三章四話 『虎にはなれず、森へも還れぬ』

人類と魔王軍との戦いの中。

全方位へ進軍を続ける魔王軍に、各国はそれぞれに防衛戦線を敷いた。


大抵は天然の地形を利用する。険しい山々に、切り立った崖に、大河に。

魔王軍の猛進撃に人類は敗北と撤退を繰り返し、自然と魔王軍に対する防衛線は魔王城を中心とした円となっていった。


その中で、3点。

その円周上まで防衛線を下げず、勇者が魔王を倒すまで最前線を張り続けた場所がある。

【刻剣】のトウガ。【豪鬼】のバルカロール。そして、【黒騎士】ライラック。

彼らの守っていた土地は防衛線から突き出た形となり、魔王軍から集中的に攻撃を受けることとなる。


【黒騎士】ライラックが守ったのは今や『黒砦』と呼ばれる、橋の国ベルサールの辺境にある砦だった。

その砦の黒さも、ライラックと同じく魔物の返り血のものだ。

上官は次々と魔物との戦いで戦死し、若くして砦の隊長を務めることになったライラックは、人類史上類を見ない苛烈な戦線に身を投じることとなる。







「こちら、鍛冶師のゴジカさん。

 工匠部隊の職人達を取りまとめる、実質的なリーダーともいえます。

 そしてお隣が砥ぎ師のウルシさん。

 工匠部隊最高齢、当代随一の砥ぎ師であることは疑いようがないでしょう」


魔王城の西に並び立つ工房街は、独特な形の工房がところ狭しと立ち並び異様な景観を創り上げていた。

ローレンティア達がいたのはその一角、砥ぎ師ウルシの和風の造りが特徴的な工房だ。


「いやいや、団長さんにはいつか会いたいと思っていたが、まさかそちらから足を運んでもらえるとは。申しわけねぇな」


鍛冶師ゴジカは酒と首にかけたタオルが似合う、平均的なおっさんという出で立ちだ。

地下一階の探索の後、ビールを片手に大いに騒いでいたのをローレンティアも覚えている。

ツブワキと似ている。きっと気難しい(かもしれない)工匠達をまとめるのは、曇りのない人の良さとバカみたいな陽気さが必要なのだろう。


「いえ、私もあなたにはお会いしたいと思っていました」


工匠部隊の隊長はエゴノキだが、彼は職人ではない。

彼はそのあたりをさっぱりと割り切り、実質的なまとめ役は職人の機微が分かる同じ職人に任せていた。

それがゴジカという男だ。


工房街ができた直後は、実は争いが絶えなかった。

お前の工房からの音がうるさい、何時だと思っている、あまり煙を出さないでくれ、揺らさないでくれ、騒がないでくれ、熱を出し過ぎだ………。

お互いの仕事の副産物がお互いに迷惑をかけ、工房を出ては通りで争う。

魔王城まできて腕を磨こう、試そうとする職人達は、熱気たぎり血の気が多い者ばかりだった。


そこへまぁまぁと決まって割って入るのが、ゴジカという男だ。

年齢故の貫録もあるが、元々が江戸っ子気質、様々なところへ顔を出しては争いを仲裁した。

自分は細かいことを気にしないが、他人の気にする細かい部分は丁重に扱い、酒を飲み、愚痴を聞いては陽気に笑って背中を叩く。

いつの間にやら、工匠部隊の職人達は困ると彼を頼るようになった。


「まだダンジョン攻略が本筋に乗っていないため、職人方の出番はしばらく先ですが……。

 戦闘部隊の装備品の手入れ、彼らが持ち帰った資源の活用法の模索、いずれ意見を伺いにくることも多くなると思います」


「こちらこそよろしくお願いします、だぜ。

 職人どもは新しい工房の出来を試しつつ、新しい資源の登場を今か今かと待ってやがる。

 団長様に触発されたんだろうな」


「私ですか?」


意味を掴みかねるローレンティアに、ゴジカはにこやかに答える。


「まぁスライムの口の件だよなぁ。

 ああいう画期的な使い方を思いつくっていうのは職人の夢みたいなもんです。

 実際革命だったでしょうあれは。

 戦闘部隊でも人生経験豊富なオッサンでもなく団長さんに先を越されたから、次は俺が、って滾っているのさ」


「す、すいません………」


「なーにを謝るんですか。いい刺激になったって話ですよ。ねぇウルシさん」


「そうさな。些細な発見でも一報いただけると助かる。

 下見にダンジョンまで飛んでいく奴らも多いじゃろう。」


工匠部隊の重鎮、砥ぎ師ウルシがその長い白髭をさすりながら言った。

老竹色の甚平を羽織った老人だ。


「装備品の手入れの話じゃが、既に何人かの戦闘部隊の奴らは頼みに来とる。

 仕事の丁寧な奴らじゃな。団長さんの身近じゃとツワブキ、ディル、アシタバ………。

 キリ、お前さんもよく顔を出すのう」


こくんと頷くキリを、ローレンティアはいつの間にという顔で見た。


「……あの砥ぎ師ウルシがいると聞いて、自分の刃物を持っていかないプロはいないわ」


「ほっほ、光栄なことじゃのう」


