二章十一話 『銀の団、芽吹きだす』
「いやぁ平穏に終わって良かった。しかしこれから荒れますな、あれは」
円卓会議の帰り、ローレンティアはアサツキと帰るのが恒例のようになっていた。
後ろにはエリスと、アサツキの使用人である男性がついている。
「あなたもお見事だった。ご心労察し致します、ユズリハさん」
「いえいえ、滅相もありません」
ローレンティア達と並んでいた円卓会議補佐役、ユズリハは朗らかに笑った。
「それにしても大抜擢じゃないですか?若いのに大したものだ」
「そんな、もったいないお言葉です!」
「御謙遜なさらずとも、才女と呼ばれたあなたの噂は私の国にも聞こえてきたものです」
聞いたことなかったな、とローレンティアは呑気に思う。
「い、いえいえ!!本当に私など!!
そ、それでは今日の議会の内容を各国に送らなければならないので、ここで失礼します!!」
照れたのか、少し顔を赤くしてユズリハは宿舎の方へ走っていく。
「可愛らしい方だ。いじらしくもある。私は何とも邪魔をしてしまったものだ」
「邪魔?」
「彼女は君と話をしておきたかったんだろう」
「私と?何故です?」
「君は団長だろう。最高責任者だぞ?」
アサツキが呆れたように言う。
「あまり自覚がないのは困るな。
彼女が噂通りの人物ならば、論文の執筆か何かで入団が遅れたんだろうが……。
その分出遅れているという自覚がある。だから君と関わりを築いておこうと思った」
「団長だから?」
「そうでもあるし、君が行動的な人間だからだ。
先月のスライムの件にも、今回の樹人(トレント)の件にも関わっている。
単純に興味が湧く者も多いし、君に集まる者たちとのコネクションを見る者も、今後の銀の団を予測する上で君という人物を理解するべきだ、と判断する者もいる」
分かったような、分からないような。
「ま、今後話しかけられることがあったら親しくしてやってくれ。
今回の資料は丁寧だったし尖った思想を持ってもいない。
食料の備蓄量、資材の在庫量、支援物資の子細、武器の消耗数、各国との伝令……。
あらゆる数字、あらゆる書類は、銀の団の秘書である彼女を一旦通過する。
仲良くしておいた方が何かと便利だ」
「そのような付き合い方は私の望むところではありません。それに………」
「それに?」
「そういう……使える使えないではなく、彼女は味方であって欲しいと思いました。
何となくですが………」
「は、はは!………それは、王族として一番大事な資質だ。
ま、そもそも女の友情に男が口を挟むのは野暮というものだな」
ぽかんと不思議そうなローレンティアを置いて、アサツキは子供のように笑った。
少し間をおいて、ローレンティアは少し真面目な顔をする。
「……以前、ツワブキさんに忠告されたことが現実となってしまいました。
後から来た方々は、少し癖のある方ばかりで……」
「うむ、特にあのグリーンピース君は厄介な勢いを持っている。
ワトソニア君、ウォーターコイン君と一枚岩なのも面倒だ」
アサツキも声のトーンを落とす。
「あの三人は旧知の仲なのでしょうか?」
「いや、少なくともグリーンピース君の
銀の団入団前、あるいは入団後に交流を持ったんだろう。
プライドを持つ者が切り捨てられた後は厄介極りないということだ。
自尊心と孤独感は彼らの結束を強固に結び付ける。
彼らは互いに互いのプライドを担保する関係だ。共依存と言ってもいい」
「あの三人は今後も固まって票を入れる、ということですか」
「そうなる。ましてやあのグリーンピース君は論理的に説得できるとは言い難い。
見栄やプライドでものを考える男だ。となると………」
「投票者十二人の円卓会議の中で、残り九席から七席を味方につけていかなければならない」
「そういうことになる。今回は危ないところだった。
ベルガモットさんの気まぐれに決定が委ねられた時はひやりとしたよ」
「………何故シャルルアルバネルさんは反対をしたのでしょう」
ローレンティアは前を見たまま、呟くように言った。
「私の想像では……スライムの水浄化の件で賛成した彼女は、今回も賛成に回るはずでした。
ゼブラグラスさんは前回難色を示しておられましたから、彼と今回新たに入ってくる者全員が反対したとしても反対5票、案は通ると思っていたのです」
「ま、私やブーゲンビレア卿を安易に計算に入れない方がいい、とは言っておくが…………。
シャルルアルバネル、彼女の出身国は
かの国では作物は育たず。では今回提案された農法で魔王城のみならず、各地の亜土(ヂードゥ)地帯が畑として見込めるなら、食糧生産量が上がるなら、彼らの助けになる?」
そうだ、とローレンティアは考えていた。
「シャルルアルバネルはそうはならない、と考えた。
今日の会議でも出たが、
魔物が育てた低価格の野菜が出回れば、国民はそれに飛びつくだろう。
