三章三話 『【黒騎士】ライラック』
暗黒時代の五英雄の中でも、知名度に差というものはあった。
勿論、最も有名なのは勇者だ。功績の格が違う。
酒場での会話、親が子へ語り、子供が夢見る対象として。
勇者という存在は世界中へと伝播する。
しかし知名度という点において、勇者に二人の英雄が並ぶ。
彼らも同じく子供が寝る前のお伽噺としてよく語られ、世界中の人々がその名前を知っていた。
一人は【凱旋】のツワブキ。
彼が他の英雄たちと違うのは、その冒険が多様性に富んでいるということだ。
ある時は海際の洞窟で人魚に敗北しかけ。
ある時は巨大な迷いの森で一カ月サバイバルを行った。
時には砂漠で巨大なゴーレムと激戦を繰り広げ。
時には空を飛ぶ怪鳥(ハルピュイア)の群れに、ただ一人だけで立ち向かう。
話し手にとってアレンジがしやすく、また創作話にも彼というキャラクターは利用しやすい。
結果、真偽を問わず、探検家ツワブキという存在は冒険譚を話す上で面白おかしく、大いに用いられることとなる。
そしてもう一人は【黒騎士】ライラック。
彼にもツワブキと同じく、他の英雄たちに差をつける理由があった。
それは彼が王宮出の英雄だったという点だ。
厳密にいえば平民の出、王都の由緒ある騎士というわけでもなく、勤めていたのは国境際の古びた砦だった。
だがそこで彼は、世界に轟く功績をあげることとなる。
騎士という身内が立てた功績を、国を問わず貴族界はこぞって称賛した。
勇者を除く他の英雄が、ダンジョンに潜り魔物と戯れる変態の探検家や、金のために戦う傭兵や、奴隷という身分である剣闘士であることを考えると、彼が好まれたのは消去法と言えなくもない。
ともかく宮殿仕えの吟遊詩人たちは彼を飾る詩を創り、彼を模した曲や絵画が多く世に排出された。
彼がどこぞの貴族の公女と恋愛関係にあった、という創作物語は世の多くの女性が読みふけったものだ。
英雄たちの中で唯一日に当たる職種であったため、公の場でも贔屓にされることが多く、その影響を受けた平民たちからも名前を強く覚えられる。
【黒騎士】の名もまた、世界中をかけ巡る。本人の意思は関係なく。
「――グリーンピース、ウォーターコイン、ワトソニア。
ベルガモットはまぁ、しばらくは置いといて大丈夫だろう。
気をつけなきゃならんのはこの三人だ。お前ら、どうなると最悪か分かるか?」
時は少し戻り、診療所。
オオバコ、カシュー、そしてベッドに横たわるアシタバに、ツワブキは講義を始めた。
「いやー、貴族さん方のことは………」
「他の国に攻撃的になったり、癒着とかですか?」
「功を急いで、俺たちに無茶な要求を振ってくる」
「アシタバ、近いな。そうなんだ。奴らは現時点で焦っている。
行きたくもねぇ魔王城行きが現実のものになっちまった。
どうすりゃあ帰れる?可能性が生まれるとすりゃ功を立てることだ。
手柄を立てて有能と認められりゃ、万に一つ国へ帰れるかもしれねぇ。
一番手っ取り早く奴ら向きなのは、人を動かして何かを成すことだ。
無謀な要求をして後は現場に任せりゃ、上手くいくと手柄の出来上がり。
だがここは銀の団で、あいつらの私兵や部下はいねぇ。
戦闘部隊も何もかも円卓会議で決定される。輪をかけて悪かったのはお姫さんの活躍だな」
「ティアの?」
「俺ぁ別に、お姫さんに地下一階の功績をやったことを後悔しちゃいねぇがな。
初日の演説、スライムの件、地下一階と功績続きになっちまった。
この状況下で奴らが人を動かして何かを成したことで、団長はあれをやったのに、自ら先陣を切ったのにとなるわけだ。
埋もれちまうんだな、つまりは」
やはり、こういうことに関してのツワブキの洞察力は突出している。
と、アシタバは思わずにはいられない。よく見ている。
「俺の思う最悪ってのは、あいつらが先陣切りたがって、自分の融通が利く限りの人を集めてダンジョン突っ込んでやられちまうことだ。
焦っている今、ありえねぇ話じゃないと俺は思う」
「だからこっちから与えるのか」
「そう言うことだ」
理解するアシタバに、ツワブキはにやりと笑う。
「まぁ、大きい功とは言えねぇだろう。
目的はあいつらが国へ報告するタマをやることと、手柄に伴うリスクって奴を身を持って経験してもらうことだ。
その2つが叶えばしばらくは大人しくなるだろう。
っつーわけで、あいつら三人をメンバーに組み込んだ」
少しため息をついて、了解したとアシタバは答える。
ロマンが絡まない限り、意味のないことはしない男だ。
政治的な判断能力も信頼している。
だからアシタバは、彼の策に乗ることにした。
魔王城二階は、人間の創る城と非常に似た構造だった。
石造りの廊下に、個室に繋がるドアが何個も並ぶ。
壁には、最後に灯っていたのがいつかわからない松明が備え付けられている。
「うわっスライムだ!スライムがでたぞ!!!」
二階昇ってすぐに出くわしたスライムに、ワトソニアが悲鳴に近い声をあげた。
