二章九話 『澄み月・円卓会議(前)』
「これを、農業に使う、か…………」
農耕部隊隊長クレソンは眉間に深い皺を作る。
彼は魔王城の地下一階……フロアをまたぐ大階段の根元にいた。
視線は既に大茸(マタンゴ)の胞子で眠らされていた一本の樹人(トレント)に向けられる。
その傍らにはアシタバとツワブキ、キリ、ローレンティア、そして後方には農家の主人達と彼の三人の息子が控え、様子を伺っている。
「魔物を農業に使うなんて聞いたことがないな」
「しかし、魔物を利用した水の浄化も聞いたことがねぇだろ?」
「毒性は?こいつらを使って作物を作ったとして、本当に食べられるものができるのか?」
「それは………どうなんだアシタバ?」
「やってみないと分からない、としか言えないな。前例がない以上断言はできない。
樹をリスに齧らせたところで証明にはならないだろう」
そりゃそうだ、とクレソンは納得する。
「そもそも樹型の魔物に見えるが、どのぐらいの転用が可能だと見ている?
リンゴとか、果物に絞るつもりか?」
「それもやってみないと分からない、が………。
上手くいけば稲以外の作物はいけるんじゃないかと思っている。ツワブキ」
何故かアシタバに顎で使われるような形になり、顔をしかめながらもツワブキが斧を振るった。
樹人(トレント)が真っ二つになり、倒れる。
「………継ぎ目があるな」
「継ぎ目というか、境目だな、それは」
「境目?」
「そこから上と、そこから下が別の魔物なんだ」
本当か、とクレソンは改めて倒れた樹の方を見た。
「樹人(トレント)は、人を含めた動物を捕食するんだが……。
どうにもミスマッチ感があるような気がしていたんだ」
「ミスマッチ?」
「奴ら、根を使わないんだよ。敵を捉える時は専らツルのような触手に頼る。
俺からすれば、敵を確実に狩りたいなら根も使うべきだ。
足もとだし地中に埋まっている分警戒がしづらい。
足に引っ掛けるだけで彼らの捕食率は全然違ってくるだろう」
「…………でも、樹人(トレント)はそれをしない」
「そう。何故しない?できないんだろう。
進化が間に合わなかった?それはないように思う。
他の生物が何百年とかけてする進化を、魔物は年単位で実行していく。
ツルが動かせて根が動かせないっていうのはな。
それで、他の可能性を探っていたらこれに行き当たったわけだ。
2つの魔物の共生………あるいは冬虫夏草のような寄生なのか……」
「果樹園の奴らの、接ぎ木って技術にも似てるな」
「調べたところ、樹人(トレント)の周囲で育つオリジナルの植物は、樹人(トレント)の根から直接伸びている。栄養を供給されているんだろう」
話し込むクレソンとアシタバに、ツワブキが自慢げな顔で割って入った。
「とりあえずこの上側、幹の部分を幹樹人(トレントツリー)、下側、根の部分を根樹人(トレントルート)って名付けたぜ。俺が名付け親だ。俺がな!!」
「両者はともに擬態を行いながら、その仕事は明確に分けられていた。
元々ハエトリ草みたいな食虫植物は、栄養源を2つ持っている。
捕食した虫からと、地面から。
幹樹人(トレントツリー)が狩りをする、前者の栄養源を担当し、根樹人(トレントルート)が亜土から養分を補給する、後者の役割を担当しているわけだな」
ツワブキに構わずアシタバは説明を続ける。
「だから根は狩りに参加しない……別の魔物だからな。
センサー役には参加していたみたいだが。
とにかく、彼らは協力してお互いに栄養を確保し合っていたんだろう。
獲物が得られればでかい養分が確保できる。獲物が来ない時は地面からの栄養で凌ぐ。
そういう協力関係、共生関係だ。2つの生物が1つっていうのはサンゴなんかが例になるな」
「たまに話が追えなくなるが……なるほど、大体分かった。
つまり、アシタバ君が農業の可能性を見出している、亜土の環境下で普通の植物を育てる、という特性は根樹人(トレントルート)のものなんだな?
そして懸念である人を捕食する、ツルで襲いかかるという特性は、幹樹人(トレントツリー)のものである、と」
「更にいや樹の姿は幹樹人(トレントツリー)のものであって、上側を挿げ替えりゃ樹型以外の作物にも使えそうってわけだ。
幹樹人(トレントツリー)だけを退治していきゃ、残るのは捕食しない植物性の魔物だ。
じっくり腰を据えて実験することもできる」
そのツワブキの台詞にアシタバが少し、暗い顔をしたのをローレンティアは見逃さなかった。
「…………いや、すぐに取り掛かろう。この階段の周りでいい。
作業用のスペースと、安全の確保をお願いできないだろうか?
