三章二話 『次なる探検』

銀の団の食事支給は、現在3つのルートが存在する。


といってもそのうちの1つは貴族専用だ。

彼らは祖国から別口で食糧支給を受けており、それを使用人に調理させ食事を取っている。

ローレンティアも、橋の国ベルサールから受け取った食料をエリスに料理してもらっている。

2つ目は、クロサンドラの経営する酒場「サマーキャンドル」だ。

肉体労働に勤しむ男たち向けに開かれるここは、食事処というよりは仕事終わりの飲みの方がメインとなる。


つまりおおよその団員達の日常的な食事は、3つ目の食堂によって賄われる。

宿舎の近くに建てられたそこは、貴族以外の全ての団員が三食を食べにやってくる。

運営をするのは主婦会という女性団体だ。

有志の呼びかけによって発足したこの会は、掃除、洗濯、料理など、銀の団における家事全般を当番制で請け負っていた。

アシタバのような非妻帯者にも、彼女達は料理を提供し衣服を洗う。



「――というわけで、団を縁の下から支えているのが彼女達、主婦会なんですよ。

 スライムシートを使って日々浄化水を調達しているのも彼女達です。

 そしてこちらが代表のトレニアさん。

 旦那さんはあの大商人、自伝『マネー、まぁねぇ』の著者で有名な【強欲】のエゴノキさんですね」


ユズリハに紹介されたトレニアという女性は、ふくよかな体型とニコニコ笑顔がトレードマークだ。


「あらあら、ウチの旦那のあの本を読んでる物好きがいるなんてね……」


「いえいえ、ジャンルは私向きではなかったですが、商人の世界と売買のノウハウが分かりやすく解説され大変参考になる一冊でしたよ」


ここ一カ月で分かったのは、ユズリハという女性がまさに本の虫と表現するにふさわしい愛読家であるということだ。

清楚で生真面目、整理が得意そうな外見に反して、彼女の部屋は本が散乱……いや、本に部屋が埋まっていると言った方が正しい。

書籍化されたものは全て目を通す、が彼女のモットーらしい。


「団長さんとエリスさんは初めましてだね。よろしく!

 特に団長さんは、ウチの旦那がお世話になったそうで」


「エゴノキさんですか?いえいえ、円卓会議では私がお世話になっていますし、地下一階でも特に何かしたわけじゃないですよ!」


「んっはー、謙遜謙遜!」


ローレンティアの説明をトレニアは笑い飛ばす。


「主婦会の中でも、団長さんは立派な人だってよく話題になるよ。

 風呂、洗濯、食事、掃除………。

 私達のほとんどの仕事で水を気にせず使えるのは、団長さんのおかげなわけだしね。

 若いのに団長を立派に務めて、同じ女として見習いたいさね」


「いえ、あの、本当に!!本当にそんなんじゃないですから」


何か少しまずいな、という気もしてくる。認識と実態のズレ。


「ユズリハちゃんやキリちゃんはいつもここで食べてるけど……。

 団長さん達も、今日はここで食べていくのかい?」


「いえ、食事はさきほど済ませましたので。

 今日伺いたいのは食材と備品ですね。何かお困り事はありますか?」


「お困り?いやー………」


顎に手を当て、ふむと考え込む。

劇的なリアクションの多い人だな、とローレンティアは思った。


「調理道具には不自由していないね。

 工匠部隊の砥ぎ師さんに包丁手入れしてもらえるのもありがたいし。

 あー、主婦会で話題になるのはやっぱり冬のことだねぇ」


「冬ですか」


「冬、どれくらいの食糧支援が受けられるのか分からないと、台所を預かる身としちゃ気が気じゃないよ。

 勿論、そう簡単に分かる話じゃないのは知っているわ。

 ただ今回多かった海産物の食材も、干物にしようかって話もあったぐらいで………。

 あ、そうそう、大事なことを忘れていたわ!!すっごく困っている話があるの!!」


トレニアが勢いよく身を乗り出したので、ユズリハは上半身を後ろに反らせる形になった。


「な、なんでしょう」


「洗濯物干しよ」


「洗濯物干し?」


「そう!今は南の方の開いている平地に物干し竿を置いて、皆の洗濯物を乾かしているんだけどね。

 今月に入って、こうも雨が多いとなかなか乾かなくてねぇ」


「屋内で干せる場所が欲しいと?」


「それもそうなんだけど………かなり、贅沢なことを言うんだけどね、

 その………若い娘の下着とかも干さなきゃいけないのよ」


「ああ!殿方に見られるから見えないところで干したいと!!」


合点がいったことで心が弾んだのか、ユズリハが大きな声を出す。


「そうなのよ………」


「それはでも、切実ですね。大工班に頼んで干場を作ってもらっては?

