七章五話 『仕立て人ハゴロモ』

「なぁにぃ!?アシタバお前、織子班の工房に行ったことあるって本当か!?」


地下二階手前、地下二階を見下ろせる位置にある階段の上。

声を張り上げたのはオオバコだ。そして側に座るのはアシタバとズミ。

三人は地下二階の見張り役として、迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)達の様子を見守っていた。


「ああ。咲き月の、スライムシート作成の件では手を貸してもらったしな。

 ハルピュイアの羽も渡しに工房へ行ったし、そもそもアセロラが結構仲いいから……」


「だー!なんて奴だお前!!一言かけてくれれば一緒に行ったのに!!」


「……オオバコ君はどうしてそんなに悔しがっているの?」


勢いに若干引き気味のズミに、オオバコはびしと指を突き付ける。


「ズミも知らねぇのか。まったく全然駄目だぜお前ら。

 織子班といや全員女性の女所帯、工房街の花園だろうが!

 職人のお姉さま方もお美しいと聞く。いいか、お前ら。

 戦闘部隊、20歳周辺の魔道士達。

 工匠部隊、20代後半の織子班。

 魔性の既婚者達、30代以降の主婦会。

 この魔王城に咲き誇る3つの花園って評判なんだぜ!?

 あぁ織子班工房、是非お邪魔したかった!」


「どーでもいい」


「まぁ僕も別に……」


「駄目だー!!お前らそんなんじゃ駄目だ!!

 美人の妹がいるアシタバは百歩譲ってしょうがねぇが、ズミは特によくないぞ!!」


「い、いやー…………」


「ズミはほら、大人しめなんだからグイグイいかないと!」


「で、でも………」


「そういうわけにもいかないだろ。ズミは奥さんいるんだから」


「……………へ?」


アシタバの指摘にオオバコが固まる。


「だよな?ツワブキが呟いているの聞いたんだ。

 若いので結婚しているのはズミだけだって」


「そ、そうなんだ。だからそういうのはちょっと……」


「―――そりゃ悪かった。ズミさん」


「さん!?」


同年代のズミが結婚していたことがショックなのか、オオバコはしおしおと屈み正座になった。


「………駄目だな、俺としたことが。同じ部隊の同年代のことを知らなかったとは。

 いけねぇアシタバ、こりゃあいけねぇぞ」


そういうことに不甲斐なさを感じるのがオオバコという男、とアシタバは理解し終えていた。


「アクションを起こす必要があるぜ」


「………アクション?」


「いい機会だ!祭り前にお互いを知っておくって意味でもな!

 集まりを開こうぜ、アシタバ、ズミ。戦闘部隊の、若い奴らで集まる………。

 探検家若手の会、だ!!」


「……………………」


以前のアシタバであれば面倒臭い、とか人付き合いは、と消極的だっただろう。

だが先月、ツワブキに言われた言葉を思い出す。

何かを成したいなら、積み上げておけ。


「………いいな。やろう。ヤクモに、ヨウマに……出来る限り声かけてさ」


「お、珍しく乗り気じゃねえか!声かけは俺に任せておけよ、ちゃちゃっと集めてやるぜ!

 ズミも参加、いいよな?」


「あー、うん、お願い」



こうしてアシタバ達も少しばかり動くことになる。

戦闘部隊の若者達が集う探検家若手の会。

その一回目が、すぐに開催される運びとなった。






織子班。


紡績業、縫物、服飾を主な仕事とし、服など布製品を全般的に扱う五人組のことを指す。

20代の女性で構成され、亜水(デミ)から水を生成する際に使うスライムシートは、彼女達がスライムの口を縫い合わせて作成を行っている。

織子班の工房は南西側にあった。

風通しのいい南国バカンス風の建物に糸が張り巡らされ、反物やハンモックが自由にかけられている。


「さぁさぁさぁ!!」


引き攣った顔のローレンティア。彼女の前には三人の女性が立ち、マネキンに着させた自分のドレスを見せてくる。


「ご覧下さいローレンティア様。この絹で織りこまれた肌触りのいい布地。

 全体的に若緑と水色でまとめましたが、これは森と河に囲まれた橋の国ベルサールをイメージしたものです!

