七章六話 『理髪師マダム・カンザシ』

工房街を散策していたローレンティア達は、少し立ち往生をすることとなった。

通りを塞ぐように職人達が言い争いをしていたからだ。

右側と左側で、四対四。


「け、喧嘩………?とめないと!!」


「いやーローレンティア様、その必要はないっすよー。あれは工房街の日常です」


「に、日常?」


「そう、武器職人ズと防具職人ズの言い合いです」



「―――ガンガンガンガンガンガンと。

 よくもまぁそれだけ五月蠅くできるもんじゃなぁ!?」


ローレンティア達向かって左側の、四人の男の内の一人が威勢のいい声を上げる。

和風の服に身を包み、馬の尾のように後ろ髪をアップにまとめている。


「あれが刀職人タツナミさん。刀剣ならなんでもござれな職人肌ですね」


喧嘩を尻目に、ナナミがてきぱきと補足を加えていく。



「そうだそうだ、昼夜構わず打ち鳴らしやがって!」


タツナミの後ろ、パーカーファッションのような若い男が加勢する。


「あれが槍職人イヌガヤさん。大の犬好きでも有名ですね」



「お前らが何度槌を振り降ろそうが、仕上がるものなんてたかが知れているぜ!」


その隣、細身で長身の禿頭の男。


「あれが斧職人のサルスベリさん。

 イヌガヤさんとは犬猿の仲だったのですが、ここにきて和解しましたね」



「貴様ら防具職人などやめて、騒音職人になった方がよいのではないか?」


そして最後列、羽飾りが目立つ美形の男性。


「あれが弓職人のキジカクシさん。矢造りで結構忙しい方ですね」 


向かって左側、武器職人の四人の言い分が終わると、それに反発するように右側の四人が声を荒げる。



「はん、貴様らを気にしていいもんが作れるか馬鹿たれぇ!!」


虎柄の服を纏ったいかにも厳つい男性が先陣を切る。


「あれが盾職人のトラノオさん。あの中ではタツナミさんと比肩する名うてですね」



「音も出さずにお前ら、工房で昼寝でもしているんじゃニャーのか!?」


何故か猫耳をしている猫背の男性。


「あれがブーツ職人のマタタビさん。度を超えた猫好きですね」



「そんなに音が気になるなら雪山で武器作ってればいいのさ!!」


水玉模様のファッションが目立つふくよかな男。


「あれが鎧職人のヒョウタンさん。近頃はお子さんの成長に一喜一憂のようで」



「…………音は、消えぬ」


巨躯と毛深い顔、厳つい顔の大男。


「あれが兜職人のシシガシラさん。見た目怖いですが良い人ですよ」



は、はあ…………とローレンティアは戸惑うばかりだ。

そんな彼女を置いて、八人の男達は言い合いを続ける。


「武器職人と防具職人の言い争い、もはや工房街の名物ですらあるんすよ。

 いつもはゴジカさんが収めるんですが、今は人魂(ウィルオ・ウィスプ)の鍛治場で手いっぱいですし」


「ゴジカさん以外であれを収められるのは三人。ツワブキさんと―――」


そう説明する、ナズナとナナミの視線をアセロラが受ける。


「あたし?んー、でも、そうするまでもないみたい。ほら、三人目が」


アセロラが指差すその先を全員が見た。


「あらーあらー!!駄目じゃないのタツナミちゃんもトラノオちゃんも!!

 ホラホラ、仲良くしなきゃ!!」


言い争う男達の向こう、何やらけばけばしい雰囲気の人物が三人、悠然と歩いてくる。

 

「うひょー、マダム・カンザシのお出ましだ!!」


まさにその、マダムという単語が似合っている女性だった。

竜巻のようにうねりつつ、アップにまとめられている金色の髪。

仰々しい煌びやかなかんざしが添えられている。

紫のぎらぎらとしたドレスが彼女の豊満な……トドのような体を包んでいた。

彼女の両脇には明らかにオカマの二人の大男が立っている。


「何度言ったら分かるの!争いはダーメ!!他の職人さん達もいるんだからね?

 はいはいホラホラ、仲直りのあーくしゅ!」


姦しい女性特有の有無を言わさない勢いに気圧されて、先ほどまで言い争っていたタツナミとトラノオも理解が及ばないまま握手をさせされる。


「これ以上争うっていうんなら、いいわ私が相手になったげる!

