二章十話 『澄み月・円卓会議(後)』
「ともかく、よもや私にまでその水を強要するわけではあるまいな!」
「希望する者は各国から支給される通常の水を使える。
用意された館には調理室も浴槽もあっただろう。
使用人に指示をしておけ。水の支給はユズリハさんが請け負う」
「ええ、それに限らず書類事や雑事については私にお申し付け下さい。
団全体の秘書業務は私に一任されておりますので」
「それならばよい。私に関わる水と食料について、魔物の触れたものを寄越すな」
アサツキとユズリハが説明すると、グリーンピースは引き下がる。
「………ワトソニア様、ウォーターコイン様、ベルガモット様はどうされますか?」
「僕もグリーンピースと同じで頼むよ」
「私も同じだ。賛成は少し、理解しかねるな」
「……ベルガモット様は?」
「どうでもいいわー、まぁ、普通の水で」
新顔の残る一人、
ウェーブのかかった黒い髪。おそらく40歳を超えているだろうが、彼女からはローレンティアも分かるぐらい色気というものがにじみ出ている。
退廃的で、煽情的な…………彼女のどうでもいいという振る舞いでさえ、色気のエッセンスの1つだ。
「ではそのように手配しておきます。
さて、澄み月の銀の団活動実績ですが、私を含めた後続の団員受け入れが完了、銀の団は全員がここ魔王城に集まったことになります。
また、先月から建設を急いでいた団員用の宿舎が完成、大工班は現在、作業速度を落として工匠部隊の工房を建造中。
魔王城の南東には大浴場が増設されました。
こちらは一般の団員用に建設されたものであり、スライムの水を使っておりますのでご注意の程、お願い致します」
「ふん、頼まれても入らん」
グリーンピースが毒づく。
「ま、今回の議題は地下一階の件じゃろう。ツワブキ殿、お手柄でしたな。
エゴノキ殿も同伴されたとか、いやはや若いとは羨ましい」
「よしてください、ブーゲンビレアはん!もう若いと言われる年じゃないです」
正直なところ、エゴノキは探索で何もできなかったと思っていた。
落下に怯え、樹人(トレント)を怖がり、ツワブキ達について回っただけだ。
今後の戦闘部隊と工匠部隊の関係を見据えて、“選抜隊に参加し地下一階攻略に携わった”事実を残したかったというツワブキの意図は分かった。
だからあの夜の宴でも、胸を張り自分を水増しして誇った。
しかし改めて言われると、こそばゆさには耐えられない。
「なんにせよ、クレソンさんや団長様も含めてこれはお手柄だ。
食糧自給の可能性を僅かでも見つけたんだから」
「お手柄?」
今度は
この男は静観というものを知らない。
「魔物を利用した農業とかいう戯言をでっちあげたことがか?
スライムの水とやらでイカれ探検家は味を占めたと見えるな。
称賛は甘味か?私はそんなもの、認めない」
腕組みをするツワブキは、面倒臭そうにため息をついた。
「戯言かどうかは資料を見てくれよ。ユズリハはよくまとめてくれた。
今はまだ実験段階だが、芽は十分にあるというのが俺とクレソンの見解だ」
「できるかできないかではなく、認められないと言っているのだ。
魔物が育てたものを人に食わせるなど、ここが私の祖国なら貴様の首を刎ねているぞ!
大体魔物は根絶するという話だろう。
この案では、魔物を家畜のように飼うと言っているように聞こえる」
「飼う、というよりは共存だ。奴らから危害は受けないし、生き残らせる利点がある。
それに認める認めない以前に、食糧問題はあるんだ。
解決策を模索するのは、銀の団が各国から任ぜられた使命のはずだぞ」
「他の解決策を探せと言っている。各国からの支援物資があるのだろう。
銀の団の民にはそれを与えればよい。
とにかく、その根樹人(トレントルート)とかいう魔物はすべて殺せ。
魔物と共存する?やがて、やつらはお前の寝首を掻くぞ」
俺がてめぇの寝首を掻いてやろうか、とツワブキの苛立ちは爆発寸前だ。
「ちょっとええか?」
割って入ったのはエゴノキだった。
「ツワブキはんやクレソンはんが心配しているんは、今年の冬の話や。
貴族のグリーンピースはんには縁遠い話かもしれんが、冬越えいうてな、どこの国のどこの家庭も冬を越せる貯蔵を作るのに毎年必死なんや。
ただでさえ今は魔王軍との戦いの後、どこも余力がない状況やし、澄み月はよくても冬にまで悠長に支援物資を当てにするんは危ないで」
グリーンピースがエノゴキを睨むが、彼は構わず続けた。
「当然、支援物資が少ない場合貴族のあんた方へ優先的に配られるやろ?