 この衣装ならば、ローレンティア様の女性らしさを存分にまとめげることでしょう」


「う、うん…………」


アザレアといった織子の一人目が歌うように主張する。

森と泉が似合うようなその女性は、深いブラウンの髪が腰まで伸びていた。

ゆったりとした女性らしい服装が彼女の落ち着いた雰囲気を現している。


「は、女性らしさ。まったくアザレアは着眼点がずれている。

 ご覧下さい、この銀で彩られたドレスを。

 ローレンティア様は王女である以前にここでは団長なのですから、私が重視するのは威厳と格調高い正装(フォーマル)。

 本当はパンツスタイルを考えていたのですがそこは止め、かっちりとしたラインと変に媚びない隙を見せない装飾にしました。

 これは鎧、社交場に赴くあなたへの鎧です」


「え、ええ…………」


群青のショートカットの女性はカミツレといった。

紳士服のような白黒のモダンな服装も相まって、全体的にスタイリッシュな雰囲気にまとまっている。


「ローレンティア団長に求められるのは女性らしさでも威厳でもないって!

 この魔王城での過去を打ち破る自由さ!それっしょー!

 見てください団長さん、このドレスの常識を打ち破る露出の多さ!

 魔王城を模した黒をあらゆる色の糸を織り込み表現してます!

 魔物素材であるハルピュイアの羽飾りもここに!」


「ま、まあ…………」


三人目はサオトメ、白髪をアップにまとめた女性だ。

砂漠地方の踊り子のような薄く煌びやかな服。

だが爪やイヤリングの装飾は、美しいというよりはギャルっぽい印象を受ける。


「さぁ」


「さぁさぁ」


「さぁさぁさあ!!どれになさるんですか、ローレンティア様!!」


自分のドレスを手にグイグイとくる三人に、ローレンティアはたじろぐばかりだ。


「だーかーらー!!今回はそういう目的できたんじゃないですって!!

 白銀祭用のドレスはまた別の時に考えますから!!

 アザレアさんもカミツレさんもサオトメさんも、迫るのやめてくださいよ!!」


たまらずナズナが助太刀をするが、織子三人の勢いは止められない。


「だけどね!これは切実な問題なのよナズナちゃん!」


「そうだね、これは譲れない!」


「さぁさぁ団長さん!!」



パン、と強く手を叩く音が場に響く。

勢いよく迫っていた三人が振り向くと、アセロラがにこやかに笑っていた。


「ローレンティアさん、困っていますよー?

 ナズナちゃんをこれ以上無視するなら、私も迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)の糸取ってくるのやめます。

 あれだけのためにお腹裂くの大変なんですよねー」


にこやかに、けれども少々怒った様子のアセロラに三人は青ざめる。


「そ、それは困ります!あれは丈夫さにおいて他に類を見ない逸材で!!」


「迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)全部討伐するっていうならこの機にできるだけ取っておいて欲しいんだ!!」


