級生達は口にする。

目線の先、廊下を歩くのはやがてストライガ班所属となるシキミだ。

若かりし彼女は今と変わらぬ孤独で孤高。

いつも本を抱きしめ肩を張り、目は睨むように常に何かに向けられていた。


彼女の出身は月の国マーテルワイト

数ある国々の中でも最も学問に精を出す研究国家であり、王都に建てられた国立学院には、世界中から知識欲に突き動かされた学徒達が集う。

と、言えば聞こえはいいが。

その実は尖り尖った変態ども、自分を賢いと自負し他人を見下す癖のついた者達、机に齧りつき過ぎて人付き合いにおける性根の曲がった奴らの巣窟だ。


その中でシキミは悪目立ちをしていたと言わざるを得ない。

常に気難しそうな顔をし、警戒の視線を向ける彼女を同級生達はいい陰口の的にする。

そしてそれがいっそう、彼女を苛立たせる。




「シキミは何をそんなに警戒しているの?」


国立学院の食堂で、その発言者は馴れ馴れしく隣に座る。

才女ユズリハ。やがて銀の団秘書に抜擢される彼女の、昔の姿だ。

常ににこやかに笑い、何事にも丁寧で礼儀正しい。

国立学院の変態どもにも柔軟に対応する人の器。

学年三位の陰湿なシキミより、学年二位の彼女は同級生の人気を独占していた。


「あなたには関係ないでしょう」


「気になるのよ。未知を放っておくなんて、この学院の名折れだわ」


ふん、とシキミは構わず米をかっ込むが、ユズリハも追求をやめない。


「やっぱりあなたのおじい様の論文が?

 でも当時と違って今は支持を集めつつあると聞いているけど……」


「………祖父(あいつ)は芸術家ではないわ。

 死後の評価なんて慰めにならないし、ましてや評価者があの探検家どもなんて」


吐き捨てるようなシキミを、はてなとユズリハは見つめる。


「それが何か?」


「だって、ダンジョン籠りの荒くれどもじゃない。

 あんな奴らに評価されたところで、なんの後ろ盾にもなりはしないわ」


「……………………」


ユズリハの、言っている意味が分からないという目。

それでも憐れみの類の色は宿さない。

彼女のその純粋さと真面目さを前にすると、いつも自分の醜さを突き付けられる。

だからシキミはユズリハが苦手だった。


「……祖父の学説を、未だに学会は認めていないわ。

 私は異端学者の孫娘……色眼鏡で見られるのは当然」


「だから警戒を?」


自分でも嫌という程分かっている。自己防衛のための、これは威嚇だ。

シキミは日陰の人間だった。


ホリーホックの兵器論。


祖父の残したその論文が、彼女に影を落とし続けるのだ。







「巣に近づいているようだな」


現在、床に切り捨てられたミノタウロスを見下ろしながら、ストライガとトウガが言葉を交わす。


「そうなのか?」


「数も増えて徒党を組み始めただろう。それが証拠だ。各自警戒を怠るな」


流石にストライガは手慣れた様子で洞窟の奥へと進んでいく。

探検家の中で最も強いとされる彼の源泉は何なのだろうか、と戦闘を見ていたトウガは思案する。


トウガに言わせればそれは、手首の切り返し。

あまりに速い―――、一閃切り付けた刃が次には返しを終えている。

それを実現するには、想像以上の腕力と握力。

いや、ミノタウロスと真正面から打ちつけ合いをする彼だ、そもそもが見た目とはかけ離れた全身の筋肉とバネ。

そして卓越した戦闘センス。果たしてそれは武術の領域にあるものなのか――。


とトウガは少し疑問に思い、すぐに忘れる。



「しっかし、なんでもこうも入り組んでんすかぁ?アリの巣みたいすねぇ」


傭兵ヤクモがうんざりと声を上げる。

まさしく洞窟は縦横無尽、枝分かれと合流の連続だ。


「土精霊(ノーム)の仕業ね」


それに応じたのはストライガ班の女性班員、シキミだ。


「岩を砕き土を掘り固めて洞窟を形成する種……。

 精霊、って言っても昆虫型の立派な魔物よ。

 昔の探検家達は彼らを発見できなかったから、視認できない魔物の仕業で片づけたの。

 四精霊の一匹、彼らはスライムと同じ整備型の原始生物」


「なんだなんだ、アシタバみたいな人だな」


「学者紛いの探検家と一緒にしないで。私は学者よ」


切り捨てるように言い、睨む。

お、おおと戸惑うヤクモを見定め終えると、先頭のストライガの方へ歩いていった。


「カリカリしてんなぁ……」


「すまんな、うちの班の者が」


呆然とするヤクモの前に視界を塞ぐような巨体……獅子のような顔のレオノティスが立った。


「あれは生粋の学者でな。自らの知識に誇りを持っているのだ。気を悪くせんでくれ」


「はは、これぐらいで怒ってちゃ傭兵は務まんないっすよ」


そういうのは班長の仕事だろうに、獣のような顔に対して温厚な人だというのがヤクモの第一印象だった。

ひょこと、四人目のストライガ班員が彼の横から顔を出す。


「さっすが、トウガ傭兵団ともなると器がでかいっすねぇ!」


にやにやと笑うのは、砂漠育ちの魔道士パッシフローラだ。


「ミノタウロス相手に堂々とした立ち振る舞い、貫録っす!」


きゃぴ、と言わんばかりにピースを顔に添える。

軽薄なノリは先程とのギャップが大きい。


「あんたも相当だったじゃないか。ユー顔負けのサポート待機だった」

 