 ホラお姉さんにかかってらっしゃい!!」


興が削がれたのか、職人達がやれやれという顔をして自分達の工房へ戻っていくと、そのマダム達はぽつんと取り残された形になった。


「まったくもう、ゴジカちゃんが忙しいんだから好き勝手に争ってちゃ駄目でしょうに。

 その熱意を作品製作に向けるべきだわ。

 そう思わない?キンバイ、ギンバイ………あら?」


両脇の寡黙なオカマの視線を追って、ようやく彼女はローレンティア達の存在に気付く。

そして顔を綻ばせる。


「あら、あら、アラアラアラアラ!!!

 ナズナちゃん!今日も元気に髪跳ねているわねー!

 ナナミちゃん!大きなリボン、相変わらず素敵よー!!

 アセロラちゃん!あなたは手入れに疎いんだから、ちゃんと私のところに通いなさいな!!


 ………そしてあなた!その透き通るような銀の髪……ああ!

 団長のローレンティアちゃん!?」


「は、はい…………」


「まぁまぁまぁまぁまぁ!!!」


大柄なその女性が勢いよくこちらに迫ってくるので、ローレンティアは食べられるのではないかと心配しかける。

目の前まで来るとマダム・カンザシはローレンティアの両手を強く握った。


「ようやく会えたのね!ああ~嬉しいわ~!!

 一目、近くでお会いしたいと思っていたの。ああもう、本当に綺麗な銀の髪。

 ようこそ工匠街へ。今お暇なのかしら?」


暇ではないかもしれません、と言う前にアセロラが、


「うん、暇してるのー!!」と元気に応えてしまう。


「まぁまぁ、丁度いい機会だわ!是非私の工房にいらして?

 キンバイ、ギンバイ、先に行ってお菓子の用意を!!」


「了解したわ、ママ」


「ママ、ハッスルし過ぎちゃダメよ」


筋肉隆々ながらも女装という、アンバランスな二人が駆けていくと、カンザシはローレンティアに向き直る。


「改めて、お初にお目に掛かります、ローレンティアちゃん。

 私はカンザシ。工匠部隊に所属する理容師ですの。是非マダムと呼んで?」





理容師カンザシの工房は怪しげな占い師のような、円筒状の臙脂色の建物だった。


「どうぞ、遠慮せずに食べてね」


「紅茶もあるわよ」


キンバイとギンバイといった二人の男がせわしなく給仕をする中、ローレンティア達四人とカンザシがテーブルにつく。先陣を切るのはナズナだ。


「あー、僭越ながらもう一度紹介させてもらうと、このお方がマダム・カンザシさんだぜ。

 ひどく良心的な値段設定で、銀の団の大半の散髪を請け負っているんです」


「髪のお手入れと言って頂戴」


「そう、トリートメントとかもやるんだ。後はお化粧とかも………」


「そう!淑女(レディ)はより淑女(レディ)らしく!男もより美しく!

 それこそがこの私、マダム・カンザシのモットーなのよ!」


「んーまぁ、こういう人なんだよねぇ」


ぼりぼりとクッキーを貪りながらアセロラが呑気に呟く。


「アセロラちゃんはさっきも言ったけど、もっとウチにいらっしゃい!

 せっかくの綺麗な金の髪が台無しだわ!それにホラ、あの黒髪のお友達も!!」


「………もしかしてキリのことですか?」


「そうそうキリちゃん!あの子もズボラみたいだし、今度一緒に来なさい!!」


「ズボラって、髪に無頓着なだけだよー」


「私にとっては同じよ!」


話を聞きながらローレンティアは、そう言えばと思い立つ。


「アセロラは、いつの間にキリと仲良くなったんだ?」


「あー、ハルピュイアの死体処理の辺からだね。

 よく一緒に作業して、ほら、同じ夜行性だったから。

 一緒に寝泊まりしたこともあるし」


「へー寝泊まり」


「ローレンティアさんの館の上で」


「へー………館の上!!?キ、キリの部屋とかじゃなくて!?」


アセロラはどこまでも平然と答える。


「うん、キリは自分の部屋全然使ってないんだって。

 睡眠はあそこで取ってるよ。寝ながらでも護衛できるらしくって」


「や、屋根の上で……?もしかして毎日ですか?」


ナナミの問いに、うん!と呑気にアセロラが答える。

 

