第八章 浮き月、ミノタウロス編
八章一話 『アシタバとストライガ』
浮き月の末、アシタバ班の四人は酒場『サマーキャンドル』に集まっていた。
班長、探検家、アシタバ。探検家見習い、オオバコ。
ナイフ使い、キリ。王女、ローレンティア。
「ツワブキから報告があった。
地下二階の迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)の草原……あの周りに別の迷宮があったらしい」
アシタバが三人へ、班長会議の内容を伝える。
「別の迷宮?」
「迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)達が擬態していたのとは違う。天然の、入り組んだ洞窟の迷宮だ。
ディフェンバキアさん達が掘り当てたらしくてな。
どうもあの釣鐘状の空間は、土や岩を喰う迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)達が喰い広げた場所みたいだ。
つまり本来の地下二階は、その洞窟の迷宮と言える」
「また岩に擬態した蜘蛛に襲われたりとかは……」
「ない、はずだ。ツワブキ班達が軽く策敵してみて、レネゲードが無反応だったから可能性は低い」
ほっと胸を撫で下ろすローレンティアに続き、オオバコが質問する。
「索敵ってことは、既にどんな魔物がいるか分かっているのか?」
「ああ。だからその天然の迷宮―――。
ツワブキ達の呼び方に従って迷宮洞窟と呼ぶが、そこはもう危険領域(レッド)に引き下げられた。
いるのはミノタウロスだ」
「――――ミノタウロス」
ツワブキの冒険譚だけでなく、昔からよくお伽噺に使われる魔物だ。
三人はその姿を既に知っていた。
頭が牛、体が人。筋肉隆々の体と、珍しく武器を扱う魔物だ。大概は棍棒や大槌。
「人型の魔物の中では珍しく知性がない。自らの縄張りを死守する習性魔物だな。
だから奴らの巣、迷宮に踏み入るものには容赦なく攻撃を加えてくる獰猛な種と言える」
「獰猛な種」
その単語を聞いてローレンティアが身震いをする。
「で、でもツワブキ班の方々がまずは対処されるんですよね」
縋るようなその言葉に、アシタバは少し溜息をつく。
「………それは未知領域(ブラック)の話だ。
さっきも言ったとおり、迷宮洞窟はもう危険領域(レッド)……対応するのは俺達だ」
「俺もまぁ、少しスパルタだとは思ったんだがよぉ」
少し時間が戻って班長会議。ツワブキはアシタバ達に演説を続ける。
「迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)相手のしてやられを経て、少し考えを変えることにした。
隊員を過保護に扱い過ぎて、いざという時、急襲に経験不足でしたは最悪だと思ったんだ」
「まー恰好つかねぇなぁ」
ラカンカが軽く茶化すが、ツワブキは真剣だ。
「つーわけで俺はお前らを、落とせる時に千尋の谷に落とそうと思う。
ある程度の身の危険には喰らいついてもらうぜ」
それは戦闘部隊に参加した者として当然。
と一同は思いかけたが、あのツワブキが言及をしておくのだ。
想定以上に気は引き締めておかなければならない。
「今回見つけた迷宮洞窟についても、攻略は危険領域(レッド)担当の班に任せる。
2班1チームで二手に分かれて探索だ。まずトウガ班、ストライガ班」
「おう」
「ああ」
ツワブキの言葉に答えた班長二人。
五英雄の一人、傭兵【刻剣】のトウガ。
探検家で最も強いと言われる【殲滅家】のストライガ。
「お前らは前衛めでミノタウロスの相手をしてもらう。
戦闘力的な心配はしていねぇが、気は抜くなよ。次、アシタバ班、タマモ班」
「ああ」
「俺ぇ?」
【魔物喰い】の探検家アシタバと、そして【狐目】のタマモは素っ頓狂な声を上げた。
「お前らは後衛気味で攻略に当たってくれ。
ミノタウロスの数は減らしてって貰わなくちゃ困るが、そこは戦力と相談してくれ」
「俺、危険領域(イエロー)担当じゃなかったのかよ」
「落とせるうちに落とすっつったろうが。
