七章七話 『探検家若手の会』

「やぁやぁ諸君!この度はこの会、探検家若手の会に集まってくれてありがとう!

 一応招集をかけた俺オオバコが、音頭を取らせてもらうぜ」


ローレンティア達とは少し時間をずらして、夜。

地下一階、クロサンドラの営む酒場『サマーキャンドル』でそれは開かれた。

集まった若者は年上のいない場で自由に腰かける。人数にして8人。


「改めて、アシタバ班所属オオバコだ。探検家になるために銀の団に参加した。

 これから色々あると思うが、班を超えての仕事も少なくないだろう。

 その時の橋渡しは若い俺らの役目だと思うんだ。

 この会を通して俺は知り合いてぇ。今日は存分に語って語り合ってくれ」


よー!、いいぞオオバコ、と囃したてる青年が二人。ヤクモとヨウマだ。


「よーよーみんな、トウガ班のヤクモだ!

 俺達があのトウガ傭兵団の一員だからってビビるこたぁねえぞー?

 ここじゃしがない一団員だからなぁ!」


「同じくトウガ班のヨウマだ。全員手合わせで一度は会ったな?

 再戦ならいつでも受ける。よろしく」


若手の会では最年長になる、二十代前半の二人組だ。

続いてはいはーいと手を上げる、こちらは若手の会最年少。


「おなーじく、トウガ傭兵団のピコティ!今はラカンカ班所属!

 いずれはトラップの専門家になる男だぞ!」


この三人は地下二階の探索で顔合わせをしているな、とアシタバは思った。

だから新顔と言えるのは、ズミを含めた残り三人だ。


「………僕はズミ。タマモ班所属だ。

 迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)相手に吐いちゃったりと、まだまだ未熟なところが多いけれど頑張ろうと思う。よろしく」


