第三章 泣き月、ウィルオ・ウィスプ編

三章一話 『暇な人たち』

泣き月に入ると、銀の団は少し時間を持て余し始めた。


大工班は宿舎、工房を建て終わり、農耕部隊は地下一階で樹人(トレント)を使った実験に注力。

それに伴い戦闘部隊は地下二階へは進まず、地下一階の整備に専念する。

つまるところ、新しい大きな事を始める部隊もなく。

人々はようやく魔王城での生活に慣れ始め、穏やかな日々を過ごしていた。



その中でも、最も時間を持て余していたのはアシタバだろう。


地下一階でのキリとの戦いで掌に深い傷を負い、それでなくとも体中は切り傷だらけで銀の団の医師からストップがかかったのだ。

彼は地下一階探索から泣き月にかけて診療所でお世話になっていた。

今現在も診療所内のベッドの上だ。



「まったく、無茶をする………」


銀の団唯一の医師、ナツメは呆れたという態度を隠さない。


「傷が開くから完治するまで安静にと言っただろう。鍛錬も含めてだ」


肩ほどで切り揃えた黒髪と白衣。

どこか美青年の雰囲気を持った中性的な女性だ。


「腕が鈍ってしまう。それはよくない」


「それなら好きにしろ。退院が延びるだけだ。

 勝手に出ていくならツワブキ氏に話を通させてもらうからな」


それは困る、とアシタバは口を噤んだ。静かに怒る人物だ。

彼女はツワブキや貴族にも対等に話をする気迫があった。


「あの、あまり動かないで」


彼女の気迫に構わず、水色のショートボブの少女がアシタバの左手の治療をしている。

傭兵達と似た使い古された動きやすい服装に、手に持つ杖と身につけているアクセサリがちぐはぐなイメージを持たせる。

彼女の杖からは澄んだ翡翠色の光が発せられ、アシタバの左手に何やら作用していた。


「何度見ても凄いな、魔法というのは。俺も習おうかな」


「魔法は女性しか使えない。

 それに効用は血止めと鎮痛剤のようなもので、本当に傷を癒しているわけではない」


「そういうものなのか………」


事務的な彼女はユーフォルビアという、戦闘部隊所属の魔道士だ。

銀の団に八人いる魔道士たちは、こうして暇を見つけては診療所の手伝いにやってくる。


「助かったよユーフォルビア。今日はもう大丈夫だ。

 アシタバは魔法と自分の体を過信しすぎないこと。

 ………ま、完治には向かっている。一週間後には退院だな。

 それまでは剣は握ってくれるな」


「分かった」


渋々従うアシタバの返事を聞くと、ナツメとユーフォルビアは立ち上がり部屋を出て行った。


「災難だな、兄弟」


「お互い様、だと思うが」


喋りかけてきたのは隣のベッドで横になっていた男だ。

アシタバと同年代の青年だが、ツワブキと大差ない高身長。

鍛えられている体、陽気な笑顔、燃えるような赤毛が目を引く。


「樹人(トレント)にやられたのか、それは」


左手に巻かれた包帯を見て訊ねる。

処置する前に見た限りでは、彼の左手は鞭で叩かれたように皮がめくれ、血が滲んでいた。


「そうなんだよ、ツワブキさんの号令で樹人(トレント)処理の作業やってたんだけどな。

 近場でうっかり根をふんづけた奴がいてさ。

 暴れだした樹人(トレント)からそいつを助けようと、飛び出してこれだ」


「それはご愁傷様。しかし戦闘部隊とは知らなかった。俺もなんだ」


「そりゃあ知ってるよ。地下一階攻略組だろ?