しかも砂漠の国は野菜を輸入に頼りがちだ。
ウォーターコイン君の意見が的を得ていたが、人の手で作られたと偽られ、魔物産の野菜が混入する可能性もある」
「そんな、そんなことは………」
「いや、そうなる可能性の方が高い。
スライムの水の件がまさにそうだったが、魔物産の野菜が現れた時、人々はそれが本当に大丈夫なのか、誰かで試そうと考えるはずだ。
できれば自分と縁遠い他人―――他の国の者たち。
貧しく野菜を多く輸入する
「つまり………魔物産の野菜に何か問題があった時、最も被害を被るのが
「そういうことだ。円卓会議に参加する貴族たちも、
だから彼女は反対をしたんだ。自国の民を守るために。
冬、銀の団が飢え死のうと、彼女は自国の利益を優先した」
だがそれは責められない判断だ、と思う。
「
銀の団秘書ユズリハ君は今後のための人脈を見ていたし、戦闘部隊隊長ツワブキ殿は今後のためのキーマンの顔立てを考えていた。
工匠部隊隊長エゴノキ殿は農業の先の商品展開を見据えていたし、農耕部隊隊長クレソン殿は今頃、どんな作物が適切か熟考しておられるだろう。
アシタバは、魔物の活用法ばかり考えていただろう?」
アサツキはローレンティアと目線を合わせる。
「みんなばらばらに別方向へ、自分の思慮を進めている。これが集団というものだ」
「そして私が団長、ということですね」
「そういうことだ」
人が増え、初動が終わり、銀の団は未来を見据えてゆっくりと動き始めた。
まとめるのは団長であるローレンティアの責任だ。
1つ、深い息を吐くと、真っ直ぐ前を向いて彼女は歩きだした。
「儂は、この魔王城に産業を打ち立てたいんや」
三日月の湯の湯船の中、エゴノキは隣のツワブキに打ち明けた。
「産業ぉ?」
「原石はゴロゴロと転がっとる。スライムや樹人(トレント)は上手くいったが……。
ドラゴンの爪。カーバンクルの宝石。サラマンダーの皮。カルブンコの尾……。
今でさえ高値で取引される魔物産の商品っちゅうのは存在するわけや。
それを上手く安定して得られるのならこの土地の輸出品になる。貿易ができる」
貿易、とツワブキが繰り返す。
「儂は、銀の団がどこまでいけるか分からんけれども………。
国と対等な立場にはなれるとふんどる。
今は水や食料の支援を受けてて、首根っこ掴まれとるが自給の目処も立ちつつあるしな」
それは各国のお偉いさんの耳に届けば、反逆と捉えられそうな話だった。
「……何のためにそれを目指す?」
「ここの団員の為や。信じてはもらえんかもしれんがな」
「どういうことだ。分かりやすく頼む」
「ここの団員はとにかく立場が弱い。各国から追い出された奴ばっかりや。
そのまま蹲っていたらそのうち支援は打ち切られ、ダンジョンの手柄は掻っ攫われていくやろな。
そうなれば団員は貧しい物資と劣悪な環境下で暮らしていくだけや。
どこかで国に対して立ちあがる必要がある、と思っとる」
「対抗するカードが必要だと?」
「せや、そのための輸出品や。
各国と貿易をすることで、一国の意向だけでどうこうしづらい環境を作る。
ここの金の回り、物資の流れもよくなり、経済の1つの重心になれば………。
今度は経済面で、銀の団が各国の首根っこを掴めるっちゅうわけや。
儂の懐も潤うしな」
「それが目的なんじゃねぇか」
「腐っても商人やからな。でも前半が必要やと思っとるのは本当や。
幸いここにはダンジョン攻略の専門家と、腕のいい職人たちが揃っとる。
非現実的すぎることはないで」
「……なるほど、よく分かった」
そこまで聞くと、ツワブキはどっこらせと湯船から立ちあがった。
「やっぱ自分とは違うベクトルの専門家の話は面白れぇな。
いいぜ、あんたの構想、なかなかいい線ついていると思う。
クレソンの言っていた通り、かなり先の話になるが……俺も考えておく」
「よろしゅう」
ツワブキは湯船から立ち上がると、どかどかと脱衣所に向かう。
ふぅ、とエゴノキは大きく息を吐いた。
あれだけ顔を立ててもらった。
戦闘部隊の者たちから声をかけられることも多くなった。
彼らの身内になったのだ。商人としてこれほど助かることはなかった。
商人としてのプライドがあるとしたら、それは与えられたらきっちり返すということだ。
ツワブキが寄越した恩を、エゴノキは返済する気でいた。
彼らの持ち帰った戦利品を売り捌くことで。
今月の円卓会議は七対五。銀の団にも勢力というものが渦巻き始める。
しかしエゴノキは腹をくくっていた。自分が誰の味方でいたいか。
「なんや」
一人、我に返ってふと呟いた。
「ええ湯やないか」
二章十一話 『銀の団、芽吹きだす』
第二章 了
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