八章二話 『欠けたピース(前)』

ブオオォォオオ、と猛々しい声が洞窟に響いた。

血走った目、赤黒い筋肉質の巨体、丸太のような太い腕の先には棍棒が握られている。


「アシタバ、俺弓矢で援護でいい?」


恥じる素振りを見せず、タマモが援護役を進言する。


「…………大丈夫だ。まずは俺とキリで狩る。説明と暴走時の対応だけ頼む」


名前を呼ばれたキリは前へ出てアシタバと並び、二人は1つ視線を交わすとミノタウロスの方へ駆けていく。



「まず、ミノタウロス戦の鉄則はつかず離れずだ。

 距離を取り過ぎると奴らは角に任せて突進してくるんだが、狭い洞窟だとこれがなかなか厄介なんだ。

 そうさせないぐらいの近、中距離戦が基本だな」


ミノタウロスに駆け寄り剣を抜く二人を見ながら、タマモがモロコシを抜いた残り四人へ説明をしていく。


「でも、棍棒危なくないっすか?」と、オオバコ。


「そうだな。だからミノタウロスっつーのは中堅以上の実力者向けの魔物になる。

 振り回される棍棒に対処できるレベルの、な」


再び叫び声を上げながらミノタウロスは棍棒を振り回し、アシタバとキリは身を捻って避けながら、二人でミノタウロスを挟みこむ位置に立つ。

二人の戦闘を見守りながらローレンティアは、つい昨日行われた魔物勉強会の続きを思い出していた。





「ミノタウロスより人間が勝っている点、3つ目は目だ」


アシタバが自分の目を指して言う。


「ミノタウロス達は進化迷子をしている」


「しんかまいご?」


ローレンティアの呟きに、隣のキリが応える。


「進化迷子―――魔物がする進化が、利点に乏しかったりマイナスを含む場合をそう呼ぶ。

 迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)が石壁を身につけたことで鈍重になったのも、進化迷子」


流石、アシタバの助手として鍛えられているだけあって、キリはかなり探検家の知識を積み上げつつあった。


「そういうことだ。誰か、何が進化迷子か分かる奴はいるか?オオバコ?」


「あー?洞窟暮らしで目が悪いとか?」


「それは違う。人魂(ウィルオ・ウィスプ)による光源がしっかり確保されているからな。スズシロは?」


「んー、色の見分け」


「ミノタウロスが人間ほど色を見分けられないかもって点は正しい。

 が、大半の動物や魔物がそうだ。特別挙げる点としては弱い。ズミ、どうだ?」


「………両眼視野の差による間合い、かな」


「正解」


何やら難しい言葉に、一同は首を捻る。


「つまり人間は両目が前に向いているが、ミノタウロス、牛は左右に向きが分かれているだろう。

 これは雑食・肉食動物と草食動物の差異だ。

 前者は両目で見る範囲、両眼視野が広く、獲物との距離感の目測に優れる。

 一方後者は両眼視野は狭いが単眼視野が広く、近づく敵の察知に優れる警戒向きの目だ」


「だがそれは利点じゃないのか?

 安易にミノタウロスの背後を取れないということだ」


【月落し】のエミリアが狩人視点の意見をする。


「確かにな。不意打ちは通じない。

 対ミノタウロスに一定以上の実力が求められる理由でもある。

 だがミノタウロスは武器を使う。

 草食動物の目と武器を使う体、侵入者を排除するという攻撃的な気性がマッチしていないんだ」


「………なるほどなぁ」


一人、先に会得がいった様子の【刻剣】のトウガが顎をさする。


「つまりズミの言うとおり、間合いだ。

 武器を扱う者なら誰でも、相手との距離によって対応を変えるだろう。

 だがミノタウロスはそれが正確じゃない。

 知性以前に目の構造上の理由で、彼らは武術を持てないんだ。

 だから武器の扱いは、振り回しに終始する」


「それは、だが、アシタバ」


傭兵ヨウマが口に手を当てながら言う。


「それを活かすにはやはり、実力が要るな?」


「そうだ。だから結局、ミノタウロスというのは実力者でなければ相手できない」





アシタバとキリはミノタウロスと一定の距離を常に保つ。

少し前に踏み出して、ミノタウロスの棍棒の薙ぎ払いに反応して下がってはまた距離を保つ。 

間合いの把握とミノタウロスへの追い込みプレッシャーだ。

すぐそこに敵がいながら、振り回す棍棒は空振りばかり。

焦れたミノタウロスは大きくキリの方へ踏み出し、大きく棍棒を振り被り。


「そこだ」


その瞬間を逃さず、アシタバがミノタウロスの肩を切り払う。

痛み唸るミノタウロス。攻撃を加えたアシタバの方へ向き直ると――。

今度はキリが手早く左足の腱を切り付けた。

再度、怒号のような叫び声をあげてミノタウロスが棍棒を振り回し、既に間合いを掴んだキリとアシタバが範囲外へ撤退する。


「間合いを掴み、攻撃を避け、隙を逃さず手堅く削る。

 それを実行できる奴が、ミノタウロスを相手取れる実力者ってわけだ」


タマモの解説。それはまるで息の合った職人達の解体作業の様だった。

囮と攻撃役、間合いの内と外を目まぐるしく交代し、ミノタウロスに切り傷を増やしていく。消耗させていく。

血だらけになったミノタウロスが棍棒を落としたところで、二人が揃って止めを刺す。


討伐完了。



「流石にアシタバは手慣れているな。

 対して、初めてであのレベルのキリはやっぱ規格外だぁなぁ」


倒れたミノタウロスの脈を確かめるアシタバとキリに、タマモが呟きながら近づいていく。

ローレンティア達もそれに従った。


「………どうも」


「タマモ、こいつは子供だな。少なくとも魔王討伐以降に生まれた個体だ」


「あぁ~そりゃ残念。パパとママと、他にも沢山いるんだろうなぁ~」


タマモが心底嫌そうな声を上げる。


「………しかし、なんつうか―――。

 迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)に比べると、やけに攻略法が定まっているみたいすね?」