 ついでにいや宿舎の部屋隣なんだぞ?お前知らないだろ」


知らなかった。

興味あるものとないもので、アンテナの感度に極端に差があることは自覚していたが、ここまでとは。


「それは、すまん」


「いいぜ別に。知り合えたが何よりだ。俺はオオバコ、よろしくな」


ああ、とアシタバは応じる。汗臭さと爽やかさが同居したような男だった。








地下一階は、今や銀の団の1つの中心街と化していた。


未だ壁際には多くの樹人(トレント)が残されてはいたが、階段の根元を中心に整備が進み、根樹人(トレントルート)だけが残された広いスペースが生まれている。

農耕部隊と戦闘部隊の人員が密に出入りし、常に誰かが作業をしていた。

団員からは仮眠施設や飲食スペースを希望する声が増え、それを受けて階段根元の横に、クロサンドラの酒場「サマーキャンドル」が建てられることとなる。


「ヘイお待ち、波の国のペスカトーレだよ!!」


溌剌とした声と共に、料理人クロサンドラが皿を4つ、カウンターに乗せた。

海老。貝。イカ。カニ……魚介類の王族達が勢ぞろいだ。


「お熱いうちにお食べーよ!!」

「召しませ召しませ召しあがれぃ!!」


クロサンドラの後ろから彼女の双子の娘、プルメラとプルネラが顔を出す。

愛想の良さと元気っぷりからおっさん達にも大人気な、サマーキャンドルの看板娘ズだ。

皿を渡された一人、ローレンティアは行儀よく手を合わせる。


「では………」

「私が毒味をするわ」


素早く隣の席のキリがペスカトーレの皿を引っ手繰った。


「ちょ、キリ、いいから!!

 クロサンドラさんの店でまで、そんなことはしなくていいから!」


「いえ、いついかなる時も警戒を怠るわけには行かないわ。

 アシタバからも、お見舞いに来るならあなたを頼むと言われている」


「あっ、海老!海老は残して!ね!?」


騒がしい二人を、隣に座るエリスとクロサンドラは呆れた顔で見守った。

最後、四つ目の席に座っているのは銀の団秘書ユズリハだ。


「ペスカトーレ………漁師と商人の国、波の国セージュの国民的料理ですね。

 地方によって、具材に差があると聞きますが………。

 これは南部地方のものとお見受けしました………………!!

 魚介類達の主張の強い旨みが、トマトソースによって1つの皿として纏めあげられている……。

 まるでここは夕焼けに染まる大海原、深海から立ち上るこのコクは、食の世界の上昇海流……!!」

 