上から水を運べる水道管みたいなものもあると助かるんだが……」
「すぐにか?」
「作物が育つには時間がかかる。実験というなら少しでも早めに取り掛かるべきだ。
亜水(デミ)がいいのか、純水がいいのかも分からないしな」
「なるほど、承知した。水道管の方はディフェンバキアのおっさんに頼んどく。
こいつらは大茸(マタンゴ)の胞子で比較的安全に討伐できるから、スペースの方も3、4日もらえれば何とかなるだろう」
「感謝する。私の方も試す作物の苗を揃えておこう」
「時間の話だけど、上手くいけば普通より短くて済むかも」
話をまとめる二人に、アシタバが割って入る。
「元々擬態用に植物を育てるって習性だ。魔物としては成長を急がせたいはず。
亜土(ヂードゥ)からの養分の変換が普通の土より良ければ、根樹人(トレントルート)の育てる植物は成長が早い可能性がある」
「分かった、そこそこに期待をしておこう。
まずは育つか、食用に耐えられるかってところだからな」
キリは、アシタバとクレソン、ツワブキ達の話し合いをぼうっと見ていた。
眩しい。本当に、彼らは。
「生きようと動いている」
呟きに驚くと、ローレンティアがこっちを見ていた。
「私も置いていかれたくないと思うんです。
この魔王城で、私は今までの何もかもを一旦捨ててみようと思った。
未来を、創りたいと思った」
あの、眩しい顔だ。
「………あなたの祖国はこれで諦めるとは思えない。私の一族もきっと同じ」
「ええ」
「あなたにはまた、刺客が送られる可能性がある」
「ええ」
「しばらくはアシタバの助手をする………でも。
あなたを守るために動いてもいい?」
キリの言葉にローレンティアは笑う。どうしてとは聞かない。
「頼もしいわ。あなたが友達になってくれるなら、私は嬉しい」
友達、というものをキリはよく知らず、俯いて黙るしかなかった。
それでも彼女は決めたのだ。
自分の好きなことはまだ見つからない。
ならば、自分に手を差し伸べた二人に。
アシタバとローレンティアのために、少し、生きてみようと思った。
「皆さま、ようこそお集まりいただきました。
私は
その聡明そうな眼鏡の女性は深々とお辞儀をした。
礼節が染み込んだ、人当たりのよさそうな女性だ。
アシタバより少し上、エリスと同じくらいの歳、黒く長い髪は手入れが行き届いており、育ちの良さを感じさせる。
「先月はローレンティア様のお世話役、エリスロニウム様が代理をなさったとのことで、この場を借りてお礼申し上げます」
澄み月、第二回の円卓会議はそうして始まった。
メンバーの欠員、仮の補佐役で始まった前回とは違い、今回はあらかじめ出席者に議題についての資料が配布されていた。
ユズリハの仕事だ。彼女は各責任者を回り、議題を既にリストアップしていた。
「資料には記載済みですが、時計回りに出席者を紹介させていただきます。
同じく
そして工匠部隊隊長、エゴノキ様。
農耕部隊隊長、クレソン様。
戦闘部隊隊長、ツワブキ様。
以上、12名での開催となります」
新顔は四人だ。
グリーンピースは頬の傷と筋肉が目立つ、武人といった出で立ちだ。
ウォーターコインは日に焼けた肌が目を引き、不敵な笑みを浮かべている。
ワトソニアはふくよかで、食の太さを想像させた。
「円卓会議の参加者が揃ったこと、嬉しく思います。
ここは公平な場ですので、各国、自由に意見を交わし―――」
「あー、まず言いたいことがあるんだが」
ローレンティアの話に手をあげて割って入ったのは
少し困りながら、ローレンティアは発言を譲る。
「先月の会議内容、目を通させてもらったが、スライムの口を使って浄化した水を使うっていうのは正気か?どこの馬鹿の発案だ」
「俺だ」
ローレンティアより早くツワブキが名乗りを上げた。
グリーンピースは侮蔑のこもった目を隠さない。
「ふん、英雄の探検家は魔物と戦い過ぎて頭がおかしくなったと見えるな。
しかも案件は全員賛成の可決だったと聞いている。
お前達、英雄の物言いに従順に従ったのではあるまいな?
俺はそんな腑抜けどもと無駄な会議を続ける気はないぞ」
「ちゃんと議論を重ねた結果よ。ひとまず黙ったら?」
私は反対だったのだがな、と
「議論を重ねてなぜ可決になる?
砂漠の国の女にはスライムの絞り汁でさえ惜しいと見える。
男も傭兵稼業しか職の無い痩せた地だ、当然か」
嘲るグリーンピースに、両隣のワトソニアとウォータコインが追従し、あの、思春期に人を見下す青年特有の下卑た笑い声を挙げた。
どうやら三人はここに来る前に会ったな。と、ローレンティアは理解する。
それもよく感性が合うらしい。
シャルルアルバネルから醸し出される殺気に全く気付かないところを見ると、彼がどのくらいの人物か分かる気がする。
そこまで来てローレンティアは、自分がよく人を観察できていることに気付いた。
銀の団に入ってからの成長が故だろうか。
静かで、視野が広い。
二章九話 『澄み月・円卓会議(前)』
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