オオバコが倒れたミノタウロスを見つめながら言い、隣に立っていたモロコシがそれに答えた。


「【自由騎士】スイカが攻略をきちんと残したからね。

 ミノタウロスは樹人(トレント)やスライムと同じく、大体が解明されている部類の魔物だよ」

 

スイカ。アシタバの師。と、ローレンティアはアシタバを見つめる。


「いや、ミノタウロスにはまだ謎が残っている。

 スイカは、ピースが欠けているって言ってた」


「ピース?」


ミノタウロスの死骸を観察していたアシタバは、立ち上がりタマモ達の方へ向き直る。


「ミノタウロスはあくまで草食動物だ。人肉も食べるがそれは侵入者迎撃のついで。

 それは消化器官の構造から明らかだ。だけど彼らは迷宮のような洞窟に住む」


ローレンティアも、その謎を理解した。


「どこに植物があるんだ?」


藻?いや、そういうものでは代用できないだろう。

タマモやモロコシも含めた、場の全員が言葉に詰まる。


「どういう経緯でそう進化したのか、説明がつかない。

 草食動物のままの消化器官と、植物のない洞窟を住処とする習性。

 スイカが言うには、それを繋げるピースがあったはずなんだ。

 それが、今は欠けている」


考えてみても、答えに行き着くわけでもない。

その得体のしれない暗雲に目を合わせないようにしながら、一行は洞窟の先へと進むことにする。






巨人(トロル)ほどではないなというのが、ミノタウロスに対峙した【刻剣】のトウガの率直な感想だ。

体格も力も彼らには劣る。

唯一上回りそうな機動力も、この狭い洞窟では活かしようもない。

棍棒という先端に重心がある武器を、不器用な手で掴むだけというのも始末が悪い。


武器を奪うのは簡単だ――だが持っていてもらった方が楽だから、そうはしない。 



既にトウガは三匹のミノタウロスと交戦済みだ。

そして目の前には四匹目が立ちはだかる。彼だけではない。

五差路のような洞窟の交差点は大きなスペースが広がっており、彼らトウガ班とストライガ班はそこで四匹のミノタウロスと鉢合わせた。

トウガの左手ではヨウマとヤクモが組み、ミノタウロスを一匹相手取る。

右手には【竜殺し】のレオノティスと【殲滅家】ストライガが並び、それぞれ一匹ずつミノタウロスと対峙していた。


レオノティスは扉かと見紛うような大きな盾と槍。

恐らく戦闘部隊一であろう、でかく屈強な体と筋力でミノタウロスの攻撃を躱さず受け止め、そして槍で体力を削っていく。


ストライガ。彼も既に六匹のミノタウロスを退治済みだった。

相手に合わせて臨機応変に武器を変えるのが彼のスタイルのようだが、ミノタウロスに対しては最も得意な武器で挑んでいる。

和刀のような曲線を描く長剣だ。リーチはミノタウロスの棍棒に引けを取らない。

ミノタウロスの間合いを的確に把握し、紙一重でかわしては返し刀で切りつけていく。


彼ら、ミノタウロスと交戦する5人の後方。三人の女性が距離を取って待機していた。

トウガ班所属、傭兵魔道士ユーフォルビア。

ストライガ班所属、褐色肌の魔道士パッシフローラ。

そして最後の一人、ストライガ班所属、シキミ。

丸眼鏡にそばかすの顔立ち、暗い紫のぼさぼさとした髪は、年頃の女性にしてはやや無頓着だ。

自尊心と卑屈が同居した顔立ちをしている。


「は、は」


恐らくこういう荒事は初めてなのだろう。

急遽取り揃えたような冒険服と腰の剣、汚れを遮断するためのマント。

目の前で繰り広げられる対ミノタウロスの戦闘に、興奮と恐怖と、現実感の喪失が織り混ざった表情を浮かべる。


「強い、強いじゃない!!

 さすが、五英雄の【刻剣】のトウガは勿論期待していたけど、他の四人も十分やるのね!

 あはは、見て、ストライガなんかもう仕留めそうじゃない――――」


はしゃぐシキミは隣の二人の方を向き………そして言葉を止めた。二人の表情にだ。

いつも無表情のユーフォルビアも、いつも馬鹿みたいに煩いパッシフローラも黙り、睨むように前衛の5人を見ていた。

余計な言葉を立ち入らせない極度の集中。それはいつでも動けるよう。


最も戦闘慣れしている魔道士は【蒼剣】のグラジオラスだが、最も戦場慣れしている魔道士はアルストロメリアとこの二人。

トウガ傭兵団の一員として激戦区を生き抜いたユーフォルビアと、砂の国ランサイズで幼少期より戦場で生きてきたパッシフローラとなる。

彼女達は理解をしていた。後衛の自分達の役目は援護とフォロー。

味方の一瞬のミスに素早く反応しなければならない。観戦に浸るシキミとは違う。

彼女達は前衛の戦線と自分の立つ地面をちゃんと繋げていた。




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