二章八話 『ツワブキの凱旋(後)』

カウンターの向こうの女性がやれやれ、と肩をすくめる中、ツワブキのローレンティアへの、説教のようなものは続く。


「あんたをいい団長にするにあたって、まず問題なのはイメージだな。

 初日の件であんたの名が売れたのはよかったが……。

 面白がられたとか、問題を引き起こした奴とかでちょっと俺の期待する見られ方じゃなかったんだよ。

 だから今回誘ったのは、その辺のテコ入れだな。

 恐らく一番安全で一番目立つ地下一階の攻略メンバーにあんたを入れることで、武勇のイメージをつけたかったんだ。他の奴らも一緒さ」


ツワブキが指を折り始める。


「ま、ディルは俺の相棒だから外すとして………。

 アシタバ。あいつは実力もあるし、頭も回る。

 先々のことを考えると、俺ぁあいつにリーダーとしての経験を積ませたいんだ。

 人を動かすってことさ。だがあいつは一匹狼でなぁ。

 魔物を食べるって悪評で、評判もいいとは言い難い。

 あいつぁ、俺の優秀な副官になってもらわにゃ困る。

 そのためのイメージアップの1つだな、今回は」


2つ、指を折る。


「ラカンカとエミリア。ま、正直エミリアはついでだったが……。 

 ラカンカは罠解除を担当してもらう。

 ダンジョン攻略に挑む奴らの、一番信頼を得なきゃいけない位置だ。

 ラカンカは名前もでかいし急務じゃなかったが………。

 まぁ、良い機会だった。良い機会といえばキリもだな。

 アシタバはよくやってくれたよ。

 まだ信頼に足るとは言えないが、あのお嬢ちゃんが身内として計算できるなら心強い」


3つ、指を折る。


「今回最大の目的は、実はエゴノキだった。

 亜水(デミ)の浄化に使えるスライムの口を始めとして、俺らはこれから色々な副産物を得るだろう。

 それを売り捌くのと腐らせるのとの差はデカい。

 誠意のある、荒くれ達から信頼される奴が欲しかったんだ。

 魔王城産って曰くつきの資源を売るために奔走してくれる奴が。

 エゴノキって奴は、それができる男だと俺は思う。

 荒くれ共に認められるには武勇を立てるのが一番だからな。

 そういうわけで、エゴノキを誘った」


指を折りきって、再び酒を口に運んだ。


「伊達に工匠部隊のトップに任命されちゃいねぇな。

 あいつは結構先を見据えている。

 俺の今回の目的も、分かった上で探検に参加したんだろう。

 商人目線での先ってのが何なのか、そのうち語り合いたいところだが。

 ま、今回俺が立てた顔を台無しにする奴じゃねぇ。

 今後資源の活用で困ったことがありゃ、あいつは力になってくれる。

 理想的な、円滑な関係だ」


「………あなた方は、ずっと先を見据えているんですね」


「他人事じゃねぇんだぞ?」


「え?」


「何のために今回の俺の意図を一から十まで教えていると思っている。

 言っただろう。お前を良い団長にするってな。

 お前もこれから、先を読んでいくんだ」


どこかで傍観者だったローレンティアを、ツワブキは現実に引き下ろす。


「今月に入って、円卓会議の役者が揃ったな。

 後から来た奴らは、魔王城行きに腐っている奴らだ。きっと厄介だぞ。

 多国籍集団のここは、ただでさえ国の間の圧力がうるせぇ。

 俺ぁそういうしがらみから離れた、自由な団を目指すっていうならあんたに惜しみなく協力するぜ。

 今回身内にしたエゴノキも離さねぇ。クレソンも、まぁこっち側だろ。

 俺の言っていること、分かるか?」


「………分かっています。」


ローレンティアが応える。キリに立ち向かった、あの時の顔だ。


「今回、私の祖国が私に対して暗殺者を寄越しました。

 当面、表面上は波風立てませんが………。

 私の祖国は、私の味方ではないということです」


「…………あぁ」


「祖国で、意味がないと切り捨てられたのなら、私はここで意味を示します。

 私には、この最果ての地でこそ意味を持つ価値があります」


「価値ね。言ってみな」


「それは、私が殺されないということです。あの、絶対防御の呪いによって」


ツワブキが地下一階で言及した、ローレンティアがこの地で持つ“意味”の続きを、彼女は提示する。


「この団は多国籍軍。この先国家間の関係が悪化するようなことがあれば、この地での力関係にも影響が出るでしょう。遠い話ではないように思います。

 魔王という共通の敵がいなくなった今、戦争をする相手が同じ人間になってもおかしくないのかもしれない。

 魔王軍に奪われた土地の返還先など、争いの火種も多い。


 最高責任者、団長というのは争点になる。

 どの国もが自国の者を団長に、と考えるでしょう。

 これからの流れ次第では、邪魔な団長を暗殺することもありえるかもしれない。それが続けば?