ミノタウロスの巣だ、ラカンカ班の出番はねぇしお前の班が出張れ」
タマモは不満げな顔を隠さなかったが、ツワブキはそこで説明を打ち切った。
「以上、ダンジョンに潜るのは二日後だ。それまで各自入念に準備するよう!」
「―――意外と思われるかもしれないが、ミノタウロスは草食の魔物だ。
奴らは人肉も食べるが、決して食べるために襲うわけじゃない」
ダンジョン突入の前日。
過去度々あった、アシタバを講師とする魔物勉強会が開催された。
明日挑む魔物を扱うと聞いて、勉強会は普段よりも賑わっている。
もはやいない者を数えた方が早い……。
ツワブキ班、ツワブキとディル。
ディフェンバキア班、見張りのため全員。
ストライガ班、ストライガとシキミ。
タチバナ班、診療所勤めのためエーデルワイス。
タマモ班、タマモとモロコシ。
「そ、それはつまり、完全な防衛目的で攻撃を仕掛けていると?」
熱心な生徒の一人、班長タチバナの質問にアシタバは頷く。
「そう、奴らの目的は完全な侵入者の排除。
だから実は近づかなければ害はないんだが、迷宮のような洞窟に迷い込んだ者が上手く出られずに被害にあう事が多い。
重ねて、そうやって探検家からも放置されてきたから、今でも多い数が残っている魔物でもある」
「出くわした場合はどうすれば良いのだ」
こちらも熱心な生徒、魔道士グラジオラスの質問だ。
「手っ取り早いのは洞窟から出ること。戦うのは少しキツい相手だ。
成体は2.5メートルを超す。デカい上に腕力も強くタフ。獰猛で攻撃的。
こちらを執拗に追跡してくる上、巣に近ければ徒党を組んで襲ってくる」
「巨人(トロル)みたいなもんか」
熟練の【刻剣】のトウガの意見に、ああと同調する。
「巨人(トロル)もそうだが、単純に人型をデカくした奴らはタチが悪い。
肉体的に人類の上位互換にあるわけだから、正面からいってもなかなか太刀打ちできない」
「うへぇ、真っ暗な洞窟でそんなデカい奴が襲いかかってきたらもう恐怖だなぁ」
オオバコの呑気な感想については、アシタバは否定する。
「いや、迷宮洞窟は光源のない真っ暗闇じゃない。
人魂(ウィルオ・ウィスプ)の松明か、それに代わる何かで視界は確保されている」
「あ、なんで?」
「――――ホリーホックの兵器論、か」
少し意外な方向からの角度に、一同は発言者へ視線を集める。
毛深い髭と髪が、獅子の鬣のように顔を覆う大男。
壁にもたれかかり講義を聞いていた、今回唯一の探検家参加者―――ストライガ班【竜殺し】のレオノティスだ。
「ああ、流石に知っているな。まあそれについては今回関係しないことだ。
説明は今後の勉強会の中で挟む。とにかく光源については心配しなくていい」
ふむ、と一同はひとまず納得する。
「先程上位互換と申されましたが、全てが上位互換というわけではないのでしょう?」
三人目の熱心な生徒、魔道士マリーゴールドからの質問。
「その通りだ。まず知性。
人間並みの知性を有する魔物はいるが、人型でもミノタウロスは習性魔物。思考は牛に近い。
次に手先の器用さ。細々としたものは作れない。
ツワブキが、迷宮洞窟にラカンカ班はいらないと言った理由でもある。
同じ魔物、ゴブリンの介入でさえミノタウロスは認めない点と合わせて、だからあいつらの迷宮にトラップはないんだ。
そして、これは少々活かしにくい点だが、3つ目が―――――……………」
翌日。
地下二階中腹、ウォーウルフの迂回路に集まったのは四つの班。
トウガ班。ストライガ班。タマモ班。アシタバ班。
彼らの眼前にはディフェンバキア班が掘り当てた横穴があった。
横穴をくぐればそこは、ウォーウルフ達が掘り進めた狭い洞穴とは違う。
直径4mほどもある、大きな洞窟だ。
それが右にも左にも、斜め上にも下にも広がっていた。
「とりあえず、トウガ、ストライガ、縄と目印な。
来た道を見失わないための工夫は何重にもしておくもんだぜ」
「心得た」
タマモの忠告に答えながら、横穴脇にディフェンバキア班が建てた柱へとトウガが縄を括りつける。
「俺とアシタバは右、お前らは左でいいか?