そうすると困るのは一般団員や。
そもそもあんた方は魔物の作った作物なんか口にせんやろ。
これは、儂達下々の民の死活問題ってわけや。
グリーンピースはんが冬の食糧事情を保証してくれない限り、理想だけぶら下げて口を挟まれるのは正直困るで」
「………ふん」
反論の言葉が見つからないのか、グリーンピースは目を反らすだけだった。
「この農法が成立するなら、1つの革命と言っていいんちゃうかと儂は思っとる。
今まで犬に牧場を手伝わせたり、代掻きに馬や牛の力を使うことはあったが、家畜に作物の世話をさせたことはなかった。
ひょっとすると、人が全く面倒を見なくてもいい畑が完成するかもしれん。
魔物が育てた、という汚点をカバーできる低コスト生産の可能性があるんや」
「………売れる、と言いたいのか?」
「せや。魔王城産、は曰くつきやろうが、安い値段なら買い手も見つかるやろ。
今は、食糧に困ってるところも少なくない。
上手くいけば………根樹人が、冬も作物を育てるなら。
冬に作物を輸出することも可能やで」
「……………」
それが商人の持つ説得力なのか、大半が一考の余地ありと考え始めていた。
「ま、輸出云々は相当先の話だな。
正直なところ、輸出できる余裕があるならと食糧支援を打ち切られちゃ困る。
根樹人の寿命や飼育環境も明らかになっていない。
作物栽培可能、の先の安定生産可能、の目処が立ってからだ」
クレソンが補足する。続いてユズリハが締めに移った。
「それでは、魔物・根樹人(トレントルート)を用いた農法の試験につきまして、皆様の賛否を取らせて頂きたいと思います」
「儂は勿論賛成や。これはでっかく育つ商機やで!」
「俺もだ。現状、これ以外の食糧自給案はない」
「私も賛成だ。まだ試験段階だ、反対理由もないように思うが……」
「私は反対する!!」
賛成を表明したエゴノキ、ツワブキ、クレソンを断じたのは
「食糧自給を魔物に頼るだと……?
お前らこの最果ての地まで来て、まだ恥の上塗りをしたいのか!!
魔王城の奴らは魔物が生んだ餌を貪るキチガイだと、蔑まれるに決まっている!」
「私も反対だな」
グリーンピースに
「品物に正しいラベルを張る、善良な商人ばかりかな。
一旦市場に出回れば、責任は霧散してしまう。
魔物が育てた作物という存在を生みだすべきではない」
「ぼ、僕も反対するぞ!!」
二人の反対に、残る
「私も反対させてもらう。
魔物というものは環境への適応、進化が著しいと聞いている。
制御できる、というのは甘いのではないか?」
「私は賛成だ。リスクについては同意するが、私からすれば冬の食糧事情を甘く見ていると言わざるを得ない。
冬までの猶予を考えれば、今からの実験は遅すぎるぐらいだ」
「私も賛成じゃな。今は存分に試す時。
今後問題が浮上すれば、その時打ち切ればよい。のう、団長殿」
「えぇ。私も賛成です。そもそもこの発案に携わりましたので」
「私は反対よ」
「………それは少し意外だったな。理由、教えてくれないのか?」
「義務はないわ」
ツワブキの要求を冷たくあしらう。
確かに、ローレンティアにとっても意外だった。
「ベルガモット様、如何でしょうか。現在賛成6、反対5になります。
ベルガモット様が反対されますと、賛成、反対同票となり、銀の団規定に基づき案は否決となりますが」
ユズリハが
ダルそうに中空を見上げる彼女を、一同はしばらく見守った。
「う~~~ん………ま、いいんじゃない?
私達の口にぃ、入らないっていうならぁ。
冬に食糧足りないって暴動起こされても面倒だしねぇ~」
どこまでも現実意識と興味のない女性だった。
「……それでは賛成7、反対5となりまして、この提案を可決とします。
この件の担当は、前月の繰り返しになりますがクレソン様でよろしいですね?」
「私以外にはいないだろう。
経過報告は挙げるが、最終的な報告はかなり後になると思う。
少なくとも冬までには目処をつける」
「責任者はいかがでしょうか。どなたか立候補者はいらっしゃいますか?」
「私が請け負おう。
アサツキ殿は先月働いて頂いたし、団長殿にこれ以上負担を増やすわけにはいかん」
「老いた体故、地下一階へは足を運べぬと思うが遣いは出そう」
「いえ、とんでもございません。
お役目引き受けて頂きありがとうございます」
クレソンが丁重に礼を述べた。
「では、これにて第二回円卓会議を終了致します。
次回は泣き月中旬、今回同様事前に資料を配布しますので、お目通しの程よろしくお願いします。それでは皆様、お疲れさまでした」
二章十話 『澄み月・円卓会議(後)』
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