 干物のことも加味すれば十分通ると思いますが……」


ローレンティアの提案に、しかしユズリハは同意しかねる様子だった。


「んー……それは、そうですが………。

 干場であるならば、ある程度の風通しが必要です。

 風を通すために隙間を作ると、覗かれてしまう。

 風通しと覗き防止の二律背反ですね」


ニリツハイハン?と疑問に思いながらも、言いたいことは分かった。


「やっぱり難しいかねぇ?」


「……少し、時間をください。

 泣き月中に解決できるかは保証しかねますが、私の方で対応を考えてみます」



トレニアと分かれ、次の目的地に向かいながらもユズリハは対応策を考えているようだった。

ローレンティアも考えながら、色々な問題があるものだな、と変に感心していた。







「残しておいた魔王城の二階より上側を使う時が来たんだ。

 お前らにはそこの攻略に加わってもらう」


ツワブキの真面目な台詞を思い出しながら、アシタバ、オオバコ、カシューの三人は魔王城一階へ向かう。


「お、俺が未探索エリアの攻略になんか加わって大丈夫かな……」


カシューが不安げに呟いた。


「やるしかねぇだろ。この三人の中じゃ万全に戦えるのはお前だけなんだ。頼むぜ」


オオバコがカシューの背中を叩く。


「で、でも一緒に行くのが………」


「……………」


カシュー以上にアシタバは不安を感じていた。

彼だけが知っていた。つい最近経験したばかりだ。

ツワブキという男の、こういう時の滅茶苦茶さを。




魔王城上階というのは銀の団の戦闘部隊、中でもツワブキの周りだけで使われている単語だ。

具体的には二階より上の階層を指す。

銀の団が魔王城入りした日から、二階へ続く階段は常に人を配置し警備をしていたものの、未だ二階より上に人類が昇ったことはなく未探索、未知のエリアだ。

しかしツワブキやアシタバは、上階がどの程度のダンジョンなのか行かずとも既に把握していた。


「――そもそも魔王城っていうのは、地下のダンジョンこそが本筋だ。

 二階より上の階層はお飾りでしかねぇ」


ツワブキの説明の続きを思い出す。

初日にラカンカが、魔王城上階を射手型の魔物用の物見やぐらと例えていたが、あれは正しい。

魔王城深部、地下からの魔物が地上に出ていく時にも、外から来た敵が地下に挑む際にもこの場所は使われない。

言い切ってしまえば寄り道、余分な部分。


「それに加えこの二か月弱、二階からの襲撃はなし。

 攻撃的な魔物はいねぇ。いるとしたら待ち狩りの魔物か、内向的な習性魔物……。

 どちらにせよ樹人(トレント)の巣以上ってことはねぇ」



魔物という生き物については以前より様々な角度から研究が行われ、区分けも多くの種類がある。

その中でも有名なものの一つが、五十年前の探検家アスパラガスが提唱した二項分類………。

『習性魔物』と『知性魔物』の区分けである。


彼曰く、例えばウォーウルフは狼に近い生物であり、スライムも樹人(トレント)も彼らの習性に従って動く動物的な魔物である。

これら、動物的な習性に従い生きる魔物を彼は習性魔物と名付けた。


対して、ゴブリンや豚人(オーク)、巨人(トロル)のような人型魔物の多くは武器を生産し、使いこなし、時には軍を形成する。

動物以上の知性を持った魔物、彼らは知性魔物と名付けられた。

知性魔物は習性魔物には見られない特徴がある――魔王への忠誠である。

彼らは魔王を讃え、魔王軍の旗を掲げる。魔王の敵を憎み、滅ぼさんと侵攻を行う。

人類と魔王軍の戦いにおいて、習性魔物は環境汚染、生態系破壊という形で、知性魔物は兵として戦争という形で人類に牙をむいた。



ただ、知性魔物は魔王と共に滅んだ。