「わ、悪かったっすよ、団長さんナズナちゃん、ごめんなさい!!」


ローレンティアは呆気にとられる。

キリは頭が上がらないと言っていたが、アセロラがここまで職人に影響力を持っているとは。


「私からも謝っておくわ~。ごめんなさいね、ローレンティア様。

 あの子たち、熱意はすごいのだけれど」


三人から解放された形のローレンティアを、おっとりとしたその女性が受け止める。

丸眼鏡にふわふわの髪ともちもちの体。

とにかく体全体で柔らかさを表現したような女性、織子班班長ハゴロモだ。

隣には織子班で一番若いタンポポという女性も控えていた。


「しかし勢いに気圧されてばかりでは駄目ですよ、ローレンティア様。

 来月の白銀祭を考えるならば、アクセサリもですが衣装も欠かせない用意なのですから」


とナナミが訴えてくる。

ローレンティア達は彼女の提案でここ、織子班の工房を二番目の訪問先に選んだ。

衣装について考えるならば、銀の団内ではここしかない。

織子班には現在巷の女子たちを騒がせる、三人の人気仕立て屋ブランドメーカーが在籍しているからだ。



森の国スレイアード出身、アザレア。

ガーリーやフェミニンを得意とする仕立て屋で、落ち着きや可愛らしさに重点を置いた女性らしさが特徴だ。

着心地を軽視しない彼女の服は一般の人々にも人気が高い。


河の国マンチェスター出身、カミツレ。

フォーマルとカジュアルの融合を掲げる仕立て屋で、公式の場の正装として彼女のブランドは貴族界にも広まり始めている。

機能美を掲げる造りは、作業着方面にも広く展開中だ。


砂の国ランサイズ出身、サオトメ。

パンク、ゴシックなどのアウトローを行く仕立て屋で、過去を打ち破る斬新なデザインとエロスを追求したものの2つの軸を持つ。

傭兵や娼婦、若い人々に熱狂的なファンが多い。



う~~ん、とローレンティアは考え込んでしまう。

工房内に飾り立てられた衣装の数々は見事だ。

彼女達が自分に薦めてきた衣装も悪くはない、とは思うのだが………。


「決められませんか、ローレンティア様。

 少なくとも若手の仕立て屋で、アザレアさん達以上を見つけるのは難しいと思いますが」


ナナミが様子を伺うように尋ねる。


「う~~~~~ん……………」


「あらあら、それじゃあローレンティア様、こちらの衣装はどうでしょうか」


織子班班長ハゴロモがぱんぱんと手を叩くと、店の奥からタンポポが1つのマネキンを押して出てきた。

主張をしすぎないグレーに銀の装飾が散りばめられている。

可愛らしくあるが隙を見せるわけではなく、正装らしくあるがかっちりすぎてはおらず、目を引く造りではあるが派手すぎではない。

そう、バランスだ。


「…………これ。これがいいです、私」


その言葉に、先ほどまで自分の衣装を勧めていた三人は驚愕する。


「ええ!?」


「あらあらー」


「な、なんで……!?」


「なんで?うーん、なんでと言われても………」


それは直感としか言えなかったが、その様子を見届けたハゴロモが助太刀をする。


「何を考えてそのドレスを作ったのか、よ。

 あなた達、着る相手のことを考えたことある?

 