本当気をつけろよ。何度も言うがトウガ、お前はダンジョンじゃ素人なんだからな」
「気をつける。そっちも武運を祈る」
そう別れを告げ、八人と八人が迷宮洞窟へと踏み入っていく。
トウガ班班長、傭兵、【刻剣】のトウガ。
元トウガ傭兵団、傭兵ヤクモ。
元トウガ傭兵団、傭兵ヨウマ。
元トウガ傭兵団、魔道士ユーフォルビア。
ストライガ班班長、探検家、【殲滅家】ストライガ。
探検家、【竜殺し】のレオノティス。
班員、シキミ。
魔道士パッシフローラ。
タマモ班班長、探検家、【狐目】のタマモ。
探検家、【狸腹】のモロコシ。
探検家見習い、ズミ。
魔道士グロリオーサ。
アシタバ班班長、探検家、【魔物喰い】のアシタバ。
探検家見習い、オオバコ。
元斑の一族、ナイフ使い、キリ。
王女ローレンティア。
「なんかアシタバ、いつもより無口じゃねぇか?」
二手に分かれた後、なんとなしにオオバコが呟いた。
アシタバの言った通りの人魂(ウィルオ・ウィスプ)の松明に照らされた洞窟を進みながら、一同は言葉を交わしていく。
「そうか?」
「ああ、なんつーか刺々しいっつーか……」
「はは、なんだアシタバ、やっぱりまだ険悪なのか」
「険悪?」
笑うタマモ、訊ねるオオバコ。モロコシがそれに応じる。
「ストライガ君さ。彼と仲悪いからね、アシタバ君は」
「え、そうなんすか?」
「そりゃあもう。若い新星二人の殴り合いは、探検家組合(ギルド)でよく語られる大事件さ」
「………タマモ、モロコシ」
「なんだよアシタバ、これくらいいずれツワブキあたりが脚色強めで話すだろうぜ。
タイミングは選択肢のあるうちに選んでおいた方がいいと俺は思うがね」
にたにたと嫌らしい笑みを浮かべるタマモに、アシタバは諦めたように溜息をつく。
「今から4年前だったかな。当時アシタバは探検家界のホープとさえ呼ばれていた。
魔物を喰うし、無口で協調性に欠け礼儀を知らねぇが、知識は正確で寄越す情報は丁寧、普段の無愛想も可愛い魔物解体家の妹を食わせるため頑張ってると思えばまぁ許せる。
んであの【自由騎士】スイカの弟子で、戦闘がメチャクチャ強えぇ」
「【自由騎士】スイカ………?」
アシタバの師であろう名にローレンティアは反応するが、アシタバはだんまりを決め込んだようだった。
「まぁともかく、アシタバは探検家にしてはかなり珍しくちゃんと体系化された武術を学んでいる。
豊富な知識と高い戦闘力。文武揃った優秀なルーキー。
……そんな奴が別の探検家と大喧嘩したっていうだから、そりゃあ探検家組合(ギルド)は騒然となったもんだぜ」
「それが―――」
「ストライガ?」
ズミとキリの相槌に、タマモは頷く。
「ストライガもその時期にふらっと組合(ギルド)に現れて、探検家業を始めたばかりの新人だったんだがな。
同年代、ルーキー同士の大喧嘩なわけだ」
「それでそれで?」
オオバコが興味津津と身を寄せる。
「それで――――あぁ、アシタバは文武揃いのルーキーから学者肌のルーキーになり、ストライガは探検家で最も強いって言われるようになったのさ」
「…………つまり、あんた負けたのねぇ」
隈の深い魔道士グロリオーサは、松明の明かりの中で更に陰影が濃くなっている。
相変わらずというか、相手の繊細な部分にずけずけと入る性分だ。
「………否定はしない。負けた。あいつは強いよ」