これは事実だ。

魔王に忠誠を誓う彼らは、勇者一行が魔王城へ攻め込んだ際には命を賭して抵抗し、魔王が倒れた後は暴走に近い滅茶苦茶な進軍を始め、各国の王国軍に刈り取られる形になる。

知性魔物は魔王を崇拝していたが故に、魔王がいなくなると後を追うように呆気なく死滅していった。

だから、今魔王城に残っているのは魔王への忠誠のない、習性に従い生きる習性魔物たちなのだ。


魔王城上階へ話を戻そう。


ラカンカの言っていた射手型の魔物というのは、ゴブリンアーチャーのことを指す。

そもそも人間の城を真似て作られた建物に住むのは人型の知性魔物だ。

魔王城上階はゴブリンなど知性魔物のためのフロアだった。


「城に住む習性魔物なんてそうもいねぇよ。

 城なんて滅多にない上に、人間のいない城なんて片手で数えるほどだ。

 城に住むべく進化する魔物なんているわけがない。

 となるとゴブリン達のいねぇ今、魔王城上階は高い確率でガラ空きだ」


それにはアシタバも同意する。というか、探検家達の総意と言ってもいい。


「無論、危険がないとは言わねぇが………。

 魔王城上階は地下一階より若干地味だが、安全で攻略する意義もあるダンジョンと言える。

 これから地下へと潜っていくにあたって、後顧の憂いを断つってのは重要なことだからな。

 つまりおいしいんだ。武勲を欲する奴らにとっては」


ツワブキがにぃっと笑う。それだけでアシタバの不安は膨らんでいく。

こういう時のツワブキは大概、政治を見ている。


「今回の攻略は、九人で行ってもらう」







「アシタバ!追加メンバーというのはお前だったのか。他の二人もそうか?」


三人の姿を見つけると、【月落し】狩人のエミリアが声をかけてきた。

彼女がいたのは二階へ続く階段のある、魔王城一階「大鍋の間」と言われる部屋だ。

まるで巨人が使っていたかのような(そもそも高い天井の一階が巨人(トロル)用のフロアなのだろうが)寝室一つ入るほどの大鍋が部屋中央に備え付けられている。


「エミリア!それにラカンカもか。またよろしく頼む」


「…………」


大泥棒ラカンカは返事をしない。何やらむすっとしている。

いつも飄々としている彼の、こんなに不機嫌な姿はこの二カ月で初めてだ。


落ちついて見ると、いつもラカンカに対し強気なエミリアも今日は扱いに困っているようだった。


「遅い。我々を待たせるとはいい度胸だな。ま、あの男の部下となれば納得か」


そのやけに高圧的な声の方へ目をやると、青年が三人立っていた。


「貴様が道案内役の探検家とやらだな。早く先導しろ。

 安心するがいい、魔物は我らが切り裂いてやる」


事前に聞いたその三人の名を、アシタバはもう一度反芻する。

鉄の国カノン代表、グリーンピース。

波の国セージュ代表、ウォーターコイン。

河の国マンチェスター代表、ワトソニア。

ツワブキから愚痴は散々聞いている。円卓会議を面倒臭くする奴ら、と。


「……揃ったか。俺は付き添い、メインはお前らに任せる。

 殿を務めるから、前頼めるか?」


最後に、階段に腰掛けていた九人目が口を開いた。



目を引くのは鮮やかな金の髪と、覇気に溢れ渦を巻くような双眸だ。

その存在感は三十代ほどの年齢とはかけ離れている。

身につけている騎士の鎧は黒く塗り潰されていた。

その黒さは、探検家ならば誰もが気付く――。


魔物の返り血だ。それは男の、苛烈な戦歴を物語っていた。

五英雄の一人、人類最強に推されるその男。



【黒騎士】ライラックを、アシタバは初めて目の当たりにする。




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