「はは、ありゃあ吐くよなぁー。俺も思わず吐いちまったぜ」


ズミの背中を叩く男は、アシタバは見たことがあった。

ディフェンバキアと一緒に洞窟の整備をしていた男だ。

モヒカン頭に目つきの悪い顔はヤンキーか何かかという印象を与える。

が、陽気で気さくな人物であることは見て取れた。


「俺ぁガジュマル、ディフェンバキアさんの下でダンジョン建築家としての修業を積ませてもらってる。

 どっちかというと探検家っつーより建築家志望だが、まぁよろしくな!」


その大きな声は相手にとっては威圧になりそうだが、隣ののんびりとした青年は意に介さないようだった。

ぼさぼさの伸びがちの茶髪は、彼の面倒臭がりを体現していた。

たれ目で力の抜けた肩。脱力系の男だ。


「んー、俺はスズシロ。タチバナ班所属。

 故郷じゃ狩りをよくやってて、それをダンジョンで活かせないかって考えてる。よろしくー」


七人の自己紹介が終わり、一同の視線は最後の一人、アシタバに向けられる。


「………ん。アシタバ班、班長のアシタバだ。

 若手の会唯一の班長かつ、元からの探検家なんで疑問に答えられることも多いと思う。よろしくな」




自己紹介が終わり、乾杯を交わし、面々は酒をあおりながら雑談へと流れていく。


「なんだオオバコ、ラカンカは誘わなかったのか?」


酒の回りが早い質なのか、ヤクモは既に顔が赤い。


「あー、誘ったんだが断られたよ。集団行動は嫌いだとさー。

 ま、ピコティが来たから良しとしたさ。

 本当は各班から一人ずつぐらい欲しかったんだが……。

 ツワブキ班は若い奴いないから無理。

 ストライガ班は、班長のストライガを誘ったんだが断られた」


「そりゃラカンカと同じような理由?」


「だってよ」


「ふぅん。だがオオバコよ、あのストライガって男、鬼つえぇぞ。

 お前らと戦った後にあいつと手合わせしたんだが、俺達二人がかりで負けちまった」


「はぁ?ヤクモとヨウマ二人でか?」


ヤクモと隣に座っていたヨウマは頷く。


「流石にトウガさんまではいかないだろうが……。

 ひょっとすると足元に及ぶぐらいはあるかもな。いやー強すぎだあいつは。

 アシタバ、お前探検家仲間なんだろ?何か知らないのか?」


「………さぁな。俺は元々交流に積極的な方じゃなかったしなぁ」


「はーなんだよお前。何か噂ぐらい知っとけよなぁ」


などという他愛ない話を、酒を片手に楽しんでいく。




「やっぱよぉ、探検家ってのはこれから需要が高まると思うんだよ俺は。

 世界中にゃ魔物が巣食うダンジョンが残されたまんまだ。

 解放する仕事ってのはなくならないと思うんだがなぁ」


酒好きだがそんなに強くないオオバコは、既にかなり赤い顔をしていた。

どうだろうね、とズミが相槌を打つ。


「タマモさんは探検家業が斜陽産業だって言ってた。

 魔王がいなくなって、これから魔物の規模は小さくなっていくんだから、そういう仕事って今いる探検家で事足りるんじゃないのかなぁ」


「…………」


ヤクモがよく分からんという顔をする。


「はっはー、お前ら就職先を間違えたな。

 これからは建築家にもシフトできるダンジョン建築家の時代なんだぜ」


既に酒豪っぷりを発揮していたモヒカン頭のガジュマルが、陽気豪快に笑った。


「ガジュマルは自分から志望してディフェンバキア班に入ったんだっけか?」


「おうよ」


オオバコに向かって、へんとガジュマルが胸を張る。


「世界で唯一の貴重な人材だぜあの人は。

 更にいや、これから需要が高まるであろう人材でもある。

 その技術を学べる千載一遇のチャンスなんだ、そりゃあ食いつくぜ。手堅いんだ。

 一人前の技術を身につけりゃきっと飯にゃ困らねぇ。

 方針転換するなら今のうちだぜ?」


「だが解放された後のダンジョンでの建築は普通の建築家がやればいい。

 そうじゃない場合の建築って、商売相手は探検家になるわけだろ?

 斜陽産業の探検家相手の商売って更に危うくないか?」


ヨウマの冷静な指摘に、う、とガジュマルはうめき声を上げる。


「そ、そんときゃ普通の建築家に混じって仕事すんだよ」


「んー、建築、手を加える必要があるダンジョンがどれくらいあるかって話だよなー」


スズシロがのんびりとした声を上げる。


「……その場所を人が使うための改装か、広すぎるダンジョンでの探検家向けの補助か、ってとこだろうな、ダンジョン建築は。

 険しい場所にあるダンジョンは後回しにされるだろう」


アシタバの専門家としての意見。


森の国スレイアードじゃ、樹人(トレント)に浸食された迷いの森が結構残ってるから、仕事は多いかもな。

 巨大蟲(インセクト)の奴らも棲みついているし」


オオバコが祖国の事情を口にすると、


河の国マンチェスターは貴族騎士が魔物残党を減らしているからなぁ。

 仕事を取るとしたら社交術が必要になるかも。いっそ貴族お抱えになった方が早いくらい」


とズミも河の国マンチェスターについて話す。


日の国ラグドは我らがトウガ団の活躍もあって比較的安定しているらしいな。

 ただ波の国セージュは海の魔物がまだ根強いってよ。

 人魚(マーメイド)にクラーケンに大海蛇(シーサーペント)………海の魔物はおっかなくて困るぜ」


ヤクモも持ち前の知識を持ち寄り。


月の国マーテルワイト橋の国ベルサールも落ち着いている方だな。

 砂の国ランサイズの砂漠はマミーや鬼蜻蛉(ドラゴンフライ)を始め、まだ魔物が多いと聞いている。

 建築でいえば、洞窟ダンジョンの多い鉄の国カノンが狙い目かな」


アシタバが諸国の事情を並べたてる。

  

「俺の心配をしてくれるのは結構だがな、お前らも他人事じゃないだろ?

 探検家も仕事探さなきゃだ。スズシロ、ぽけーっとしてたらくいっぱぐれるぜ」


のんびりした雰囲気のスズシロへガジュマルが話を振る。


「スズシロはタチバナ班だっけか。

 どうして戦闘部隊に?やっぱ探検家になるためか?」


オオバコの問いかけに、うーんとスズシロは唸る。


「そうだったんだけど、どうも探検家っていうのがイメージしてたのと違うみたいなんだよなぁ」


「違う?」


「こう、武器を持って魔物と戦う!って感じが」


それに答えるべきは探検家のアシタバだろう。


「………どういう姿をイメージしていたんだ?」


「俺は、ダンジョンに潜って宝石や薬草や、珍しい生き物を捕獲してくる職業だと思っていたんだ。

 ハルピュイアや迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)はかなり違った。

 大きすぎる。俺はもっと、小さい生き物相手の狩りを想像していたんだ」


「狩り」


「ああ、なんかさっき言ってたな。スズシロは故郷で狩りやってたんだっけか?