「そ……でも時期的に真夏とかだよね……?」


「うん、だから私は暑過ぎて音上げちゃった。キリはすごいよー鉄人みたい」


「…………」


絶句。自分の知らないところで、キリがそんな過酷な睡眠生活を送っているとは。


「はぁ~、まったくキリちゃんのそういう無頓着さには眩暈がするわ。

 一度がっつり教育をしなくっちゃねぇ」


「………はい」


「何言っているの、あなたもよローレンティアちゃん」


「………はい?」


言うや否や、カンザシは素早くローレンティアの髪を撫でる。

嫌悪感や驚きというよりは、蛇に睨まれたカエルのような硬直が彼女を襲った。


「髪のお手入れは思ったよりしっかりしているわね……。

 これは誰にやってもらっているの?」


「………誰に?いえ……普段からエリスに整えてはもらってますが………」


「ふぅん、優秀な使用人をお持ちなのね。でもお化粧の方は甘いと言わざるを得ないわ。

 ノーメイクもいいところじゃない!」


「化粧~~~!?」


ナズナがうへぇと言わんばかりの否定の声を上げた。

ナナミもそれに同調して意見する。


「ローレンティア様はお若いですし、お顔立ちも整っておいでです。

 それほど化粧に凝らなくてもいいと思いますが……」


「甘い、甘いわよナナミちゃん。

 そりゃ普段のスタイルは個々の自由、私だってそれほど口を出す気はないけれどね。

 社交の場ではそれなりの正装ってものがあるでしょう。お化粧だって例外ではないわ。

 村育ちの生娘じゃあるまいし、しないなんていうのは部屋着でパーティに赴くようなものよ!」


まぁ否定はできないな、とローレンティアは思った。

幼い記憶の社交場は、どの貴婦人も綺麗な化粧をしていた。

ローレンティアはその辺りを母親からは習えなかったし、エリスも化粧周りを苦手としているのは長年の付き合いでなんとなく察していた。

つまりローレンティアが今敷いている布陣では、化粧の知識に欠けているのだ。


「いーじゃん、誘っちゃえば?ローレンティアさん」


考えを見抜くようにアセロラが囁く。


「………え?」


「知識はあるみたいだし腕は確か。

 元々アウトロー気質の職人で、王家貴族とも無縁。

 それでいて面倒見がいいし良い人だよ。味方にしておくに越したことはない」


「……………」


基本のんびり屋のアセロラが時折垣間見せる、何か深い視点に少し驚きつつも、ローレンティアは彼女に同意する。


「カンザシさん。あなたの腕と知識を見込んで、お願いがあるのです―――」


「専属服飾士スタイリストのこと?いいわよいいわよ、引き受けるわ~」


「専属………え?」


言葉の先を掻っ攫われたことに戸惑うローレンティア。


「………予想されていたんですか?ローレンティア様が切り出すことを?」


「んー?別に、言われなきゃ私から言うつもりだったからねぇ。

 見ていられなかったのよ。特に来月の視察のことを考えると冷や冷やで~。

 銀の団の団長がお化粧ド下手って、冗談にもならないわよ~」


「えー、なんで?」


「だって、“銀の団”じゃない」


「…………?」


はてなを浮かべる若い娘四人、カンザシは呆れたような疲れた溜息を吐く。


「ふぅ、そう、まさかローレンティアちゃんも知らないなんて……。

 どうして銀の団って名付けられたか気にならなかった?」


「あー……いや、特には………」


「意味あったんすねぇー」


「銀の食器とかは聞いたことがあるでしょう。

 毒味、魔避けよ。銀の団の由来は。魔王城の脅威を量り、それを退ける。

 お化粧も同じく魔避け由来と言われているわ。だから……分かるでしょう?

 銀の団団長があか抜けないお化粧をしているなんて、刀鍛冶がナマクラ包丁で自炊しているようなものなのよ」


「………なるほど」


初めて耳にする銀の団の由来に、ローレンティアは感心するばかりだ。


「ま、でも安心なさい!このマダム・カンザシがあなたのサポートを務めるからには、メイクにおいてどうこう言われることはあり得ないわ!

 まぁ、それでいて目立ちすぎないよう自粛もするわ」


最後のは、かなりありがたい宣言だ。


「それにしても、全くもう…………。

 銀の団の由来を正確に把握している人がこうも少ないなんてね。

 銀食器の知識がないとイメージし辛いからかしら?」

 

カンザシはぷりぷりと怒った様子だ。


「知っていた方がいるんですか?」


ナナミが訊ねると、カンザシは指を折り始める。


「まずナナミちゃん、あなたのお父さん、エゴノキさんは知っていたわね。

 貴族区の方々は、私は縁がないから知らないけど……。

 それ以外だと秘書ユズリハちゃん、医者のナツメちゃん。

 鍛冶師ゴジカちゃん、スズランちゃん、織子のハゴロモちゃん……。

 それにアサツキ夫人、ライラック夫人、トウガ夫人は流石にしっかりしていたわね。

 ああ、それからズミ夫妻」


「………ズミ君?」


ローレンティアはつい先日、迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)相手の訓練で吐き仲間になった青年のことを思い出す。

結婚済みだったということも驚きだったが、銀についても知見があったのか。




七章六話 『理髪師マダム・カンザシ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る