ユズリハがクイっと眼鏡を上げる。

砥ぎ師ウルシ。

最高齢であることもあり、既に工匠部隊の御意見番として定着していた。


彼が銀の団に参加するという報せは、刃物を扱う全ての者達に衝撃を与え、世界中をかけ巡った。

既に参加が決まっていたツワブキは歓喜の雄叫びをあげ、あのアシタバでさえもガッツポーズをしたという。

銀の団と関係のない者は、なんであんな行き辛いところにと涙を流した。

刃物を研ぐ行為において、ウルシより上をいくものはいない。

王宮で料理を振る舞うような一流の職人達も、彼に頭を下げ包丁の手入れを依頼する……刃物を持つ者たちの神のような人物だ。


「――元トウガ傭兵団の作家、ストック氏の著書『戦後世界旅行記』によれば、当代で竜殺しドラゴンキラーを砥げるのはウルシさんだけとか。

 砥ぎ師に限らず、職人として最高峰の腕をお持ちなのは明白でしょう」


よしてくれと言うウルシをゴジカが笑って小突く。

その実力の高さもそうだが、食堂でトレニアが言っていた包丁の手入れをしてくれる砥ぎ師というのは彼のことだろう。

つまり、砥ぎ師ウルシとはそういう人格だ。


「工匠部隊については、各職人ごとに希望する物資を既に伺っております。

 すぐに用意できないものもありますが、都合がつき次第お持ち致します」


「ああよろしく頼むよ。ユズリハちゃんは仕事が早くて助かるぜ。

 自分の息子の嫁にゃこういう娘に来て欲しいもんだなぁ、ウルシさん」


「ほっほ、ワシまでいくと孫世代じゃわい。介護をお願いしたいのぅ」


「セクハラです」


工匠部隊のリーダーと当代最高峰の砥ぎ師は、すいませんと頭を下げた。





 



アシタバ達探索隊の足並みは、亀並みになった。


少し歩いてはラカンカが足を止め、トラップの解除に取り掛かる。

それが終わり、また歩き出しては次のトラップにといった様相だ。

前進、停止、解除を何度か繰り返したところで、グリーンピースが苛々とした声をあげた。


「遅すぎる!これでは日が暮れてしまうではないか!!」


「だったら俺を無視して先にいけばいいだろ」


「トラップがあるのだろう!俺は急げと言っているんだ」


「残念ながら最高速度だ。これ以上速度をあげりゃ見逃すかミスをする」


「ふん。我々の目を盗んでこそこそ倉庫に忍び入るだけの、英雄気取りのコソ泥はその程度が限界か」


「……速度は変わらん。お坊ちゃん方は、魔物達の総本山がお手軽に攻略できるとでも思っていたのか?」


「お前のその言葉遣いはなんだ!!」


怒鳴るグリーンピースを、ラカンカはどこまでも冷たく見ていた。


「敬意を払え、とでも言うつもりか」


「ラカンカ」


何か、攻撃でも始めそうなラカンカを見かねてエミリアが制する。

ラカンカは動かない。睨む目はそのままだ。そうだ、そう言えば。

ラカンカはグリーンピースと同じ鉄の国カノン出身だったな、とアシタバは思い出す。


「お前らが先の大戦で何をした?敬意を払われることができたと言えるのか?

 今までお前らの回りを囲んでいた、家柄しか見ない奴らの振る舞いを俺に期待するならやめとけよ。

 俺は然るべき相手にしか敬意は払わねぇ」


ラカンカの底からふつふつと湧いてくる黒い感情が、その場にぶちまけられたようだった。

さすがのグリーンピースも、他の面々も押し黙る。


「お前らはここで何ができるんだよ?分かんねぇかな。邪魔なんだよ。

 貴族区の館でぬくぬく寛いでいりゃあいいだろ。

 せっかく祖国のしがらみから解放されたんだからよぉ」


「ラカンカ!!!」


エミリアが一喝する。ラカンカに負けず劣らず、これほど真剣に怒る彼女も初めてだ。

ラカンカの最後の言葉は、祖国から切り捨てられた彼らへの皮肉だった。


「……ラカンカ、作業を急げ。御三方、すまない。

 この男には、後で私からよく言って聞かせる」


エミリアが深々と頭を下げる。

三人は怒りと気まずさと、そして恥が入り乱れ、うまく言葉を探し出せない様子だった。

彼らもまた、ローレンティア同様祖国から捨てられた者たちなのだろう。

と、アシタバは彼らを観察する。


三人でまとまるのも、必要以上に威張り散らし他者に高圧的なのも、二度と舐められないようにするための彼らの防衛手段だ。

凝り固まったプライド。捨てられない自尊心。

だけども、祖国から要らないと言われ島流しにされたという事実。

変われない者たちもいる。と、いうことだろうか。


「本当にそうなのかな」


アシタバの小さな呟きは、誰にも届かず空中へ消えていった。




三章四話 『虎にはなれず、森へも還れぬ』

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