 トップがころころ変わる組織など、足踏みばかりでろくに動けません」


ローレンティアが強く自分を指した。


「死なないと計算できる団長というのは、この地この銀の団において金より重い価値を持つ。と、私は思うのです。

 ツワブキさん。私はこの価値を以って、団長として力の限りを尽くします。

 あなたの期待に応えましょう。だからあなたも……………。


 私の期待を裏切らないでください」



にや、と。

ツワブキが今日一番の、悪魔染みた笑みを浮かべた。



「はーーーっはっはあ!!!!!正解だ!!

 やっぱりお姫さんは、見どころあるぜ。これからよろしくなぁ!」


1つ、豪快に乾杯をすると、ツワブキは立ちあがって宴の喧騒に混ざっていった。


「あの馬鹿が一目置いているから気になってたけど、あんたなかなかいい女さねぇ」


カウンターの向こうの女性がしみじみと呟いた。


「あ、ありがとうございます、あの………」


「クロサンドラさ。

 あいつ行きつけの酒場をやっていたんだが、あいつの頼みでこの団に同行することになってねぇ。

 上手いモン食いたかったら私のところに来な!いつでもサービスしてあげるよ!」


満面の笑み。それに静かにローレンティアは応える。

考えていた。これからのことを。今月の、円卓会議を。








「しっかしアシタバが相棒をつけるとは。

 足を引っ張られるからいらない、ってスタンスだったもの」


テーブルの上のスパゲッティを丸めながら、丸々と太った男は言った。

まるでタヌキのような腹だ。


「いやいやモロコシ、驚いたのは俺の方が上だぜ。

 なんせ、あの夜出会った嬢ちゃんじゃねぇか。

 いやー分からねぇもんだな」


その横で、狐目のタマモは対面のキリを指さした。


「ま、ただモンじゃねぇとは思っていたがなぁ。

 しっかし気をつけろよぉ?探検家っていうのは女にゃ過酷だぜ。

 何日間もダンジョンに潜って、風呂に入れねぇのなんかザラだ」


「待ち伏せの時にはよくそういう事態になるわ。慣れている」


「魔物の中には気持ち悪いのもいるんだ。

 大蜘蛛(ビッグスパイダー)だとか豚人(オーク)だとか、見るのも嫌になる」


「幼少期の修業で魔物の谷に突き落とされたわ。多分大丈夫だと思う」


「アシタバに助手がいねぇ理由の最たるのが、あいつが魔物を喰うって点だな。

 ついていけねぇって話だよ」


「………サソリなら、食べたことあるけれど………」


「……………」


タマモもモロコシも手を止め、こいつマジか、とキリを見た。


「いや…………マジで逸材を見つけたな、アシタバは。

 これ以上の……いや、これ以外の人材を見つけるのは難しいぞ」


にやりと笑うタマモに構わず、テーブルの上の料理を適当に皿に盛ると、キリは席を立った。


「主役がどこにいくんだ?」


「診療所。アシタバが手の治療で抜けてるから、料理を届けに行こうと思って」


「かー、果報者だねえあいつは」


「これでアシタバも少しは落ち着くのかな。牙が抜かれたようになるかも」


「いや、お嬢ちゃんは牙を砥ぎそうなイメージだがな。

 ま、これからよろしく頼むぜ。晴れて探検家仲間になったんだ」


そういうと探検家コンビ、【狐目】のタマモと【狸腹】のモロコシはビールの杯を掲げる。


「………よろしく」


テーブルの二人を離れ、酔っ払いたちの喧騒を抜け、キリは診療所へ向かう。


好きに生きて、という母親の言葉を思い出す。

キリには何が好きなのか、未だ分からないままだった。

けれど、彼女に強く残るあの表情たちの。

きっと、死とは反対にある何かだと、彼女は思う。

ローレンティアはキリのこれまでを赦し、アシタバはキリのこれからを示した。

暗殺業に思い入れなどなかったし、自分の中にあるこれはきっと、彼らに対する憧れだ。


だから、もう少し。

アシタバや、ローレンティアの側で、その先を見たいと思った。





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