「美味しいですね」

「ありがとよ」


大げさなユズリハの賛辞を無視して、エリスとクロサンドラは会話を進める。


「ここは肉体労働者向けの飲食店として開かせてもらってる。

 私は昔、ダンジョンの側で探検家向けの酒場を開いていてね。

 探検家組合ギルドの本部としても使われていたんだが……」


「探検家組合(ギルド)?」


「探検家たちが魔物やダンジョンの情報を共有し合う寄り合いですね。

 組織というほどかしこまったものではないと聞いています。

 時には魔物の被害に手を焼く士官も彼らを頼ったとか。

 【隻眼】のディル様、【魔物喰い】のアシタバ様は非常に優れた情報を挙げることで有名だったと聞いております」


真面目モードに戻ったユズリハが、エリスの疑問に応えた。


「ほぉー、お詳しいねお嬢ちゃん」


「探検家ツワブキ、インタビュー型の探検家指南書『泥を啜って酒を飲む』第二巻に書いてありました」


「あいつのファンなのかい?」


「いえ、特に」


あらそうなの、と少し面喰うクロサンドラ。


「まぁ、私が探検家どもの冒険譚を聞いて、その情報を横に流すってだけの仕組みだ。

 お互いに同じ轍を踏まないようにってこったね。

 ともかく、肉体労働に励むバカ共に飯を提供するのは私の趣味なのさ。

 その延長でこの店をやらせてもらいたいんだ」


「では、私の方で書類の方をまとめさせていただきます。

 こういった事業を始める際は各国への了承が必要でして、三日月の湯も実は、ようやく先週許諾の返事が来たんですよ。

 後日書面をお持ちしますので、確認をお願い致します」


「あーそういう書類事は苦手なんだよねぇ。まとめてくれるっていうなら助かるよ」


キリから皿を取り返したローレンティアが、美味しい!と大分遅れた声をあげた。


「あとは食材の支給ですね。

 今回は波の国セージュからの支給が多めだったので海産物が贅沢でしたが……。

 基本は、貴族区と食堂との相談となります」


「食堂の女達は見上げたもんさ。基本はあっちを優先しておくれよ。

 あたしゃ食材がなきゃ食堂にいってくれって言うしさ。

 ただ酒はこっちに仕入れてくれると嬉しいね、野郎どもはあれがなきゃやってられないからさ」


「そのように。労働者の士気に関わる場所ですからね。

 あまり不自由しないよう私も調整します」


「よろしく頼むよ」


話をまとめるとユズリハは立ち上がる。エリスもそれに続いた。


「さてローレンティア様、次にいきましょうか」


「ちょ、ちょっと待って!今食べ終わるから!」


泣き月、暇をしていたのはアシタバだけではなく、初動の忙しさを終えたローレンティアも同様だった。

彼女はたまたま見かけたユズリハが支援物資の配分を考えるため銀の団を回り実情を見てくると聞くと、それに帯同することにした。

かくして銀の団秘書ユズリハ、団長ローレンティア、使用人エリス、護衛兼探検家助手キリによる、銀の団視察団が結成される運びとなったわけである。


「あっはっは、慌てて喉に詰まらせないようにね。

 団長さんに何かあったら戦闘部隊の奴らも凹むんだから」


「………私ですか?」


急いで空けた皿をプルメラに渡しつつ、ローレンティアが訊ねる。


「そーさ、戦闘部隊じゃ団長さんはすっかり人気者なんだよ。

 奴ら、初日のウォーウルフの巣への突撃、地下一階の迷いの森攻略参加の武勇伝を何回も語っちゃ酒を飲んでる」


「それに団長さんかわいいしね!!」


「ギャップがいいんだよ、ギャップが!!」


クロサンドラと二人の娘に褒められて、ついついローレンティアは照れてしまう。

褒められるということにあまり免疫がないのだ。しかし意外だった。

それほど直接かかわってないはずの戦闘部隊で、自分がそのように扱われているとは。







「しっかし災難だったなぁ、オオバコよ」


診療所、アシタバのベッドの脇に腰かけるツワブキは、手に持つ果物ナイフで林檎を器用に向いていく。

ダンジョンの中で食事の調達もする探検家は、一通り料理ができる者が多い。


「おら、カシューもしっかり謝っとけよ」


「ご、ごめんオオバコ………」


カシューと呼ばれた青年が真っ青な顔で頭を下げる。

スポーツ刈りの茶髪、そばかすが目立ち、少々気弱そうな印象を受ける。


「いいよいいよ。食堂で唐揚げが出たら俺にくれ。あ、牛丼も。それでチャラなー」


嫌味を感じさせずその返しができるのは1つの才能だな、とアシタバは思った。


「で、どうなんだ。お前、武器は持てないのか?」 


「日常生活には支障ありませんが、力を入れると痛みますね。

 俺使うの両手斧なんで、特に」 


「んーなるほどなぁ。はいアシタバ、あーん」


にこやかに切った林檎を突き出してくるツワブキ。

アシタバはそこに置いといてくれ、と呆れる。


「今戦闘部隊の奴らに樹人(トレント)を相手させつつ実力を見てるんだがなぁ。

 まー経歴がなくともオオバコみたいに慣れてる奴もいりゃ、てんで素人もいるな。カシューもそうだ」


「め、面目ないです」


「俺は山で野犬とか相手にしてたぐらいっすよ」


「まーセンスってもんはあるな。

 とにかく今は交代制で作業を続けつつ、素人向けに魔物への対処法と戦闘の基礎を講義したり、奴らの作業を監督したり指導したり……。

 とにかく素人も玄人も忙しい。んで、お前ら暇してるな?」


オオバコはきょとんとした顔でアシタバを見た。

アシタバは、ツワブキの人使いの荒さを知っているから苦い顔だ。


「カシューと、他にメンバーもつける。お前ら二人は戦闘に参加しなくていい。

 だから、魔王城の上階の探索をしてきて欲しい」


「………いつ?」


「今日だ」


こいつは馬鹿か、とアシタバは思った。





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