 妹のスズナちゃんも一緒に?」


と、オオバコが言ったのは同じタチバナ班に所属する少女だ。


「スズナってあの弓の扱いスゴい娘か。ハルピュイア結構落としてた」


ヤクモの言葉にスズシロは面倒臭そうな顔を隠さない。


「あいつとコンビみたいに言われるのはあれだけど、まぁそうだよ。

 あいつが射撃で俺が罠。ついでに言や妹っつっても双子だ。似てないけどな。

 俺は特に兎とかトカゲとか、小さい動物捕まえるのが得意だったから、魔物相手でも活かせるんじゃないかって思ったんだ」


「罠?ラカンカみたいなー?」というピコティに、


「や、あの人は対人用だろう。

 俺の言っているのは小動物の捕獲用だ」とスズシロが答える。


ふんふん、とアシタバは珍しく関心した声を出した。


「その考え、間違っていないぞ。小型の魔物の捕獲を専門にする探検家はいる。

 中には魔物と戦ったことないなんて奴もな。

 標的(ターゲット)は大概カーバンクル、サラマンドラ、カルプンコ、マンドラゴラ辺りになるかな」


「なんだ、そういうのもあるのか。じゃあ良かったなー」


特に喜びを表情に出すことはなかったが、その低空飛行っぷりが彼という人物だ。


「ガジュマルはダンジョン建築、スズシロは小型魔物捕獲か。ズミはどうしたいとかあるのか?」


「え、僕!?」


オオバコの振りにズミはびくっと体を震わせる。


「僕………んー、いやぁ……とにかくまぁ、暮らせるぐらいに稼げればいいかな……」


「なんだぁお前、志が低いぞ!」


ヤクモの冗談交じりの叱責に、ははと困ったように笑う。


「まぁでも、タマモさんの班は僕に合っているかな。

 あの人は安全第一、のんびりいこうってスタイルみたいだから」


「ズミは所帯持ちだからな~。そのぐらいがちょうどいいんだろうぜ」


オオバコがにやにやとそれを告げると、


「なにぃ!?お前結婚しているのか!?」


「嫁さんは美人なのか!?どうなんだ!?」


ヤクモとガジュマルが勢いよく立ちあがり、食いついていくる。


「はは、いや、まぁ………」


「俺、見たことあるぜ。綺麗な人だったなぁ」


「それは本当かスズシロ隊員!?」


「ああ、セリ姉に差し入れしに主婦会に行った時に、一緒にいるの見たぜ」


「セリさんって、主婦会でも人気の高い美人さんじゃねぇか!お前の姉貴なのか!」


食いつくヤクモに、お、おうとスズシロが引き気味に答える。


「あれ?ライラックさんの騎士隊の、ゴギョウって奴もお前の兄貴だったよな?」と、ヨウマ。


「七人兄弟なんだよ。上にセリ姉、ゴギョウ兄貴、そんで俺とスズナ。

 下にナズナ、ハコベラ、タビラコ。実家は農家だからな。大所帯なんだ」


スズシロの説明を遮る形で、酔っ払ったオオバコがあー!と声を上げた。


「あー。いいないいなー。

 ズミは嫁さんがいて、スズシロはスズナちゃんとセリさんて姉妹持ちかよ。

 アシタバにもアセロラちゃんがいるし……」


「何言ってんだ、ローレンティア団長とキリがいるお前の班も相当だろうが」


ガジュマルの指摘に、うーんとオオバコは頭を掻く。


「んー……ティアは王族だし、キリは初対面で年下と思っていたからなぁ。

 どうもこう………アシタバはどうなんだよ」


「俺?」


「そうだぜ、ローレンティア団長とはもはやコンビ感あるじゃねぇか。

 戦闘部隊に誘ったのもお前だしよ」と、ヤクモ。


「実際のところ、どうなんだ?」とガジュマルも顔を寄せる。


「………いや、別に」


「別にぃ?そんなこたぁねえだろうが」


「いや………ティアは、そういうんじゃないかな」




それは、決して鈍感や無関心という部類ではない。

照れるわけでもなく慌てるわけでもなく、アシタバの顔はどこまでも無表情で。

本を通して世界を見るアシタバの、それは欠落だ。

この世界の地面に自分を置けないアシタバは、そう見れない。そう繋がらない。




「なんでぇ、つまんない奴だなー」


ぶーたれるヤクモにも構わず、アシタバは少し呆然としていた。


違和感だ。それは彼自身にも、彼を知る者たちにも説明はできない。

言うなれば自分がステージに上げられた違和感。

出来損ないの落書きが注目を浴びるかのような感覚。


「…………」


答えの出ない違和感を黙って探るアシタバを、オオバコは静かな目で見守っていたが、やがて杯を置いて立ち上がる。


「そろそろお開きにするかぁ。訓練、班の協力、これから顔合わせることも多いだろう。

 今日はよく集まってくれてありがとうな。これからよろしく頼む」


探検家若手の会。


元より探検家、唯一の班長アシタバ。

アシタバ班、若手の会会長でもあるオオバコ。

トウガ班、トウガ傭兵団出身、傭兵ヤクモ。

トウガ班、同じく傭兵ヨウマ。

ラカンカ班、同じく泥棒見習いピコティ。

タマモ班、所帯持ちのズミ。

ディフェンバキア班、建築家志望のガジュマル。

タチバナ班、狩人育ちのスズシロ。


以上の8人の戦闘部隊の若者が、ダンジョン魔王城、この時代の最前線を駆けていくことになる。




七章七話 『探検家若手の会』

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