「いーやいや、泡沫姉妹のユーちゃんにはとても。ね、ユーちゃん?」


銀の団所属の魔道士達で交流を持っているという話を聞いていたが、この馴れ馴れしさはパッシフローラ側の要素が強いのだろうか。

会話を交わすヤクモとパッシフローラ、レオノティスが、少し離れた魔道士ユーフォルビアを見る。

顎に手を当て、思案に耽っているようだった。


「どうした、ユー」


「………いえ、少し気になっていて」


ユーフォルビアという少女が賢く分析的な、学者適性のある人物ということはヤクモは長年の付き合いで理解していた。

ことダンジョンにおいて、トウガ班は素人の集まりだ。

彼らは長年のトウガ平原における戦いを経て、戦闘部隊屈指の対魔物戦闘経験を有していたが、それは平地で魔物と単調な力比べをしてきただけに過ぎない。

生態系があり罠が張り巡らされ、弱肉強食の駆け引きがあるダンジョンにおいて、彼らは賭博場に連れてこられた政治家に等しい。


地下二階、迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)相手の失態。

それを、班のサポート担当を自負するユーフォルビアは重く受け止めていた。

自分が気付くべき役目だった。

だから地下二階の攻略を経て彼女は、アシタバに似た考察を積極的に挟み始める。

班の参謀(ブレイン)としての目覚めだ。


「どうしてミノタウロスはこんな地形を住処に選ぶ?」


「んー?」


ヤクモはそのユーフォルビアの変化を助けるつもりだ。

だから彼女の考察にも手を貸す。


「攻め込みにくいからだろ?これじゃ巣まで到達するにも一苦労だぜ」


「………だけどこれは防衛に向かない。

 これだけ入り組んでたら、仮に長期戦に持ち込まれたら逆に待ち伏せされる」


「逃走経路の確保がしやすい、しょ?」


パッシフローラも二人の会話に参加する。


「………少なくともこの迷宮洞窟は複数出入り口があるように見えない。

 それにミノタウロスには耳が発達しているみたいな、撤退を前提にしている生物的特徴が見られない……気がする」


根拠に乏しいながらも、それはヤクモにも理解できた。

ミノタウロスが牛からあの姿に進化したのなら、それは戦闘強化の面で、逃走目的ではないはずだ。 


「いや、多分ヤクモの意見であっている。

 だが攻め込みにく、ではなく、防衛しやすいだ」


探検家のレオノティスが専門家としての意見を挟む。


「いえ、防衛はしにくいはず」


「確かにな。お嬢さんは正しい。現状を分析すればそうなる。

 だがミノタウロスは縄張り意識の強い生き物だ。

 そういった種がどこを住処に選ぶかと言えば―――」


「―――外敵を察知しやすい場所か、防衛しやすい場所」


言葉を継ぐユーフォルビアに、正解とばかりにレオノティスが指を向ける。


「お嬢さんの言うとおり、ミノタウロスには前者のような外敵察知向きの特徴は見られない。

 現状の分析ではなく理屈を追うなら、後者の理由でミノタウロスはこの洞窟を選んでいるはずだ」


レオノティスの言葉を受けてユーフォルビアは一層考え込む。

つまり、この入り組んだ迷宮を要塞と変える何かがある?

それに行き着いたのと、洞窟に炸裂音が響いたのは同時だった。

バァン、というその音に、2班7人全員が振り向く。


音の出所はヤクモの足元―――彼の右脚が夥しい裂傷を負っていた。



「――――爆弾岩!」


痛みに呻き倒れるヤクモに、ヨウマとユーフォルビア、パッシフローラが慌てて駆け寄る。


「ヤクモ!ヤクモ!大丈夫か!?」


「今治癒ヒールを!!」


ユーフォルビアは手早くヤクモの右脚へと治癒魔法をかけ。


「―――ヨウマ、周囲警戒」


突然の事態に慌てるヨウマを、トウガの落ち着き払った声が引き戻す。

見ればトウガやストライガは既に戦闘態勢、前方の暗闇へ全集中を注いでいた。



バァン、と。


緊張に包まれる彼らの元に、再びどこか遠くで炸裂音が響いた。







「ズミ!」


蹲るのはタマモ班の青年だ。炸裂した何かによって左足に深い傷を負っていた。


「う、あ、あああああ!」


何かを踏んだんだ。ズミは足を抱えて痛みに叫ぶ。


「グロリオーサ!手当を!!」


「分かってる」


素早く魔道士グロリオーサがズミに沿い、足元へと治癒魔法をかけた。


「な、なんだ、何が起こったんだ」


「爆弾岩だ」


呆然とするオオバコの横でアシタバは冷や汗をかく。


「鳳仙火薬(マーダー・バルサム)とも言う……くそ、そうか、それで―――」


「遠くでも炸裂音がしたな。ストライガ達もハマったか」


タマモが苦い顔で洞窟の先を見張る。


「これがミノタウロス達の戦略というわけね?」


キリも手にナイフを取り、前を見据えた。


「そういうことだ。防衛装置、兼、警報装置。

 そして、あぁ、まさか食糧でもあんのかぁ?

 とにかく来るぜ。音はもう洞窟中に響いた」


タマモはビビりを隠さない。彼の危険意識が告げている。



「ミノタウロス達が、総力を挙げて排除を始める」




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