 ローレンティア様は今回が初めての公の場よ。

 地味すぎも避けたいけど目立ちたくはない。

 それでいて、可愛すぎる服装はローレンティア様が背負う銀の団の印象に影響しかねないわ。

 堅すぎる正装も着なれない部類。だからちゃんと中間を取らなきゃ」


う、と言葉に詰まる三人をハゴロモは更に畳みかける。


「ローレンティア様が初めての場に身を投じる以上、服装は陰りなく彼女が信頼を寄せられる味方でなきゃいけないの。

 鎧といったカミツレ、あなたの言葉は正しいわ。

 ただそれならばちゃんと相手に寄り添わなきゃ」




「………意外でした。まさか、あの三人ではなくハゴロモさんとは」


少し離れた場所でナナミは感心した様子だ。


「そうか?別に不思議じゃないだろ?ハゴロモさんの腕は三人より上なんだし」


ナズナの何でもないような答えに、ナナミは驚く。


「え、あの人気仕立て屋ブランドメーカーの三人ですよ!?」


「でも上なものは上だし」


それは弟子入りして内部から彼女達を見たナズナの正しい意見だ。

ナナミはその、情報上の劣勢を認める。


「しかし…………」


その戸惑いは、キリと初めて会ったアシタバ達と同じだ。

実力に見合った評判が存在しない違和感。

しかし、ナナミのその疑念はすぐに晴らされることとなる。


「お久しぶりです、ローレンティア様。

 また貴女様のお召し物に関われること、身に余る光栄に存じます」


先ほどまでふわふわとしていた女性が急に騎士顔負けの所作で跪くものだから、その場にいた全員が凍りついてしまう。


「お、お久しぶり…………?」


「ローレンティア様は憶えておられないでしょうが、九年前、橋の国ベルサール王家次男セトクレアセア様の婚姻の儀の際に、お召し物を担当させて頂いたことが一度」


「………橋の国ベルサール王家?」


「………婚姻の儀?」


「………それって―――」


王宮御用達ロイヤル!!?」


アザレア、カミツレ、サオトメの驚嘆の声を背景に、ナナミはそういうことかと納得する。

多くが血筋と共に高度な技を受け継いできた、王家に奉仕する由緒ある職人の一族。

言葉を選ばなければそれは、巷で人気などという生え抜きの職人とは格が違う。

彼らは王家のためだけにその腕を振るい、だからこそ市場に彼らの作品が流れることはない。

商人であるナナミが知らないのも当然というわけだ。


「ご、ごめんなさい、私、よく憶えていなくて………」


「いえいえ、ちゃんと顔を合わせたのは体の採寸と衣装渡しの二度だけですから、当然ですよ」


「そう…………でも、どうして・・・・?」


そう。どうして。それが問題となる。王宮御用達ロイヤルは王家に仕える一族だ。

その者が銀の団、魔王城にいるということは、自らの一族を捨て、特権階級である王宮御用達ロイヤルの身分を捨てて何もないここに来たということになる。

ローレンティアの問いかけに、ハゴロモは不敵な笑みで応えた。


「申し訳ありませんが、今は理由をお伝えできません。

 ですが私は……ローレンティア様、あなたのお力になりたいのです」


騎士に劣らないその所作は、彼女の王宮仕えの経歴を何より表している。

その経験はこれ以上ない頼もしさだ。


「………一つ。ハゴロモさん、あなたはもう王宮に戻る気はないのですか?」


「……………あなたとご一緒であるならば」


その答えの真意は、かなり気になったが。

ローレンティアは諦めたように目を伏せ、そして決断する。


「分かりました。ハゴロモさん。私の力になってくれるというのなら……。

 専属服飾士スタイリストになっていただけるでしょうか」


その言葉をハゴロモは、懐かしむように目を細めて迎える。


「はい。この身この技の全て、貴女様に捧げます」







「王宮に戻るつもりはないか、ねぇ…………」


織子班工房を出た後、一行は工房街の一角、菓子職人クランベリーが営む甘味処で小休憩を挟んでいた。

アセロラとナナミは腰を落ち着け、少し離れた場所でナズナとローレンティアが、クレープを頬張りながら近くの工房を覗いては回っている。


「どしたのーナナミ?何か不満?」


隣のアセロラはどこまでものんびりとした様子だ。


「………ローレンティアさん、フウリンさん達とハゴロモさんに同じ質問をしましたね。

 王族や貴族を相手に今後仕事をする気はないのかと」


「あー、あれねぇ。思った以上に相手のことを思いやる人なんだね」


ナナミは思わず目を丸くする。アセロラのその言葉は、自分の考えと一緒だが……。

のんびりとした調子の彼女がそこまで見ているとは思わなかったからだ。


「………どうしてそう?」


「ローレンティアさんが気にしているのは自分の悪評でしょー?

 自分に関わった職人が他の王家や貴族向けに仕事をする際に、あの呪われた王女と仕事をしたって拒絶されるのを心配しているんだよ」


意外に鋭い。


「……心配というよりは、恐れているように見えましたけどね」


「んー、どうなんだろう。その辺がやっぱり一番大事だよね。

 ローレンティアさんのあの行動が、自分のコンプレックスに基づく恐れなのか。

 それとも信念に基づく相手への配慮なのか。その差は大きい」


それは、底知れない何かをナナミに感じさせた。

よく見ている。いつものんびりとしたような彼女の洞察の鋭さ。

とにかくアセロラは、人物についてかなり話せる。


「私はなんとなく後者だと思うけどなぁ。だからお兄も気にしているんだと思う。

 透き通った川の流れみたいな人だね。澄んでいて気持ちのいいひんやり感だよ」


非常に感覚的な彼女の話を聞きながら、ナナミはローレンティアに目を移す。

商人の自分から見れば、それは甘さだ。

何としてでも取り込むべき腕の高い職人達を、自分とは関係ない相手の事情で断る。


呪われた王女で。祖国から追いやられて。

この魔王城でお飾りの団長職を押しつけられ。

来月初めて視察を受け、何らかの形で評価を下される。

そんな贅沢や余裕を言っている立場なのだろうか。


「夢を見過ぎです。あの方はまだ少女ですらある。

 手放さなければ成せないこともあるでしょうに」


「うーん、でも…………」


アセロラも、工房を覗きこむローレンティアに目をやった。


「それは、保たれるべきあの人の価値だよ。

 あの人ぐらいの立場で、歳で、それをまだ抱え続けている人はきっと少ない」


それは貴族界や親や兄姉から影響を受けなかった、ローレンティアだからこそ持ち得る独自性(アイデンティティ)だ。

反論はできない。けれど平穏な道で無くなるのは確かだ。

同じ地平に立たない者に貴族界は寛容ではない。


ナナミは深い溜息をついた。自分には関係のないことだ。

でも彼女は分かっているのだろうか。それは味方を必要とする。

共に戦う戦士ではない。彼女の身なりを整え、共に社交場に切り込む………。


文官、とも呼べる者達が。





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