ローレンティアはどこか、過去を思い出しながら洞窟の行く先を見据えるアシタバを見ていた。
言われてみればローレンティアは、アシタバの過去を全く知らない。
負けはともかく、誰かと喧嘩する姿など想像すらできなかった。
「でも、なんでまた喧嘩になったんだ?」
オオバコが何気なく訊ね、そしてアシタバもようやく沈黙をやめて答える。
「殺し過ぎ、なんだよあいつは」
「殺し過ぎ?」
あまり多くを語りたがらないアシタバに代わって、タマモが口を開く。
「まぁストライガもよ、魔物喰うってアシタバの悪評に負けず劣らず癖の強い探検家なんだよ。
【殲滅家】っつー看板もあながち間違いじゃねぇ、あいつは………」
「入ったダンジョンの魔物を殺し尽くすんだよ」
吐き捨てるようなアシタバの言葉が、彼の嫌悪を体現していた。
「………え?」
「ストライガのためにフォローしとくが、それでダンジョンの脅威は取り除かれるんだ。
確かにそこまで好戦的なのはあいつぐらいだが、探検家としての本分から何一つ外れちゃいねぇ」
と、タマモが素早く補足する。
「けど、それでダンジョンの生態系は滅茶苦茶だ」
「魔物の生態系を気にする方が異端だと、お前には言っておくぜ。
まーでもダンジョンを荒し回るという言い方をする探検家が多かったのも事実だ。
そういう指摘と、より苛烈な魔王軍との戦線を見据えて、ストライガは今の知性魔物専門へとシフトしていった」
ああ、とローレンティアは納得をする。それは衝突するかもしれない。
それほどに好戦的なストライガと、魔物の命でさえ尊重するアシタバが出くわせば。
「喧嘩って言うけど、あれは死闘に近かったよねぇ。二人ともボロボロだったもん」
モロコシは当時居合わせたのだろうか、思い出すように呟く。
「………………………」
それは思えば当然だ。
ローレンティアに後ろ指を指され続けた過去があるように、誰にも語りたくない過去はあるのかもしれない。
照り月、屋台に隠れてアシタバの独白を盗み聞きした時、あの時初めて触れた感覚。
うまく言葉にできないそれの輪郭を、ローレンティアは心の内でなぞりながら、暗い洞窟を進んでいく――――。
「なぁんか臭わないっすか?」
オオバコが鼻に意識を集中する。その様を見て、タマモがクククと笑った。
「オオバコよ、そりゃあゲロの臭いだぜ」
「げ、ゲロ?」
「ミノタウロスの習性の1つなのさ。
奴らなりのマーキングなのかは知らねぇが、縄張りの周りでゲロるんだ。
ま、この臭いがしたら巣が近いってサインでもある」
うへぇというオオバコの呻きは、しかしかき消える。
「止まれ」
最小限の、しかし鋭いアシタバの声。
足を止め、なんで?と言いかけたローレンティアの目が隣のキリを捉えた。
刃と氷。それはキリの臨戦態勢だ。
視界を広げればアシタバとキリだけでなく、タマモとモロコシも腰の剣に手を添え、洞窟の先の暗がりを睨んでいた。
「………へへ、おいでなすったおいでなすった」
冷や汗をかきながらタマモがおどけてみせる。
それを塗りつぶすかのような、重い足音。荒い息。
アシタバ達の前にその魔物―――ミノタウロスが、姿を現した。
八章一話 『アシタバとストライガ』
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