「わ、わ、どうしよう!跳ねてるぞ!!」
「僕が行こう。やぁやぁ我こそは―――」
ワトソニアの前にウォーターコインが躍りだす。
腰に下がった無駄に装飾の多い剣を抜くと、芝居がかった口上を始めた。
「いや、俺に任せろ」
グリーンピースが言うや否や、槍をスライムに叩きつけ破裂させた。
「おおっ」
「やるじゃないかグリーンピース君!!」
寄り合いスライム討伐の戦果を誇る三人を、アシタバは距離を取り頭を抱えて見ていた。
まずワトソニアだ。
倉庫から引っ張り出してきたかのような、大仰な鎧に身を包んでいる。
どう考えても動きにくいだろう。
武器には片手剣を持っているが、とても扱えるようには見えない。
次にウォーターコイン。
貿易の盛んな
鎧も剣も派手で貴族的な装飾が多く、特に剣は折れてしまうんじゃないかと心配になる刀身の細さだ。
グリーンピースは唯一、実戦経験があると分かる出で立ちだ。
使い古され、傷も見える鎧。槍の扱いはそれなりの指導を受けているようだ。
だができる分口が強く、おそらく一番厄介になる相手に見える。
「大体、スライムを破裂させてどうするんだ。
今はみんな、シートに利用するために切るってのに」
床に飛散するスライムを見ながら、アシタバが呟く。
「不満なのか?グリーンピースって奴はできるように見えるが」
オオバコの問いに、アシタバは疲れ混じりのため息を吐いた。
「ただ強いだけの奴はダンジョン攻略に要らない。
あいつが強い部類なのかは別問題として、だ」
「強いだけの奴はいらない。なるほど、これはいいことを聞いた」
唐突な声にアシタバは少し固まる。
後ろを振り向くと、【黒騎士】ライラックが不敵な笑みを浮かべていた。
「あー、いや……」
「気にするな。倒した魔物の数でアシタバ団員に負けているとは思わんが、ダンジョンに関しては門外漢でな。今回は色々学ばせてもらう」
「あんたでいいよ、あんたで」
「それじゃあ、お前で」
ライラックは騎士というイメージに対して、サバサバとした話しやすい男だった。
ただ両目と全身から発せられる闘志というか気迫には、気圧されてしまう者も多いだろう。
威張り散らしていた貴族三人組も、彼に対しては上手く振る舞えずいないような扱いに落ち着いていた。
それもそのはずだ。
王宮出の英雄ライラックは、国を問わず貴族界での人気が高い。
公女たちは彼の(捏造の)恋愛物語に熱をあげ、公子たちは彼の武勇に憧れた。
そして誰もが、騎士ライラックに認められる貴族であるべきと誓うのだ。
勿論彼らは実際に彼に会ったことはなく、それらは都合のいい妄想と無責任な憧れの産物でしかないのだが。
ともかく事実として、騎士ライラックに見損なわれるということは、貴族にとって致命的なのだ。
そうなれば彼のファン達は冷たい目線しか投げてこない。
【黒騎士】ライラックは騎士でありながら、貴族が丁重に扱わなければならないという矛盾した存在になっていた。
「おい道案内!道はこっちであっているのか?」
スライムを討伐し、意気揚々となったグリーンピースが声を張り上げる。
「知りませんよ」
「は?」
「ツワブキさんが何て言ったか知りませんが、魔王城二階の構造を知っているものはこの中にはいません。
そのための攻略が今なんすから」
「やれやれ、使えないな貴様は。
ならば我が先陣を切ろう。お前ら、ついてこい」
グリーンピースはくるりと踵を返し、廊下を進もうとし……。
「待て」
それを、低く冷たい声が制した。
ラカンカだ。グリーンピースを刺すように睨むその姿は、アシタバの知る彼とは全く違う。
「待て?我に指図をするな」
「じゃあ勝手にしろよ。そのまま死ね」
グリーンピースがは?と言うより早く、ラカンカは彼の前方の石畳へ石を投げた。
パツン、と何かが弾けるのをアシタバが目にする………糸?
と、次の瞬間には無数の刀剣が落下し、その石畳に突き刺さっていた。
さっきまで湧き立っていた貴族組の三人も言葉を失う。
「ト、トラップ……」
カシューも唖然としていた。
「団長が初日に罠に掛かって落ちた話、お前らも聞いていないわけじゃないだろう。
あれを作ったのはゴブリンだ。魔王軍で一番器用な奴らだったと聞いている。
どうやらこのフロアは奴らのホームだったみたいだな」
ラカンカが抑揚のない声で語る。
「魔王城の周囲と一階に関しては、俺がトラップ解除を担当した。
お姫さんが落ちたもの以外にもたくさんあったが、全て解除済みだ。
地下一階は、棲んでいた魔物がそもそも罠気質でゴブリン達のトラップはなかった。
だが、ここから上は違う。
ここに来る以前の身分は関係ねぇ。死にたくなきゃ俺に従え」
貴族三人を睨みつける。
それは憎悪の眼差しだった。
三章三話 『【黒騎士】ライラック』
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